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第七幕~青年は天使を失った4









「―――や、めろ」


 と、力無く聞こえてきた声。

 イグバーンと兵たちの視線はルイスへと向けられる。


「俺はどうなっても良いから……だから二人だけは……二人は何も悪くないんだ…」


 彼は担架に乗せられながら。

 止血されたとはいえ未だ痛む右脚に顔を歪めながら。

 涙の代わりに汗を滲ませながら、懇願する。


「二人が何をしたってんだよ……ただパン屋になりたくて一生懸命だった奴と、自由を手に入れたくて逃げてきた女の子が……何の罪を犯したってんだよ…!」


 悲痛な叫びが、静まる廃工場によく響く。

 だがそんな彼の訴えを、イグバーンは鼻で笑い突っぱねた。


「そう言って頼み込んだろう天使を始末してきたくせに、よく言うな」


 冷酷な一言にルイスは閉口してしまう。

 それ以上の反論など、出来るわけもなかった。

 イグバーンの言葉は紛れもない事実であり、既に何人もの天使をルイスは手に掛けたのだ。

 ―――天使。

 ただそれだけを罪だと信じ、それを罰することこそ大義名分だと信じて。







「―――天使が一度暴走すれば、数多の犠牲者を出す故に、彼らを処断するしか術がないというのが現状だ……だが。彼らに罪があるかと問われれば…それはむしろ我らの方なのだろうがな…」


 静まり返った廃工場内で、突如として聞こえてきた声。

 それは、杖を手に法衣を纏った―――先刻にも姿を見せていた老人男性だった。


「…これはこれはトラスト殿。先ほどは天使が暴走したようで大変でしたが…てっきりそのときにぎっくり腰にでもなって帰還したのかと思いましたよ」


 そんな皮肉を言いながら、男性へと歩み寄るイグバーン。

 挑発的な彼の言動にトラストと呼ばれた男性は冷ややかな視線を返す。


「主のお得意の身勝手で件の天使を始末されては叶わんからのう…老骨に鞭打ちわざわざ来たのだぞ」


 同じ白い法衣を纏う部下数人を引き連れ現れた老人男性。

 彼こそ天使対策特別部隊の指南役を担うトラスト・アグオン将軍その人になる。

 彼は白猿神を崇拝する聖職者であると同時に、軍ではイグバーンに並ぶ地位を与えられている。

 そして、天使研究の第一人者でもあった。


「して、件の天使は…?」


 指南役であるトラストがこういった前線に赴くことは殆どない。

 だが、今回は特例の青年―――エスタという存在を確認するべくわざわざ自ら足を運んだのだろうとルイスは推測していた。


(この人が出てくるって聞かされた時点で…部隊総動員(このてんかい)を想像するべきだったんだろうけど……)


 と、今更ながら冷静にそんな後悔をするルイス。

 彼の悔やみ顔も露知らず、イグバーンとトラストは火花を散らすが如く相対する。





「さて、な…今頃ハチの巣にでもなっちまってるかもな」


 トラストの質問にイグバーンは顎の無精ひげを摩りながら答えた。

 悪態とも取れる挑発的言動にトラストは眉を顰める。

 目に見えない稲妻が迸り続ける二人。

 その張り詰めた空気は周囲の兵たちにも伝染し、異様な緊張感を生み出す。




 二人は見ての通り、火と水の如く相性はすこぶる悪く。

 日常会話ですら皮肉交じりのいがみ合い、ということは周知の事実であった。

 当然ルイスもそのことは知っていた。

 と、同時に彼は直感した。

 これは好機なのでは、と。








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