第七幕~青年は天使を失った2
閃光弾により視覚と聴覚を奪われていたイグバーン。
一瞬のこととは言え油断していた自分に苛立ちを覚えつつ、彼は閉ざしていた双眸をようやく開けた。
未だ定まらない光に焼かれた視界。
と、そんな彼のこめかみに冷たい何かがずしりと押し当たる。
「…何処までも反抗する気か?」
それはルイスが構えていた拳銃だった。
「はい。仕事より親友を選ぶことにしましたので」
「損な男だなぁ……」
頬を掻きながらイグバーンは溜め息を一つ漏らす。
と、彼はおもむろに両手を挙げてみせた。
何か武器を隠し持っているわけでも、隙を疑っているようでもなく。
それは降参という合図であった。
「どういうつもりですか…?」
「どうもこうも、こんな状態で降参する以外に何がある?」
突然の降参。
確かにこの状況では周囲の兵たちも迂闊に手は出せないはず。
事実、ルイスの目配せに取り囲んでいた兵たちも次々と武器をその場に捨て始めた。
だが、ルイスはイグバーン・ベルフュング将軍という人物を嫌と言う程良く知っている。
彼はこういった窮地を何よりも楽しみ、そこから逆転し相手を陥れることを何よりも愉悦としているのだ。
ルイスは一層と緊張を高める。
それは、一瞬の油断も許されない状況であった。
「じゃあ、元上官として忠告しとくことがある」
「忠告…?」
そう話し出すイグバーンに、ルイスは眉を顰める。
拳銃を握る掌に汗が滲むも、いつでも撃てる覚悟をしておく。
イグバーンはそんな彼を後目に、語りを続ける。
「俺はお前という人間を誰よりも気に入っていてな……俺の部隊に推薦したのもそうだったな」
ルイスの脳裏に、過去の光景が過る。
運動能力は人並み、特別な才能や技能もない凡人であったはずの新兵を見出したのは、他でもないイグバーンだった。
彼がルイスを推した理由―――それは、冷静な判断で相手によって臨機応変に対応出来る性格。
よく言えば人当たりの良い、悪く言えば八方美人であるということだった。
ルイスは相手の人間性を瞬時に判断し、その人物が一番望むだろう態度と言葉を選んでいた。
そのくせ、自分の素性は決して明かさず、上手くはぐらかして語らない。
イグバーンはそんなルイスの性格を気に入ったのだ。
彼はルイスを秘密部隊であった天使対策特別部隊に推薦し、そこで更に諜報活動に特化するべく鍛えに鍛えた。
ただの一兵卒だったルイスにとって、そんな彼の存在は恩人とも言えたのだ。
「お前は恩義を感じてか随分と俺に尽くしてくれたな…お前は本当に部隊で随一の有能で最高の部下だった」
両手を挙げたまま、苦笑のような笑みを漏らすイグバーン。
恩人である元上官。
そんな彼に銃口を向けていることに、僅かな躊躇いが生まれてしまう。
だが、此処で銃口を下げることはそれ以上の後悔を生む。
ルイスは冷静に努め、顔を顰める。
「だけどな―――俺はお前を評価こそしたが、お前を信じたことは一度もなかったぞ」
挑発的な、嘲笑を浮かべるイグバーン。
しかし、その言動に対して、ルイスに驚きはなく。
内心判っていたことだった。
この上官はルイス以上の冷血漢で、偽りと他人の血に塗れていることを知っていた。
恩義こそ抱いてはいたが、尊敬は微塵もしていなかった。
しかし、そんな話を暴露したところで、ルイスが動揺しないことくらいイグバーンなら百も承知だったはず。
では何故、彼はこんな話をし始めたのか。
油断を生みたいが為だろうと思いつつも、ルイスは様々な推測をする。
そして、ルイスは一つの仮説に辿り着く。
「―――まさか…」
過った仮説による動揺。
その不安がルイスの顔を一瞬にして、青ざめさせる。
と、次の瞬間。
イグバーンは素早い手刀でルイスの手首を叩いた。
刹那だけ見せたその油断を、彼は見逃さなかったのだ。
油断と激痛によりルイスは思わず拳銃を落としてしまう。
「感情は見せても頭は冷血でいろ。でないとその油断がお前を殺す……俺はそう叩き込んだつもりだったんだがな」
イグバーンはルイスを地面へ押し付け、そう話す。
容赦なく羽交い締めにしつつ、イグバーンは空いた片手で転がった銃を拾った。
「でもってこれがお前に贈る忠告だ。『他人を信じさせても絶対に自分は信じるな』―――他人ってのは単純かつ明快な理由で裏切るもんだからな」
うつ伏せ状態であるルイスの背後から聞こえてくる笑い声。
容易に想像の付くような、イグバーンのあざけ笑うような声。
ルイスの青ざめた表情は直ぐに怒りのそれへと変貌していく。
「イグバーンッッ!!」
彼がそう叫んだ直後。
無情にも躊躇いのない銃声が廃工場内に鳴り響く。




