第六幕~青年は親友を信じた5
「それが、どうしたの…?」
何とか取り繕って出てきた言葉。
確実に動揺してしまっているエスタへ、ルイスは言う。
「アイツはさ、『僕』じゃなく『俺』って言ってたんだよ…自分のことを」
まるで足場が崩れていくような、雷に打たれるような感覚。
眩暈さえ感じ、エスタは頭を抱える。
それはまさに、一番信じられるものに裏切られたような感覚だった。
「う、嘘だ…」
「まあ、お前がショックなのにはちょっとは同情するよ。アイツ…この日記の中じゃかなり性格も一人称も違うし、一部事実も改ざんされてるからな」
そう言ってルイスは日記を放り投げ、半ば強引にエスタへと手渡す。
何とか上手く受け取ったエスタは、急ぐように日記を捲る。
「―――昔、一緒にパン屋を開こうってした約束。わかるよな?」
「うん…」
「それはどっちから言い出したんだっけ?」
「…僕から…」
「じゃあ…それから突然兵士になるって、手紙を送りつけたのは覚えているか?」
「え…?」
閉口するエスタ。
ルイスの言っていることが、理解出来なかった。
動揺のせいか、手にしていた日記を思わず落としそうになる。
「そ、そんなのは…知らない…」
「やっぱそうだったか…じゃあ、あの手紙を送った後…例の事故でアイツは……」
直後、ルイスは顔を顰める。
彼の表情が何を意図しているのかを察してしまい、エスタもまた、顔を強張らせた。
「記憶の矛盾はお前が話せば話すほど増えてく一方だった。俺のおふくろはアップルパイだけはどうにも下手で…なのにアイツは美味いって食ってたこととか。俺の作ったパンをいつも上手くないって言ってたこととかな…」
ルイスが話す内容は、エスタの記憶には一切なかった。
むしろそのほとんどが、真逆のことばかりだった。
「だって…僕は、ちゃんとこれを……・」
そう言いながら、日記を握るエスタの手が震え始める。
彼はその日記を書き始めた当初の頃から最近の内容まで、全て記憶していた。
忘れることのないよう、間違うことのないよう。
一行一句、全て暗記していた。
だからこそ、エスタの日記はどれもが古ぼけたようにボロボロであった。
ボロボロになるまで何度も何度も、読み返したのだ。
しかし、それがまさかそもそも矛盾した内容であったとは。
彼にとって、青天の霹靂であった。
ルイスにとっては、エスタと久しぶりに再会したあの時から、既に疑心は始まっていた。
エスタが自分を『僕』と言ったときから。
思い出の矛盾、性格の矛盾。
黙って頷いてこそいたが、違和感だらけの毎日だった。
だが、もしかするとルイスの記憶違いや、成長や環境で変わったのではという推測もした。
現にルイスも昔の頃より随分と性格を改変させていたため、エスタを深く追及出来なかった。
だから、ルイスは何も言わず待つことにしたのだ。
いつか本当のことを話してくれるはず、と。
「事故のせいでちょっとした記憶喪失になったって可能性も考えた、が…それなら会った瞬間にそう話してくれれば良かった。アイツなら絶対そうしてた」
しかし、エスタは誤魔化した。
記憶があるかのように、ルイスを覚えているかのように。
己がエスタであるようかのに。
虚言を続けたのだ。
その成り変わりが本来の『エスタ』とは全く別のものであるとは気付かずに。
「日記という記録があったから安心していたみたいだがな…それがあってもなくても、今のお前はあのエスタとは違う……お前は全然違ったんだ……」
ルイスはそう言い、俯く。
心臓に突き刺さるようなルイスの言葉に、その苦悩している彼の横顔に、エスタは全身が震えた。
自分が最初に『エスタ』を偽り、嘘をついたせいで、疑いを生んでしまった。
そしてそのせいで、ルイスを悩ませてしまった。
自分のせいで、ルイスはエスタを信じてはくれない。
それはつまり、『親友』ではなかったという事実。
『彼』との約束を守れていなかったという事実。
その事実に、エスタは言葉を失った。
「なあ、お前がエスタの身体に乗り移ってるってことは…事故を起こしてエスタを手に掛けたのは、お前なんじゃないのか……?」
それだけは嘘偽りなく答えてくれ。
冷たい双眸で、エスタを見つめるルイス。
その顔はベルフュングの隣にいた、あのときのルイスと同じもので。
追い詰めるような彼の視線の痛さに、エスタは顔を顰めた。
「―――それは違う。誓って言うよ」
俯いたまま、エスタはゆっくりとその重い口を開いた。
「……そうだよ…ルイスが疑っている通り……僕は…エスタの身体を乗っ取った…呪いなんだ……ルイスの言う、天使人格ってものだよ…!」




