第六幕~青年は親友を信じた1
ミラースを抱えたエスタは暫く屋根伝いに飛んでいたが、やがて近くの工場裏手に降り立った。
商業区からはさほど遠くない。
追われれば、直ぐに追いつかれるだろう位置だ。
「―――ぐっ、うぅ…!」
ミラースを地面に下ろすなり、エスタは苦痛の顔を浮かべ、胸を掴んだ。
慌ててミラースはエスタの背中を擦る。
咄嗟にこんなことしか、彼女には出来なかった。
「…エスタ。エスタは天使だったの…?」
外見は人と何も変わらない。
彼には天使である証拠とも言える翼も、蹄も、嘴もない。
しかし、人には決して使えない力を扱ってみせた彼は、紛れもない天使だった。
「ごめん……いつかは、言うつもりだった…」
「私と同じ、なの?」
「ううん。多分違う…僕はもっと別の―――」
と、二人の会話はここで終わる。
エスタを追いかけてきたのだろう兵士たちが最早見つけてしまったようだった。
金属交じりの足音は軍人のブーツにしかない音だった。
「ここも駄目だ…早く行こう!」
二人は急ぎ立ち上がり、駆け出していく。
だが店での包囲を考えると、おそらく軍の配備は町全体に及んでいるのだろうとエスタは予測した。
「町から逃げられないの…?」
「町の外は一面草原続きだからそのまま出ても直ぐに見つかっちゃうと思う…けど、居住区まで行けば人ごみに紛れて…」
「じゃあ空は? もう飛べないの?」
日中でも暗雲のような空が広がる灰の町だ。
空を見上げる人もいないだろうし、曇り空に隠れて飛べられたら容易に町の外へは逃げられるだろう。
だが、エスタは頭を振った。
「ごめん…こういう力を使ったの、実は初めてで…加減が上手く出来なくて…」
先ほどの突風も、ほんの少し兵士たちを驚かせる程度で放ったつもりだった。
こんな状況でも、エスタは極力人を巻き込みたくは無かった。
そのためにもなるべく能力は使いたくない。
エスタはミラースにそう告げた。
「…黒鷹様から授かったこの能力は天使の中でも一部の者にしか扱えないくらい難しいもの。それを初めてで此処まで使えただけでも…奇跡だと思う」
と、荒くなっていた呼吸を整えていくエスタ。
胸元を鷲掴み続ける指先の力は強く、負担の強さを物語っていた。
「私も…あんな力があればよかったのに…」
ミラ―スの記憶でも、一緒に逃げた仲間たちの中で先ほどのような力を使えた者はほとんどいなかった。
残念そうに俯く彼女へ、エスタは優しくその頭に触れた。
「こんな力…使えない方が良いよ」
と、エスタはそう言ってミラースの膝へと掌を移す。
綺麗だったワンピースが破けており、そこには切り傷が出来ていた。
いつの間にか怪我を負っていたようだった。
「あ…そんな痛くはないから…ごめん……」
そう謝罪するものの、ミラ―スの膝からは紅い血が滴り落ちている。
そんな傷口にそっと触れるエスタ。
「直ぐ治るから…」
彼はそう言うと瞼を閉じ、深く呼吸を繰り返した。
不思議と痛みは感じなかった。
それどころか何故か心地よささえ感じてしまう。
温かい。というよりも熱いものをミラースは傷口から感じた。
その直後。
ミラースの足に出来ていた大きな擦り傷は見る見る消えていった。
まるで奇跡のように。
「す、すごい……」
「大したものじゃないよ。僕の回復力を君に分けただけだから」
天使の再生能力は人間よりも高く、凄まじく早い。
その力を分け与え、ミラースの自己治癒力を高めたということなのだが。
(―――これは…他の仲間たちもしなかった……)
それはエスタに秘められた天使としての潜在能力が、極めて高いことを示していた。
もしかすると彼はかつての天使たちをも凌駕するかもしれない。
と、ミラースは何故か不意に笑みが零れた。




