第五幕~青年は事実を知る13
「何をやってんだ?」
イグバーンは溜め息混じりに頭を掻き、おもむろに煙草を一本取り出す。
一方でルイスは異変の中心人物に気付き、瞳を見開いた。
「まさか……」
と、次の瞬間だった。
突然周囲に突風が巻き起こった。
その突風はまるで竜巻のような威力で、兵士たちや車。更には窓ガラスや看板まで吹き飛ばし、荒れ狂った。
「な、なんだこれは……!?」
咄嗟に身を屈め、近くの木にしがみ付くルイス。
彼は必死に目を凝らし、突風の中心を見つめる。
そこは、距離から推測してエスタたちがいたところだった。
「エスタ…ミラース!」
「まさかここにきて天使の力に目覚めたか…!?」
思わずイグバーンはそう叫んだ。
現在、養製天使の捜索と処分を主な任務としている天使対策特別部隊。
彼らは最近になってある仮説に辿り着いた。
それは、部隊の実験以外―――別の形で養製天使になった者がいる。というものだ。
体内に取り込んだ人間を心身ともに天使と化す呪いの灰、『天使の呪い』。
それが使用されたと言われるシューアという村での強襲事件。
史実にも伏せられ、人々に語られることのないその事件には、たった一人の生存者がいた。
呪われた灰が凶器となって舞い散る中、唯一生き残ってしまった幼子。
「―――あの事件のたった一人の生存者が…実は呪いに蝕まれていたとしたら…」
突風から身を守るルイスとイグバーン。
その背後から聞こえてきた、穏やかな口振りのしゃがれた声の主。
振り返った二人の先には、杖を支えに立つ一人の老人がいた。
彼は法衣のような衣装を纏っているが、その胸章はルイスたちと同じ紋章が刻まれていた。
「そして…その生存者がもしも天使の力に目覚めて―――偶発的に養製天使となってしまっていたら…」
老人は二人の表情を後目に、突風の中心部を眺め続ける。
その嵐とも言える突風は、徐々に治まりつつあった。
砂塵がゆっくりと晴れていき、そこに見えるのは青年と少女の姿。
「全てはそんな仮説から始まった調査であったが…よもや真実であったとはのう……」
ルイスの任務。
それは天使が潜むとされた灰の町ドガルタでの調査と監視、そして執行。
だが、その標的はミラースではなかった。
彼女はあくまでも、偶然にやって来た養製天使だった。
ルイスの調査の対象人物、それは―――。
ルイスたちの傍らに、白い羽根が舞い落ちてきた。
風に舞うその様子はまるで、幻想的な雪のようで。
だが同時に恐ろしく冷たく、不安な畏怖の塊にも見えてしまった。
ルイスは一層と眼を凝らし、青年と少女を見た。
少女はその場に尻餅をつき、翼は閉じたままだった。
彼女は驚いた顔で、隣の青年を見上げていた。
「エスタ…!」
彼の背には少女と同じ、真っ白な翼が生えて―――いるわけではなかった。
だが、何故かまるで翼があるかのように見えてしまうのだ。
そんな蜃気楼のような、淡い炎のようなものを、エスタは纏っていた。
彼は手枷の拘束をいとも容易く引き千切るかのように破壊してみせる。
「ミラース……!」
と、エスタは至って冷静な様子で、ミラースの手枷も壊した。
そして動揺する少女を抱きかかえると、エスタはそのまま空を見上げた。
どこまでも続く灰色の空。
と、直後。
エスタたちはその空へと飛んで行った。
翼があるわけではない。
しかし、まるで優雅に羽ばたく鳥のように、彼は上空へと消えていってしまったのだ。
後に残されたのは、嵐に遭遇した後の、残骸の跡だけ。
「何てこった…本当に異例中の異例かよ……」
イグバーンは突風でも放さず加えていた煙草を、そこでポロリと落とした。
突然の出来事に驚き、開いた口が塞がらない感覚。
それはルイスも同じであった。
「エスタ………お前は―――」
顰められたその表情は、まるで悲痛のそれであった。
「―――お前は、本当に天使だったのかよ………」




