第五幕~青年は事実を知る2
「半額…あぁ、だったら全部もらえるか?」
「全部、ですか?」
男はおもむろにトランクケースを開け、中から風呂敷を取り出した。
そして、バスケット内のパンを次々と風呂敷の上へと移していく。
更には店頭にあったパンまでも買うと言い、男は風呂敷へ乱雑に包んだ。
「…全部食べるんですか?」
「もちろんそのつもりだ」
大食漢なんだよ、と、男は笑ってみせる。
エスタも笑みを浮かべて返した。
だが、その一方で目の端に見えたルイスに笑みはなく。
それどころか、顔面蒼白でその場に立ち尽くしていた。
エスタは目の前の客人よりも、ルイスの様子が気掛かりであった。
「―――ルイス、具合が悪いなら奥に戻っても…」
「あ…いや……問題ない。勘定、手伝うよ」
そう返答するも、心此処にあらずといったようだった。
手伝うと言ったその手も何処か覚束ない。
エスタはルイスを心配しつつ、レジを打っていく。
そんな二人の様子を暫し眺めていた男は、不意に二人へ尋ねてきた。
「そーいや…店長の旦那に聞きたいことがあるんだが…」
「なんですか?」
男の言葉に耳を貸しながらレジを打ち会計を続けるエスタ。
男はエスタを眺めながら、不敵な笑みを浮かべて言った。
「―――天使について、聞きたいんだ」
直後、思わずエスタは手を止めてしまう。
が、直ぐに冷静さを取り戻し、レジ打ちを再開させる。
動揺したと、思わせないために。
男は口角を上げたまま、懐からあるものを取り出した。
手帳とペンだった。
「実はとある噂を聞いて此処まで来たわけなんだ」
軍都で流れているという一つの噂。
それは、このドガルタで起こっている連続無差別襲撃事件―――別名『天使の再誕』のことだった。
どうやら事件の噂は軍都にまで広がってしまっているようだった。
しかしそれも仕方がない。
既に犠牲者は70人を越えたというのだから。
それはもはや近年稀に見る大事件となっていたのだ。
「近々軍は本部から増援を呼んで犯人を一斉捜索するって話でな。で、それを記事にしない手はないってこった」
そう言って男は自分の首に下げていたカメラを片手にウインクをして見せる。
エスタの笑みが僅かに引きつるが、男は気にしない。
手帳を捲り、何やら色々細かく書いてある内容を話し出した。
「そもそも『天使』ってのは人間の姿に異形の物質…まあ、嘴やら蹄やら翼やらが付いた奴のことを言うらしいな」
と、男は何故か急に『天使』について語り始める。
「ちなみに、そもそもなんで『天使』って呼ばれるのか…旦那は知ってるか?」
眉を顰めつつ、静かに頷くエスタ。
すると男は突然指先を三つ、突き出して見せる。
「平たく言うと神から力を貰って肉体改造した奴らを『天使』と呼ぶんだが……『天使』を生み出したのは三つの神のうちの一つだってことは…?」
押し付けるように見せてくる三本の指先。
楽し気に答えを求めてくる男に仕方なく付き添うべく、エスタは答える。
「えっと―――赤猫様、白猿様、黒鷹様のうちの一つ…黒鷹様ですよね」
「大当たり! いやあ物知りだな旦那」
男はにぃっと笑い、今度は親指を突き出してみせた。
小馬鹿にしたような言いぐさに、エスタの眉間には更に皺が寄っていく。
「だって…有名なお伽噺ですよね……」




