第四幕~青年は疑心を抱く5
「ところで…ルイスはどこ?」
客の一人―――若い女性がそう尋ねてきた。
確かに今日、ルイスは一度も店に顔を見せていなかった。
二日酔いで一度だけ休んだことがあったものの、彼が来るようになってから今まで、初めてのことだった。
再び過ぎる不安。
だがその不安を振り払い、エスタは笑みを浮かべた。
「元々任務でこの町に来てたって言うし…今日はその用事なんだと思うよ」
その任務というのが何なのかは、エスタも知らない。
もしかすると任務なんて、始めから無いのかもしれない。
そんなことをエスタが考えていると、客の一人がぽんと手を併せ、言った。
「だとしたら任務ってのはやっぱあれか? 例の―――」
「ああ、連続無差別襲撃事件! 別名『天使の再誕』!」
直後、エスタは硬直した。
表情には出さなかったが、心臓が飛び出るほどの衝撃を覚えた。
至って冷静を保ちながらも、いてもたっても居られずエスタは客たちに尋ねた。
「天使の…再誕…って…?」
「知らねぇのか? まあ、この話はおっさん連中だけの間で広まってることだからな」
「無差別に人を襲い、襲われた人間は眠ったきり起きない…っていうのは知ってるな?」
エスタは大きく頷く。
今は一分一秒でも早く、その別名の意味を知りたかった。
客の男たちは買ったばかりのパンを頬張りながら、会話を続けた。
「その教われた現場周辺には、必ずあるものが落ちてるんだとよ」
「あるものって…?」
「羽根だよ」
背筋に寒気のようなものを感じた。
全身の血の気が、一斉に引いていくようでもあった。
その言葉は客たちにも広がり、様々な憶測を繰り広げていく。
天使なんて存在しないんじゃないか。
でも、最近目撃証言が多々ある。
新聞にも目撃があったという記事は載っていた。
天使は実在していて、最近になって復活したんだ。
そしてその呪いを人間に振りまいているんだ。
天使はそうしてまた人を呪いで滅ぼそうとしている。
世界を崩壊させようとしている。
「で、でも! 天使とは限らない…じゃないか…!」
咄嗟に出てしまった言葉。
言ってからエスタは、酷く後悔した。
天使の肩を持つ人間など、この世界には誰一人いないのだ。
何故なら天使はこの世界と人間を呪い、滅ぼそうとしている悍ましき存在とされているのだから。
異常に胸の奥が熱くなり、熱くてたまらなくなった。
と、客たちが突然笑い出した。
「まっさか、あくまでも噂話の類だって!」
「犯人は天使を犯人に見立てようとしてるオカルト信者…とかだって話だぞ」
どうやら客たちはからかい半分でそんな発言をしたようだった。
笑いながら彼らは「天使なんているわけない」、「いたらこの世はとっくに終わってる」と話した。
彼らは天使という言葉に動揺したエスタを、ちょっとからかっただけだったのだ。
エスタは人知れず胸を撫で下ろし、笑みを浮かべた。
しかし、それはぎこちない笑みだった。
エスタの抱く不安は、まだ取り除けていないせいだった。
世間は天使の存在を信じてはいない。
だから迷信だと言って笑える。
冗談半分でからかうことが出来る。
だが、天使は確実にいるのだ。
エスタが必死に笑顔を取り繕うその壁の向こう―――その部屋にいるはずなのだから。




