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第三幕~青年は日常を楽しむ7









「それじゃあね。あ、あと明日エスタをちゃんと起こしてやって」

「え?」

「まさかこんなに酒弱いとは思わなかったし…」


 ルイスが一瞥する先には熟睡するエスタ。

 良く見れば彼の顔は、誰が見ても明らかなほどに真っ赤であった。

 何やら寝言のような言葉を漏らしており、その姿はまるで少年のよう。


「じゃ、また明日」

「うん、明日」


 そう言葉を交わし、ルイスは去っていった。

 扉を閉めたミラースは静かに鍵をかける。

 そして、ルイスの足音が聞こえなくなるまでその場に立ち続けた。

 ドアに耳を欹て、彼が消えるまでただただ待つ。

 そして足音が聞こえなくなると、彼女は即座に踵を返した。

 静かながらも急ぎ足で、二階へと向かった。

 未だ付けたままだった灯りの下、ミラースは深く呼吸をする。

 指先が、僅かに震えている。

 そう感じつつも彼女は本棚の一箇所へと手を伸ばした。

 本棚の一番下列に並ぶ、使い古した本たち。

 しかし、これは普通の本ではない。

 エスタも見せてくれない、禁断の書。

 それを手に取ったミラースは、改めて確信した。


「これを…見てた……」


 覗き見た部屋の中で彼が読んでいた本。

 その表紙には『日記』と書かれていた。

 この書物は、エスタが今までの日常を書きとめている日記なのだ。

 始めてこの本棚に手を伸ばしたとき、エスタが真っ先に彼女の手を塞いだものがこれだった。


『見てもつまんないし、恥ずかしいからさ』


 そのとき、エスタはそう言って苦笑を浮かべていた。

 他の本は好きなだけ読んで良いと言っていたし、他人の大事な思い出を覗き見るのは良くないと、ミラ―スも手を伸ばさなかった禁断の書だった。


「どうして…これを…?」


 息を呑み、一ページ捲った。

 そこに書いてあったのはエスタが言っていた通り、日常のことばかりで。

 お世辞にも面白いものではない、普通の日記だ。

 今読んでいる日記は、今から十年ほど前の内容だった。









 +++

 





 08、30…



 今日はルイスと近くの川で釣りをした。


 僕は中々釣れず、ルイスばかりが釣れる。


 餌が悪いのかと思い、大物狙いでクロウカエルを餌にしてみようと言ったらルイスに「それは無理だ」と怒られてしまった。


 絶対釣れると思ったのにな。




 それから二人で昼にはルイスの家に行った。


 親友の母が出すアップルパイは最高だった。


 多分、世界一美味しい。ルイスだってそう思ってる。


 だけど美味いのはアップルパイだけじゃない。


 他にも色んな料理が得意なんだ。


 特に美味しいのはパン!


 昔ながらのシンプルなパンかもしれないけれど凄く美味しい。


 いつか僕もあんなパンを作りたい。


 いつもそう思ってる。


 だから最近はルイスのお母さんからパン作りを学んでる。


 才能があるって言われたのは嬉しかったな。


 将来パン屋を目指す自信がついた。




 だから、今日の午後もパン作りをした。


 ルイスは渋ってたけど、意外と楽しんでいた。


 明日も絶対パン作りをしたい。






 +++







 


 そこに書かれている内容は、何処にでもいるような普通の少年が書いたそれそのものだ。

 毎日を楽しく過ごしていただろうことが常に書かれている。

 読んでいたミラースも、思わず笑みが零れそうになるほどだった。


(い、いけない! 読んじゃった!)


 途中でそのことに気付いたミラースは、慌てて日記を元の場所へと戻した。

 日記はほぼ毎日書かれており、10年前より以前の日付には特にルイスの名前が常に書かれていた。


(本当に…親友なんだ…)


 それはミラ―スがいつも感じていたことであった。

 幼馴染で親友同士。

 久々の再会だとし聞いていたものの、多少の食い違いや壁があるとしても、その関係が崩れるようには見えなかった。

 まるで、ようやく繋がったピースのようだった。

 しかし、そんな二人の間に自分なんかが割って入ってしまって良かったのだろうか。

 二人を見るたびに、そのことばかりが罪悪感となって彼女の頭に過ぎるのだ。


「でも、あたしには…」


 自分はもしかしたら余計な横槍の存在かもしれない。

 二人の―――この町の幸せさえも砕いてしまう危うい存在かもしれない。

 だがそれでも、今のミラースにはこの町、この場所、あの二人といることが、この上ない幸せなのだ。


「あたしにはここしかないから…二人といつまでも一緒に居たいです…お願いします、黒鷹神様……」


 ミラースは静かに、祈るように両手を合わせた。









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