第三幕~青年は日常を楽しむ5
その日の夜。
今夜の夕食はミラースが作ったものだった。
しかもいつも出ているポトフではなく、今回は新しい料理にチャレンジしたとのことだった。
「パエリアか! 難しかったんじゃないか?」
これまでとは違い、一気に食卓が豪勢になったようであった。
ルイスとエスタの二人は驚きと喜びに満ちた表情を浮かべ、目の前の料理を見つめる。
が、何処か不安も見え隠れしていた。
「本で作り方が載っていたから作ってみたの…それに、お米が余ってるみたいだったし」
エスタはたまにアークレおばさんから色々な食材を―――半ば強制で―――貰うことがある。
生野菜から保存食までと様々ではあるが、パン屋を営む故にどうしてもパン中心の食生活になってしまい、米は自然と手に余る食材となっていた。
どうにかパンに使えないかと保存して蔵にしまっていたわけだが。
まさかこんな料理になって食卓に並ぶ日がくるとは、米たちも思っていなかっただろう。
「―――問題は、これが美味いかどうか…だよな」
失礼なことを口走るルイスではあったが、内心エスタも同意見であった。
ミラ―スはこの料理を今日、始めて作ったのだ。
何か失敗をしている可能性は、ないとは言えない。
「大丈夫だよ、味見したし」
むぅ、と頬を膨らますミラース。
迫られる二人は覚悟し、パエリアを小皿に取ると、揃って口に入れた。
「…どう?」
直後、二人の口角がつり上がる。
「うん、美味しいよ」
「もしかしたらエスタより才能あるかもな」
それぞれそう言うと二人は手を休めることなくパエリアを口へと運ぶ。
『美味しい』と言って喜んでもらえる。
その初めての感覚は、ミラースを感激させた。
全身に衝撃が走るようで。
込み上げる感情に合わせ、その大きな翼が開いた。
「うぅ……ふわぁん!」
突如、ミラ―スは大粒の涙を流して泣き出した。
晴天の霹靂とも言える事態に、二人はスプーンの手を止め、目を丸くした。
「だ、大丈夫だよ! す、すごく美味しいから! ごめん、ごめんね!」
「何でお前が謝ってんだよ! ミラースちゃん…ほら此処は笑うところだよ? 笑って笑って…?」
その姿はまるで、泣きじゃくる赤ん坊を必死にあやす男二人と言ったところ。
シドロモドロに手を踊らせる二人と、スプーン片手に泣き止まない少女の描写は暫く続いた。
すっかり騒動となってしまった夕食を終えた三人。
ミラースは泣き疲れ、ソファーで眠っていた。
エスタとルイスはと言えば、二人はキッチンにいた。
実は夕方買出しに行ったルイスは、とあるものをついでに買ってきていたのだ。
「じゃじゃん!」
取り出したのは結構な値の張りそうなワインだった。
即座にエスタは顔を顰める。
「ぼ、僕朝早いし…お酒は飲めないんだ」
「なんだと? 折角俺が買ってきたんだぜ」
午前にあったいざこざの侘びなのだろうと察してはいるものの、エスタは飲むことに躊躇う。
実際、彼はお酒を飲んだ記憶が殆どない。
と、ルイスは強引にエスタの首へ腕を巻いて言う。
「ちょっとだけでも良いんだ。嫌ならただ付き合うだけでも良いからさ」
ここまで頼み込まれたことなく、買って来てくれたものを無下にもできない。
エスタは根負けし、口角を上げながら首を縦に振った。
「判ったよ…ちょっとだけなら、ね」
そう決まると早速、ルイスは戸棚からグラスを二人分出すように頼み、自分は一緒に買ってきた栓抜きでコルク栓を抜く。
芳醇なワインの香りが、キッチン内に広がる。
二つのグラスがテーブルに並べられると、ルイスは直ぐにワインを注いだ。
ワイングラスではないのが生憎であるが、それでも紅く輝くワインはまるで宝石の海のようであった。
それぞれ椅子に腰掛け、ルイスはグラスを掲げる。
あわせるようにエスタもグラスを掲げ、そして重ねた。




