~とある男の最期~
―――マーディル暦2015年、03、05
男は静かに目を閉じた。
もう駄目か。
そう思った。
久しぶりに帰った故郷。
笑顔で迎えてくれた妻と子供との他愛のない会話。
まるで昨日のことのようであった。
いや、昨日のことだった。
男は故郷の村に帰って来てまだ、二日目だった。
妻と我が子と久々に過ごした時間はまだ一日と経っていない。
戦地へと帰るのは後三日ほどあったのだ。
しかし、そんな束の間の休息に、凶刃は振り下された。
男は閉じかけていた瞼を開けた。
傍らに横たわる妻。
彼女は必死に我が子を抱えたまま、絶命していた。
手首から脈は感じられない。
そんなとこを診ずとも男は解っていた。
何せ、彼女の下半身は砲撃だろう一撃によって―――いや、これ以上は語らないでおこう。
男は腕の力だけで前へと進み、母に抱かれている我が子へと触れた。
愛しき子供は幸い、傷一つ付いていない。
無邪気な顔で眠っていた。
よくもまあ、こんな中で眠れるな…。
こりゃあ将来は大物か…?
悠長にふと、そんなことを思って笑ってしまう男。
だがそう思うのも当然だ。
男たちの傍らでは、激しい轟音が聞こえ続けていたからだ。
音の原因については、男も知っているものだった。
その砲撃音は今も止まず繰り返し起きている。
こうして家族が横たわる直ぐ隣にも、今まさに砲弾は落ちてくるのかもしれない。
が、しかし。抵抗しようにも男はあまり良く見えなかった。
既に男の視界は、何も見えない状態になっていたのだ。
それでも、我が子の温もりだけは、判る。
男は力を振り絞り、妻とそして我が子を強く抱きしめた。
この子だけは…せめて守ってみせる―――!
愛する妻が愛する我が子にそうしたように。
男は再び、静かに瞼を閉じた。
それから、男の意識が呼び覚まされることは―――なかった。
***
男が知ることはなかったが、その強襲は大戦相手の旧国家側が起こしたものであった。
既に敗色濃厚であった旧国家側が見せた、最後のあがきとも言うべき襲撃。
それが、男の故郷だったのだ。
旧国家側の突然の強襲に村人は成す術もなく、小さな村は壊滅状態となった。
しかし、それが彼らにとって最後の一勝となる。
その強襲により旧国家側の隠れ拠点が発見され、軍は進軍。
そして間も無く、軍は旧国家をせん滅し勝利。
長かった大戦に終止符を打つこととなったのだ。
こうして、終戦のきっかけを作ったという旧国家最後にして最悪の勝利。
その悲劇の舞台となってしまった村は、本来ならば人々の心と歴史に名を刻むべきだった。
―――が、しかし。
その村の詳細、後日談、そして事件そのもの自体。
後世に語られることはなかった。
その真相は、一部の者しか知らない。




