第三幕~青年は日常を楽しむ1
―――マーディル暦2033年 08、18。
天使の少女と暮らすようになってから5日。
マーディル暦でいう一週間が経過していた。
例の少女ミラースがエスタの家で暮らすようになってから、彼の家はより一層と賑やかになった。
エスタの朝はいつもと変わらず早い。
小麦からパンを作り、そして焼いていく作業の繰り返し。
だがそれは一人ではなくなった。
傍らには少女の姿。
彼女はせめてもの恩返しということでエスタの店を手伝うようになった。
勿論その身形ゆえにひっそりとした手伝いであり、人前には出ることはできない。
それでも、一人でも手伝いが増えることはエスタにとって、ありがたいことであった。
何よりも、会話があるというのが嬉しかった。
「これ、どうするの?」
焼いたパンを篭に詰めるとミラースがそれを手にエスタへ尋ねる。
成形したパンを丁度鉄板に並べ終えたエスタは、額の汗を拭いながら答えた。
「店の方に持って行って良いよ」
にっこりほほ笑むエスタ。
返すようにミラースも笑みを浮かべ、篭を店内へと運んでいった。
店内はまだ準備中なのでカーテンが閉められている。
これならば彼女が外から見える、ということはない。
篭を店のテーブルに置き、彼女は静かに吐息を漏らした。
と、そのときだ。
「ちわーっす」
準備中という掛札があったにも関わらず開かれる扉。
一瞬驚くミラースであったが、その人物を見て直ぐに安堵に笑みを浮かべる。
「ルイス、おはよう」
ルイスは片手を挙げ、笑顔を見せると店内奥へ足を運んだ。
「エスタは?」
「まだパン作り。でも、もう終わりだよ」
作業場兼キッチンにはいい匂いが広がっている。
その匂いに膨れ上がる空腹感を抑えながら、ルイスは作業中のエスタへと片手を挙げた。
「よう!」
「ああルイス! 最近早いね」
そうか? と、言いながらルイスは両手をポケットに入れたままエスタの傍らへ歩み寄る。
と、一瞥した先にあった焼きたてパンを一つ、手に取った。
「やっぱ朝飯は駐屯所の不味い飯よりお前のパンの方が美味いからな」
そう言って彼はパクリとパンを口にした。
その行動に声を上げたのはミラースだった。
「あー! つまみ食いずるい」
直後、彼女のお腹からは大きな虫の音。
エスタとルイスの二人は顔を見合わせ、そして声を上げて笑った。
真っ赤な顔を浮かべるミラースも、はにかんで見せた。
「じゃ、朝ごはん食べてから店開くよ」
「やった!」
喜ぶミラース。
と、直後。
彼女の翼が大きく開かれた。
近くにいたルイスとエスタは慌てて避けたが、エスタは顎が直撃し、そのまま倒れた。
舞い散る白い羽根の中、伸びてしまったエスタに駆け寄るルイスとミラース。
「おい、大丈夫か?」
「ご、ごめんなさい」
顎の一撃というよりも、転んだ拍子に頭を打ったらしく。
後頭部を押さえながら彼は笑みを浮かべて答えた。
「だ、だいじょぶ…」
「ごめんなさい」
「良いってミラースちゃん。避けれなかったこいつの責任だから」
それから暫くして、いつも通りに朝食がこの場で始まる。
勿論食事の用意をしたのは後頭部を押さえていたエスタだった。




