第二幕~青年は翼を見る9
先ほどの怯えた様子は薄れ、恐怖に凍りついた表情は消えていた。
少女の顔は未だ震えてこそいるが、エスタに気を許しているように見えた。
エスタを一瞥した後、少女は視線をパスタへと移す。
よっぽど空腹なのだろう。
彼女は暫く、そこから視線を外そうとはしなかった。
しかし、手を出さないのは未だ完全に警戒を解いたわけではないからなのだろう。
その小さな両手は震えながら、器の手前で停止していた。
「大丈夫、毒とかは入ってないよ」
と、エスタはパスタを一本摘むとソースに軽く絡め、それを口に入れてみせた。
実際ルイスとしての感想では、そのパスタ自体はこれと言って美味しいというものではなかった。
二日酔いに効く、消化に良い、という名目の薬草を兎に角煮詰めて味付けしたソースだからだ。
言うならば薬膳料理といったところ。
身体に良くても、格別美味しいというわけでもない。
だが、エスタは満面の笑顔を見せて「ほら、美味しいよ」と言った。
その言葉が一番の決め手になった。
少女の止まっていた手がフォークを掴んだ。
しかし、掴んだだけであった。
少女はフォークを片手に持ったまま、もう片方の素手でパスタを摘み始め、食べだしたのだ。
エスタを真似たのか、よほど空腹だったのか、定かではない。
ただ、これだけは確かだ。
少女はとても美味しそうに、幸せそうにパスタを頬張っていた。
そして、その瞳からは涙が溢れ、零れていた。
少女がパスタや他の料理も結局ペロリと平らげ、落ちついたところで、話しが切り出された。
エスタ、ルイスと少女はそのまま居間にいた。
少女は部屋隅で満たされたお腹を押さえながら満足そうにしゃがみ込んでいる。
傍らの器たちは綺麗に空になっていた。
と、エスタはキッチンから持ってきた水の入ったグラスを、少女の前に置いた。
少女は一見、エスタに気を許したように見えるが、実際は違う。
少女が口にする前には必ずエスタが毒見をしなければ、彼女はそれを口にしようとしなかった。
彼女のために持ってきた水も、エスタが先ず一口飲んで見せた後、少女は口にした。
かなりの警戒心ではあるが、その身形をしているため、当然と言えば当然の警戒でもあるとルイスは思った。
「美味しかったでしょ?」
マイペースに笑みを見せているエスタ。
だが少女の方に笑みはない。
お腹は満たされたが、未だに警戒心は全て解いてはいない。
しかし、先ほどのような異常な怯え方もしなかった。
「名前…教えてくれるかな…?」
少女は俯き、それから口を開いた。
「…ミラース」
始めて少女が喋った瞬間でもあった。
エスタはしゃがみ込み、彼女からある程度距離を保った状態で更に尋ねた。
「どこから来たの…?」
直後、少女の眉が顰められる。
エスタは直ぐに「無理に答えなくても良いよ」と付け足す。
すると少女は俯いたまま、話しだした。




