第二幕~青年は翼を見る7
「ルイス!?」
予想外の事態にエスタは驚き、ルイスの肩を揺さぶる。
酷く顔色が青白い。
そして何よりも、息が荒かった。
苦しそうに片手で口元を覆いながら、ルイスは告げた。
「…気持ち悪い……」
一瞬にして静まり返る部屋。
どうやら二日酔いが此処に来て甦ってきたらしいのだ。
というよりも、彼は今の今まで我慢していたようであった。
そのままルイスをベッドで寝かせると、今度はエスタが溜め息を漏らした。
「今日はもう良いよ…水と二日酔いに効く薬持ってきてあげるから、ゆっくりここで休んでよ」
小さく頷くルイス。
しかし、実際あまり良い状態ではないようで。
これはゴミ箱と雑巾が必要になりそうだった。
急ぎ足でエスタは下の階へと向かうべく、部屋のドアを開ける。
と、立ち去り際。
エスタはおもむろに言った。
「ホントにありがと…僕、ルイスが親友で良かったよ」
独り言のような呟く声。
それから、扉が静かに閉まる。
独り部屋に残されたルイスは深呼吸を繰り返しながら、天井を見つめた。
「ありがと…か…」
静かに息を吸い、そしてゆっくりと吐く。
そうして、ルイスは瞼を閉じた。
夜。
相変わらす黒い雲が空を覆うこのドガルタの町。
昼間より若干暗くなっているから今が夜だろうということは判るが、結局のところこの町で一番正確な時間を刻むのは時計だけ。
朝日も月夜もこの町には無い。
しかし、それを寂しいと思うものはいない。
何故なら、この町に住む人々はそんな町でも良いから住んでいるのだ。
様々な理由があるわけだが、とりあえずこの町で空を恋しがる人はいない。
そもそも、半日ほどバスに乗り込めば雲も晴れ、空が拝める。
問題などなかった。
一方でエスタ宅。
二日酔いも治り、晴れ晴れといった顔を見せているルイス。
彼はすっかり上機嫌となり夕食をご馳走になっていた。
今日の晩御飯は薬草ソースの冷製パスタ。
と、昨日のあまりものだ。
二人は暫し平穏に食事をしていた。
が、突然。
居間から物音が聞こえてきた。
ルイスとエスタはフォークの手を止める。
ゴトリ、と、何かが落ちる音。
顔を見合わせた二人はそれを合図に揃って居間へと向かった。
暗い居間の中では何かがもそもそと動く物音だけが聞こえてくる。
エスタはランプの灯りを灯した。
「っ…!!」
と、直後。
ソファーの向こう側から、白い翼が広げられた。
突如現れた白いその翼にエスタとルイスの二人は驚きを見せる。
まるで威嚇するかのような羽ばたきに思わず身構える二人。
そのときだ。
大きな、唸るような音が部屋中に轟いた。
それは同じくソファーの向こう側から聞こえてきた。
「―――ちからが、はいらない」
少女の呟きが聞こえてくる。
二人は恐る恐るソファーの方へ近づく。
と、そこでは少女が翼を広げたまま蹲っていた。
寝起きだからか、彼女からは伝説にあったような敵意も憎悪も呪いも恐怖さえも感じられない。
翼さえなければ、その辺にいる少女と何ら変わりは無かった。
「やっぱりだよ、ルイス」
「何がやっぱりだ…?」
「彼女は伝説の天使かもしれない…でも、悪い子じゃないよ」
そう言っているエスタは満面の笑みをルイスに見せつけていた。
天使は全てが悪い人間じゃない。
どうしても、エスタはそれを断言したいようにも、ルイスは感じた。




