第二幕~青年は翼を見る1
―――マーディル暦2033年、08、13。
次の日からルイスはエスタの店に顔を出すようになった。
エスタがパンを捏ねる朝も早くからやって来ては昼のピーク時も店を手伝い、夕方の片付けまで手伝った。
ルイスは一応仕事がある故に厳格の象徴とも言える軍服を脱ぐことは出来ないらしいのだが。
それでも、整った顔立ちに女性受けのする性格の彼は、瞬く間に町の女性たちを虜にした。
「ありがとうございました-!」
軽快な声を店内に響かせれば、客の女性たちはご機嫌な顔で店を後にする。
「ルイスもまた明日ねー」
「今度こそ一緒に遊んでね?」
そうして、今の客で今日も完売終了となった。
エスタは早速モップを取り出し、清掃を始める。
ルイスが店の手伝いをするようになってから今日で5日。
マーディル暦で一週間が経つわけだが、彼のおかげか店は何時にも増して繁盛していた。
今日も夕方を待たずして閉店となったくらいだ。
「今日も助かったよ、ルイス」
「まあな。つーか、だったらアルバイトの一人くらい雇えよ。そんな金に困ってるわけでもねーんだろ?」
と、エスタは言葉を詰まらせる。
彼がアルバイトを雇わない理由。
それにはこの町の環境が関係していた。
「うーん…雇いたいけど、住民の大体が工場で働いてるからね」
この灰の町は世界唯一にして、随一の工業の町。
故に住民のほぼ全てが工場で働いている。
エスタのパン屋が並ぶ商業地区も、工場と直結している店がほとんどで、働いている人もつまりは工場関係者なのだ。
子供もいずれは後を継ぐか、町を出て行くかしかしないほどであった。
「町の外まで行ってアルバイト募集する暇もないしさ…」
「そっか、大変だな」
「でも大丈夫だよ、ルイスが辞めたらここで働いてくれるだろうし」
あのなあ、と、エスタの冗談にルイスは溜め息を漏らす。
そして二人は顔を合わせて笑い、モップと雑巾を手に店内の清掃を再開した。
「今日はどうする? また夕飯食べていく?」
「ん? ああ…今日は悪いけどパスな。駐屯所の先輩に捕まってさ…」
今夜、酒を飲む約束を無理矢理交わされた、とルイスは話す。
しかしそれも仕方がないとエスタは思う。
ルイスはこのドガルタに来てから今日までの一週間。
ずっとこの店とエスタに付きっきりでいてくれた。
仕事の話しや上司のご機嫌取りなんてことも必要だろうはずなのに、エスタと共に過去の思い出話に華を咲かせていた。
そろそろ、他の者とたちとの付き合いがあっても仕方がないのだ。
「いいよ、僕の方は気にせずに。飲んできなよ」
その代わりまた明日にでも続きの話をしよう。
そう言って満面の笑みをみせるエスタ。
「続きの話し…?」
「ほら、昔近所の花を摘みに行って、其処の家のおじさんに叱られたって話」
「あ…ああ…それか……あの花の名前が何なのか、思い出そうって話だっけか?」
「そう! あ、でも実は僕思い出したんだ、あの花の名前」
エスタはそう言うと何処か得意げに笑って見せる。
そんな彼を「なんだよ、教えろよ」とルイスは小突く。
しかしエスタは左右に頭を振って答えた。
「駄目だよ。そもそもルイスってば思い出話以前に昔のこと凄い忘れてるし…せめてそれくらいは思い出してよ」
ルイスは頬を掻き、笑みを漏らす。
彼特有の取り繕う笑顔だけは、未だ変わらないのだろう。
溜め息をつきながらエスタはそんな事を思い、モップをバケツの水に浸した。




