第一話 運命―出会い ①
春。桜が咲き、大地に命が芽吹き始めた頃、高校二年になった覚王 帝斗は恐怖にその身を支配されていた。
「な、なんだよ…………あれ……?」
例年通り始業式が午前の内に終わり、足早に帰路に就いた帝斗。
もう家まで道半ばといった所で、そいつは何の前振りもなく現れた。
3mは優に超える巨体、肌は青白くその腕には体の半分はあるだろう無骨なこん棒が握られている。
そんな化け物が帝斗の目と鼻の先でキョロキョロと、首を振りその場で右往左往している。
(俺には気づいていないのか……?)
化け物は帝斗に対しては背を向けており、こちらには気づいていない様子。
(あんなのに関わったらまずいだろ……! どうにかここから離れねぇと……)
そう思い、元来た道を戻るため体を後ろに持っていこうとするが。
(!! 足がっ……動かねぇ……!)
恐怖に竦んだその足は帝斗の意思に反して地面に根を生やし、そこから微動だにしない。
どうにか動かそうと両手で足を力任せに引っ張る。 が、
(うおおおっ!?)
足が地面から離れたはいいものも、その反動で腰から崩れ落ちそれほど大きくはないにしろあの化け物に聞こえるには十分すぎる音を立ててしまう。
「やっ……べぇ…………」
瞬間。
目が合った。
顔の半分を占める、大きな大きな一個の目。
それがこちらを見つめている。
帝斗に襲い掛かる恐怖は否応なしに倍増していく。
「ン? ニンゲンカ?」
それまで見つめるだけだった化け物が、口を開きしゃべりだした。
「オレガワカルノカ?」
「あ…………あぁ…………」
化け物に対し竦みあがった帝斗は口を動かすことができず、冷たい汗が頬を伝うばかりで、投げかけられた言葉にただうめき声を上げるしかなかった。
「マア、イイ。コロスカ」
『殺す』 あっけなく告げられた言葉に、帝斗の中の恐怖は限界に達し絶望へと変わり現実となってその身に振りかかろうとしていた。
あの大きすぎるこん棒を、軽々と持ち上げ今にも振り下ろそうとする化け物。
それに対し逃げることも抵抗することもできない帝斗は、その時を待つしかなかった。
こん棒は圧倒的な質量をもって、帝斗の体を押し潰す。
はずだった。
「――――!」
ひしゃげるはずの帝斗の肉体はまったくの無傷。
さらに、一拍置いて顔全体に何かがかかる。
手で拭って確かめてみる。
ひどくべっとりとした感触に、身の毛がよだつ。
ゾッとするほどその手は赤く染まっており、ほのかに鉄の匂いが香る。
血だ。直感的に帝斗は理解する。
一体何が。そう思い困惑した面持ちで、そこにいるだろう化け物へと視線を上げる。
果たして、帝斗が目にしたのは。
あの恐ろしい目があった顔は、首元から丸ごとなくなって血を噴き出し化け物は変わり果てた姿になっていた。
しかし、そんなものはほとんど帝斗の視界には入ってなかった。 なぜなら、
変わり果てた化け物。その肩に立つ少女に、すべての意識が注がれていたから。
肩にかかる紅色に染まった髪が風に揺れ、横顔からでも、誰もかれもが目を奪われるような端正な顔立ち。
その頬には、帝斗と同じように血しぶきを浴びている。
さらに目を惹かれるのは、少女が右手に持つ槍だ。
細く長く、鋭いほどに鮮烈な赤に塗られたその槍は、美麗な少女には似つかわしくない物騒な物に思える。
だというのに、不思議と違和感は感じない。
少女、化け物、血、槍、この全ての非現実が見事に掛け合わさり、まるで一つの巨大な絵画がそっくりそのまま外に出てきたような光景に帝斗は。
(美しい…………)
そう感じずにはいられなかった。
いったいどれほどの時間がたったのだろうか。
正確には数秒ほどしか経過していないのだが、帝斗にとってそれは永遠とも思えるほどで。
気づけば、帝斗とあまり変わらない年齢であろう少女は、3m程ある化け物の肩からまるで一段高い場所から降りてくるかのごとく軽く飛び、目の前に着地する。
彼女の動きに合わせ、帝斗の視線も付いていく。
初めて見る正面からの彼女の姿に、改めてその美しさに驚嘆する。
透き通るように綺麗な肌、ルビーのような紅い瞳、身長は180㎝はある帝斗の肩に届きそうなくらいで、芯が一本通ったような凛々しい佇まいをしている。
なにより目が惹かれるのが、くせっ毛一つない紅色の髪だ。
それをまた時間を忘れ眺めようとしていた時。
彼女の後ろにあった、見るも無残な化け物の体が、
突如、泡となって消えた。
「っ!?」
あまりに受け入れがたい物に、帝斗は目と口を限界まで開き驚愕してしまう。
そんな帝斗の反応をよそに、
「大丈夫? けが……ない?」
彼女は未だ地面に手をついたままの帝斗に槍を握っていない左手を差し伸べ、彼の身を案じる言葉を淡々とかける。
「……けがはないよ、大丈夫。ありがとう。…………ってか! あの化け物は!? 急にいなくなっちまうし……それに君もっ―――」
手を借りて立ち上がり感謝を述べつつも、自分の前で起こった不可解な事柄に、当然の疑問を彼女にぶつけようとする。
しかし、そんなこと知らないといわんばかりに、ふいっと帝斗に背を向け歩き出してしまう。
「ちょっ!? 待ってよ!?」
「貴方に……関係ないわ」
「…………」
彼女の冷たく、突き放すような言い方に、帝斗は押し黙ってしまう。
そしてそのまま、彼女は驚異的すぎるジャンプ力で住宅街の方向に飛んでいき、この場からいなくなってしまう。
唖然として見送ることしか出来なかった帝斗の頭には、最後に見た飛び去って行く彼女の横顔が、
どこか寂しく、儚げで、憂いを帯びた、おおよそ同年代の女の子が見せないであろう、その顔が。
強く強く、痛いくらいに、焼き付いて離れなかった。
◇
(昨日は、……一体なんだったんだろうか……)
朝、学校へと歩いて向かう道すがら、帝斗は首をひねり昨日のことを考える。
(まあ、いくら考えても答えは出ねぇし、どうでもいいかなっ!)
このとおり覚王帝斗という男は、ひどく楽観的な思考をしていてこの問題に対し思案することをほっぽり出していた。
しかしそんな帝斗でも紅髪の少女の事だけは未だ、頭の中で呑み込めていなかった。
(だけど、あの子の事だけはどうも、胸に引っかかるんだよなぁ)
『貴方に……関係ないわ』
ふと、彼女が残していった言葉が、蘇る。
(関係ない……か…………確かにそうなんだろうけど……)
と、そうこうしているうちに、学校の正門前までたどり着いていた。
一旦そこまで考えていた事を打ち止め、下駄箱がある昇降口へと向かう。
「よ……っと」
靴を脱ぎ上履きに履き替え歩き出すと、すぐに見えてくる階段を上っていく。目指すのは二年生の教室がある二階だ。
ちなみに、この学校は学年が上がるごとにクラスの教室が下になっていくため、三階建てのこの校舎で一番つらいのは一年生だ。
昨年までそれを経験していた帝斗は、だいぶ楽になったなと思いつつ、
(でも、めんどいのよねぇ……早く三年生になんねぇかな……)
と、二年生になったばかりだというのにそんなことを嘆いていた。
ほどなくして階段を登り切り、自らのクラス、一組の教室へと歩いていく。
途中、何人かの生徒たちとすれ違うが、その中に挨拶を交わすような知り合いは一人もいなかった。
(今年こそ、友達作んねぇとなぁ……)
そう、この男いわゆる、ぼっちなのである。
特にコミュニケーション能力が著しく低いわけでも、他人を無意識の内に不快にさせる才能があるわけでもないのだが、彼自身が持つある問題のせいで周りから距離を置かれてきた。
(クラスも変わって、俺のことを知らない奴が多い、今がチャンスだ……!)
心の中で一人意気込み、到着した教室のドアを勢いよく開いて黒板から最も遠い、一番後ろの列に属する自分の席へと進んでいく。
席に着きカバンの中身を取り出して朝の準備をしていると、一人の少女がこちらに向かってくる。
「覚王くん、これ、文化祭についてのプリント。来月までに書いて提出だって」
「ぶっ、文化祭!? 随分とまた気が早いことで……」
「それが、去年は終盤まで結構グダグダしてたでしょ? だから、今年は早めに色々と決めておこうって、先生が」
「なるほど。それでプリント配りと説明をまかされてるってわけか。委員長も大変だねぇ」
「今は委員長じゃないですぅー」
委員長と呼ばれた少女、時永 静葉は口を尖らせ否定する。
背中まで伸びた長い黒髪に、キリッとした目をしているがどこかあどけなさが残る顔立ち。制服もしっかりと着こなしていて清楚な感じを受ける。
昨日出会った少女とは違い、可愛いという言葉がぴったり似合う彼女は昨年帝斗と同じクラスで委員長を務めていた。
同時に帝斗に話しかけてくれる、数少ない人間の一人でもある。
だがそんなことどうでもいいといわんばかりに、彼の視線は一点に集中していた。
(委員長……やっぱり今日もでかいなっ!!)
胸である。制服の上からでも分かる大きな胸の膨らみに、帝斗は釘付けだった。静葉はその容姿とスタイルの良さに面倒見のいい性格も相まって、男子の間で根強い人気を誇っていた。
そんな帝斗のことなど露知らず、静葉は続ける。
「まっ、まあ、誰もっ、立候補する人がいないんなら……その時はやることになるかなぁって思ってるけど、その……」
「ん?」
と、そこまで話した途端に口ごもって下を向いてしまう静葉に首を傾げる帝斗。
やがて意を決したように顔を上げ、静葉は言う。
「その時は! まっ、また! 去年と同じように、副委員長……やって……くれる……?」
「ああ、別にいいよ。ほかにやりたいって人がいなけりゃだけど」
「そっか……よかったぁ……! ありがと……ね……」
ほっ、と胸を撫で下ろし安堵する静葉を見て、なんだか帝斗まで嬉しくなってしまう。
静葉が言うように一年の時に帝斗は副委員長をしていた。誰もやる人がおらず、このままでは埒が明かない状態に陥っていたので仕方なく手を挙げただけなのだが。
結果的にはこれのおかげで必然的に静葉と絡む回数が増え、しだいに普通に話せるようになり帝斗にとってもありがたい存在になっていた。
あ、そうだと、静葉は人差し指を立て思い出したようにもう一つの要件を告げる。
「それと、君の隣の席の転校生、今日こそ来るみたいだから、分からないこととかありそうだったら教えてあげてね」
「えっと……確か、学校の連絡ミスで登校日が今日からだって伝えちって、昨日は来れなかったんだっけ?」
昨日の始業式が今日ある入学式と間違って伝わってしまい、転校生の登校が一日遅れると担任の教師が話していたのを思い出す。
「そそ、……珍しい事もあるものよね、学校側のミスなんて。……ま!せっかくの友達作るチャンスなんだし、頑張ってみたら?」
頷きながらも痛いところを突いてくる静葉に、顔をしかめ呻きながら帝斗は答える。
「うぅー……っ! わっーてますよっ! そのくらいっ! ……てか、委員長もそろそろ友達になってくれても良くないですか」
そんな帝斗の言に、静葉はあわあわと慌てながらも、できるだけ平静を装って言い返してくる。
「わっ、私たちはっ、まだ知り合って短いしぃ……そこまで親しい仲でもないんだからっ……まだまだ知り合いの域に過ぎないというか……友達なんて、まだ…………てゆうか……絶対に嫌というか………」
「いや……友達のハードル高すぎない? 心折れるよ、俺」
なぜここまで頑なに友達になってくれないのだろうと、帝斗は静葉の気持ちを考えるもまったく理解できずにいると、
「おーい、みんなー、朝の会始めるぞー」
教室に入ってきた、担任である女教師の抑揚のない声が聞こえてきた。
それに合わせ、ほかの生徒たちも各々の席へと着席していく。もちろん、今まで帝斗と話していた静葉も。
「っと……それじゃ、転校生の事よろしくね」
「あいよー」
最後に言葉を残して足早に自分の席に戻っていく静葉。彼女が席に着くとほぼ同時に全ての生徒が着席を終え、それを確認した担任が一拍置いて口を開く。
「……よし、全員いるな。じゃ、朝の会を始める前に昨日言ってた転校生、紹介するから……入ってきてー」
あまりの適当過ぎる進行に、皆苦笑い気味になるがそれを差し引いても転校生に対する期待度は高く、クラスの過半数以上がその視線を教室のドアへと向けていた。
静かにドアが開き入ってきた人物に皆、思わず息を呑んでしまう。それまで興味がなく俯いていた者や、携帯をいじっていた者も全員が目を転校生の方に向けていた。
教室のところどころから、「すげぇ……」「綺麗……」などと感嘆の声が漏れてくる。そう。彼女は誰より美しかった。初めて見る者はもれなく見惚れてしまうほどに。
「あっ、ああ……!」
しかし帝斗だけは違った。なぜなら、
「よっし来たな、それじゃあ黒板に名前書いて自己紹介してくれ」
「はい…………」
紅い髪に赤い瞳、一度見たら忘れはしないであろうその姿。
「私は……火神 烈華です。……よろしくお願いします」
自らの名前とは真逆すぎるほどクールな態度で挨拶をする少女、烈華はまぎれもなく、昨日帝斗の命を救った大恩人、その人だったのだから。
「ああぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?」
帝斗渾身の叫びが朝から学校中に鳴り響いた。
「覚王うるさいぞー、はよ座って一年間お口チャックなー」
初めて書くんで、ここおかしくね?とかあったらジャンジャン言ってください。