魔境の主誕生
怖い……
けど、もう僕は覚悟を決めている。
食べたきゃ食べればいいよ……
大きな梟のような姿の魔獣を見ていると、向こうも僕の事をじっと見つめている。
「僕の事食べたいんでしょ? それなら食べるといいさ。 痛くないようにしてくれると助かるよ」
魔獣に話しかけては見たものの魔獣は首を傾げてキョトンとした目を僕に向けるだけだった。
「もしかして僕が怖いの?」
魔獣の反応は相変わらず首を傾げるだけで何の変化もない。
いっそ僕から攻撃してやろうと立ち上がると急に辺りを光が包み込む。
なんだ?
光が僕の体の周りに……
暖かい空気に包まれながらとても心地のいい眠気がやってきて僕はそのまま目を閉じた。
ずいぶんと長い間眠っていたような気がするけど、さっきと同じ景色だ。
あの梟の魔獣も居る。
さっきのはなんだったんだ?
「魔境の主様」
魔獣が急に声を掛けてきたので思わず「うわっ」と、驚きの声を上げてしまった。
「お前――、人の言葉を話せるのか?」
「私は名もなき魔獣。 人の言葉は話せません」
「何を言っている? 話しているじゃないか」
「おそらく主様はこの大森林の――いえ、この魔境の主となり住人である私の言葉を理解する能力を得たのでしょう」
魔境ってなんだ? 主? 僕は人ではなくなってしまったのか?
いや――最初から僕は人ではなかったか……
「良く分からないけど……僕はこれからどうしたらいいの?」
「まずは私をあなたの眷属にしていただけますか?」
眷属――その言葉を僕は知らなかったけど、なぜか意味が解ってしまう。
体も大きくなっている。
それに人間と言う種族ではなく、魔族と言う種族になった事を本能的に理解している。
僕は本当に生まれ変わってしまったようだ。
まあいいや、眷属化のやり方も理解している。
僕に頭を差し出す魔獣に触れて眷属化のスキルを使う。
魔獣には変化はないけど、しっかり眷属としての繋がりと言うか、絆のようなものを感じる。
せっかくだから名前も付けてやろう。
「今からお前の名前はオウルだ。 それから僕の事はディルって呼んでくれる?」
そう僕が告げるとオウルの体が淡い光に包まれ、中から進化したオウルの姿が現れる。
大きな梟の魔獣だったオウルが、眷属化と名付けによって獣人のようだけどそれとは違う獣魔人へと進化した姿だ。
今のオウルはどことなく梟だった面影を残している髪形で、色は黒と灰色が疎らになって野性味が残っている。
人間で言えば顔は美人で体は筋肉質。
胸は大きくて女性らしい曲線を感じるけど足の先には鋭い鉤爪が着いている。
「ありがとうございます。 ディル様」
「かまわない。 それよりも森の中心へ案内してもらえる? そこに僕の拠点となる場所を作る。 あと――何か服を着て」
オウルは「畏まりました」と返事をしてスキルを使い羽毛のマントの様な物を羽織って僕を森の中心へと先導する。
僕も服が破けてみすぼらしい格好だけど、裸ではないから大丈夫だ。
新たに芽生えた知識。
それは魔境の知識。
僕の支配領域はこの森全体であり、森が成長すれば更に僕の領域は広がる。
そして僕のスキルで拠点を作り、成長させる事で魔境の主としてのレベルが上がり、僕の能力も増す事が出来る。
能力が増すと何が出来るかはまだ分からないけど、今は眷属化を三人、拠点を作れば更に五人の眷属を召喚する事が出来ると理解している。
他には僕と眷属は魔境の恩恵によって不眠不休でも問題なく活動が出来るし歳も取らない。
支配領域内の魔獣や眷属達の能力も僅かづつではあるけど、主である僕はそれらを得る事が出来るようだ。
野良の魔獣達と比べると眷属達から得られる能力の方が割合も多く、強力な眷属を増やせば僕の能力も向上するし、魔境全体の強化へ繋がる。
眷属召喚は拠点さえあれば出来るようだけど、眷属化はスキルを使い、相手が眷属になる事を了承しなければ出来ない。
相手が了承していても僕を利用してやろうなどと不純な気持ちを持っていた場合、眷属化には失敗するみたいだ。
しかし僕にも理解出来ない事がある。
「オウルは人間だった僕をなぜ食べようとしなかった? ここが魔境になって僕がその主となる事を知っていたのか?」
「いえ、魔境になる事もあの場に居た事も全て偶然です。 私がディル様を襲わなかったのは種族は違っても小さい子供だったからです。 それに……」
なぜかオウルは口淀んだ。
「どうしたの?」
「申し訳ありません。 主に対して思ってはならない様な思いを抱いておりました。」
「僕は知りたい。 教えて貰える?」
「……私には子供が居りました。 しかし狩りに行っている間、若かった夫は私の帰りを待たずに自身も狩りに出かけてしまったのです。 その隙に他の魔獣に子供達を食い殺された過去があります。 その為、まだ幼いディル様を怖がらせないようにずっと――何が出来るわけでもないのに見守っていました。 そして――ひどく哀れに見えました。」
「僕が哀れ……か、僕から見た自分はとても惨めだったよ。」
僕はここに来るまでの経緯を軽くオウルに話した。
呪われた子供として村では不遇な扱いを受けていた事や街で物乞いをして行き交う人達にゴミを見るような目で見られ続けていた事。
そしてここに来る前に出会った自分よりも不幸だと思ってしまった女の子を見つけて救われたような気分になり北叟笑んでしまった事。
その女の子が持つ強い意志を向けられて怖くなって、思い切り殴って逃げて来てしまい、そんな自分自身を顧みて自暴自棄になっていた事も。
「僕は惨めだ。 僕より下の人間なんていないと思っていたのにそれを見つけて喜んでしまった。 そして、それでも強く生きて行こうとしてるあの子の事が怖かったんだ。」
オウルの目は少し鋭くなり僕の顔を見つめる。
睨みつけるような嫌な感じではない。
おばあちゃんが僕を叱りつける時の目に似ている――。
「私には音を、特にディル様の支配領域内の音を集めて聞き分ける能力があります。 先程森の入り口付近で魔獣達がざわついている声が聞こえました。 人間の女の子を見つけた様です。 特徴も一致している様ですし、ディル様が殴ってしまったと言う女の子が追いかけて来たのではないのでしょうか?」
「まさか? あの子が追いかけて来るわけがない。 目も見えないはずだし足だって悪い。 とても森まで来る事なんて出来ないはずだ。」
「別の子供かもしれませんが、どの道このままでは腹を空かせた魔獣に食べられてしまうでしょう。 今は魔境化によって魔獣達も戸惑っている様子ですが」
「それなら食わせてやればいい。 僕の知った事じゃない」
「二度と謝る機会がなくなってしまうかもしれませんよ?」
「僕が謝りたいなんて言った覚えはない――それに僕は生まれ変わったんだ! もう惨めなんかじゃない!」
「謝りなさい!」
オウルの眼光は鋭く刺々しい物へと変わり、けたたましい声を僕に向ける。
森が驚いた様にざわつき、眠っていた鳥達がバサバサと慌てて空へと逃げて行く。
僕も背筋が凍ったように固まって何も言い返せずただじっとオウルを見ているしか出来なかった……
そうだ、おばあちゃんも僕が何か言い訳をした時こうやって叱ってくれた。
でも――僕が誤ったくらいであの子がどうなる事もないじゃないか……
「今謝らなければきっとディル様は後悔し、再び自らを惨めだと思い至る事となってしまいます。 私の無礼に罰を与えると言うのならそれでも構いません。 謝りましょう」
あの子の為じゃなく――僕の為か――それなら……。
「オウルは飛べるんだろう? 連れて行って」
僕の声――震えてる……僕は変わっていないんだ、惨めだな……
オウルは直ぐ様、僕を抱きかかえ背中から出した大きな翼を羽ばたかせ、音もなく空へと飛び立つ。
正直な所僕は怖くなった。
それは空を飛んでいる事でもオウルが怒りを僕に向けた事でもない。
おばあちゃんと同じように僕を叱ってくれるような人が、僕の元を去ってしまうんじゃないかと不安になって――それが怖かった。
それに、僕が不甲斐ない態度を取っていれば、例え僕の元をオウルが去らなくても、オウルの言っていたように僕自身は変われずにいつまでも惨めなんだと思ってしまうだろう。
僕は――変わるんだ!




