~アトラス視点~ 主人への思い
「帰りが遅い! 遅すぎる!!」
私は情報収集を済ませて帰って来てはみたが、恐らくダンジョンに行っているであろうディル様がお戻りにならない。
「落ち着きなさい。 日は沈んだけど少しくらい遅くなる事くらいあるわ」
「黙れ! 今までにこれ程遅くなられた事はなかった! きっと何かあったに違いない! だいたい貴様は少々楽観的に考えすぎているのではないか? ジャレイフの時も自分の力が通用しないと言うだけで冷静さに欠いて言いくるめられていただろう!」
「確かにあの時は私も焦ってしまったのは事実だけど……アトラスは少し過敏すぎるわ」
この女、何を悠長に……
「私はダンジョンへ向かう! ミランダはここで待機してディル様の無事を祈っておいてくれ」
二人して捜索するのは愚行と言える。
ならば索敵能力に優れた私がディル様を探しにいくべきだろう!
当然ディル様の匂いは覚えている、一緒にいるセリルの匂いも。
≪ゲート≫を使ったと思われるので、ダンジョンまでは辿る事は出来ない。
颯爽と走り抜け、ダンジョンの第三階層までいっきに歩を進める。
走る事に集中するあまりここに着くまでの匂いを嗅ぎ分けるのを怠ってしまったが、何かあるとしたらここで間違いない。
途中ですれ違っていたとしてもそれはそれで、問題がなかったと言えるので構わない。
平静を取り戻し、落ち着いて匂いの嗅ぎ分けを行う。
なるほど、湖の辺りからディル様の匂いが……湖を目印にグルリと回り獲物を探していたようだ。
そして、匂いがここで集中している……、この場所で戦闘になり……ふむ。
鉄の擦れた匂い、焼けた皮脂……そして……ディル様の血の匂いがする……致命傷を受けたにしては匂いが少ないが苦戦を強いられていたようだ。
敵と思われる匂いに倒れた場所が見当たらない……ディル様達は逃走したのか?
グオオオオオ!
「なんだ? こっちは忙しくて貴様の相手などしていられないのだが?」
馬鹿でかいトロルが私に向かって走って来る。
そして射程に入るや否や攻撃を仕掛けてくる。
その攻撃を受け止めるが体の割に大した事がない。
煩わしいので首を折り、手足の肉を引きちぎり地面に這いつくばった顔を足で蹴り上げる。
そうだった。
多少はダメージは残るがトロルの再生能力は、この程度では絶命には程遠い……
案の定立ち上がり、私に多少警戒はしているようだがまだ戦う気がある様だ。
「あぁ……嗚呼あああああ!! 煩わしい! 」
本来私の奥の手として残しているスキル≪狂乱回鬼≫。
鬼人としての能力を最大限にまで開放し、本来の姿とも言える鬼の姿に変貌するスキルだ。
身体能力は上がり、鬼人としての妖術の類も使用可能になる。
さらにフェイントの類を私に仕掛けても、それら全て私の前では意味をなさない。
デメリットは私が本能的になり過ぎるゆえに狂暴化してしまう事くらいか。
本能の赴くままに、剥き出しの殺意で、肉を引きちぎり再生し始めた場所も更に肉を引きちぎり、食らっては吐き捨て、蹴っては転がして……
「もっとだ! もっと再生しろ! 喰わせろ! 嗚呼ああ……今更逃げようとするな。 我が死んでいいと――謂う迄――鬼籍に入る事を赦ぬううう」
ああ――こんな――事を……している――場合では……
「死ね、≪宵焉焰來≫!」
私は黒い炎を生み出し、トロルは跡形もなくそれに呑まれ、消滅する。
私は元の姿に戻り、辺りを匂いの嗅ぎ分けを行う。
なるほど、ディル様はここから二層に上がる道を引き返している。
だが、セリルとの距離が近い……背負っている?
血の匂いはしないとなると、状態異常か?
そんな敵が居るようには見えないが……
匂いを辿ると無事に二層に上がっていったようだ。
正確な時間は分からないが、≪ゲート≫を使ったにしては、帰りが遅いっと言う事はやはりセリルに何かあったのか……
二層でディル様が遅れを取る事もはずもない。
きっと歩いて宿に戻ったに違いあるまい……
ん? あの岩陰からは不自然に匂いが消えているな。




