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8話 父との会話

 長男の公輝が救急車を呼んで、近くの総合医療病院まで、剣斗の付き添いとして、救急車に同乗していった。


 道場内には、父の大輝、刀祢、心寧、直哉の4人が残る。


 刀祢は初めての真剣試合の後、身体が震え、痺れて震えている手の平を見ていた。


 木刀での真剣試合は危険すぎる。命の危険性まである。木刀を寸止めするルールは絶対に解いてはいけない。


 まだ、人を大怪我をさせたというショックから立ち直ることができない。あれだけ憎んでいた剣斗であっても、大怪我をさせたという負い目を感じる。


 今まで、中学になってから、早朝の4時に起きて、木刀を振って練習してきた。いつか師範代代理である剣斗を負かすために、努力をしてきた。そして剣斗に勝ったが、素直に喜ぶことができない。


 人を傷つけることが、自分の心の負担になることはわかっていたが、剣斗を大怪我させても、同じように負い目を感じるとは思わなかった。


 父の大輝が、刀祢の震えている手の平を押える。


 剣斗と試合をしている時は、心が不思議なほど鎮まっていて、遠くの針が落ちる音でも聞き取れそうなほど集中していた。いつもよりも集中力が高まって、戦術的思考もきちんと働いていた。あんな境地に達したのは初めてだ。



「人を傷つけることは、自分を傷つけること。人を殺すことは、自分を殺すことだ。その重さを背負っていけるほど、お前の精神は強くない。お前は優しすぎる。しかし、お前は人として正しい。武道家はその重荷を背負っていかなければならない。今のお前では精神力が弱い。だから二度と真剣試合はするな」



 刀祢は自分の心の弱さを知って、黙って深く頷いた。


 心寧が父、大輝の近くへ走り寄る。



「私は今まで剣斗師範代代理の教えに従ってきました。尊敬もしていました。しかし、間違いだったのでしょうか。わからなくなりました。館長教えてください」


「剣斗は自分を律するという意味を間違えていた。自分を律するとは礼儀作法を守ることではない。剣士としての誇りを持つことでもない。人に律することを強要することでもない。律するとは自分の経験において、自分に掟を持つということだ。律するという言葉の意味は深い。経験して学んでいくことでしか会得できない」


「それでは私は間違っていたのですか?」


「自分の経験において律しているのであれば良い。経験によって成長していく。心寧はまだ若い。自分を律するには、経験による自分の掟が必要だ。これからも、自分で判断して律していけばいい」



 心寧はその場で体の力が抜け、床へ崩れそうになる。隣まで来ていた直哉が心寧を支える。


 今まで心寧は剣斗兄貴を崇拝していた。その剣斗兄貴が間違っているとハッキリ言われ、自分の信じている柱が崩れていった。


 今の心寧は自分を考えがまとまらないだろう。しかし、今までのように薄っぺらい正義、礼儀などに縛られることはなくなる。これから、心寧がどのように変化していくのか、刀祢は不安だった。


 直哉は普段はにこやかに笑っている奴だが、自分のルールというものをしっかりと持っている。


 いつも笑顔の裏には、しっかりと自分を律している顔が隠れている。そういう意味では刀祢よりも直哉のほうが精神的に強いと刀祢は思った。


 直哉が心寧を支えたまま、刀祢に声をかける。



「今日は心寧を俺が送って帰る。刀祢は後始末をしろ」



 直哉は遠回りに、父の大輝と刀祢が、まだ話をすることがあるだろうと告げてくる。


 久しぶりに父の大輝と2人っきりで話をすることになる。刀祢としては何を話してよいのかわからない。今までのことを反省するつもりもなく、父、大輝に謝るつもりもない。


 今まで父の大輝が、刀祢の反抗や反発を容認してきた意味を知りたいとも思わない。それは父、大輝の考えであり、行動だからだ。


 そんなことを考えていると、直哉は刀祢に手を振って、心寧を支えて更衣室へ行こうとする。


 刀祢も心寧を送っていこうと考えたが、心寧の崇拝していた剣斗を倒したのは刀祢だ。刀祢が心寧の心の支柱を崩したとも言える。今の心寧に対して、かける言葉が見つからなかった。


 だが、何か心寧に対して言ってあげたいという心が刀祢の中で湧き上がる。



「心寧! お前はそのままでいいから! 自分を信じて、そのままのお前でいてくれ!」



 直哉だけに心寧を送ることを頼むのは情けないが、これ以上の言葉を刀祢は見つけることができなかった。


 道場の中には父の大輝と刀祢だけが残された。父の大輝も一言も話さない。刀祢も一言も話さない。道場は静けさに支配されていく。


 父の大輝が、無表情で刀祢に命を出す。



「師範代代理の剣斗が大怪我をしてしまった。道場としては教える役目の者が1人減った。人手不足だ。師範代代理はしなくていい。刀祢なりに門下生達に稽古をつけよ。時間の空いている時で良い。バイト代は日当で払ってやる」



 門下生達の稽古の指導を任せるということは、父の大輝が刀祢を認めたという証だ。


 そして、家で朝食と夕食をドカ食いして、小遣いを貰わず、昼食代も貰っていなかった刀祢が金銭に困っていたことを父の大輝は知っていた。


 今更、小遣いを欲しい、昼食代を欲しいとも言えず、意地を張っている刀祢は、バイト代とでも言わないと、金銭を受け取ることはしない。


 父の大輝が気遣って言っていることがわかる。久しぶりに父の優しさに触れたような気がした。



「わかりました。責任は俺にもあります。門下生の指導をさせていただきます」


「刀祢の指導と稽古で、門下生達の成長が決まる。しっかりと励め!」



 父の大輝が刀祢を認めた一言だった。



「ありがとう! 父さん!」



 刀祢は照れながら俯いて呟いた。

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