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35話 見舞い

 刀祢達が暮らしている街よりも隣街のほうが倍ほど大きく公共機関も充実している。隣街の医療総合病院に剣斗が入院している。


 長男の公輝の話しでは、剣斗は脚もよくなり、今はリハビリできるまでに回復しているという。


 刀祢は剣斗のことが嫌いだ。だから今まで入院していても1度と見舞いに行かなかった。長男の公輝が珍しく、刀祢に声をかけ、剣斗の見舞いにいくようにいう。父の大輝からの言伝だそうだ。


 今更、剣斗に会っても、仲違いするだけで、剣斗も刀祢の顔を見て気分を悪くするだけだと思うが、父の大輝からの言伝なので無視できない。


 刀祢にとって父の大輝は、反発はできても、逆らえない存在だ。その言葉を無視することはできない。



「今度、剣斗兄貴の入院先へ見舞いに行くことになった」


「私も剣斗兄さんの病院へ見舞いにいきたい。一緒に連れて行って」



 刀祢が心寧に見舞いに行く話をすると、心寧も一緒に行きたいという。そして、休日の今日、隣町へ向かうために心寧と一緒に電車に揺られている。



「剣斗兄貴と俺が会っても、互いに機嫌を悪くするだけだぞ。本当に心寧は一緒に来てよかったのか?」


「うん。私も剣斗兄さんには今までのお礼を言いたいし、刀祢とお付き合いを始めたことを自分から報告したいの」


「そうか」



 普通電車に揺られること30分。ようやく隣街の駅に着いた。刀祢と心寧は改札口を出て、バスターミナルまで向かう。



「入院している剣斗兄さんを見舞うんだから、手土産ぐらいは買って行きたい」



 心寧はバスターミナルの近くの店で、剣斗に渡す見舞いの品を選び、ゼリーのギフトを選択する。



「これなら、日持ちするし、冷やして食べると美味しいわ」



 刀祢はそんな心寧の言葉を聞いて、さすがは女の子だと感心する。


 ゼリーのギフト詰め合わせが入った紙袋を刀祢が持ち、総合医療病院行きのバスを、バスターミナルで探す。


 総合医療病院行きのバスを見つけた刀祢と心寧がバスに乗り込むと、直ぐにバスの扉が閉まり、バスが発車した。


 吊革に刀祢が捕まり、心寧が刀祢の腕に捕まっている。


 バスに乗って20分ほど走ると、白くて大きな病院が現れた。総合医療病院だ。刀祢達はバスを降りて、病院の玄関を潜り、案内カウンターへ進む。


 案内カウンターで入院病棟へのエレベータの場所を聞いて、入院病棟の7階へ向かう。7階でエレベータを降りるとすぐ前に、ナースステーションがある。


 ナースステーションで面接書類にサインをする。剣斗は7階の個室で入院していた。病室の前まで行き、表札を確かめて、ノックをする。



「どうぞ」



 病室の中から、剣斗の声が聞こえる。刀祢は病室のドアを開けて中にと入る。刀祢の後ろから心寧が病室へ入り、ドアを閉める。



「刀祢と心寧か。俺の見舞いか?」


「ああ、父さんに言われてきた。これ持ってきた」



 剣斗はベッドを操作して上半身をもたれさせてベッドに座っている。そのベッドの上に刀祢は紙袋を置く。



「剣斗兄さん、お身体の具合はどうですか?」



 心寧が剣斗を心配そうに見つめる。



「ああ、膝の皿が見事に割れたり欠けたりしていたそうだが、簡単な手術で終わった。この後はリハビリをするが、これから先は激しい運動をすることはできない」



 その言葉を聞いて心寧は口元を押えて青ざめる。


 あの試合は剣斗と刀祢の真剣試合だった。刀祢が謝ることは剣斗の矜持を傷つけることになる。口元まで出かかっていた謝罪の言葉を刀祢は呑み込む。



「この間、父さんと公輝兄貴が見舞いに来て、破門は取り消された。しかし、この足ではまともな剣術もできない。もう剣術をすることもない」



 剣斗はそう言って、吹っ切れたような笑顔をする。



「この病院で入院している間に色々なことを考えた。俺は弱者を許すという気持ちを持っていなかった」



 剣斗は少し刀祢達から目を逸らせて話始める。


 今までの剣斗は、自分の規律を基準として成り立たせようとばかりしてきた。その他大勢が、その規律についてこられるかどうかを考えたことはなかった。自分で作った自分の規律ばかりを見ていて、周りを見ていなかったという。



「木を見れば森は見えず。俺は1本の木しか見ていなかった。森の多くの木々を見ようとしなかった。それだけ自分の度量がせまかった。刀祢に負けて、館長である父に破門されて、自分の中の規律が崩れ去った時、初めて森が見えてきた」



 剣斗の言葉は難しく、刀祢は全てを理解することはできないが、剣斗の中で大きく心が変化したことはわかった。



「人は自分の感情や人格を持っている。それを無暗に否定して、良いことでも押し付けてはならない。人がその良さを感じれば、自ずと欲するものだということがわかった」



 あのプライドの高い剣斗が自分を省みるなどと刀祢は思ってもみなかった。



「刀祢は刀祢で生きろ。俺は俺で生きる」



 剣斗は刀祢へ顔を振り向いて、落ち着いた表情でいう。この時、初めて刀祢と剣斗との間で、壁がなくなったことを感じた。



「お互いに今までのことを言うのはやめよう。これから始めればいい」


「ああ、そうだな。剣斗兄貴」



 剣斗は薄く笑うとナースコールのボタンを押して、1人の看護婦を指名して呼び出す。しばらくすると、部屋に1人の若い看護婦が現れた。



春日琴音カスガコトネさんだ。俺が病室で落ち込んでいた時、熱心に相談に乗ってくれ、心身共に支えてくれた。そのおかげで立ち直ることができた」



 今は琴音さんと付き合っているという。そして刀祢に、あの試合と怪我がなければ、琴音と出会えていなかったと剣斗はいう。



「入院した時はどん底のような気持ちでいたが、琴音と出会うことができて、俺は幸せだ」



 春日琴音さんは小柄で童顔の可愛い人だ。この人が剣斗を変えてくれた。



「剣斗兄貴をありがとうございます」


「刀祢くんね。これから剣斗と私と仲良くしてね」



 剣斗と琴音さんは幸せそうに見つめ合って微笑んでいる。


 刀祢は心寧と付き合い始めたことを剣斗に伝えた。



「心寧は小さい頃から刀祢のことが好きだったからな。よかったな、心寧」


「今までありがとうございます」


「ああ、これからもよろしくな」



 剣斗は優しい眼差しで心寧と刀祢のことを祝った。

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