それぞれの結婚観
鬼について何もわからないまま、数日経って誰もお客様がいない時間帯に琥珀が現れた。
「やあこんにちは。お茶をしに来たよ。」
「いらっしゃいませ。どうぞお好きな席へ。」
メニューを渡し席をすすめる。琥珀はカウンターから遠い窓側にゆったりと座る。
「じゃあホットコーヒーと今日のケーキを。」
「はい。今日はさつまいものケーキです。」
「いいね。」
ケーキの準備をしながらちらと見ると、琥珀は本を読んでいる。毎回アイロンされたシャツを着ているところを見るとちゃんとした男の子なのだろうか。
「琥珀はいつも何をしてるの?」
「言ってなかったかな?僕は村役場の隣の神社で神主見習いをしているよ。父さんが神主なんだ。」
「でも森の小屋に住んでるって。」
「ああ、一人で住んでいるよ。たまに家に帰るんだ洗濯とか食事の用意をしてもらいに。」
「そうなんだ。」
「ああ。母さんがしてくれるからね。」
若いしそんなものかもしれない。自分でしないほうが多いのかも。
「お待たせいたしました。ケーキとホットコーヒーです。」
「ありがとう。いただきます。」
琥珀は豪快にケーキを頬張る。私はアクセサリー作りをし始める。琥珀が呼びかけるので作成を中断しカウンターから出て近くに立つ。
「雪乃は料理も上手だし、手先も器用だから夫を支えるしっかりした奥さんになるだろうね。この頃結婚を考えているんだ。」
「そうなんだ。」
「僕の妻になる人は自由にさせてあげたいんだ。家のことを全てしてくれたら、あとは好きにしてくれていいと言うつもりだ。」
「へえ。そう。」
ちょっと何を言っているか分からない。
「ああでも。自分で使うお金は稼いでほしいな。」
「それなら奥さんは家のこと全てするのは難しいんじゃない?」
「そうかな?それは甘えじゃないかな?時間はたっぷりあるのだから。」
「琥珀はそう思うのね。」
「世の男性は皆、そう思っているよ。結婚するからってそのまま長い時間働く仕事を続けるのも信じられないけどね。でも大丈夫、雪乃はきっといい奥さんになるよ。」
「そうかしら?」
琥珀の言っている事も彼自身も理解できそうにない。恐怖さえ感じる。全て家事をこなし自分の生活費も稼ぐのだと。それなら結婚する必要はない気がする。助け合い支え合う事が結婚だと思っていたのに。
「雪乃の仕事は片手間でできそうなものばかりだからね。家事をしつつできるじゃないか。」
流石に怒りがこみ上げてくるが抑える。相手はお客様だから。私はカウンターに戻りアクセサリー作成の続きを始めた。
その後も結婚観の話をされげんなりとしつつアクセサリーを作成していた。あんなに優しかった琥珀でさえこれなのだから、本当に世の男性は皆、こう思っているのだろうか。私が話した結婚式での話は忘れてしまったのだろうか。
琥珀は1時間程で帰って行った。
「やっと帰った。」
溜息をついてコーヒーを一口飲んだ。これから琥珀を見る度に嫌な事を思い出してしまうかもしれない。
今日は松岡さんの料理教室の日だ。なんとかそれまでに気持ちを整えよう。
「奥さんはどんな人がいいかですか?急ですね。」
「はい。松岡さんはどんな人と結婚したいですか?」
カレーを煮込みながら質問する。松岡さんはやはり手際よく料理をして、予定より早くカレーができそうだ。
「奥さんですか。うーん。」
「言いたくなければいいんです。すみません。変な事を聞いてしまって。」
頭を下げて話を終わらせようとすると松岡さんが慌てて答えてくれる。
「ああ。いえいえ、あまり考えた事がなくて。そうですね、どんな時も一緒にいたいと思える人がいいですね。」
「どんな時も?」
「ええ。悲しい時も。楽しい時もです。」
「そうですか。じゃあ家事はどうします?」
「うーん。多分頼ってしまうかしれないですね。家事は得意な方ではありませんし。でも私も定時にはあがれますし一緒にできるので私にも教えてほしいかななんて。だめかな?」
「いいえ。ありがとうございました。」
「私の答えでお役に立てたのならよかったです。」
「立ちました。ありがとうございます。カレーいい感じですね。」
「うわ、本当だ美味しそう。私はシーフードカレーが好きなんです。雪乃さんはどうですか?」
「奇遇ですね、私も好きです。」
「私達気が合いますね。」
やはり松岡さんは可愛らしい方だ。カレーの好みが一緒だっただけで気が合うなんて。
「あっ雪乃さんちょっと馬鹿にしてますね。じゃあ他も確かめてみましょう。好きな色は?」
「「白。」」
「おお。じゃあ好きな野菜は?」
「「蓮根。」」
「ええ。じゃあ好きな果物は?」
「「みかん。」」
「松岡さん私怖くなってきました。」
「すみません。自分から始めといてなんですが私もです。でもやっぱり気が合うでしょう?」
「そうですね…。あっ!カレー!カレー食べましょう!」
「そっ!そうですね!」
あの微妙な質問の答えがあうのは少々気味が悪く二人の間に微妙な空気が流れる。
ただ松岡さんが作ったカレーはとても美味しく料理を教える必要はない気がする。
「松岡さん、私料理教える必要ないですよ。」
「そんなこと言わずにまだ教えてくださいよ。次は鯖の味噌煮にしましょう。ねっ!」
「ええまあいいですけど。」
私は首をかしげながら松岡さんに料理を教える必要があるのか悩んでいた。
多分、家事もできるぞこの人。