新しい友達
琥珀が帰った後、幼稚園から先生方が出てくるのが見えた。たまにコーヒーを飲んで帰ってくれる先生もいる。その中にほぼ毎日来てくれる人がいる。男性の先生で背が高くて笑顔になると顔がくしゃっとなって、声が低くて濃い茶色の髪がふわふわと柔らかそうな、性格も優しそうな人だ。今日も寄ってくれるらしい、いつも1時間程かけてコーヒーを飲んで帰る。噂の松岡先生なのかな?
「いらっしゃいませ。」
「こんばんは。ホットコーヒーを。」
「かしこまりました。」
ゆっくりとお湯を注ぎコーヒーが落ちていくのを見ていると、目の端にチョコのパウンドケーキが目に入る。
「すみませんお客様、甘い物はお好きですか?」
「ええ。好きです。」
「もしよかったらこれ召し上がってください。チョコのパウンドケーキです。いつも来ていただいているサービスです。」
生クリームを添えてパウンドケーキの上にミントの葉を置きお皿をそっと目の前に差し出す。味見したけど意外とそこまで甘くなかったので生クリームはちょうどいいだろう。
「わあ、ありがとう。いい匂いだ。」
「お待たせいたしましたホットコーヒーです。どうぞごゆっくり。」
「ありがとう。いただきます。」
パウンドケーキを2つに切って一口で頬張った。意外と豪快な人なんだ。
「美味しい。ケーキは久しぶりです。」
「お口にあって良かったです。」
ゆっくりと微笑みカウンターの中に戻った。私がカウンターの中の椅子に座ると、その男性がお皿やコーヒーを持ってカウンター席へ移動してきた。
「ちょっとだけ私の話を聞いてくれませんか?」
困ったような顔をする男性は可愛らしく私は微笑みながら、
「ええ、私でよければ。」
と言いながら、彼の前に椅子を移動させた。
「私、松岡と言います。あのその、一人暮らしをしていまして。」
「ええ。」
「結婚もしておらず。恥ずかしながら30になるのですが。」
結局、何が言いたいのか。
「はい。」
「それで、ですね。あの、いえやっぱりこんなこと。」
「一応おっしゃってみてください。」
「週に一回位、料理を教えていただけませんか?」
「料理?私がですか。料理…。」
「はい。勿論月謝は払います。園児の手前お弁当をコンビニで買う訳にもいかず、色々つめるのですが、なんだか彩りも悪いし。そもそも夕飯もコンビニとかスーパーのできあいのものとか、飽きてしまって。」
「うーん。でしたらこのカフェが終わった後2時間、毎週金曜日でどうですか?ですから18時~20時まで。」
「はい!ありがとうございます。月謝は。」
私は言葉を遮る。
「ああ月謝は結構ですよ。いつも来てくださってますし。ただ材料だけ買って来てください。」
「それでは気が済みません!」
「まあまあ気になさらないでください。大丈夫です。私は神田雪乃です。一応、連絡先を交換しましょう。もしその日が駄目になったら携帯に連絡してください。」
「はい。雪乃さん。私は松岡悠輔です。では今週からお願いします。3日後ですが大丈夫ですか?」
「ええ。何を作りたいですか?」
「あの豚汁とか?」
「いいですね。だしの素とか使うのに抵抗がなければ簡単で便利なのですが、使ってもいいですか?」
「はい。簡単に作りたいので。」
「では野菜やお肉とか買ってきてもらうものをメモしますね。」
箇条書きで買うものを書く。味噌もだしの素もあるからそんなに買う物はないな。
松岡さんにメモを渡す。
「これをお願いします。」
「分かりました。何かお礼は絶対考えますからね!」
「うーん。じゃあお友達になりましょう。友達なら料理を教えるのも普通です。ねっ私達は今からお友達です。」
我ながらいい考えだ。料理を教えるだけでお金を貰いたくはない。
「えっ、はい…。」
何故、顔が赤くなったのかは分からないけどこれでいい。少し生活にはりが出るかもしれないし。
「ああ、松岡さんってこの村の方ですか?」
「ええ両親は隣の市に引っ越しましたが産まれた時からここにいます。」
「森に鬼が出るって噂聞いたことあります?」
「鬼ですか?」
「すみませんご存知なければいいんです。」
「子供の時に聞いたことがあります。ある女性を名指しで生贄に差し出せと言ったとか。それ位しか分かりません。」
「そうですか。ありがとうございます。」
仕方ない図書館にでも行こう。この村の図書館はとても大きく新しいのでお気に入りスポットなのだ。歩いて20分程度だし。
「それじゃ雪乃さんお願いします。」
「はい。じゃあおやすみなさい。」
松岡さんをドアまで送り看板をしまう。鬼の話がどんどん引っかかる。攫った訳ではなく生贄に差し出したのか。どっちが正解なのか。次の休みは図書館に行こう。