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名前がない感情


 朝から家事を全て済ませ店の入り口に今日は早く締めますという文言の張り紙をした。お客様は朝から数人来てくれる。コーヒーやサンドイッチを出している時でも鬼に持って行くご飯のメニューを考えていた。


 5時には締めて、ケーキを焼き始めた。チョコのパウンドケーキとスモークサーモンのサンドイッチとトマトのスープ。それにおにぎりとたまご焼きとハンバーグ。たくさん作って飲み物も持って森に入った。桜の下にレジャーシートを敷いて待った。30分程経って昨日消えた場所から鬼が現れた。


「本当にくるとは。馬鹿な娘。」


「昨日、助けていただいたお礼がしたくて。でも私ご飯しか作れないんです。だからたくさん作ってきたんで食べてください。」


 とにかくお弁当を鬼の前に置いていった。鬼はゆったりと座って私が準備するのを眺めている。


「なんだかえらく豪勢だな。宴のようだ。」


「お酒もあります。どうぞ召し上がってください。」


「では頂こう。」


 そう言ってゆっくりと味わうように食べ始める。おにぎりを食べおかずをたいらげ、サンドイッチをつかみスープを飲み干し何もかも綺麗に食べてくれる。


「うん。美味かったぞ。久しぶりだ手料理というものは。」


 お弁当を片付けケーキとコーヒーを出す。


「お口にあえばいいんですけど。どうぞ。」


「ふむ。美味いぞ。これは好きだ。」


 笑顔で言った鬼に誰かの面影を感じる。誰かに似ているけど誰かは分からなかった。


「あの名前を教えてくださいませんか?」


「名か。名は契を結ぶ者にしか教えられん。だが、うむ。では我の事は陽炎とでも呼んでくれ。」


「陽炎様。」


「陽炎で良い。様などむず痒い。」


「私は雪乃です。」


「ふむ雪乃もう森に入るでないぞ。」


「いえまた会いに来ます。陽炎に。」


「我は鬼だ。人を襲う。」


「調べたけどそういう文献はなかったです。」


「隠れてしているだけだ。」


「明夫を逃したし、私を助けてくれた。また来ます。」


「もう勝手にしろ。」


「優しいですよね。」


「じゃあな。気を付けて帰れよ。」


 片付けを最後まで見守って陽炎は帰っていった。また来てもいい。この嬉しいという気持ちはなんだろう。助けてくれたからだけだろうかこの気持ちに名前はつけられない。



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