初めてのデート
「私変じゃないかな?」
鏡を見ながらつぶやく。誰もいないのだから勿論返事はないのだけれど。今は日曜日の9時だから10時30分には家を出ないといけない。髪は巻いたけど全く服が決まらない。カフェではスカートとパーカーにエプロンなのでデート位は可愛い服を着ていきたいけど、全く服が決まらない。
「あーこんな事なら雑誌とか買って読んでおけば良かった。」
もういいじゃあワンピースにしよう、まだ寒いから白のセーターのワンピース。鞄はいつもの黒のショルダーバック。後はブーツ。もういいこれで行こう。
「次!次は頑張るから!」
よし行こう。遅れる方がよくないからね。バスの時間も調べておいたのでスムーズに乗る。余裕をもって10分前に着く事ができたけど松岡さんはもう既に着いていた。薄手のコートに水色のYシャツを着て黒いスキニーをはいている。背が高く細身なので足がとても長い気がする。
「おはようございます。雪乃さんなんだかいつもと雰囲気が違いますね。可愛いです。」
「松岡さんもかっこいいです。」
「ふふありがとう。そうだ、今日から悠輔って呼んで。俺も素でいくから。敬語もやめようとりあえず仲良くなる為にお互いを知っていこう。」
松岡さんは素だと俺なんだ。ちょっと意外だな。いつも1人称が私だから新鮮。
「うん分かった。悠輔さん。」
「ありがとう。雪乃さん。じゃあ行こう。」
「うん。」
悠輔さんの隣を歩くとなんだかいつもより人に見られる気がする。まあかっこいいから仕方ないか。少し都会の駅前からどこに行くんだろう。というかデートって何をするんだろう。移動は歩きと電車のようだ。電車に人はほとんど乗っておらず少し小声で話す。
「雪乃さんはいつも休みの日は何してる?」
「うーん映画を見てるかな。それか本を読んでる。」
「映画は俺も好きだな。本は仕事で読むからたまにしか読まないな。俺も休みの日は基本家にいるよ。ゆっくり過ごすのが好きだ。」
「私はたまに外に出るよ。図書館に本を借りに行ったりする。」
「へー雪乃さんは偉いね。俺は結構だらだらしちゃうな。でも朝から洗濯と掃除は終わらせるよ。」
「偉いね!」
「でしょう。さあここで降りるよ。それで5分位歩くよ。」
3駅隣の駅で降りる。ここは確か親戚に連れて来てもらった事があるぞ。
「さあ着いたよ。水族館だ。」
「やった。私、水族館大好き!」
「良かった。じゃあ入ろう。」
チケットを買ってくれていたようですっと渡してくれる。ありがとうとお礼を言って受け取る。次の時、何かお礼をしないといけないなぁ。
入ってすぐは1番大きな水槽で、中にたくさんの種類の魚がいる、大きなサメもいて迫力がある水槽だ。
「悠輔さんほらサメがいる!怖いね。」
「はは、そうだね。少し怖いかな。」
「なんだか怖くなさそう。」
「そんな事はないよ。」
その後はクラゲ。可愛いクラゲ、小さいのとか光っているのとかなんと可愛らしい。次はカラフルな小さいお魚のコーナーだ。オレンジや黄、青もいる。小さめの水槽がたくさん並んでいる。
「可愛い。色んな色で綺麗だなー。熱帯魚かってみたいけど。家でかうなら狭い水槽だもんなー。でもカフェの入り口とかにいいなー。」
「かいたいの?」
「うーん可哀想だからいい。またここに会いに来ます。また一緒に来ようね。」
「うん。そうしよう。」
お昼は水族館の中の小さなレストランで軽めにとった。夜は2人で鍋を作るそうだ。これはちゃんと事前に伝えてくれていたので問題なく準備もしてきた。
「そろそろイルカショーだよ。見る?それとも続きをゆっくりまわる?」
「うーん。続きを見てもいい?イルカも可愛いけど、この後の順路の深海魚を見たい!」
「うん。じゃあそうしよう。」
松岡さんはすっと立ち上がり歩く。意見を尊重してくれるけど良かったのだろうか。ちらと表情を見ると視線に気付き笑顔で返してくれる。少し恥ずかしいけど私も笑顔で返す。
「この魚、顔がくっ。」
松岡さんは案外笑い上戸だ。深海魚コーナーに足を踏み入れてからずっとこの調子で笑っている。うん楽しんでいる。大丈夫だ。
「見て雪乃さんこの魚も。くっ。ふっ。ブサカワ。」
「深海魚好きなの?」
「いや正直そんなに知らなかったけど、今日見てはまったかもしれない。可愛い。」
「ふふ良かった。」
その後、他の場所よりも時間をかけて深海魚を見た後お土産屋で涼ちゃんのお土産を買った。小さなラッコが上についている本体にキラキラの石が入っているボールペンにした。私は上がアザラシのものを自分に購入した。飾り付きのボールペンって久しぶりだし何より可愛い。松岡さんは職場にクッキーを買っていた。他の先生方もお土産を持ってきてくれたりするらしくお返しできて良かったと微笑んでいる。
「帰りますか。」
「はい悠輔さん帰りましょう。」
隣を歩いていると少しだけ手が触れる距離でたまに手が触れると思っていたらぎゅっと握られそのまま歩き出す。びっくりして松岡さんを見上げると彼もほんの少しだけ顔を赤らめていてああ私だけが照れているんじゃないと安堵する。大人が手をつなぐのを照れたまま帰途についた。
「結局、ご飯をカフェで作るってなってごめんね。雪乃さん。」
「ううん大丈夫。気にしないで。」
「そうか、ありがとう。じゃあ鍋作ろうか。」
「うん。土鍋は出してあるから。」
「うんじゃあ雪乃さんは手伝わないで、俺がするから。」
「えー手伝いたい。」
「だめだよ。今日は俺が作ってあげたいんだ。」
「分かりました。じゃあここでじっとしています。」
「はい、そうしてください。」
松岡さんは手際よく料理をしている。絶対に教える必要はなかった。あっという間に鍋を作ってくれた。卓上コンロを出しその上に出来上がった鍋を置く。みぞれ鍋のようだ大根おろしが綺麗に入れられている。
「美味しそう!悠輔さんって料理得意ですよね。」
「ごめんなさい。どうしてもあなたと接点を持ちたくて。」
「ふふ。許します。あつっ!」
鍋に手が少し触れてしまって思わず声をあげる。
「大丈夫ですか?」
松岡さんが慌てて私の手を掴み水を出してあててくれる。表情が本当に私を心配してくれていて優しいなとぼんやりと見てしまう。
「雪乃さん!大丈夫?雪乃!」
「はい!」
「なんで返事しないの!痛すぎて声も出ないのかと思ったでしょう。」
「ごめんなさい。大丈夫です。」
「良かった。雪乃は意外とおっちょこちょいなんだね。薬も塗ったし。さあ食べよう。」
いつの間にか軟膏を塗ってくれている。どこから出したんだろう。
「いただきます。」
「いただきます。…美味しい!温かくて美味しい。」
「良かった。さあたくさん食べて。」
鍋は優しい味がしてその優しさに涙が出そうなのをこらえて食べていた。こういう類の幸せは久しぶりだった。鍋を食べた後片付けも全部してくれて洗い物をしてくれている松岡さんを飲み物を飲みながら見ていた。明夫は食べたら食べっぱなし脱いだら脱ぎっぱなしな人だった。本当に何もしない人。私も働いているのに家事は手伝ってもくれなかった。結婚しなくて良かったのかも。そう思えたのは松岡さんのおかげだ。なんだか暑くなってきた。
「悠輔さん、私お礼がしたいです。前も助けてくれたし、今日もとっても楽しかったので。何かしてほしい事とか欲しいものとかありませんか?」
「雪乃さん俺はあなたに喜んでほしくてしてるんです。喜んでくれたらそれでいいですよ。」
「うーんでも私も何かしてあげたいです。」
「いいんです。俺は雪乃さんに笑っていてほしいんです。」
松岡さんはそれだけ言って片付けをし始める。どうしよう顔も良くて性格も良いなんてなんだか怖い。完璧過ぎて。しかも余裕だ。私を好きだと言いながら家に2人きりという状況にも特になんとも思っていなさそうだ。なんだろう少しだけこの笑顔を崩してやりたいと思ってしまって悪手を選んでしまった。
「雪乃さんどうしたんですか?片付けはもう終わりますよ。」
松岡さんの横に立つ。そっと肩に手を置き背伸びをして頬にキスをする。
「なっ。ゆっ。」
やったー。顔を真っ赤にさせて頬を抑えているあの余裕がある笑顔でなくなっている可愛い。
「悠輔さん私も大人ですからこれ位できますよ。もしかしたらもっとすごいことも。」
「えっ。その、雪乃さん。まだ早くないですか?」
「そうですか?もう私達大人ですし。」
そう言ってじりじりとにじり寄る。松岡さんは後ずさりしながら私を押している。可愛い。
とうとう松岡さんの体にぴたっと近付き耳元で囁く。
「…………。」
「えっ!俺はあなたを!」
体がふわふわしている。今なら飛んでいけそう。
「えっ雪乃さん!雪…」
私は眠りにおちていった。




