神にガチャられたんだが頑張らないと餌にされるらしい【短編版】
異世界召喚×ソシャゲ?
ノリと勢いで書きました。そんな感じですが、最後までお付き合いいただければ嬉しいです。
狭い、石造りの部屋だ。
円形のその部屋の中心には、やはり円形をした台座らしき物が存在している。
部屋を構成するざらりとした灰色の石とは違い、黒く艶のある石材で出来たそれは、中心に薄く青白い光を湛えた魔方陣が描かれていた。
しんとした空気。時が止まったかのようなその空間に、突如として変化が訪れる。
魔方陣が一瞬ばちりと音を立てたかと思えば、突如として青い輝きを解き放ったのだ。溢れ出る光の奔流は部屋を埋め尽くし、部屋に居る者の視界を塞ぐ。
空気の震えを伴い、ごうごうと不可思議な音を上げながら、その光は徐々にその勢いを弱めていく。
やがて、光が霧散したその中心には――一人の男が現れていた。
片膝をついてうずくまる彼は、視線を地面に落として微動だにしない。身体を支える腕には頑健さを感じさせる筋肉が見え、肩幅もかなり広い。
短く刈り上げた黒髪は精悍さを湛えており、やがてゆっくりと上げた顔にはところどころに傷跡が見える。
その見た目は、正しく『歴戦の猛者』。荒々しく武器を振るい敵を屠る様が目に浮かぶようだ。
「これは――」
そんな男を、じっくりと眺める視線が一つ。
美しい女性だ。長い赤髪はもぎたての林檎のように瑞々しく、瞳は生い茂る木々の葉を思わせる深い緑。
スラリと背の高い身体を真っ白な衣に包み、その白さに負けず劣らず白い肌は頬にのみ赤みが差している。
彼女は呟くようにそう言った後――
「来たーーー! 絶対星5でしょコレ!!」
なんだか下品な感じの、喜びの声を上げた。
**************
男は、困惑していた。
眩む視界、酷い耳鳴り、ぼんやりとした意識。端的に言えば、前後不覚。世界を正常に認識できない状況に突然追いやられ、混乱するのは当然と言えた。
徐々に取り戻されていく感覚の中で、彼は自分が今片膝をついてうずくまっているのだと気が付く。ゆっくりと目を開くと、自分の身体がちゃんと存在しているのを視認できた。
確かめるようにゆっくり立ち上がる彼の姿は、筋骨隆々、顔には傷跡、目つきは鋭い。正しく『歴戦の猛者』という風体の彼はしかし、着衣のみがフォーマルでアンバランスだ。
おもむろに立ち上がったその身を包むのは、真っ白な半袖のワイシャツに、黒いスラックス。
革靴の足を一歩踏み出してみればカツンと硬質な音が鳴り、視線を向けると真っ黒でつるりとした石が見える。
自分は何やら円形の石の上に居るらしい、と認識したところで――上げた視線の先、興奮気味にこちらを見つめる美女と目が合った。
「あの……」
「あれ? でも、テラリアからの召喚だよねこれ!? え、戦闘力……たったの5!? ゴミじゃない!」
戸惑いながら声を掛けた男だが、彼女は全く気付かずに何やら喚いていた。
手には羊皮紙を持ち、それを確認しての発言のようだ。何だか酷いことを言われた気がしないでもないが、男はそこに怒りを覚える余裕は無かった。
「阿波蓮太郎……知力……体力……魔力……うーん、どれもパッとしないし、星は当然の如く3か。っていうか……年齢15!? この見た目で!?」
「あっ、よく言われます」
ぶつぶつと不可解な事を呟き続ける彼女だが、最後に上げた驚きの声だけは男にとって聞き慣れた言葉だった。故に、反射的に返事をする。
「ま、いいや。星3とは言えテラリアの民だし、まずは使ってみましょ。ガブちゃん!」
「は。ここに」
彼女は羊皮紙をくるくる丸めるとぞんざいに転がし、大声で呼ばわる。
次の瞬間には、どこから現れたのか金髪の男が彼女のすぐ傍に立っていた。
「じゃ、いつも通りよろしくー」
「かしこまりました」
手を上げておざなりな言葉を残し、彼女はすたすたと部屋を出て行ってしまった。残されたのは、黒髪と金髪の二人の男。
「ふう……ええっと、君……阿波蓮太郎くんというのか。こっちに来なさい」
「は、はい……」
女神がうっちゃった羊皮紙を拾い上げて読みながら、空いた手でちょいちょいと手招きをする金髪の男。黒髪の男は、訳が分からないながらもとりあえず従った。
「って……年齢15!? この見た目で!?」
「あっ、よく言われます」
**************
阿波蓮太郎は、どこにでも居る普通の男子高校生だ。
ちょっとガタイが良くて、ちょっと顔が怖くて、ちょっと無口なことを除けば、全く普通の男子高校生。それも一年生だ。
ガタイが良いのは親譲り。父親の日課の筋トレに付き合っていたら、いつの間にかこうなっていた。
顔にある傷跡は、見た目通り激しく生えてくる髭との毎朝の格闘の結果である。付け加えれば、彼は超不器用だからもう仕方がない。
無口なのは単純に恥ずかしがり屋だからである。もっとも、彼の見た目で黙っていると不機嫌にしか見えず、それが彼の孤独を加速させているのだが。無口と孤独のデフレスパイラルである。
そんなどこにでも居る普通の彼は、突然どこだか分からない場所に居た。
きっかけも何もあったものじゃなく、道を歩いていたはずがいきなり先述の通りの状況に放り込まれたのである。
この状況をどう説明するのか。それは、目の前に居る金髪の男が知っているようだった。
蓮太郎程ではないが筋肉質な肉体、ダンディな顎鬚を蓄えた顔はどこか疲れ気味だが、優しそうな面持ちだ。
女神と同じく白い衣を身にまとい、金髪を後ろに撫でつけた姿は彼によく似合っていた。
「一言で言えば、君は異世界召喚されたのさ」
そんな金髪男性の発言に、彼は思考は無茶苦茶に乱れ飛ぶ。
(えっ、は? 異世界召喚!? 俺別に何もしてないよね? っていうかオッサン声渋!)
「ふむ、落ち着いてるな。いいことだ。ようこそ、アルーカへ」
いえ、驚いて言葉が出ないだけです――というのは金髪男性がいい表情をしているので言い損ねた。代わりに、「アルーカ?」と疑問を口にする。
「この世界の名前だよ。そして俺はガブリエル。アルーカの案内人を任されている天使だ。よろしくな」
金髪の男――ガブリエルはそう言って微笑むと、彼に向かって手を差し出す。
「よろしくお願いします」
彼もおずおずと手を取りながら、そう返事をした。
「さて。テラリアの民は異世界召喚に詳しくないと聞く。なら、一から説明が必要だろうね」
(いや、逆に異世界召喚に詳しい人間なんて居るの?)
そう疑問に思いながらも、彼は素直に頷く。
「うむ、素直でよろしい。『聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥』と言うからね」
(あ、それは世界を跨いでも通用するんだ。いや、そもそも言葉通じてるのはなんでだろ)
などと考えて、その辺りも含めての説明を期待する。
「とは言え、ここじゃ何だしとりあえず場所を変えよう。その方が説明もしやすい」
そう言うとガブリエルは部屋の扉まで歩き、彼を手招きするのだった。
************
部屋を出ると、そこは薄暗く長い螺旋階段だった。円形の壁に沿うように階段が続いており、真ん中は吹き抜けになっている。
終わりが見えない程長く高いその空間を見て、彼は眩暈を感じる。
(え、この階段上っていくの? マジ? めちゃめちゃしんどいな……)
そんな彼の絶望は、しかし杞憂に終わった。
階段に一歩踏み出した途端、その段がひとりでに動き出したのだ。まるで、というか――
(まんまエスカレーターじゃん! すごい親切設計!)
予想外のハイテクさに驚きながらも、彼はガブリエルの二段下に立ち、音も無く動く石段に揺られ上へと登っていく。
そして、ガブリエルが口を開く。
「さて、君――蓮太郎くん、だったか。ここじゃその名前は馴染まないから、ここでの名前を付けてあげよう。そうだな……レン……レン・アワードでどうだ?」
(俺の残念な名前がなんだかおしゃれな外人の名前になった!?)
と驚きつつ、パッと考えたのにセンスのいい名前に一も二も無く頷く。
「気に入ってくれたみたいで何よりだ。さて、レンくん。異世界召喚と聞いて、どんなことを思い浮かべる?」
質問が曖昧すぎて、彼――レンは考え込む。
(魔法、亜人、主人公、俺TUEEE、美少女――いろいろあるけどなあ。どれも要素でしかないし、一言で異世界召喚を表すものじゃない……なんて答えるのが正解なのか)
「そちらの世界では、『異世界召喚』を題材にした創作物は多いと聞く。だが、それらは大体間違ってると思ってもらっていい」
と、答は期待していなかったのか、ガブリエルが口を開きレンの思考を遮る。
「まあ、実際に見てもらう方が早いだろう。『百聞は一見に如かず』、だ」
ガブリエルは茶目っ気たっぷりにウインクしながらそう言うと、目の前にある扉を開けた。
気が付いたら、もう一番上まで来ていたらしい。ずいぶん早かったなとぼんやり思ったのも束の間、開かれた扉の先に見えたのは――
「ここが『ボックス』だ。君はしばらくここで暮らすことになる」
レンが、今までに見たことのない場所だった。
*************
ありとあらゆる国や地域を、適当に持ってきて切り貼りしただだっ広い空間――というのが、そこを見たレンの最初の感想だ。
草木の生い茂るジャングルから、石造りの立派な部屋、木造の涼しげな小屋に、現代的なコンクリートの壁なども見える。
所狭しと並ぶそれらの上に、更に別の物が乗っかっているものだから見た目のごちゃごちゃ感が凄まじかった。
そして、雑多に溢れ返っているのは景色だけではなく――
「――すごい人ですね」
人、人、人……人?
とにかく、多くの人間や人間らしき何かが歩き周り、談笑し、生活していた。
「ああ。ここには、君のように異世界召喚された人間――『異界人』が集まって暮らしているのさ」
呟いたレンの言葉に答えて、ガブリエルはとんでもない事実をあっさり言ってのけた。
「これ、全員ですか……?」
(心なしかおじさん――いや、『オジサマ』の比率が高いような……)
とまあ、それは置いておいて。
ざっと見ただけで、100人は下らない。しかもこれは今見えている範囲でしかなく、その先にもこの空間は続いているように見える。当然そこにも人間が居るだろう。
それら全てが、異世界召喚された人間だと彼は言うのだ。
「ああ、そうだ。それが君たちの世界で言う『異世界召喚』との、一番の差異だろうね」
そう言ってガブリエルは歩き出すと、立ち尽くすレンを手招きする。レンは慌てて後を追うと、ガブリエルと並んで歩き始めた。
「そもそも、世界とは無数に存在するものなんだよ。大神ゼウス様のお膝元には何柱もの神や女神が居て、一柱につき一つの世界を管理しているのさ」
「そうなんですか……」
なんだか話のスケールが壮大になってきて、レンには実感が湧かなかった。自然、答える言葉も曖昧なものになる。
「ただまあ、世界を管理するというのは中々に大変でね。うっかり世界を滅ぼしてしまう神々が続出した」
「え」
しかしガブリエルはその矢先、とんでもないことを口にしたのだった。
(それいいのか、ありなのか? そんなあっさりと世界滅亡されたらたまったもんじゃないぞ?)
「昔の話さ。そこでゼウス様は一計を案じ――上手く存続していた世界をモデルに、その管理を真似できるようなシステムを構築したんだよ。面倒にならず、楽しめるようにね」
と、レンの懸念を払拭する言葉をガブリエルは口にする。
(面倒とかつまらないとかって、神様でもあるんだ。まあ、そういうもんか)
神様ですら楽しく働こうという工夫を凝らしているのだから、昨今『働き方改革』なるものが叫ばれているのは、ある意味当然なのかもしれない。
なるほどな、なんて感心していたら――
「その結果生み出されたのが――課題を明確にするための『クエスト』と、困ったときに他の世界の力を借りられる『召喚』、という訳さ」
(え、それなんてソシャゲ?)
***************
けっこうな距離を歩いた後、辿り着いたのは余りにも普通な――マンションの一室だった。
ただし、部屋が一室だけ抜き取られて無造作に置いてあるのは普通とは言えないが。
「ここが今日から君の部屋だ。好きなように使ってくれて構わないよ」
部屋の中に入りながら、ガブリエルがそう説明する。
「はあ……」
と言われても、そもそもこれからここで生活していくということ自体がまだ受け入れきれていない。自然、レンの返事は何とも言えないものになる。
本当に普通の1Kだ。玄関で靴を脱ぎ、ほぼ廊下なキッチンやトイレらしきドアを横目に見ながら中へと進んで行けば、6畳ほどのリビングルームに辿り着く。ただし、家具の類が一切無いせいで広く感じる。
「さて、とりあえずは落ち着こうか。お茶でも飲もう」
ガブリエルがリビングの奥の方でそう言いながら手を叩けば、あっという間に座布団とちゃぶ台が目の前に現れる。卓上には湯気の立つ温かいお茶付きだ。
(えええ!? 何今の、魔法!?)
「ふふ、驚いたかい? 『ボックス』の中では、望むだけであらゆる物が支給されるんだよ。試しに君もやってみるといい。そうだな、まずはお茶菓子でも出してみたらどうだ?」
言われるがまま、『お茶菓子が欲しい』と心の中で念じてみると、ちゃぶ台の上に小皿に乗った饅頭が出てきた。
(あ、たぶんこの空間は人をダメにする空間だ)
そう思いつつも、目の前のお茶と饅頭は『食せ』と彼を誘う。
たっぷり5秒間、饅頭と見つめ合った後――
(ふっ、負けたぜ)
結局ガブリエルと卓を挟んで向かい合って座り、一通り堪能することにした。
「さて、説明の続きと行こうか」
一息ついて、ガブリエルは説明を再開した。彼の話を聞いていくと、徐々にレンにもこの世界の――いや、異世界召喚の仕組みが分かってきた。
まずさっきも言われた通り、ここは『ボックス』と呼ばれる異界人の居住スペースだ。
今飲み干したお茶などを見れば分かるように、生活に不自由することはない。どころか、娯楽施設まで完備だそうだ。
今の受け入れ可能人数は300で、大体7割くらいが埋まっている――つまり、200人以上がここで生活をしているということになる。
その全員が、異世界召喚された人々。この世界に於いては、異世界召喚は余りにもありふれたもののようだ(なんだか全然ありがたみがないなあ。まあ、仲間がいっぱい居るって意味では心強いけど)。
しかし、当然ただ遊ばせるためにわざわざ異界人を召喚した訳ではない。
異界人は、クエストをクリアするために呼ばれているのだ。
一口にクエストと言ってもその内容は様々で、大きく言えば『開拓』、『科学』、『魔法』、『文化』、そして『防衛』の5種類に分類されるそうだ。
基本的には『開拓』『科学or魔法』のクエストをクリアすることで、世界が成長していく。『文化』のクエストをクリアすると他のクエストを進めやすくなったりもするらしく、それぞれのクエストは密接に関連している。
どのクエストからクリアするか。どの種類を優先するのか。そういった進め方によって様々に世界は分岐していき、その世界の特徴を形作っていくのだそうだ。
レンが元々住んでいた世界、テラリア――つまり現実世界――は、非常に効率よく『開拓』『科学』『文化』のクエストをクリアしていった世界らしい。宇宙の開拓までやっているのはテラリアくらいなもので、最上級に優秀な世界とのことだ。
クエストを任された異界人は、まずは現地の人間として転生することになる。そしてある程度成長したところで、『天啓』という形でクエストをクリアしなくてはならないということを思い出すのだそうだ。
テラリアで言えば、エジソンなどは『科学』のクエスト『電球を発明せよ』をクリアした人間にあたるとか(まじか、あの人異界人だったのか!)。
そうして現地人としての人生を終えた異界人は、またこのボックスに帰ってくる。
「クエストをクリアすると世界が豊かになるのに加え、大神ゼウスから『大神石』というものがもらえるんだ。大神石は、様々な用途があってね」
と言うのがガブリエルの談。
「まずは何と言っても召喚」
(ガチャだな)
「ボックス拡張」
(ボックス拡張だな)
「クエスト失敗時の他の異界人への引継ぎ」
(コンティニューだな)
「そして、異界人の現地人化だ」
(スタミナ回復……じゃないんかい!)
異界人の現地人化とは、特に優秀な異界人を現地人として迎え入れ、そのまま世界の輪廻に組み込むことだそうだ。短く、『輪廻転入』とも呼ばれている。
それを行うことによって、一部のクエストを勝手にクリアしてくれるようになるらしい。
(まあでも、ほとんどソシャゲの石だな大神石。ありがたみねぇー)
「とまあ、そんなところでね。大神石の使い道が神の腕の見せ所なんだが……」
言葉を切るガブリエルは、盛大なため息を吐く。一体どうしたのかと首を傾げると、彼は疲れ切った顔でこう続けた。
「うちの女神、ハイジ様は――完全なガチャ中毒なんだ」
(思いっきりガチャって言っちゃったよ)
そんなツッコミは、心の中に留めておいた。
**************
一通りの説明が済み、二人はまた歩いていた。
「あそこは一度見ておいた方がいい」
というガブリエルに従った形だが、それが何なのか彼は頑なに言おうとしなかった。隣を歩く彼が暗い顔をしているのを見ると、嫌な予感しかしないのだが。
向かう先は、どんどん人気が無くなっている。心なしか薄暗く、嫌な雰囲気が漂い始め――ある建物の前で立ち止まる。
石造りの厳めしい円塔だ。そこまで高くは無いが、見る者を威圧する凄みがある。
その扉の奥からは、何やらぼんやりと音が聞こえた。声、だろうか。
「一応言っておくが」
ガブリエルは塔を見上げながらそう声を上げる。その顔が強張っているのを見ると、否応なしにレンも緊張してしまう。
「ここから先、ショッキングなことが起こる。だが、心を強く持ってほしい」
「はあ……」
「最後まで見届ける、そう覚悟して入るんだ。君も無関係ではいられないのだから」
「わかりました……」
「覚悟はいいか?」
「はあ……」
何度も念を押すガブリエルに、レンはぼんやりと返事をする。
正直入りたくないが、それでは話が進まないのだろう。そう諦めるレンに「いい子だ」と笑いかけ、
「じゃあ、入るぞ」
ガブリエルは扉を開けた。
「ぎゃあああああああ!!」
その瞬間、耳を劈く悲鳴がレンの鼓膜を突き刺す。
「痛い痛い痛い、死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ、ぎゃあああ!! もういやだ、殺してくれえええ!!」
絶望に塗れた叫び声を聞きながら、まず目に入るのは大量の人間だ。
塔に入った二人の目の前、そこですぐに足場が途切れている。足場は塔の壁に沿うようにぐるりと造られ――と言うよりは、塔の床の真ん中を大きく円形にくりぬき、巨大な桶のようにしているようだ。二人は、そのへりに立っている。
20人近い人間が、その中で苦悶の表情を浮かべ、痛切な悲鳴を上げているのだ。
そしてその人々から――淡い光が上へと伸びている。
妖しく揺らめくその光は、彼らの上に設置された何やら大きい物に吸い寄せられているようだ。
円形の塔の壁に4本の巨大な脚を突き刺し、真ん中にある巨体を支えた――器具、だろうか。
下から見るとお椀のようなそれは、どうも塔のさらに上層部へと金属の管が続いているようだ。
「こ、これは……?」
「……こちらに来たまえ、レンくん。上へ行こう」
レンの問には答えず、ガブリエルは少し離れた位置にあったボタンらしきものを操作している。
言われるがままガブリエルの傍に立つと、不意に体が引っ張られ上へと持ち上がった。
そのまま立ち上る光を横目に上昇を続け、巨大な器具の横を通り過ぎ、そこから伸びる管を辿るように上へ。
管の終着点、そこでレンたちの体も止まる。おっかなびっくり足場を見定めると、足が着き浮遊感が消えた。
「な――」
「ここは通称、『強化の塔』。不要になった異界人の魂を引き剥がし、別の異界人の魂を強化する場所だ」
忘れていた、ソシャゲ定番のもう一つの要素。
強化合成――要は、キャラにキャラを食わせるあれだ。
目の前には、巨大な透明の球体の中心に浮かぶ少年。彼は眠っているらしく、目を瞑ったまま微動だにしない。
そして彼に向かって、下から立ち上る光がどんどんと入り込んでいく。
ガブリエルの言葉と併せて考えれば――下の人間は素材。彼らの魂を、この少年の強化に使っているということだ。
「生きたまま魂を引き剥がされるというのは、想像を絶する苦しみを伴うらしい。全細胞を丁寧に一つずつ、かつ乱暴に引き裂かれるようなものだとか」
例えですら想像が全く付かないそんな痛みを、彼らは味わっているということだ。こうしてガブリエルが話している間にも、悲鳴は不愉快なBGMとしてずっと続いている。
「強化の恩恵は大きい。魂が強化されればステータスも上がるし、アビリティが付与されることもある。しかし、見ての通りの外聞の悪さから実際にやっている神は少ないそうだ」
これが当たり前の光景ではないと聞いて少しは安心するレンだが、そうも言っていられない。何しろレンはこの世界にいて、『無関係ではいられない』とまで言われているのだ。
「だが、さっきも言った通りうちの女神はガチャ中毒だ。大神石を他の目的に使うつもりがサラサラ無い。すると結果、どうなると思う?」
「ボックスの飽和……」
ソシャゲではよく見る光景だ。ガチャを引きまくっていると、どんどんボックスが埋まり収まりきらなくなる。
「その通り。他の世界では、輪廻転入やボックスの拡張で大概追いつくんだ。しかしここでそれは滅多に行われない。女神ハイジが、『ガチャハイジン』なんて呼ばれる所以だよ」
誰に呼ばれてるかはさておき、さもありなんという呼び名だ。目の前の光景を一度でも見たなら、強化合成など二度とする気にもならないのが普通だろうに。
「彼をよく見たまえ。頭の少し上に、星が見えるだろう」
言われて目を凝らせば、浮かぶ少年の頭上に小さく、黄色い星のマークが浮かんでいた。
「あれは『お気に入りマーク』だ。実は今君にも付いているが――あれが外れた異界人は、いつ強化素材にされるか分からない。君のそれも、クエストに失敗すれば容赦なく外されると思っていた方がいい」
つまり――今後クエストに駆り出され、そこで失敗をしたら。
レンもまた、下の彼らと同じように魂を引き剥がされ、地獄のような苦しみを味わうことになるということ。
「ここで覚悟をしっかり決めておけば、天啓もより強く受け取れる。テラリア出身の君は科学系のクエストをこなすことになるだろうから、頑張るんだよ」
そう言い聞かせるガブリエルの言葉に、レンはぶんぶんと首を縦に振る。
言われるまでもない。下の彼らの表情を見れば、絶叫を聞けば、それ以外に選択肢は考えられなかった。
――と、そのとき。
「あれ――」
不意に、視界の端にチラつく物があった。
視線を向ければ、何やらメッセージウインドウのようなものが見える。
「これは――早いな、もう来たか! クエストだ!」
「な――」
噂をすれば影ってやつか、という心の呟きがガブリエルの肉声と被る。
「メッセージを読んでご覧。それが君に与えられたクエストだ……うん? その色は――」
言われてメッセージを読み始め――レンの表情が凍りつく。
同時、その光景を見慣れているらしいガブリエルにも同様の変化が見て取れる。
気が付けば、レンの体はぼんやりとした光に包まれていた。
「『防衛』!? そんな――」
メッセージウインドウは赤色。『魔物を殲滅せよ』と書かれたメッセージの上に躍るクエスト分類は、『防衛』の二文字だった。
体を包む光は輝きを増し、徐々に自分の体が見えなくなる。
「あの駄女神――また操作ミスか!」
「はああ!?」
とんでもないガブリエルの叫びに絶叫が重なると同時、レンの体はその場から消え去った。
************
彼は、困惑していた。
眩む視界、酷い耳鳴り、ぼんやりとした意識。端的に言えば、前後不覚。だがそれは、彼の困惑の直接的な原因ではなかった。
(あの女神――ハイジとか言ったか。今度会ったら覚えとけよ……)
一人の人間の人生が懸っているというのに、操作ミスとは。信じられない気持ちと激しい怒りと、どうしようという絶望感が彼――レンを襲っていた。
最初に正常に働いた感覚は、聴覚だった。
切迫した声がいくつも重なり、ガチャガチャと金属がぶつかる音、ドタバタと駆け回る足音がそれを聞きとれない雑音へと変える。
続いて平衡感覚が取り戻され、自分が片膝を着いて蹲っているのが分かる。手に触れた地面の感触は固くざらざらしており、粗雑な石造りのようだ。
そして、ゆっくり目を開けると。
触覚に違わぬ石造りの床。その上を、何人かの脚が歩き回っているのが見える。その向こうにはやはり石材を積み重ねて出来た壁が見え、しゃがんだ視界で見えるのはそれで全てだった。
確かめるようにゆっくりと脚に力を込め、その場でレンは立ち上がる。
開かれた視界により、レンは自分が高いところに居ることを把握した。
石造りの壁は腰くらいの高さで途切れ、その向こう見えるのはだだっ広い荒野――レンの認識が正しければ、ここは城塞と呼ぶべき場所の屋上のようだ。
忙しく走り回る兵士らしき人間が眼下に見えることを考えれば、城塞の中でも高い位置に居るらしい。
「おう、お前さんが最後の一人か」
「見慣れない格好だが……そんな装備で大丈夫か?」
一番いいのを頼む――なんて気の利いた答を返す余裕は今のレンにない。
ちなみに見慣れない格好と言うのは、レンが元々テラリアからずっと着ている服である。
防衛クエストは他の4種のクエストと違い、転生などはせず召喚時の姿かたちのまま現地に送られる。急を要するのだから当然と言えば当然なのだが。
だがそれは取りも直さず――レンは阿波蓮太郎のまま、戦闘力たったの5でそのまま送り出されたということに他ならない。
それはそうと声の方へ目を向けると、まず目に入ったのは青い長髪の男性。これと言って容姿に特徴は無く、レンと変わらず普通の人間にしか見えない。長髪の似合う長身イケメンではあるが、異世界ならこんなものか、という程度。
レンの装備を心配した彼は、漫画なんかでよく見る兵士Aの鎧という感じの比較的身軽そうな鎧を装備していた。
もう一つの声はレンよりかなり下――腰の辺りから発されてた。通り過ぎかけた視線を下へ方向修正すると、目に入ったのは赤茶けた色をしたオッサンの顔。
「――ドワーフ?」
顔の位置から分かるように背は低く、しかし中々にガッチリと引き締まった良い肉体だ。比較的軽そうな鎧を身に着けているが、要所要所に固そうな鉄板がしっかり付いており、機動力を損なわず防御力を高めているようだ。
髪は肌よりも濃い赤茶色で、ぼさぼさのそれを隠すように角付きの兜を上から被っている。
髪と同じ色の髭が顔の大半を覆っているが、その髭越しでも分かる白い歯を剥きだしてレンに笑いかけている。
「あん、なんだそりゃ? 俺の名前はバルト、出身は『ドワフニカ』だ。まあなんだ、とりあえずよろしくな」
語られた名前も世界も聞いたことがなかったが、もしかするとドワーフの元ネタとなった異界人なのかもしれない。
そんな感想を抱きながら、とりあえず差し出された手を握る。握手はどこでも通じるんだなあと感心。
「俺はエドモンド。『アルケル』の出身だ」
続いて差し出される青髪の男性の手を握り返すと、
「レンと言います。『テラリア』から来ました」
そのままレンも自己紹介を返す。
すると、二人とも唐突に唖然とした表情をした。
「な――テラリア!?」
「あそこは科学一本槍で戦闘力ゼロだろ、なんで防衛クエストに!?」
エドモンドとバルトの驚愕の声を聞きながら、やっぱりそうだよなあと絶望を感じる。
「最後の一人が来たのか?」
と、二人のやり取りを聞きつけて声を掛ける人物がいた。
男らしい口調と裏腹に、そこに居たのはスラリとした女性だ。と言いつつ、出るべきところがしっかり出ているのに歳相応に目が行くが――それはそれ。
白を基調とした、ローブというのだろうか。シンプルな作りの外套を纏い長い杖を持った、如何にも魔法使いという風貌。ちなみにローブの下はレンにはちょっと直視できなかった。
代わりに顔を見れば、燃えるような赤い瞳が印象的な凛々しくも美しい顔立ちだ。銀色の髪を後ろに流し、それは見る者を魅了する美しい光を放っている。
そして――何よりも目を惹くのは、その尖った耳。
「エレナだ。エルフィニーナ出身。君は?」
口にされた出身の世界から、エルフの元ネタかなとその女性を認識する。
「レンです」
「聞いてくれよエレナ。コイツ、テラリア出身だってよ」
レンが名前だけを名乗ると、バルトがそう文句ありげに声を上げる。
「テラリア……? テラリアの民が何故ここに?」
そう言いながら、エレナはレンをまじまじと観察する。ちょっとどぎまぎしつつ、本当になんでだろうなあと激しく同意だ。
「ふむ……とは言え、なかなかの面構えだし、結構鍛えてるみたいじゃないか。ステータスはどうなんだ?」
「ステータス……?」
エレナはレンを見るとそう評するが、それは過大評価である。そして、問の意味が分からずレンはオウム返しに呟く。
「なんだ、そんなことも知らないのか? 手を叩くでも指を鳴らすでもいい、頭の中で『ステータス』と連呼しながら何か動作をしてみろ」
「こんな風に」と言って指を鳴らすエレナの傍らに、青く光るウインドウらしきものが現れる。
『エレナ・フィルス』とフルネームが左上に書かれたそれには、レベルやHPを初めとしたステータス値が並んでいる。
なるほどと思いながらレンも同じように――と言っても指を鳴らす技術は無いため――『ステータスステータスステータス……』と頭で唱えて手を叩く。
すると目の前に、エレナが出したのと同じウインドウが表示された。
「どれどれ……戦闘力たったの5!? ゴミじゃないか!」
「というか……年齢15!? その見た目で!?」
「あっ、よく言われます」
バルト、エレナ、レンの順で発された台詞は、お約束のやり取りだった。
「ということは、もしかして……」
「あの……女神様の操作ミスだって、ガブリエルさんが」
「あんのガチャハイジン、またやりやがったのか!!」
おそるおそる訊ねるエドモンドにレンが答えれば、エレナは怒りの叫びを上げた。
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結局レンに下された指示は、『エレナに引っ付いて死なないように気を付けろ』だった。
エレナはその見た目通り魔法使いで、戦闘に於いては後方から大火力の魔法を放つのが役割だ。
バルトはその機動性と膂力を活かして前衛で戦う近接アタッカーで、物理攻撃の要。
エドモンドは錬金術師らしく、戦闘力はそこまで高くないがその場の状況に応じて様々な道具を創り出せる。バルトの少し後方で自分の身を守りながら、弓矢などの飛び道具で支援したり、敵に有効な武器を作ってバルトに渡したりと補助的な役割をこなす。
そしてレンは、死なないことが今回の役割だった。
なんでもパーティーが一人でも死ぬとクエストをクリアしても評価がガタ落ちするとかで、最悪パーティー全員合成素材行きも考えられるらしい。もちろんクリアできなければ確実に餌にされるので、クリアが大前提での話だ。
本来ならレンのポジションに防御に長けた近接キャラが来るらしく、いわゆるタンクを任されていたという話だ。前回の戦いで油断して一撃死し、速攻で餌にされたらしい。
もちろんレンにその代役は不可能で、厳しい条件に全員表情は暗い。
「まあ、やるしかないさ。そろそろ出るぞ」
司令塔を任されているエレナの声で、全員気を引き締めて城塞の門扉から一歩を踏み出す。荒野へ続く橋を4人で歩き、戦場へと近付いていく。
ちなみにレンは『自分だけ城塞に引き籠っていれば』と提案したのだが、それは逃亡とみなされて即クエスト失敗になるとにべもなく却下された。
怯えるレンが覚悟を決めて視線を上げると、まず目に入るのは味方の兵が隊列を組んでいる様子だ。4人の到着を迎え入れるために、中心にほんの少し隙間が空いている。
その隙間から先を覗けば、無数のゴブリン的なモンスターがやはり隊列を作り、荒野を埋め尽くしていた。
開戦のときを待っているのかじっと動かないそれらはしかし、息がつまるような殺気を放っている。初めて感じる冷たく嫌な感覚に、レンは身震いした。
「ゴブリンは適当にあしらうぞ。あれは一般兵でも戦える」
「了解」
レンの指示に短く返事を返すバルト。
レン以外の3人は、その更に先を見据えていた。ゴブリンにしか目が行っていなかったレンも、それを見て視線を上に向ける。
「な――」
「これは……いつになくデカいな……」
レンには小さい山があるようにしか見えていなかったのだが、よく見たらその一番上には頭が乗っかっていた。
ゴツゴツと固そうな岩の塊が、たぶん人の形をしている。座っているようで全体の形は見て取れないが、この時点で高さが5〜6mはあった。
エドモンドの呟きからして、この世界でも異常な大きさのようだ。
「ゴーレム……?」
「そうだな。何、多少デカかろうがいつも通りにやるだけだ。私の魔法で吹き飛ばしてやるさ」
レンが思わず呟いた言葉は正解だったらしい。ゴブリンといい、モンスターの名前は全世界共通なのだろうか。
そして自信満々にニヤリと笑うエレナは余りにも頼もしかった。
やがて4人が隊列の一歩前まで辿り着くと――どこからか開戦を告げる号令が響き、戦闘が始まった。
***********
「大地に宿りし火の精霊よ。我にしばし力を貸したまえ」
開戦直後、エレナはいきなり詠唱を始めた。目を瞑り囁く彼女は美しく、その足元には魔方陣が描かれ始める。
バルトは先陣を切って敵陣に突っ込み、ゴブリンの群れを払いのけて一直線にゴーレムへと向かっていた。エドモンドは他の兵士より少し前に出る程度、派手には暴れずバルトの方を気に掛けている。
「赤き右腕、漆黒の左脚、灰色の鉤爪。岩壁は崩れ落ち、大火は天に渦を巻く」
エレナの詠唱が続くと、魔方陣は次々と書き足されその様相を変えていく。
その間にも戦闘は続き、バルトは早々とゴーレムの元へ辿り着いてた。振り下ろされる拳を躱し、その腕を伝って易々とゴーレムの巨体を駆けあがっていく。
立ち上がったゴーレムの体は10mほどもあり、その様子を見守るレンには恐怖しか無い。
「砂塵に落ちる紅の礫。業火に舞う灰塵の翼。紅蓮の腕にてその身を抱き、砂の底より虚声を上げよ」
やがてエレナの魔方陣は少し離れて見守っていたレンにまで届く。その魔力は魔法に疎いレンですら感じ取れるほど膨れ上がり、大魔法が今にも放たれようとしていると分かる。
「バルト、下がれ!」
「おう!」
それを察し、エドモンドがバルトに叫んで報せる。バルトも即座にそれに従い、一般兵の隊列にまで下がってくる。
そして――
「解き放て! 『エクスプロード・ギガ・フレイム』!」
エレナの叫びと共に魔力が発散されたかと思えば、次の瞬間にはゴーレムの目の前で収束し、真っ赤な炎となって炸裂した。
その光景に遅れて轟音が鳴り響き、熱波が拡散されレンの居る場所でも熱が感じられる。その破壊力に、ゴーレムの周囲に居たゴブリンはまとめて消し炭になる。
(ば、ば、ば……爆裂魔法だー!)
レンは目を輝かせてその光景を見ていたが、それは誰にも気付かれなかった。
「な――!」
しかし、炎が散り、煙が晴れたその場所には。
――無傷にしか見えない、ゴーレムの姿があった。
「まさか、魔力耐性……!?」
「おいおいおい、どういうことだありゃあ!?」
驚愕に目を見開き、レンに耳慣れない言葉を口にするエレナ。
そこに、バルトが大声を上げながらエドモンドと共に駆け寄ってくる。
「おそらく、魔力耐性持ちなんだろう。悔しいが魔法使いの私では奴は倒せん」
「魔力耐性……あらゆる魔力によるダメージを軽減するとかいうあれか? そんなに手強い敵が出てくるとは……」
口惜しげに答えるエレナに、エドモンドが渋い顔でそう語る。
とりあえず、お蔭でレンにも魔力耐性の意味は分かった。要は『物理でしかダメージを与えられない』という解釈で良さそうだ。
「斬りかかった感触はどうなんだ?」
「いや、それも微妙だな。斬れなかねぇが、固いから削る程度だ。この荒野じゃ、地面を素材にして回復されちまう」
ところが、物理でも厳しいとバルトの発言によって明らかになる。察するに、傷は負わせられるが回復されてしまうということのようだ。
「ゴーレムなら、コアを破壊すれば回復を止められるんじゃないか?」
「ああ。だがアイツのコアは胸ん中だ。壊そうにも、そこまで刃が届かん」
エドモンドが提案するが、バルトはそれを否定する。
言われてレンが目を凝らせば、ゴーレムの胸部、その中心がぼんやり赤く光っているようだった。おそらくあれが『コア』だろう。
(つまり……あのコアを壊したいけど、通常攻撃だと届かない。かと言って魔法攻撃は全て無効化される……)
「打つ手なし、か。どうするエレナ?」
レンの思考を引き取るように、エドモンドが言葉を発する。
「あの巨体をぶち抜く攻撃が必要だが……魔法以外でそれが可能だと思うか?」
エレナが全員にそう問いかけるが、バルトもエドモンドも答を持たないようだ。
(ぶち抜く……魔法そのものは効かない。でも、上手く使えば……?)
「あの……」
ふと思い付くことがあって、レンは声を上げた。全員が、驚いたようにレンを振り返る。
まさか、レンが何かを思いつくとは思っていなかったのだろう。
「えっと……エドモンドさんは錬金術師なんですよね?」
「ああ、そうだが……」
問いかけるレンに、エドモンドは微妙な顔をして頷く。
もし錬金術師がレンのイメージ通りの技術を持っているなら、一つ作戦があった。
「じゃあ、今から言う物を創れますか?」
*************
戦場の荒野を、4人は進む。
バルトとエドモンドが道を切り開き、時折エレナが弱めの魔法を放つ。
「よし……この辺でいいと思います」
そして、そこについて行くだけのレンがそう声を上げた。3人は頷くと、そこで立ち止まる。
「……こんな感じでどうだ、レン?」
そして、エドモンドが錬金術を発動する。彼の創り出したそれを確認すると、レンは満足げに頷いた。
「大丈夫です。じゃあ、バルトさん、エレナさん。後はお願いします」
バルトは軽く手を挙げ、エレナは頷いてそれに答える。
そして、バルトは前方へ駆け出し、他3人は後ろへ少し下がる。
「本当に中級魔法でいいんだな?」
「たぶん。ダメなら次は上級でお願いします」
「わかった」
短いやり取りの後、エレナは再び詠唱を始める。
「バルト、やれ!」
「おう!」
魔法の発動が迫ると、エドモンドがそう指示を飛ばす。
それを受けたバルトは動きを変え、ゴーレムの足を駆け登っていく。
「うらああああ!」
そして、膝の辺りに渾身の一撃を叩きこんだ。ゴーレムとは言え人間と構造は同じ、膝を破壊されたゴーレムはその場に崩れ落ちる。
そして、ゴーレムが片膝と片手を着いた体勢になり――照準が合ったのを、レンは見届けた。
「今です!」
「『エクスプロード・フレイム』!」
レンが声を上げた瞬間、準備が完了していた魔法をエレナが放つ。
目標地点はゴーレム――ではなく。
錬金術で創り上げた、鉄の筒。
そのお尻の部分に作った、球形の空間である。
籠った爆音がそこから聞こえ、爆裂魔法がきちんと発動したことが分かる。
次の瞬間――鉄の筒の反対側、開けた部分から、鉄球が勢いよく飛び出した。
「行け……!」
思わず呟くレンの声を受けてか、鉄球は真っ直ぐに、相当なスピードを伴って飛んでいく。
そして――
「ははっ、行ったぞ!」
快哉を上げるエドモンド。
その視線の先では、膝を着くゴーレムの胸のど真ん中を、鉄球がぶち抜いて通り過ぎていた。
「後は任せたぞ、バルト!」
「おうとも!」
見守っていたエレナから凛とした指示が飛び、バルトは一気呵成にゴーレムに打ちかかった。
************
その後、バルトの奮闘によってゴーレムは無事討ち果たされた。周りのゴブリンも、一般兵の力三割、エレナの魔法七割で全滅させ、無事クエストクリアだ。
「レン、よくやってくれた」
「いえ……皆さんのお蔭です」
惜しみなくそう褒めてくれるエレナに、レンは恥ずかしくて口ごもる。
レンとしては、大したことはやっていない。ただ自分の知っている物が使えるのではないかと思い、それを提案しただけだった。
「しかし驚いたな。テラリアに伝わる兵器――『大砲』か。凄い威力だった」
「ま、一回きりで壊れてたんじゃ、エドモンドなしで使えんけどな」
素直に驚きを言葉にするエドモンドに、バルトは素直に褒めたくはないのかそう評価を付ける。と言いつつも、顔は満面の笑みだったが。
レンは、錬金術と爆裂魔法で大砲を再現できるのはと提案したのだった。
要は『爆風で鉄球を飛ばす』『筒で方向を定める』の2点さえ押さえれば大砲になる訳で、実際それが上手くいったのだった。もっとも、中級魔法であっても爆裂魔法の威力に耐え切れず、一発で大砲がおしゃかになったのはバルトの言う通りだが。
全員の心が安堵に包まれる中、不意に体が光に包まれ始めた。
「これでめでたくクエストクリア。ボックスに帰還だ」
「ふう、今回は冷や汗かいたな。帰ってゆっくり休もう」
「全くだ。酒飲んで風呂入って寝るに限る」
エレナ、エドモンド、バルトの順にそうこぼし、光が徐々に強くなる。
「あ、あの……!」
と、レンがそう3人に呼び掛ける。何事かとこちらを見る3人に、レンは頭を下げると、
「ありがとうございました!」
それだけ口にした。
「こちらこそ。今回は助かったし、いいことを教えてもらった」
エドモンドが笑顔でそう告げ、歩み寄って手を差し出す。その手を握り返すと、再び「ありがとうございました」とレンは重ねる。
「ま、今回は礼を言っとくぜ。でも、二度と防衛クエストなんか来るんじゃねえぞ」
バルトも鼻をこすりながらそう言うと、手を差し出す。握手を交わしながら、レンはまた感謝を告げる。
「ふふ、二人とも格好つけて、またボックスで会うっていうのに。……こちらこそありがとう、レン。とりあえず君が餌にされることはないだろうから、これからよろしく頼む」
最後にエレナにそう言われ、握手をしたところで――
レンたちは、その場から姿を消していた。
*************
眩む視界、酷い耳鳴り、ぼんやりとした意識。端的に言えば、前後不覚。だが彼は、そこに不安を感じてはいなかった。
むしろ心の中は晴れやかで、安堵と、やりきったという感慨で埋め尽くされている。
「おお、戻ったか。よくやったな、レン」
取り戻された聴覚に、そう声が響いた。
目を開けてその声の主を探せば、こちらに微笑みかけるガブリエルの姿が見えた。
「見ていたよ、テラリアの民ならではの発想だったな。君たちは誰一人欠けることなく生還した。合成素材にされることはないだろう。ほら、お気に入りマークも消えてないだろう?」
ガブリエルが差し出す手鏡を見ると、確かに頭上には星のマークが付いていた。
しかし、ほっと一息吐こうとした矢先――星のマークに変化があった。
「な――」
ガブリエルもそれに気付き、驚きの声を上げる。
レンの頭上に輝く、星のマークは――赤色になっていた。
「赤色……防衛クエスト用のお気に入りマークだ――!」
「な、なんですってー!?」
つまり。
レンはこれからも、防衛クエストに駆り出されるということである。
「どうやら活躍しすぎたみたいだな……これから大変だろうが、頑張ってくれ……」
諦めの表情でそう告げるガブリエルに、レンは絶望で膝から崩れ落ちるのだった。
果たして、レンの運命や如何に。
――――END――――
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