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”火車”Ⅱ

 高校生になって数日が過ぎた。

 まだ、高校生の心構えについて校長からの講話とか、学校設備の説明とか、クラス同士の自己紹介とかで授業とかがないが、まあ、問題はなかった。

 早めに学校が終わるので、衣替えでもしよう。 

「――そろそろ、ダウンじゃ暑いし、パーカーにでも…」

 そんなことをつぶやきながら、バイクを走らせ、帰路についていた。



「――ミスった…」

 本屋でファッションの本でもと読んでいたら、完全に時間を忘れていた。

 子供のころから、服の雑誌を読み始めると止まらないし、衣料品店に入った時にはとりあえず試着しないと気が済まない性分がある。

 最新のファッションには、あまり興味がない。

 どちらかというと、快適に過ごすための服のコーディネートに興味を惹かれてやまない。

 自分でも不思議なくらいのめり込んでしまう。

 考え始めると、落ち着かない。

 今着ている制服も、通年で着れるけど、少し作りが荒いと思う。

 素材が安いのだろう。

 春先なのに、少し暑く感じるくらいだし、もう少し通気性が欲しいところだ。

 繊維は何を使っているのだろうか。

 後で、繊維を分析して…

「あー、もう…!」

 またこんなことを考えている。悪い病気だ。

とりあえず家に帰ってゆっくりしよう、と思い、バイクで大通りを行く。

 だが、前方に、車のテイルランプがズラリと並んでいるのが見えた。

 渋滞だ。

 最後尾で一旦停止し、頭上にある電光掲示板を見ると数キロ先で事故があったらしかった。

 運ないな。

 そう思い、周囲を見渡す。

 こちらはバイクだ。

 細い路地でも抜け道になるはず。

 そう思い、少し車が進んでから脇道へとハンドルを切る。



「――ミスった……ここ、どこ?」

 完全に迷った。

 中学時代は、バスで学校に通ってたから気にしてなかったが、実際に走ってみると道とは自分の思い通りには繋がってないものだと痛感する。

 行き止まりに突き当たっては、重い荷物をぶら下げたバイクを足で動かして反転させるを繰り返す。

 もう何度目だろうか。

 時間もすでに21時を過ぎようとしている。

 帰って夕飯を作る時間がどんどんなくなっていく。

 これなら、大通りで渋滞解消を待ってたほうがマシだったかもしれない。

 周囲には人気がなく、ポツンと1人、信号が「進め」と言うまで待っている。

 赤信号でも進んでしまえばいいのだが、自分は善良なライダーである。

 法定速度を守り、平和を愛する。

 警察に捕まる=祖母の制裁という図式による条件反射が無意識にブレーキをかけてくるのもあるが。

 いっそ外食でもして帰るかなー。

 財布はきついけど。

 そう思い始めた時、

「ッ!!?」

 その音は、響いた。

 すさまじい急ブレーキ音、そして、――、轟く衝突音だった。

「おいおい……」

 暇をしていた意識が急に研ぎ澄まされる。

 おそらく事故だ。

 それもかなり近い。

 この辺は工場区画で、終業時間が過ぎている以上、人気もない。

 一応、状況を確認しに行こうという意識が働く。

 信号が「行け」と言わんばかりに、シグナルを青へと変える。

 アクセルを回す。

 自分にできることがあるだろうか、と思いつつ、轟音の発信源へとバイクを走らせた。

 そして、出会うことになった。

 あの日見た、――燃え盛る存在に。



 その存在は、工場区画で最も高い建造物の上に座っていた。

 月明りを受け、虹色の輝きを放つ瞳を周囲へ動かす。

 そして、何かを確信すると、人とは異なる鋭い並びをした口が弧をとなり、歓喜を浮かべる。

 その存在は、その場を蹴り、夜の空へと――跳躍する。



「……なんだよ、これ…」

 事故現場はすぐ近くだった。

 交差点を曲がったところには、事故車がありタイヤはまだ空転している。

 だが、それよりも、自分の視線を奪うものがあった。

 炎の回転によって形作られた車輪。

 呼吸をするように吹き上がる赤い火の粉。

 血のように赤く発光するライト。

 だがその荒々しい輝きと裏腹に、周囲には一切の影も、空気を打ち鳴らす音も作らない。

 あまりに非現実的で、しかし、脳裏に焼き付いて離れないその存在を。


 “燃える車”


 落ち着け、と言い聞かせても、体がいうことを聞かない。

 手が震えている。

 怖い。

 体が拒否している。

 早く遠ざかるべきだ。

 この得体のしれない奴から。

 そこで気づいた。

 “燃える車”がこちらを見ていないように感じる。

 その標的は、――今、壁面に衝突して大破している事故車だ。

 ボディのフロントが、口を開ける。

 牙のように並ぶ、炎の柱が事故車に突き立てられようとしている。

 今なら、すぐに反転すれば逃げられるんじゃないか。

 背を向けたら、こちらに標的を変えて襲ってくるんじゃないか。

 自分を守るための恐怖に、支配されていた。

 だが、

「――ッ!!!」

 アクセルを回し、エンジンを回転させた。

 排気音が、静かな場にやけに大きく鳴り響く。

 “燃える車”のライトが、視線が、こちらへギョロリと向けられるのを感じる。

 やってしまった、と思った。

 だが、今度はミスじゃない。

 狙ってやったんだ。

 反射的に。

 だって、見えてしまったんだから。

 事故車の中に、その後部座席に小柄な人影。

 フロントはつぶれている。運転席と助手席の安否はわからない。

 だが、後部座席にいた小柄な人影はかすかに身じろぎした。

 生きている。

 このままでは、むざむざ食われると思った。

 助けないと、という意識が自分を動かした。

 こちらに“燃える車”の注意をむけさせなければ、と反射的に感じてしまった。

 結果的に、思惑は通った。

 でも、恐怖が消えない。

 自分も喰われるのだろうか。

 そうなればただの無駄死になんだろうか。

 助けた気分に少しだけ浸ってたけど、やっぱりやらなければよかっただろうか。

 後悔先に立たずって、こういうことなのか。

 緊迫したときは、そんな考えが頭を高速でよぎっていく。

 だが、

「――くそッ…!!」

 考えすぎて、逆に吹っ切れた。

 もし追っかけてくるならできるだけ逃げてやる。

 救助を呼ぶとかいう余裕は頭にない。

 とにかく、こいつをこの場から引きはがす!

 そう考えた時、

「……ぇ」

 “燃える車”が眼前に迫っていた。

 動く前兆も感じさせず、あまりに突然に。

 自分は、バカだ。

 どうして相手を、明らかに非常識な存在を、人の常識で考えてしまったんだ。

 殺される、という恐れよりも、自分の頭の足りなさに呆れて内心笑った。

 無駄死にしちまった。

 1秒もかからず、自分はバイクごと押しつぶされて終わりだ。

 そう思った。

 でも、

「――へぇ、お前、視えてるのかぁ」

 その声が、気配なく、背後から聞こえた。

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