表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/15

”火車”ⅩⅣ 〇

 休みが明けた放課後、紡は保健室の前にいた。

 和田リンダ先生に会うためだ。

 紡の手の中には、前に渡された青い薬がある。

 結局、これを飲むことはなかったから、返そうと思っているが、それ以上に気になることも山ほどあったからだ。

 扉を軽く2回ノックし、 

「――失礼します」

 静かに扉を開けようとして、

「…いないのか」

 鍵が閉まっていることに気づく。

 人の気配も感じない。

「――あ、本当にいた。完凪君」

 ふと、別の方向から声がしたので、そちらへと目をやる。

 長い黒髪を後ろで束ねた、端正な容姿の女子生徒が微笑みながら立っていた。

「生徒会長?」

「和田先生に会いに来たんだよね?」

「はい。どこか行ってるんでしょうか?」

「1ヵ月ぐらい出張だって。それで、明日は代理の保険医さんが来てくれるの」

「くわしいですね」

「生徒会長ですから」

 そういって、無邪気な微笑みでサムズアップ。

 先生たちからも信頼されてるんだろうと思う。

「それと、和田先生から伝言あるんだけど」

「伝言?」

「そう。正確には、手紙ね」

 はい、と胸ポケットから小さな封筒を取り出して、手渡してくれた。

「じゃあ、確かに渡したよ?」

「はい、ありがとうございます」

 それじゃあね、と手を振って生徒会長は、去っていった。

 残された僕は、手の中にある封筒を開いてみる。

 中あったのは、文章量の少ないメモ。

 きれいな文字だが、どこか独特で流れるような筆跡で一言だけ書かれていた。


『――ようこそ、完凪 紡。“こちら側”へ――』


 霊辺の言葉が重なった。

 “こちら側”という言葉を自然と受け入れている自分に、この時は違和感を覚えなかったのだが、後からその理由にも納得することになった。

 


 学校からの帰りに、僕はあの公園に寄っていた。

 入り口には、立ち入り禁止のテープが張られていたが、見張っている人もいないようなのでくぐって入る。

 当然だが、人影はない。

 風にかすかに揺られるブランコが、唯一動く影だ。

 ここで、自分は“火車”と戦った。

 抉れた地面。

 弾けるように折れた太い木。

 熱で一部が溶けた遊具。

 自らを焼き尽くすまでに燃え上がった炎の痕跡。

 あれは、確かにここであった出来事だと、改めて認識する。

 頭痛も、もう感じない。

「このベンチ…」

 次に目をやったのは、新谷さんと会った場所。

 ここで、彼女と出会わなかったら、あそこまで行動しなかっただろうと思う。

 行動しないままに、全てをまた忘れようとしたかもしれない。

「――完凪君」

「え?」

 振り返ると、いつの間にか彼女がいた。

 新谷さんだ。

 猫みたいに気配を感じなかった。

 彼女の手には、買い物帰りのビニール袋が下がっている。


「夕食の買い出しの途中で、見かけたので追いかけちゃいました」

「あー、ごめんね。後で買いに行くつもりだったんだけど…」

「いえいえ、雇われの身なので」

 

 新谷さんは、僕の家のお手伝いということで居候することになった。

 なんでも、退院の日に黒子さん達に声をかけられて、おばあちゃんと会ったそうだ。

 家のことを手伝ってくれる代わりに、おばあちゃんが給金と学費を出してくれる。

 マンションじゃないので猫のシェミイニャも住める。

 事情が特殊だが、後々僕の高校に転校できることになったようだ。

 おばあちゃんは、顔が広いのは知っているつもりだったが、ここまでとは。

 破格すぎる待遇に、初めは新谷さんも不信感を持ったそうだが、僕の名前が出されたことで話を受けることにしたらしい。

 とまあ、そんなことより、真っ先に気にすべきことがあった。

 女の子と1つ屋根の下って、どうなのだろう。

 間違いでもあったらどうするのかと思わないのか、とおばあちゃんに抗議したが、


”――構いませんよ。あなたにその覚悟があるのなら”


 堂々と言われ、反射的に謝ることになった。

 我ながら情けない。

「――ありがとう、完凪君」

 不意にそう言われ、僕は目を丸くした。

「え? なに、が…?」

「お礼、言わないとって…思ってたから」

「…いや、僕は――」

「自分のためだった」

 そうだ。

 僕は、新谷さんを理由にした。

 自分で動く勇気が持てなかったから。

 新谷さんを救うふりをして、自分が納得したかっただけ。

「それでよかったんです」

 微笑みながら彼女は言う。

「…え」

 自虐的な僕を、肯定してくれる言葉だった。

 彼女の言葉は続いた。

「――完凪君が行動してくれた結果、私は助かったんです。だから、ありがとうって気持ちを勝手に持ってもいいですよね」

 彼女は微笑んでいた。

 夕日に映えるその笑みは、僕にとって、とても綺麗に思えた。

 もったいないくらい、うれしい言葉。

 僕は、幼い日、逃げ出して、大切なものを失くした。

 そして、また逃げようとした。

 でも、

「――新谷さん」

「はい」

「よろしくお願いします」

 そういって、僕は右手を差し出して頭を下げた。

 僕は、きっと新谷さんに助けられたんだ。

 踏み出す勇気をくれた彼女に、感謝したい。

 新谷さんは、少しキョトンとしていたが、クスッと笑って、

「はい」

 そっと僕の手を握り返してくれた。

 あの時と同じ温かさで。

「よろしくお願いします」

”火車”編完結。


【魔装殻・ヘクセルアルゥマデュラ】

挿絵(By みてみん)

〈詳細〉

 ”鎧”の魔法使いによって制作された対魔生物の戦闘鎧。

 魔生物の構成要素でである”魔素”を、戦闘を介して奪い取り、組み込まれた術式により”魔力”を抽出することで出力を上げる機構を内蔵している。

 出力があがるにつれて、吸収と放出の回転力が上昇していくため、魔生物に対して絶対的な優位性を持つが、戦闘能力を重視しすぎたため、装着者への負荷を想定しておらず、出力が上昇しすぎるとそれを停止させることができない。

 そのために造られたのが”ズァハーレーヴェン”というリミッターであり、その管理の元運用されていることで、本来のバランスのとれた性能を発揮する。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ