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”火車”XⅢ

 声を聴いた。


魔装殻ヘクセル・アルゥマデュラは、業に立ち向かうために造った”


 声は背後からだ。

 でも、振り返ろうと、そこには誰もいない。

 影のように、そこにいて語り掛けてくる。


“僕達は、気づいていなかった”


 僕は、背後に気配を感じ、振り向いた。

 そこに立っていたのは、“鎧”。


“僕達、魔法使いは求め続けた。自分たちの欲する知識を”


 姿形は同じ。

 でも、その全身は赤黒く、渦巻く模様が揺らめく。


“その果てに待っていたのは、――おおいなる過ちだった”


 装甲の内側からは、小さな炎がいくつも吹き上がっている。

 それは、混沌とした“業”。


“君は、魔法使い(ぼくたち)になってはいけない”


 “鎧”は告げる。

 内側にある確かな意思が言葉を放つ。


”信じてくれている人を、悲しませてはいけない“


 “鎧”が指さす。

 誰かが手を差し伸べてくれている。


 ――いきなさい。あなたは、強い子なのだから


 優しい声に背中を押され、その手をとった。

 あの日、失くしてしまった温かさがある。

 振り返ると、もう誰もいない。


 ――完凪君。


 また、別の声だ。

 それは、引かれる先から聞こえてくる。

 この声を、裏切ってはいけない。

 そう思った。



「――完凪君」

 目を覚ますと、自分の両膝が、地についているのに気づく。

目の前には新谷さんがいた。

 どうして、泣きそうな顔をしてるんだろう、とぼんやりとしか考えられなかった。

 自分の手を見る。

 魔装殻ヘクセル・アルゥマデュラではない、元の自分の手。

 全身を纏っていた“鎧”が、火の粉のように散り、大気に溶けていくのがわかった。

 身体には、力が入らない。

「新谷さん…どうして、逃げなかったの?」

 その言葉は、何気なく出た。

 見ると、新谷さんは今にも泣きそうな顔をしていた。

 どうしてだろう。

「私は、頼んでません…、こんなこと…」

 頼んでない、か。

 納得してる自分がいる。

 僕は、彼女との約束を守りに来たつもりだった。

 でも違った。本当は、ただ理由がほしかった。

 新谷さんと出会う前に、霊辺に会うこともできたはずなのに、それをしなかった。

「……怖かった…んだ」

 1人で何かをするのが。

 知ってはならない何かを知ることが。

 だから、新谷さんを利用した。

 自分が進む理由にするために。

「当たり前です…」

 新谷さんは、泣き出しそうな声で言った。

「1人でなんて、怖いに決まってるのに…どうして、あんな、危ないこと…したんですか」

 何か答えないと、と思ったけど、僕の意思に反して、強い眠気が襲ってくる。

 膝を立てたままでいることもできず、倒れ込む。

 でも、その途中で新谷さんが抱き留めてくれた。

 “鎧”を纏っていた時の熱が嘘のように自分の身体は冷えきっていた。

 そう感じられるぐらい、新谷さんは、温かかった。

「――よかった。完凪君…」

 僕は、目を閉じた。

 耳元にあるその呟きに、安堵し、身を委ねて。



 紡が目を覚ましたのは、自宅のベッドの上だった。

 時刻を見ると、

「げ…」

 AM12時43分。

 完全に遅刻だ。

「あ、いや、そっか…」

 よく見ると、デジタル時計の文字盤には“土曜日”とある。休日だ。

「夢だったのかな…」

 外は晴天。

 目覚めもスッキリだ。

 よし朝ごはんを作ろう、と紡は扉を開けて部屋を出る。

「――なかなか、いい住処になりそうだなぁ」

 いや、昼ご飯かなー。

「キキキ、変な汗出てるぞぉどうしたぁ?」

 変なのが、天井に足をついて逆さに僕を見ている。

 軽く目をこすった。

 また見たけど、やっぱりいた。

「夢じゃなかった…」

 霊辺東洋は、…魔法使いは実在している。

 目の前に、ぶら下がっているのか、立っているのか、物理法則を無視してそこにいる。

「契約の通り、ここの一部を提供してもらうぞぉ」

「ああ、わかった」

 霊辺から提示された“代償”の1つ――『活動拠点の提供』だった。

 霊辺は、魔力を節約してあの巨大な図書館を維持していたらしく、やはり実在する場所を依り代にする方が空間を維持しやすいのだそうだ。

 よくわからないが、この家は環境的にうってつけらしい。

 幸いここは、紡以外住んでいない。

 卒業までは1人暮らしの予定だった。

 それに、こちらも条件をのんでもらったので、今となっては感謝の気持ちもある。

「霊辺、くれぐれも…」

「ああ、“ばあちゃん”とやらには、見つからないようにだろぅ? わかったよ」

 こんな得体の知れないのが住み込んでいると知れたら、ばあちゃんにどう説明すればよいのかもわからない。

 “(ちから)”を借りるためだったとはいえ、小さくないリスクだ。

 でも、不思議と後悔もしてないのだ。

「霊辺、なんか食う?」

「俺様に食い物なんぞいらねぇよ。人間じゃないんだからよ」

「でも、腹すかないのか?」

「俺様の身体は、“魔力”で維持されてる。“火車”を潰した時に、たっぷり集まったからなぁ。気にしなくていいぜ」

「あの“鎧”って、そういうのも兼ねてるんだ。でも、また足りなくなるんじゃ」

「なんだ、また着てくれるのか? あの“鎧”を? 親切だなぁ、紡は」

 霊辺は、意地悪くニヤけて見せた。

 あの“鎧”――魔装殻ヘクセル・アルゥマデュラは、危険だ。

 それを知っているから、霊辺は、最後までその存在を隠していたのだろう。

 とはいえ、紡の行動が、霊辺の魔力供給とやらにも役立ったのは確からしい。

 霊辺が紡をうまく使ったとも言える。

「霊辺、どれくらいこの町にいるんだ?」

「別に決めてねぇよ。移動するにも下準備がいるからなぁ。いい拠点も見つけたし、しばらくここにいるわ。気になることもあるしなぁ」

「気になること?」

「個人的なことだよ。気にしなくていいぜ」

 そう言われると余計気になるが、また頭を鷲掴みにされて頭痛起こされても敵わないのでできるだけ気にしないようにようと思う。

「霊辺、あの後どうなったんだ? “火車”を倒した後…」

「お前をここまで運んだ。だいぶ削れたみたいだなぁ」

「削れたって?」

「“寿命”だよ。お前のな」

「……」

 さらりととんでもないことを言われたような気がした。

「お前は魔装殻ヘクセル・アルゥマデュラが吸収した“魔素”に影響されて、感情を暴走させたな?」

「そんな、気がする…」

「“魔素”っていうのは、負のエネルギーの塊。黒く濁りきった水だ。そいつの中には、自分以外を憎み、蔑み、呪う意識が渦巻いてる。そんなのに多量に曝されれば、どんな人間だろうと精神を汚染される。結果的に自分自身が“魔素”化して、燃料にされて終わりさ。特に、お前は人間として見れば幼いし、感情の制御力も十分じゃない。ああなっちまうのは、当然だ」

「寿命…あまり自覚ないけど」

「覚えはあるだろう? 魔装殻ヘクセル・アルゥマデュラを解いた瞬間、身体が冷え切るのを。あれは、燃料にされていたお前の生命力が、散ったからだ」

 最後、紡は自らを包む熱を抑え込めなくなっていた。

 高ぶる熱を抑えきれず、暴走した。

 でも、霊辺が止めたのだ。

 暴走する紡を無理やりにでもたたき伏せて。

「ありがとう…自分1人じゃ、抑えられなかった…」

「俺様は魔装殻ヘクセル・アルゥマデュラの管理者だからぁ。それが役目だ。それに…」

 まぁ、と霊辺は間を持って続けた。

「正直、お前は消えてなくなってもおかしくなかった」

「…え」

「新谷 香澄とかいう女がお前を呼び戻したんだ。感謝しとけ。また会えればだがな」

 キキ、と短く霊辺は笑った。

「そういえば、新谷さんはどうしたんだろう…」

「“私、頑張ってみます”だと」

「え?」

「その新谷 香澄からの伝言だよ。寝てるお前を連れて行こうとした時に言われたんだよ」

「頑張ってみる…か」

 確か、あんまり、祖父と仲が良くないとか言ってたのを思い出す。

 でも、紡にできることはない。

 “火車”を倒した。それだけで、彼女の何かを解決できたわけではない。

 紡は、新谷 香澄を理由にして、自分の過去に決着をつけただけなのだから。

 彼女は、紡の無茶な行動を快く思ってなかった。

 心配も不安も与えてしまった。

「結局、自己満足か…」

 自分を皮肉る。

 後悔しているわけではないが。

「そういや、さっき、そこの”すまふぉ”が震えてたぞ」

 霊辺が、目を動かして机の上にあるスマートフォンを見た。電池容量が20%を切っている。

 確認すると、着信が入っていた。

「う…」

 おばあちゃんからだった。

 履歴では9:00ジャスト。1人暮らしを始めてから、土曜日のこの時刻ぴったりにかかってくるのがお約束。

 おばあちゃんに電話するのは、ある程度の覚悟と気構えが必要なので迷うが、10秒後には意を決してかけなおした。

 できれば不在でもいいんだけど、と思うが、すぐに繋がってしまう。

『――紡。起きましたか』

 その声だけで、素直になってしまう。

「はい。おはようございます。すみません、疲れて寝過ごしてしまって…」

『休日だからと言ってダラケることはいけません。規則正しく生活なさい。そうでなければ、1人暮らしを許可できなくなります。よいですね』

「はい…申し訳ありません…」

 電話越しなのに、全てを見抜かれているような気分になるのは、錯覚だろうか。

 それぐらい、紡にとっておばあちゃんの存在は圧倒的である。

『――近頃、生活が乱れているようですね。この間、病院のお世話になったばかりだというのに』

「は、反省文…ですか?」

『いえ、あなたも高校生ですから、そのような子供じみた罰は適当ではないと思っています』

 なんか、今日はおばあちゃんが優しいな。

 なんか、すごく、コワイ。

『紡。これから、あなたは社会に出なければなりません。そのために何が必要かわかりますか?』

「えっと…、礼節とか、学力とか…ですか?」

『それもありますが、その点については心配していません。学力、素行、いずれも問題ないと報告を受けています』

 じゃあ、なんだろうか。

 なんだかんだで、おばあちゃんから課せられた課題はすべてこなしてきた。

 身体も鍛えてるし、勉強もしてる、礼儀も叩き込まれた。

 いやというほど…。

『紡。あなたは、“友達”がいないそうですね』

「そ、それは……はい…」

 急にすごく痛いところを突かれた。

 確かに、紡には、友達だと言える人が1人もいない。

 勉強に、鍛錬に、礼儀作法に、といろいろしていたが、その反動か同年代の友人と思い出とかを共有したという記憶がほとんどない。 

『その点については、私も責任を感じています。なので、今度からあなたの“友達”づくりに協力したいと思います』

「どうやって?」

『もう来るはずです』

「来る…?」

 なんとことだろうか、と内心疑問符を浮かべていると、インターホンが鳴った。

 まさか、あの“黒子さん”が来たのだろうか。

 家事とかを今後手伝ってくれるとかなら、確かに時間に余裕がもてるし理にかなってる。

 しかし、

「霊辺、隠れててくれないか?」

「あいよ」

 小声での頼みに応じて、霊辺は奥に引っ込んだ。

 今は、この同居人がいるのだ。

 おばあちゃんには絶対に知られるわけにはいかない。

 だから、“黒子さん”が常駐するとなると、精神的に余裕がなくなりそうで気が重くなる。

 そう思いつつ、電話を切らずに玄関に向かう。

『紡、人を知るためには、何を考えれなければならないのかを学びなさい。それがあなたへの新しい課題です。そのために――』

 扉には、ぼやけるガラスが正面に貼ってあり、の外にいる人物のシルエットが分かるようになっている。そこには、“黒”がない。

“黒子さん”じゃない。

「…?」

 扉を開ける。

 そして、

「……え?」「……へ?」

 そこに立っている人と目が合った。

『お手伝いを雇いました』

「完凪、君…?」

 大きなキャスター付きのトランクを引いて、紡と同じく目を丸くした新谷 香澄が、立っていた。

 彼女の足元にぴったりとくっついている猫――シェミイニャが、欠伸をしていた。

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