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”火車”Ⅻ 〇

    挿絵(By みてみん)

 本来、知識を書物をとして遺す魔法使い達の中で、書物を一切書かず変わり者とされていた“鎧の魔法使い”。

 その人物が遺した唯一の遺産があるという。


 魔装殻ヘクセル・アルゥマデュラ


 膨れ上がった巨大な“業”を無に帰すことを可能にする絶対的な“力”。

 そんなのがあるなら、霊辺が使えばいいと言うと、

 ――俺様は、“管理者”だからな。使えないのさ。

 どう使えばいいのかわからない、と言ったら、

 ――やりたいようにやれ。魔装殻ヘクセル・アルゥマデユラはそれに反応する。

 それでなんとかなるのか、とも言ったが、

 ――使えばわかる。ただ――

 少し、間が開いてから言葉が来た。

 ――熱くなりすぎるなよ。

 ただそれだけの静かな一言があった。



 すでに戦闘は開始している。

 魔装殻の拳の一撃が入った瞬間からだ。

「おおおおおおッ!!」

 紡は、軽く地面を蹴ったつもりだったが、凄まじい加速で一気に“火車”の懐に入っていた。

 踏み込み、打ちこんだ拳は“火車”の胴体に入った。

 “火車”はわずかに反応したが、次の瞬間には吹き飛んでいた。

 信じられない。

 あの巨大な炎の獅子を、あっさりと吹き飛ばしたのだ。

 ……熱い。

 紡は、打ち込んだ拳に熱を感じた。

 右腕が炎に包まれている。

 “火車”の身体から千切りとった炎だった。

 纏わりついている炎は、まるで“鎧”に吸われるかのように小さくなり、消える。

 すると、今度は自身の内側に熱が膨れ上がる感覚を覚える。

 ……やるんだ。もっと、動け。

 炎の獅子は、立ち上がる動作を見せない。

 炎として燃え盛ると、形を作り直し、直立状態へと変わって見せた。

 すると、さらに燃え上がり、先の2倍近い規模へと膨れ上がった。

 こちらを威嚇するかのように。

 睨むようにこちらに視線を向けてくる炎の獅子に、紡は、強い意思を持って眼光を返す。

 こいつをここで倒す。

 絶対に叩き潰す。

 そうしないと収まらない。

 自分の中に抱え込んできたものが。

 血のように全身を伝う熱が。

「おおおおおッ!!」

 再度突進を仕掛ける。

 先と違い、炎の獅子の反応は素早い。

 こちらを真っ向から叩き潰そうと、前脚を振りおろしてきた。

 勢いだけで突進した紡は、その一撃を受け、地にたたきつけられ、衝撃で、数十センチ地面を陥没させる。

 だが、

「うああッ!!」

 両手を地につき、力を込めた。渾身の力を。

 抑えつけていた獅子の前足の力に抗い、勢いよく上体を跳ね上げる。

 浮いた獅子の両前脚ををとらえると、握りつぶし、千切りとった。

 のけぞる炎の獅子に間髪入れずに追撃をいれた。 

 獅子の胴体に蹴りを入れ、吹き飛んだところでさらに追い打ちをかける。

 ……終わりにするんだ! 絶対にッ!!

 “鎧”は紡の意思に呼応するかのように、熱と力を何倍にも増幅していく。

 いける。

 勝てる。

 幼い日、逃げるしかなかった、あの暴力に立ち向かい、圧倒している。

 すごい“力”だ。 

 攻撃すればするほど、自分の力が増していくのがわかる。

 負ける気がしない。

 これなら――



 私は、彼の戦いを見ていた。 

「――いいねぇ。馴染んでるようだなぁ」

 私は、隣に立っている長身の人物を見た。

 “鎧”を纏った彼を、ニヤケながら見ている。

 容姿も、雰囲気も、人というには異質さを感じさせる存在だ。

「あれは、…なんですか?」

「どれのことだ?」

 怪物のことか、“鎧”のことかと、問われている。

「全部、です…」

「化物さ。全部な」 

 キキキ、という金切り声のような笑い声を聞いた。

「あなたは…」

「ん?」

「完凪君に、何を、着せたんですか…?」

 “鎧”が、攻撃を加えるほど、炎の獅子の密度が減っていく。

 確かに負ける様子は微塵も感じない。

 だが、

「あれは、おかしい…」

「あいつが欲しがったんだよ。あの“よろい”を。だから、使わせてやったのさ」

 私は、言い知れぬ不安を感じた。

 確かに感じるのだ。

 熱にさらされただけで、わかる。

 あれは、彼の大切ななにかを削っている。

「やめさせて、ください…」

「なんでだぁ? あの炎の獅子は、お前を喰おうとしてる。それをあいつは止めようとしてる。なのに、なぜ止めるぅ?」

 そういう異質な存在の雰囲気にも変化を感じた。

 先に負った爪の傷跡が消えている。

 髪がさっきよりも、生き物のようにより波打っている。

 まるで、生気を取り戻していくように。

 対して、戦い続ける“鎧”の装甲の隙間から、炎が噴き出し、攻撃の流れが、炎の残像として尾を引いて輝きを散らす。

 あれは、何か取り返しのつかないものを燃やしている。

「やめて…、完凪君…!」

 声は届かない。

 “鎧”はがむしゃらに炎の獅子へと力をたたきつけ、その全身を包む炎は勢いを増していく。

「――あの“鎧”は、敵の存在を喰って自分の出力を上昇させるのさ。炎が勢いを増すほどに消費と喰いちぎる力も増していく。相手が強大であるほどに有効な“力”だ」

「じゃあ敵がいなくなったら、どうなるんですか…?」

 不安に鼓動が高まる。悪魔のようにニヤけた口がら、その言葉を聞いた。

「――“中身”が燃え尽きるのさ」



 獅子の首に掴みかかった。

 炎をわしづかみにして、また千切りとる。

 炎の獅子は、声をあげないが、炎の揺らめきが荒くなっている。

 苦しんでいるのがわかる。

 そうだ。お前は、僕から奪ったんだ。当然の報いだ。

 

“――シね”


 ふと、そんな声が聞こえた。


“――殺してやる”


 まただ。


“――気に入らない”

“――なんで、俺だけ”

“――シね、死ね、死んじまえ”

“――きぃひ、はははっはは!!”

“――痛い、苦しいぃぃ。なんで、だぁああああッ”

“――死にたくない! 死にたく―な――”


 身体が、勝手に動いてる。

 でも、恐怖を感じない。

 

“――トロトロ走りやがって”


 これは、あの時の声だ。

 僕達を、“火車”に遭遇させた、あの男の。

 名前も知らない。薄汚い、人殺し。

 

 ……許、せるか…!。


 お前がいなければ、現れなければ、出会わなければ…。


“――みんな、死んじまえ”


 違う。

 死ぬのは、


「――なんで、お前だけじゃなかったんだああぁッ!!」


 炎の獅子が、人1人丸のみにできるほどに裂けた顎で食らいついてくる。

 肩に食らいつかれるが、魔装殻は、砕けない。

 それどころか紡の強い感情に呼応し、熱量を上げると、両拳で獅子の頭部を力任せに叩き潰す。

「うあああああああッ!!」

 ひるんだ“火車”に、無我夢中で、拳の連打を叩き込む。

 打ち込むほどに、獅子は削れ、散っていき、比例して、魔装殻の熱量はさらに燃え上がる。

 そして――

「あああッ!!」

 唐突に、固い何かを殴る感触があり、そこで、手を止めた。

 その中に、見る。

 白骨だった。

 燃え盛っていた獅子を引き裂いた中にあった、1つの白骨。

 それは、炎の中で焼かれて、悶え苦しんでいるように見えた。


”――お前も、シね”


 声が聞こえた。

 その瞬間、紡は目を見開いた。

 生まれて初めて、本当に、――人を憎んだ。


「う、ああああああああああッ!!!」


 右腕の装甲から炎が噴きあがった。

 右肩までを包み込んだ炎の拳撃を、周囲へ衝撃を伝えるほどの威力で白骨へと叩きこんだ。

 炎の獅子が大気に溶けるように散っていく。

 幼い日、紡に喪失を与えた怪物が消えていく。

 先に見た白骨もまた、共に塵に混じって消えていく。

 ほんの数秒の出来事だった。

 あまりにあっさりとした終結だった。

 ……終わった、のか。

 終わったはずだ。

 だが、

「ぁあ…」

 言い知れない衝動に、駆り立てられた。

 “鎧”から噴き出す炎の荒々しさが増していることにも気づかぬまま。

 熱が、おさまらない。全身の血が沸騰するように駆け巡る。

「霊、辺…、から、ダが…あつ、イ……」

 彼は、こちらを見てニヤケ顔を浮かべていた。

 鋭い歯をのぞかせ、手の指を鳴らしこちらに歩いてくる。

「――意識を保ってるとはなぁ。驚きだよ」

 キキキ、と霊辺は笑っていた。

 そのあとのことは、よく覚えていない。

 かすかに記憶にあるのは、霊辺によって地面にたたき伏せられたこと。

 そして、

「我慢しろよぉ」

 その言葉を最後に、意識を失ったこと。

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