”火車”Ⅻ 〇
本来、知識を書物をとして遺す魔法使い達の中で、書物を一切書かず変わり者とされていた“鎧の魔法使い”。
その人物が遺した唯一の遺産があるという。
魔装殻
膨れ上がった巨大な“業”を無に帰すことを可能にする絶対的な“力”。
そんなのがあるなら、霊辺が使えばいいと言うと、
――俺様は、“管理者”だからな。使えないのさ。
どう使えばいいのかわからない、と言ったら、
――やりたいようにやれ。魔装殻はそれに反応する。
それでなんとかなるのか、とも言ったが、
――使えばわかる。ただ――
少し、間が開いてから言葉が来た。
――熱くなりすぎるなよ。
ただそれだけの静かな一言があった。
●
すでに戦闘は開始している。
魔装殻の拳の一撃が入った瞬間からだ。
「おおおおおおッ!!」
紡は、軽く地面を蹴ったつもりだったが、凄まじい加速で一気に“火車”の懐に入っていた。
踏み込み、打ちこんだ拳は“火車”の胴体に入った。
“火車”はわずかに反応したが、次の瞬間には吹き飛んでいた。
信じられない。
あの巨大な炎の獅子を、あっさりと吹き飛ばしたのだ。
……熱い。
紡は、打ち込んだ拳に熱を感じた。
右腕が炎に包まれている。
“火車”の身体から千切りとった炎だった。
纏わりついている炎は、まるで“鎧”に吸われるかのように小さくなり、消える。
すると、今度は自身の内側に熱が膨れ上がる感覚を覚える。
……やるんだ。もっと、動け。
炎の獅子は、立ち上がる動作を見せない。
炎として燃え盛ると、形を作り直し、直立状態へと変わって見せた。
すると、さらに燃え上がり、先の2倍近い規模へと膨れ上がった。
こちらを威嚇するかのように。
睨むようにこちらに視線を向けてくる炎の獅子に、紡は、強い意思を持って眼光を返す。
こいつをここで倒す。
絶対に叩き潰す。
そうしないと収まらない。
自分の中に抱え込んできたものが。
血のように全身を伝う熱が。
「おおおおおッ!!」
再度突進を仕掛ける。
先と違い、炎の獅子の反応は素早い。
こちらを真っ向から叩き潰そうと、前脚を振りおろしてきた。
勢いだけで突進した紡は、その一撃を受け、地にたたきつけられ、衝撃で、数十センチ地面を陥没させる。
だが、
「うああッ!!」
両手を地につき、力を込めた。渾身の力を。
抑えつけていた獅子の前足の力に抗い、勢いよく上体を跳ね上げる。
浮いた獅子の両前脚ををとらえると、握りつぶし、千切りとった。
のけぞる炎の獅子に間髪入れずに追撃をいれた。
獅子の胴体に蹴りを入れ、吹き飛んだところでさらに追い打ちをかける。
……終わりにするんだ! 絶対にッ!!
“鎧”は紡の意思に呼応するかのように、熱と力を何倍にも増幅していく。
いける。
勝てる。
幼い日、逃げるしかなかった、あの暴力に立ち向かい、圧倒している。
すごい“力”だ。
攻撃すればするほど、自分の力が増していくのがわかる。
負ける気がしない。
これなら――
●
私は、彼の戦いを見ていた。
「――いいねぇ。馴染んでるようだなぁ」
私は、隣に立っている長身の人物を見た。
“鎧”を纏った彼を、ニヤケながら見ている。
容姿も、雰囲気も、人というには異質さを感じさせる存在だ。
「あれは、…なんですか?」
「どれのことだ?」
怪物のことか、“鎧”のことかと、問われている。
「全部、です…」
「化物さ。全部な」
キキキ、という金切り声のような笑い声を聞いた。
「あなたは…」
「ん?」
「完凪君に、何を、着せたんですか…?」
“鎧”が、攻撃を加えるほど、炎の獅子の密度が減っていく。
確かに負ける様子は微塵も感じない。
だが、
「あれは、おかしい…」
「あいつが欲しがったんだよ。あの“力”を。だから、使わせてやったのさ」
私は、言い知れぬ不安を感じた。
確かに感じるのだ。
熱にさらされただけで、わかる。
あれは、彼の大切ななにかを削っている。
「やめさせて、ください…」
「なんでだぁ? あの炎の獅子は、お前を喰おうとしてる。それをあいつは止めようとしてる。なのに、なぜ止めるぅ?」
そういう異質な存在の雰囲気にも変化を感じた。
先に負った爪の傷跡が消えている。
髪がさっきよりも、生き物のようにより波打っている。
まるで、生気を取り戻していくように。
対して、戦い続ける“鎧”の装甲の隙間から、炎が噴き出し、攻撃の流れが、炎の残像として尾を引いて輝きを散らす。
あれは、何か取り返しのつかないものを燃やしている。
「やめて…、完凪君…!」
声は届かない。
“鎧”はがむしゃらに炎の獅子へと力をたたきつけ、その全身を包む炎は勢いを増していく。
「――あの“鎧”は、敵の存在を喰って自分の出力を上昇させるのさ。炎が勢いを増すほどに消費と喰いちぎる力も増していく。相手が強大であるほどに有効な“力”だ」
「じゃあ敵がいなくなったら、どうなるんですか…?」
不安に鼓動が高まる。悪魔のようにニヤけた口がら、その言葉を聞いた。
「――“中身”が燃え尽きるのさ」
●
獅子の首に掴みかかった。
炎をわしづかみにして、また千切りとる。
炎の獅子は、声をあげないが、炎の揺らめきが荒くなっている。
苦しんでいるのがわかる。
そうだ。お前は、僕から奪ったんだ。当然の報いだ。
“――シね”
ふと、そんな声が聞こえた。
“――殺してやる”
まただ。
“――気に入らない”
“――なんで、俺だけ”
“――シね、死ね、死んじまえ”
“――きぃひ、はははっはは!!”
“――痛い、苦しいぃぃ。なんで、だぁああああッ”
“――死にたくない! 死にたく―な――”
身体が、勝手に動いてる。
でも、恐怖を感じない。
“――トロトロ走りやがって”
これは、あの時の声だ。
僕達を、“火車”に遭遇させた、あの男の。
名前も知らない。薄汚い、人殺し。
……許、せるか…!。
お前がいなければ、現れなければ、出会わなければ…。
“――みんな、死んじまえ”
違う。
死ぬのは、
「――なんで、お前だけじゃなかったんだああぁッ!!」
炎の獅子が、人1人丸のみにできるほどに裂けた顎で食らいついてくる。
肩に食らいつかれるが、魔装殻は、砕けない。
それどころか紡の強い感情に呼応し、熱量を上げると、両拳で獅子の頭部を力任せに叩き潰す。
「うあああああああッ!!」
ひるんだ“火車”に、無我夢中で、拳の連打を叩き込む。
打ち込むほどに、獅子は削れ、散っていき、比例して、魔装殻の熱量はさらに燃え上がる。
そして――
「あああッ!!」
唐突に、固い何かを殴る感触があり、そこで、手を止めた。
その中に、見る。
白骨だった。
燃え盛っていた獅子を引き裂いた中にあった、1つの白骨。
それは、炎の中で焼かれて、悶え苦しんでいるように見えた。
”――お前も、シね”
声が聞こえた。
その瞬間、紡は目を見開いた。
生まれて初めて、本当に、――人を憎んだ。
「う、ああああああああああッ!!!」
右腕の装甲から炎が噴きあがった。
右肩までを包み込んだ炎の拳撃を、周囲へ衝撃を伝えるほどの威力で白骨へと叩きこんだ。
炎の獅子が大気に溶けるように散っていく。
幼い日、紡に喪失を与えた怪物が消えていく。
先に見た白骨もまた、共に塵に混じって消えていく。
ほんの数秒の出来事だった。
あまりにあっさりとした終結だった。
……終わった、のか。
終わったはずだ。
だが、
「ぁあ…」
言い知れない衝動に、駆り立てられた。
“鎧”から噴き出す炎の荒々しさが増していることにも気づかぬまま。
熱が、おさまらない。全身の血が沸騰するように駆け巡る。
「霊、辺…、から、ダが…あつ、イ……」
彼は、こちらを見てニヤケ顔を浮かべていた。
鋭い歯をのぞかせ、手の指を鳴らしこちらに歩いてくる。
「――意識を保ってるとはなぁ。驚きだよ」
キキキ、と霊辺は笑っていた。
そのあとのことは、よく覚えていない。
かすかに記憶にあるのは、霊辺によって地面にたたき伏せられたこと。
そして、
「我慢しろよぉ」
その言葉を最後に、意識を失ったこと。




