”火車”Ⅹ
「か、はぁ…はぁ…」
過去から覚め、気が付くと、紡の意識は元の場所にあった。
冷や汗で、背がびっしょりと濡れている。
「母さん、父さん…」
思い出してしまった。
猛烈に気分が悪くなってくる。
吐き気がこみあげてきた。
「なるほどなぁ。これでわかった」
対して、霊辺は冷静だ。
顎に手をあて、納得の表情をしている。
「なにがだよ…」
覚悟していたとはいえ、思い出したくない記憶を呼び起こされて、精神的に疲労していた紡は、つい声をとがらせてしまった。
だが、霊辺は気にすることもなく、答えた。
「“火車”が凶暴化した理由だ。だいたい、俺様の予想は当たってたわけだぁ」
「なんだよ、予想って…」
「あの“火車”は魔法使いの血を喰っている。だから、あそこまでの力を取り込めるようになっているようだな」
「魔法使いって、僕の両親が…?」
そんなの聞いたことない。
「まあ、正確には家系に魔法使いが存在する“末裔”ってことだがな。知っていても大して生活が変わるわけでもない。自分が“末裔”ってことを知らない奴も多い」
それに、と霊辺は続けた。
「お前が“火車”に出会ったのは、ただの偶然だ」
「偶然…だって?」
「見ただろ。最初に襲われたあの薄汚ねぇ人間を。あいつの車の後ろにあるものを、“火車”は狙って追いかけていたんだ」
“火車”とは、死者を貪る魔生物。
ということは、
「――死体だよ。あの薄汚ねぇ人間は、死体を運んでた。だから、狙われたのさ」
霊辺は、謎が解けてうれしそうにしている。
でも、僕はますます気分が悪くなってきた。
「死体を運んでたって…なんで」
「この国で正式に埋葬される死者は、お経やらお祈りやらで念入りに清められているから、ほとんど“魔素”を出さない。だから”火車”も墓荒らししない。だが、あの車に乗っていたのは、違ったようだなぁ」
霊辺は、キキキと笑う。
「あそこにあったのは、何かの理由で殺されて、憎悪に満ちている死体。“火車”とってたっぷりの“魔素”を発する“死体”だった」
誰にも弔われず、理不尽に奪われた命。
それが、“火車”にとって格好の餌となった。
「そして、あの薄汚ねぇ人間も重傷を負っていたから、死にかけに近かった、だから、まとめて喰われた。そして、お前の――」
「やめてくれっ!」
もうわかった。
理屈はわかったし、納得もした。
でも、
「やめて、くれ…」
あの日起こったことが全部偶然だったなんて、信じたくなかった。
遊びに行かなければ。
父さんにわがままを言わなければ。
母さんを見捨てなければ。
あの道以外を走っていれば。
……“火車”になんて出会わずに済んだ。
起こらないかもしれなかった。
でも起こってしまった。
「……“魔法使い”の血は、多少特殊だ。魔生物が取り込めば、今回のような異常な個体へと変異させる可能性がある。そして、それは現実に起こっている」
「霊辺なら止められるんだろ…?」
「俺様には無理だな」
「でも、昨日の夜は…!」
「見てなかったのか? 組み付いても振りほどかれた。逃げられた。油断なんてしてなかったし、あの場所で確実に“火車”を仕留めるつもりだった。なのにできなかった」
見な、と霊辺は、右の袖のまくって見せた。
「う…」
焼けただれている。
白い皮膚だから、焦げ跡が余計に目立っている。
余裕を見せているが、霊辺は、――負けていたのだ。
「わかったか? 下手をすればこっちが喰われてた。俺様にあそこまで肥大した“火車”には手が出ない」
「どうすれば…」
「止めたいのか?」
「止めたい」
「なんのために? ある程度放っておけば、あいつは飽きて別の地域に移るだろう。お前は“火車”の存在と危険性を知った。その知識で、危険を避け、身を守ることができる。危険から離れる。それが安全ということだろぉ?」
なんのために。
町を守りたいと思えるほど、愛着があるわけではない。
友達もいるけど、命に代えて守りたいというほどの決心があるわけでもない。
その他大勢を救いたいなんてヒーロー願望があるわけでもない。
それでも、僕は、この状況をなんとかしたいと思ってる。
それは、
「知ってしまったから…」
母さんと父さんを失った真相を知った。
両親が自分に込めてくれた願いがあったと知った。
自分と同じ境遇に追い込まれている人がいると知った。
放っておけば、この先も理不尽に誰かが消えると知った。
幼い日の偶然から生まれた怪物が、人を殺していく。
なら、
「知らないふりなんかできないじゃないか…」
何もせず、忘れていく。
それは、一番してはいけないことだ。
「倒す手段はあるぞ」
そののつぶやきに、顔を上げた。
霊辺の表情には、試すように吊り上がった笑みが現れている。
「――望みには代償が必要だ」
僕の答えは――、




