六話目 文字の読み方、『~が欲しい』
ふと思い立って、アルファベットで何か単語を書いてみることにした。アルファベットが分かるなら、単語や文字列を書いたときに読むこともできる筈。つまり、読み方なら分かる筈だ。
ペンを返してもらって、まずは適当に『ENGLISH』と書いてみた。まさか意味が通じるとは思っていないが、読み方は英語なら『イングリッシュ』になる。さあ、ここではどうなる?
「あぇー…えぬ、えぬぐりす…ひゅ?」
Nを『ぬ』と読んだり、Hを『ひゅ』?と読んだりする以外はローマ字読みそのまんまだ。母音のUは省略するっぽいな。
じゃあ、次は『SEIJI』と書いてみる。ローマ字読みなら疑いようもなく『せいじ』になる。
「せ、い、ぃ…?」
おっと?…Jは『じゃ』行でないのか。となると『や』行か?
今度は『SEIZI』に直した。これでどうだ?
「せ…い、ずぃ…せーじ?」
うむむ、ZIは『ずぃ』なのか。だが向こうも何を書いてたのか察したらしい。
「せー、るすと てゅーるすな えっず ぱらねる?」
何やら質問してきた。通じないと見るや地面に何か書きだした。
『SÉZYI』
「とーらぅら せーじ。」
…これで?『せーじ』なのか?Éは恐らくマクロン…いわゆる長音を意味すると思われるからまだ分かるとして、ZYIで『じ』って読むのか?随分変な書き方をするもんだ。
次は、こいつの名前『えこーく』を書いてみる。基本的にローマ字読みなら『EKÓK』だが、これで合ってるか?
「ぬー、とーりぁ…えきょーきゅ。」
違うらしい。随分と素っ頓狂な発音になってしまったようだ。すると地面に『ECÓC』と書いて見せてきた。これで『えこーく』なのか。となると、Kが『きゃ』行、Cが『か』行、と言ったところか?じゃあ、『き』とかはどうなるんだ?
順に『KA、KI、KU、KE、KO』『CA、CI、CU、CE、CO』と書いて、読むのを待ってみた。
「ひぇぃく?…きゃ、き、きゅ、け、きょ…か、ち、く、ちぇ、こ?」
成る程な。「きゃききゅけきょ」と「かちくちぇこ」か。面白い発音をするもんだ。
…色々分かってきたが、そろそろ疲れてきたな。文字に関してはひとまずここまでにしておきたい。
…それにしても、また喉が渇いた。水が欲しい。さっきから結構頻繁に喉が渇くが、食中毒のせいで脱水症状でも起きたのか、それともここの気候が乾いているからか?
「…えこーく? えーぎぁ…えっと、いぉーて?が欲しい…?」
ぐぬぬ、欲しいってなんて言えばいいのか分からない。このままじゃ『私は 水』だなんて阿呆みたいな文章だ。意味だけでも伝わるか?
「いぉーて?いぉーとぅな りもぃえす?」
『りもぃえす』?…いや、お腹は空いてないぞ。それに『いぉーとぅな』も気になるな。『いぉーて』の変化形っぽいが。
「ぬー、えっず りもぃえす。いぉーて!」
『違う、お腹は空いてない。水!』…で合ってるか?ちょっとふてぶてしい言い方に聞こえるが、それ以外に言葉を知らないから致し方ない。
「ん、んん?らしゅむ…らしゅむ、いぉーとぅな りもぃえす?」
…は?何か噛み合ってない気がする。
『いぉーとぅな りもぃえす』だから…『水(何らかの格助詞?)お腹が空く』ってことだろうか。これだとまるで意味不明なんだが…もしかして、『りもぃえす』はお腹が空く、以外の意味があるとか?…だとしたらなんだ?
…もしや、これで『欲しい』に当たる、もしくは近い意味になるのか?それなら納得できるが。
「…や、やー?…いおーとぅな りもぃえす…?」
ひとまず肯定しておく。意味が分からず取りあえず肯定しているんじゃないぞ。ちゃんと考えがある。
「いぉーとぅな。やー、くでぃす か。」
向こうが外に出ていった。
もし、これで向こうがきちんと水を持ってくるならば『いおーとぅな りもぃえす』が『水が欲しい』という意味で合っているということになる筈。つまり、逆説的に結論づけることにするつもりだ。
「せーじ、いぉーて。…るー?」
見ると、きちんと容器に入った今朝のお湯(恐らくもう冷めて水になっている)を持ってきてくれた。よしよし、どうやら俺の予想は当たったようだな。
るーは結構前にこいつが『やー』と大体似たようなニュアンスで使っていたきがする。肯定を表す語が複数あるのも別に不自然ではないだろう。
「るー。ありがとうございます」
お礼の言い方も分からないが、取りあえず態度で示せば良い。
「ん。…あてぃがとぅごずぃます?…ふへっ」
真似した挙げ句笑われた。なぜだ。
まあいい、お陰で結構汎用性の高そうな言葉が覚えられた。恐らく、『~(何らかの物)な りもぃえす』が『~が欲しい』って意味になるのだろう。その内使う機会もあるだろうし、きちんとメモしておいた。
それにしても、水が美味い。ここにきてから一番美味しかったものが暫定的に水っていう位には水が美味い。…単に他が酷かっただけなのだが。まあ、そもそもまだ一食しかしてないから他にもまだ美味しい物もあるんだろう。具体的には肉とか食べたいものだが…まあ、無理だろうな。そもそもこいつ、こんな場所で生活してる割には狩りとかしてなさそうだしな。
「せーじ、なぃりーてぃぷす えーぎぁ あどぅぉむ なん。 えーごす あどぅぉむ?」
…そんな事を考えてたら、向こうが話しかけてきた。何か荷物のようなものを肩に掛けている。何処か出かけるのだろうか?質問の意図を察するに、一緒に来る?って言ってるのか?
そりゃあ、付いていくでしょう。そもそも何処に行くつもりなのか分からないし、どれくらいの間戻ってこないのかも分からない。…だからこそ置いてかれると困る。俺はこんな土地で一人でも生きてられる超人ではない。もしこいつが何処かに行ってそのまま戻って来なかったら俺はそのまま死亡コース一直線だ。
よしよし、向こうも理解したようだ。『くらっぷ』から替えと思しきマント…『るめーどぅ』か。を引っ張り出して俺に渡してくれた。外行き用の服装ってことだろうな。わざわざ渡してくるってことは、そんなに遠出するつもりだったのだろうか?
方向については、最初に俺らが来た道とは逆の方の道に向かうようだ。何処へ行くのか知らんがはぐれないようにしなければ。