四話目 身の回りの単語と初食事、一日の終わりまで
同じような質問をしていって、もうだいぶ日も傾いてきたらしい。時間をかけただけあって色んな身の回りの言葉が分かった。
全部記憶するには多すぎてまるで覚えられないが、制服の内ポケットにメモ帳とペンがあって良かった。それらを出した時は珍しい物を見るような目で見られ、その後すぐさま質問責めにあったが、向こうも用途は理解してくれたようで引き続き質問に答えてくれた。メモできた単語を以下に挙げていくことにする。
衣服など
服…『くれーとぅ』
袖…『からーにゅ』
マント…『るめーどぅ』
キトン…『くしぇとぅ』
サンダル…『ぐりしゅ』
くしぇとぅに付いてた金属のピン…『てぃぷる』
腰に縛っている紐…『はりぇんす』
髪飾りの角…『さら』
腰に提げていた袋…『ぽすとぅ』
身の回りにあったもの
床もしくは地面…『がぃらむ』
土…『がぅる』
空…『うらに』
筵…『めとる』
壁…『ふぇーる』
屋根もしくは天井…『うるーく』
柱…『てゅーとぅす』
レンガ…『きらっく』
暖炉…『ふぇるふす』
石…『ずた』
平たい石(用途不明)…『もーるぇす』
植物を編んだ布っぽいの…『ぱしゅぱっとぅ』
草…『らぃく』
木…『めとぅ』
木の枝…『らっか』
小枝…『らっか ぐぃなった』
木の根…『どく』
葉っぱ…『えたる』
植物の茎…『ふとーる』
焚き火の跡…『ふらぅず』
池?生け簀?…『しゃるぇんて』
水…『いぉーて』
俺らが居る小屋…『いにって』
壁の無い方の小屋…『くらっぷ』
体の部位
頭…『うろす』
髪の毛…『うるーふ』
顔…『かふ』
目…『くぇず』
鼻…『るんとぅ』
口…『にぇる』
歯…『かっとぅ』
舌…『らもぃる』
耳…『こぃる』
首…『いぇーとぅ』
腕(何処から何処までかは不明)…『りぇーとぅ』
肘…『すぃてぃら』
手のひら、甲…『ふぁず』
手の指…『あとす』
手の爪…『いばる』
腹…『ぷらぃのす』
背中…『のぃらーす』
足(腕と同じ)…『うぃりーとぅ』
膝…『らぅらる』
足の指…『げっとす』
足の爪…『なぃーる』
足の裏…『がふとぅ』
ほくろ…『がらす』
虫刺され…『ばぉーる』
『くらっぷ』は下に大きな空間が広がっており、恐らく倉庫だと思うのだが入れてくれなかった。さっきの壺等もここに入れられているらしいが、ついでに名前も聞いておきたかっただけに残念だ。
体の部位の細かい所などは何処を指してるのか向こうが分かってないようで釈然としないことも多かったが…取りあえずこんなところだろうか。
まず気づいたのだが、普通は『とーりぁ ろーむ?』と聞いた時に『とーりぁ ~。』とこいつが答えていたのだが、ここから外にある池っぽいのに対して同様の質問をしたところ、『そーらりぁ しゃるぇんて。』と答えていた。焚き火の跡に対しても同様に『そーらりぁ ~。』の形で答えていた。どうやら距離によって言い方に違いがあるらしい。これとかあれとかの違いだろう。
枝と小枝の違いから恐らく『ぐぃなった』は形容詞だろうか。とすると、形容詞は形容するものの後ろに来る形になるのか?というか、そもそも文法がまだ色々よく分かっていない。
それと石を幾らか集めて聞いて分かったことだが、どうやら単数、複数による使い分けは無いらしい。聞いている間変な目で見られたから間違いない。
人称代名詞についてはこいつも度々使っていたから何となく分かっていたつもりだが、『私は』が『えーぎぁ』、『あなたは』が『いぇぬすぃぁ』だろうか。『これは』『あれは』でもそうだったが、語尾に『~ia』の発音を多用している。そうなると『~ia』は格変化で、主格を表してるってことになるのか?
…うーむ、素人目にはこれ位しか分からなかった。俺より言語学に精通した人ならもっと色々考察できただろうな。
さて、こんなところか。…それにしても、さっきから腹が減りすぎて胃が痛え。そういえばここに来てから何も食えてねえのか。何か食べ物が欲しい。最悪虫でも妥協するかもしれない。
「…あー、えこーく?えーぎぁ りもぃえす…?」
私はお腹が空いている。…合ってるよな?今のところ話せる文はこれ位しかないが。
「りもぃえす?…ふぃー、いぇぬすぃぁ えっず あるむーず か。ふぃく あーしぇ、 りーえんとぅ めぐぇすな ふぃるすぃーず。」
そう言うと倉庫の方に入っていった。何か持ってきてくれるらしい。さあ何が出てくる…?
間もなく小さめの籠を持って戻ってきた後、籠を置いて中身を見せてきた。てっきりまた変な虫が幾らか入っているかと思っていたが、予想に反してそれらの物は見当たらなかった。色々選別してくれたのか?殆どが何かの果実類や豆類だ。後は…なんだこりゃ?水に漬かってガビガビになった紙のような…何だかよく分からない物もある。これらは全部食べられる物だろうか?
早速これらもどんな名前か聞こうと思ったのだが、籠を置くとすぐに何処かにいってしまった。
その後何処からか大量の木の枝と、小袋やら木の皮やらを持ってきた。焚き火の跡の近くに鍋を置くと、火を付け始めた。どんな方法で火を起こすのかと注目していたが、何やら袋の中から乾いた草の絡んだ黄ばんだ粉(妙に香ばしい)を出して地面に軽く撒き、上に木の皮を重ねて置いて尖った石で穴を空け、手頃な木の棒で擦り始めた。何だかもの凄く原始的だな。それに比べて俺らが普段使っている文明の利器の偉大さよ。
暫くして擦っている箇所から煙が出始め、枯草やら小枝をくべてやっと火が付いた。
枝を放り込み、徐々に火が大きくなりつつあるのを眺めていると、尖った木の枝を渡された。…串?これで食材を焼いて食えと?
…おー、良いじゃん!なんかバーベキューみたい!
最悪虫を生食する覚悟をしていた俺にとってこれはかなり有難い。早速適当な豆類を焼いて頃合いを見てから口に入れてみた。
…うん、土の味!不味い!
その後も他の豆類や果実類を試してみたが、どれもこれも不味い。果実類はその殆どが無駄に酸っぱいだけ。
…それにさっきからあいつが期待の眼差しでこちらをちらちら見てくる。そんな「美味しいだろぉ?」みたいな顔で見てきたって普通に美味しくないからな。
できるだけ避けたかったが、他に期待出来なくなった今、遂にこの変なガビガビを食べてみることにする。よーく見ればピザ生地みたいに見えなくもない…まあ、食べてみれば分かるか…
…ぱさぱさしてて、無味。…結局消去法でこれが一番美味しかった。何か腑に落ちない。
そういやここの言葉で美味しいとか不味いとかは何て言うんだろう?どう聞けば良いのか分からないし、向こうも向こうで食べてる間何も言ってこないからどうしようもなさそうだが。
…というかそもそも、そこら辺の虫をキャッチアンドイートするような奴だから味なんか気にしてない説もあるな。
食事が終わると、火は暖炉に移してすぐに消してしまった。
外も大分日が落ちて暗くなっていた。
小屋の中に戻ってきたが、何だかもうやることが無くなってしまった。炉の灯りを頼りに何かやることを探しても良かったが、今日は随分疲れた。さっさと寝てしまいたい。向こうも察したのか床に布…『ぱしゅぱっとぅ』だっけ。を敷いてくれた。てかこれ敷き布団だったのか。
お言葉というか態度に甘えて、俺は先に寝ることにする。この小屋、横になると結構スペースを取ってしまう。こいつもここで寝るとしたらちょっと申し訳ない気もするが。
…はあ、それにしても今日は本当に色々あった。今頃家族はどうしてるだろうか。まさか姉貴は心配してないだろうが、両親の事を考えると少し胸が痛む。学校もそうだ、俺の完全無欠の皆勤賞伝説が無駄になっちまうよ。まったく、早くここから帰りたいものだ。
暖炉のてらてらと反射した光をぼんやり眺めながら、俺は眠りに落ちた。