二話目 初会話成立からお宅訪問あたりまで
変な言葉を話すエコークちゃん?についていってしばらく経ったが、こいつは俺をどこに連れていこうとしてるんだろうか。住居?いやいやこんな森にそんなのはないだろうな。森を抜けるために通ってるって所だな。多分な!
「せーじ、いぇぬすぃぁ うぇりーたさぅら えっず ひぇぃく…。んー…ぷれーす、いぇぬすぃぁ らばれーす ばとんすとぅ。かさ そるなぃえす がーりゅむすく ぴーっかーしゃ。えっず ふぇかぅろーる ぺれっとぅ」
こいつ、歩いている時も時々こんな風に話しかけてきたりする。当然言ってることは全く分からないし長文は全然聞き取れない。だが幸い彼女が表情豊かで、所々身振り手振りを交えてくれるのと、この俺の高い読心能力(今考えた)によって言わんとしていることは漠然と伝わってくる。どうやら俺のことを同情しているような気がする。確かに俺は今遭難して酷い目にあってるんだ。もっと同情してくれ。
…それにしても、腹が減ったな。腹の虫が駄々っ子して落ち着かない。空を見上げると、太陽は丁度真上を少し通り過ぎたところにあるように見える。もうそんなに歩いたのかと一瞬思ったが、この世界と日本が同じ時刻って寸法は無いか。単に歩き疲れただけかもしれない。それとさっきから凄い喉が渇くな。空気が乾燥してんのか?
「せーじ?いぇぬすぃぁ りもぃぇす?」
「え?」
「りもぃぇす、りもぃぇす。ぐぉーっ」
お腹を手で押さえて…ぐぉー?…腹が鳴る音のジェスチャーか!成る程、言ってること何となく分かった。こいつはさしずめ、『せいじくん、お腹空いてなーい?』って言ってるんだな!よしよし、段々簡単なものは分かるような気がしてきたぞ。
「…あっ…えーっと…」
…ここで盲点ッ!『はい』とか『いいえ』って何て言えばいいのか…分からない!!
「えーっ…?」
少女の方を見て助けを求める。はいとかいいえが通じるなんて訳は無い。さっき自己紹介したときは『はい』で通じた気がしたんだが、多分その時は俺が頷いたから通じたんだ。ジェスチャーで伝わるにしろ受け答え方ぐらいは知っておくべきだな。
「…やー?ぬー?」
向こうが口を開いた。…やーぬー?
「すぃ、いぇぬすぃぁ りもぃぇす うーうぇ。やー」
やーで頷くジェスチャー。そういや名を名乗るときもやーやー言ってたな。
「すぃ、いぇぬすぃぁ えっず りもぃぇす うーうぇ。ぬー」
ぬーで首を横に振るジェスチャー。成る程ここら辺のジェスチャーは日本と同じなのか。成る程成る程。…『えっず』はなんだ?英語で言うNOTみたいな感じ?じゃあ…
「やー、りもぃぇす…?」
多分、これで『はい、お腹すいてます』って意味になってるんじゃないか?『りもぃぇす』の意味がいまいち正確に分からないけども。
「るーるー、うぇーるむとぅ!」
おっ、合ってるみたい。…何か食べ物でも用意してくれるのか?
「べす、うぃしゅ このくすな ふぃく あーしぇ」
そう言うと彼女は近くにあった倒木に近づき、マントの中から小枝を取り出すと、倒木に空いていた小さな穴に差し込んだ。…ん?
…まさかとは思うが…えっいやまさか…?
気がつくと彼女の持っている小枝の先には手のひらサイズ程の、カブトムシの幼虫のような黄みがかった白い虫がくっついてうねうねしていた。恐らく絶句しているであろう俺の顔とは対照的に、彼女の顔はどこか自慢げな感じだった。
「だー、とーりぁ あるむーず えんてぃ?」
よりにもよって差し出してきた。食えって?冗談だろう?本当に言っているとすればこれは悪夢。悪い夢である。
そもそもこういうのを生食するのは良くない。ばい菌とか絶対ヤバい。具体的に説明はできないけど、きっとヤバい。そういやこの世界にきてからも空気中の菌とか色々大丈夫かと思ったけど、これは明らかにそれの比じゃねーぞ!
「えっあっいやいらないです…」
両手の手のひらを前に突き出していらないアピール。少し腹の足しになる程度で良いと思ってたのに、これは食事だけで相当な覚悟と勇気が必要だ。…せめて焼いたりしてくれよ。
「…んふふっ、えぐなうぃ。いぇぬすぃぁ とーるな えっず あるむーず えんてぃ」
笑われた。態度からするに、からかわれたのか?全く冗談は程々にするんだな。せめて食うにしてもちゃんと洗って、焼くなりしてきちんと手順を経て…
「…あーん」
…食った!…食いやがったこいつ!生で!うねうねしてるやつ!えんがちょ!
ドン引きしてる俺を尻目に口をもごもごさせて咀嚼している。今こいつの口内では地獄が広がっている。もしこいつがあーんって口を開けて中身をこっちに見せてくるとしたら、俺の空腹は一瞬で収まるだろうな。最悪の方向でな。
にしてもここまで何食わぬ顔で食うってなると、この世界では虫食は一般的なのか?もしかしたら主食だったり…いやいや無い無い。勘弁してくれ。何かまともな食い物もあってくれ…
そんなことをしていながら歩いていると、森の開けた場所に出た。歩いている道中、蚊か何か分からない虫に腕を刺されたみたいだ。痒い。あと怖い。蚊だの何だのは変な毒やら病原菌やらを持っているとどこかで聞いたんで、最悪ヤバい病気にでもかかるんじゃないかと思って不安でならない。後でこいつに見せた方が良いだろうな。
開けた場所についてだが、最初俺は森を抜けたのかと思ったが、どうやら違うらしい。森を切り開いて作ったような土地といったところで、そこまで広くはなく、精々数人が固まって暮らすのに精一杯だろうといった感じだ。向こうにはまた狭い道が通っていて、ここは森を抜けるための中継地点。といった風にも見える。それと痒い。
その土地の大部分は整地しようしたのか草が中途半端に折られたりといった程度であまり手をつけられているようには見えず、端の方に細い木や乾燥した葉と、少々の泥や土色のレンガでできた小さな掘っ立て小屋が一軒と、その近くに同様の作りだが壁の無い更に小さな掘っ立て小屋がニ軒建ち、一番大きい小屋の外には消えた焚き火の跡だったり、壊れたレンガの跡だったりが粗雑に放置されているといったところだった。それと目立たないところに水の張った小さい池が見える。生け簀か何かか?あと痒い。
「せー、せーじ。とぇーりぷす ぴーく。ぴーく あーしぇ」
いつの間にかエコークが大きい小屋の入口に立って手招きをしていた。ここに来て入れってところか?
うーむむ…ということはこいつはここで生活しているってことか?それにしては着ている服装と比べてあまりにも文明レベルが低すぎる。それに他の人の気配も感じられない。他にも色々考える余地がありそうだが…やっぱり単なる中継地点説が濃厚か?
結局、こいつの正体はまだよく分からないままだが…まあいい、取りあえず手招きに従って小屋に入るとするか。…あとやっぱり痒いぜッ!くそァ!!