2.グリーンモンスター VS ボクシング
何だ、ここは何処なんだ?
俺が知る限り、こんな一面野原なんてテレビ位でしか見たことが無い。ぐるりと周りを見渡しても、草原に途切れは無い。河川敷も川も、先ほど喧嘩していた黒ローブもどっかに消えちまったか。
ケリは付かなかったが、警察沙汰にはならずにすんだか。
腕組み空を見ながら考える。夕方だったはずの空は茜色から青空になっている。夏の茹だるような暑さ感じねぇし、結構過ごしやすい温度だ。理屈はわかんねーが、北海道あたりにでも来ちまったのか?
北海道だったらこういうデカい草原の一つや二つありそうだ。
……いやいやいやいや、もうちょい冷静に考えろ。混乱してるばかりじゃいけねぇ。
オレはさっきまで河川敷でロードワーク中だったはずだ。で、黒いローブの男に喧嘩を売られたのは覚えている。こんな野球をする場所に困らなくなるほどの空き地なんてしらねぇし。少なくとも近所じゃねぇか。
黒ローブがなんかしたのは間違えない。光の目くらましを使って俺に何かしたのか?
…あいつは俺に「合格」だと言っていたな。なら、あの喧嘩があいつにとってなんかの試験だったっつーことだ。
そんで、訳も分からずここに立たされてんのが合格した結果なら、ここで俺は何等かのアクションを取らなきゃならねぇのは確実だ。こんな原っぱで待ってろって事でもない訳だろうし。
…もしかして野球のメンツが足らなかった?乱闘要員として俺が選ばれたとか。
いや、それでなんで北海道くんだりまで連れて来られるのかが訳分かんねぇな。
そんな事を考えていると、「ボコリ」と何かがくりぬかれるような音と一緒に、目の前の草原の一部に穴が空いた。
つってもそんな大きな穴じゃない。大体人ひとりがすっぽりハマってしまうぐらいの小せぇ穴だ。
次から次へと何なんだっつーのと思いながら、数歩その穴から離れると、その穴からガリガリに痩せこけた緑色の手が伸びた。その手を取っ掛かりにして、長い歪な耳をした頭と、ボロボロの服を纏った体、手と同じくらいひょろひょろの足が出てくる。
マジかよ。TDLのワルモンみたいなのが出て来たぞ。
割と人間に近いとは思うが、それでも決定的にどこか違うと判るそいつは、大体身長80cm程。
体に付いた土を払おうともせずに、此方を凝視している。よく見たら、手にはナイフみたいなモンが握られている。
更にその一匹だけではなく、その穴から2匹同じような化けモンが現れた。その2匹もオレに視線を…てか完全にガンつけてんじゃねぇか。日に2度もガンつけられとか中々ねぇぞ。
気付けば、その3匹は少しずつオレに近づいてきている。
ああ、こりゃやべえな。これあれだ。北海道でも何でもないわ。
あれだ。昔映画で、『映画の中の世界に入ることが出来るようになった少年』ってのが有ったが、
あれのTDL版だろ?いやTDLは現実世界だけど。
ああ、もっとシンプルに考えた方が良いな。
つまり、オレはこのいかにも「雑魚です」な奴らを倒さなきゃ成らねぇ訳ね。
これもあの黒ローブの陰謀か?畜生、絶対もう一発あいつ殴る。
「「「キシャアアア!」」
3匹の緑色は同じような叫び声を上げた後、俺に飛びかかって来た。
血の気の多い奴らだ。刃物持って喧嘩するなら、容赦はしねぇからな。
左から飛びかかりながら刃物を振るってきたゴブリンはジャブが顔に命中し、そのまま地面に叩きつけられる。
右から来た奴はそのままナイフを突き立てるように突進してくるが、サイドステップで避けてそのままチョッピングライトで再び地面に叩きつける。
正面から来た奴も同じように突進してくるだけだ。同じように避けて殴り、三度地面に叩きつける。
3匹の緑色の化けモンは全部ワンパンでノビちまった。滅茶苦茶弱いな此奴ら…。
つか、このまま裸拳で殴り続けるとコブシ痛めちまう。せめてバンテージくらいは欲しい所だが、ハンカチなんてお上品な物は持ってねーしな。つか、今持ってるのなんて財布と家の鍵くらいしか…。
(ん?ポケットに何か紙きれが入ってんぞ。)
弄っていたウェアパンツのポケットから出て来たのは、四つ折りの真っ黒な紙だ。
俺の記憶ではこんなものをポケットに入れた記憶はねぇな。なら、考えられるとしたらあの黒ローブの仕業か。
カミソリとか入ってねぇよなと思いながら慎重に開けてみると、白い文字で短い一文だけが書かれてた。
『詠唱:ステータス』
…何だこれ、訳分かんねぇな。ステータス、直訳で……何だ?オレは英語がニガテなんだから、日本語で書いて欲しいんだけど。感覚的にはあれだろ、ステータスってのは世間的な立ち位置ってことだろ?それを詠唱…つまり『何か自慢できる事を言え』って事だろ?なら…
「高校総体ベスト8!」
高校総体、正式名称は『全国高等学校総合体育大会』だ。
所謂全国大会って奴で、オレはその中のボクシング部門の上位8位になったことがある。たぶん、オレが唯一自慢できる事だ。
だが、何も起きない。もしかして正式名称を言わないとダメなんだろうか。
試しに言ってみる。…何も起きない。発音的な問題か?
いや待て、こういうのは大概根本から間違っていることの方が多い。つまり『ベスト8』に至るまでの経緯…オレの歴史があって初めて事は成される訳だな。
つまり、それを話していないから何も起こらない訳だ。
そう、これは自伝だ。現国のテストで出た『私の歴史』を120文字以内で書きなさいみたいなもんだろう。
タイトルは『水島 波~総体ベスト8に至るまで~』だ。
いいだろう、そんなに聞きたいのなら聞きやがれ。誰が聞いてんのかしんねーけどよ!
「あれは8歳の冬の出来事だった。親父の通っていたボクシングジムに……」
……あれから30分、どんなに語っていても何も起きない。全く起きない。
気付いたら、ノびていた緑色の怪物も居なくなっている。
途中で「これ経歴を語る訳ではないんじゃないか」と思い始めたが、途中でやめるのも何だし、全部語りつくしてしまった。
これが国語の教科書に載ってた「コンコルドの誤り」って奴か。今なら判るぜ、コンコルドを造ろうとした人たちの何とも言えねえ気持ちが。
冷静になると何をしてんだと思わず溜息をついちまう。何で草原で独演会なんざしてるんだ俺。アホみたいじゃねえか。
何かヒントは無いかと思い、もう一度黒い紙を取り出して隅々まで観察してみる。あぶり出しとか、青く光るペンを使わないと文字が出てこないとかじゃないよな?
「『ステータス』ねぇ…ってうぉ!」
『ステータス』と呟いた瞬間、頭の中ににA4ノート位の大きさで、パソコン画面のようなものが出て来た。
すげえ、これが3D技術って奴か?なんか色々項目があるな。
……つーか、さっきまでの苦労は何だったんだ。もっと素直に読み解くべきだったなぁ。
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名前:ミズシマ ナミ
年齢/性別:17歳/男性
状態:健康
種族:人族
≪基本能力値≫
LV :1
HP :10
MP :2
攻撃力:8
防御力:4
行動力:8
特殊値:6
≪オリジナルスキル≫
異世界式ボクシングLV1
マップLV1
ヘルプ機能LV1
≪ノーマルスキル≫
アイテムボックスLV1
≪称号≫
異世界転移者
ボクサーLV1
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ははぁ、これはあれだな。スマホとかと一緒なタイプだ。気になる所をタッチして下さいってやつ。
俺はこの手の奴は目が悪くなるから余りやるなって言われてんだけどそれどころじゃねーもんな。
ええと、そうだな。『ヘルプ機能』って奴が説明書的な奴じゃないか?タッチしてみる。
すると、A4ノートのパソコン画面の手前側に小さな画面が出て来た。
▽ヘルプ機能…発声不要スキル。対象に触りながらこのスキルを発動すると
『鑑定LV5』と同等の効果を得られる。
服飾越しの接触でも発動可能。
いや、その『鑑定LV5』が分かんねぇよ。もう一回『鑑定』をタッチ。
▽鑑定…対象の情報を表示する。
得られる情報の詳細はスキルLVに依存する。
成程ね。これで判んねぇことが有ったら触って調べろって事か。 なら、この画面の奴をを色々タッチしてみるか。
ここに書いてある言葉の大半が意味分からんし。俺は家電は取説読んで使うタイプだ。
親父が壊れ欠けた家電をパンチで治そうする度、俺が取説を読んで対処するハメになったからだけど。
▽名前…第三者から認識されている名称。
▽年齢/性別…対象の産まれてから今まで越した年の総数/
一部例外を除き男女で表される
▽種族…特徴の似た生物、無機物の集合体。
▽人族…最も多く生存している人種。基礎能力は全て平均的。
▽≪基本能力値≫…身体能力、魔術能力を数値化したもの。
▽LV…一定以上の経験値を取得した時贈られる能力値上昇の回数。
▽HP…体力を数値化したもの。HPが0になった対象は死亡する。
状態『健康』であれば自然回復する。
▽MP…魔力を数値化したもの。MPが0になった対象は気絶する。
状態『健康』であれば自然回復する。
▽攻撃力…与えられるダメージの値を数値化したもの。戦闘時対象の防御力を上回れば
与えられるダメージを増やす事が出来る。
▽防御力…軽減できるダメージの値を数値化したもの。戦闘時対象の攻撃力を上回れば
ダメージを減らせることが出来る。
▽行動力…総合的な素早さを数値化したもの。戦闘時対象の行動力を上回れば、
先に行動することが出来る。
▽特殊値…スキル・魔術の基礎能力。確定数値ではないスキル・魔法の
基本的な威力を数値化したもの。
▽スキル…神から送られる技術・特性・才能を可視化したもの。研鑽を積むことにより、
今までにないスキルを神に認めてもらうことも可能。
スキルには自動発動のスキルと、スキル名の詠唱が必要なスキルがある。
▽≪オリジナルスキル≫…この世に1つしかないスキル。スキル所有者以外に
習得した者がいる時、当スキルは≪ノーマル≫となる。
▽異世界式ボクシング…異世界用に調整されたスキル。このスキルを使い対象を
気絶させた時、殺害した時の1/10の経験値を得
ることが出来る。
スキル所有者が新しいスキルを所有する度に
別のボクシングスキルを習得することがある。
その際、新しいスキルは消失する。
このスキルは対象に指導することで、指導した対象に
習得させることが出来る。
▽マップ…スキル所有者の現在地と近辺10kmの様子を表示する。
▽≪ノーマル≫…研鑽と才能により習得できるスキル。
▽アイテムボックス…亜空間にアイテムを保存出来る。
容量はスキル所有者のレベルとスキルLVに依存する。
敵対対象、生物に発動することは出来ない。
▽≪称号≫…一定条件を満たした物に送られるボーナススキル。
全てパッシブスキルである。
悪行には邪神が、偉業には善神からの注目を集め、
それにふさわしい称号を叙勲する。
▽異世界転移者…別の世界からの来訪者に送られる称号。
転移世界の言語を理解することが出来る。
▽ボクサー…別世界の格闘技『ボクシング』を修める者に送られる称号。
攻撃力+2、行動力+2のボーナスを獲得できる。
…タッチ出来るところはこれで全部みたいだ。こんだけ押しまくっても指紋一つ画面には付いていない。
そんで、見ていた途中で思い出したことがあった。あれはいつかの夏休みだったか、親戚の家に集まることがあった。
その時暇だからって甥っこと一緒にゲームをやったんだ。
なんて言ったか、『ドラゴンなんたら』みたいな名前だったと思うんだが、これはそれに似ている気がする。
いや、だからと言ってゲームと呼ばれるもんを殆どやったことがねえ俺に対応策なんて無いんだが。
あーでも、甥っこは『石板、石板が無い』って半泣きだったな。こういう時って石板が重要なのか?
なんか『石板が無いと次のマップにいけない』とかなんとか…マップ?
「そういや、『マップ』ってスキルが有ったな…ってうぉ!?」
滅茶苦茶ビックリした。何しろ、いきなり頭の中にすげえ正確な地図が出てくるんだもんな。
少しでも発動させるように考えちまうと勝手に発動するみたいだ。これは後で練習が必要だな。
ステータス画面と同じくA4サイズ、衛星写真のような真上から見たものだ。そこに赤い丸に矢印が組み合わさったものが点滅している。これが現在地、矢印は方角って事か。
指で画面を撮んだり、広げたりすると拡大縮小も出来る。すげえ高性能だな。
地図で注目すべき点は、この草原の西に行った所に街が有る。
こちとら現代っ子、何の備えも無く野宿と言うのは避けてぇ所だ。
一先ずの目標は『街に行く』、だな。