はじめてのバスジャック
気弱な3人のバスジャック計画、どうぞご覧ください。
〈2016年4月26日火曜日〉
大丈夫だ、僕は怖くて震えているんじゃない。武者震いをしているんだ。
そう言い聞かせながら、汗ばんた手をズボンで拭う。右斜め前の席を見れば、ポケットの中のお守りを握りしめる田中の姿。ドアの近くでは、興奮気味の顔をした鈴木が時計を確認している。僕達3人は、これからバスジャックをする。僕が立ち上がるのを合図に、田中は運転手の動きを封じ、鈴木はドアの前に陣取る作戦だ。このバスジャックを成功させれば、僕はもうこれまでの軟弱な僕とはおさらばだ。
時計の針を見る、午後1時27分。もうすぐ予定の時刻だ。
✳︎
山田、田中、鈴木の3人は、高校生活を共にした友人だった。3人とも目立つような人柄ではなかったが、一緒に映画を見に行ったり、放課後に家に集まってゲームをしたり、それなりに楽しい学校生活を過ごしていた。しかしある日、事件が起きた。
〈2015年12月3日木曜日〉
3人はいつもの様に高校の最寄りのバス停で帰りのバスを待っていた。いつもと違うのは、同じクラスの松田と安本が珍しく3人と同じバスを待っていたことだった。
松田と安本はクラスでも有名なイケメン2人組で、3人とは対照的な明るく目立つ人柄だった。この2人組は、普段は放課後教室に残って喋っているため、もっと遅い時間のバスに乗っているはずだったが、今日は何故か違った。
「今日は帰るの早いんだね。何か用事でもあるの?」
鈴木は2人に対して素朴な疑問を投げかけた。
「え、お前に関係ないだろ。てかお前誰だっけ。」
松田は制服のネクタイを緩めながら軽薄に言い放った。
「ご、ごめん。」
鈴木の声は震えていた。
その後、バスが来るまで沈黙が続いた。田中はワイシャツの裾をズボンに入れ直している。
「鈴木、大丈夫だった?」
バスに乗りこみ、山田は鈴木を心配して声をかけた。
「あいつ、絶対に許してやるもんか。」
鈴木は松田に対して怒りを抑えられないでいた。
「あんな言い方無いよな。」
田中も松田を軽蔑していた。
「ああ、いつかやり返してやる。」
鈴木はバスの天井を真っ直ぐ睨みつけた。
松田からすればどうでも良い出来事だったのだろうが、鈴木にとっては大事件だった。こんなことならば話しかけなければ良かった。そんな後悔が鈴木の頭をよぎる。
〈2016年4月23日土曜日〉
高校を卒業し、大学に入った3人は、未だに松田の件を忘れられないでいた。
「くっそー、結局やり返せなかったな。」
「よしなよ鈴木、僕達は目立たないキャラなんだ。そんな機会はないよ。」
「松田が無理なら、せめてあのバスだけでもどうにかしてやれないかな。バスジャックとか。」
「冗談よせよ、バスジャックは犯罪なんだよ。人質強要罪。」
「田中、お前詳しいな。」
「まあな、バスジャックについて調べたことがあったんだ。」
「そういえばバスジャックの目的ってなんなんだ? 」
「自己満足だよ、世間に自分たちのことを知らせてやりたいんだ。だからバスジャックの大半は学生時代目立たなかったらしい。」
「まるで僕たちみたいだ。ねえ鈴木、田中、僕たちにもできると思わない? 世間に向けて、いや、松田に向けて僕たちを見せつけるんだ。」
「山田は時々突拍子もないことを言い出すよな。鈴木、お前はどうする。」
「もちろん賛成だ。できるものなら松田の乗っているバスをジャックしてやりたいくらいだ。」
「2人がそう言うならまあいいか、俺も付き合うよ」
「決まりだね。じゃあこれから僕の部屋で計画を立てよう。」
山田の部屋は、築7年のまだ新しい1K部屋で、白と茶色を基調にしたすっきりとした内装だった。
「お邪魔します。やっぱ綺麗だよな、山田の部屋。これで家賃4万は破格だよ。」
「そんなことはいいから早く計画を立てよう。」鈴木は早速バスの時刻表をスマートフォンで調べ始めた。
「そうだね、お茶を入れてくるから先に田中と話してて。」
山田が三杯のグラスに麦茶を注いで戻ると、なにやら鈴木が悩んでいる様子だった。
「なあ田中、どこのバスをジャックすればいいんだ?」
「高校生の頃乗っていたバスでいいんじゃないか?松田が乗るかもしれないし。」
「松田も大学生だ。きっと俺たちと同じように一人暮らしをしている可能性が高い。もし実家住まいだったとしてもバスではなく電車を使うだろう。あの辺りからバス通学できる大学はなかったからな。」
「松田が乗っていなくてもバスの運転手が顔見知りだから危ない気がするな。」
「いや、むしろバスをよく知っているからこそできることもあるぞ、例えばバス停の位置が頭に入っている、とか。」
「確かに、覆面で顔を隠せば運転手もどうにかなるし、利点も多いな。鈴木、松田が乗っていなくてもいいか。」
「ああ、バスジャックができれば松田にも俺たちのことが知られるだろうからな。」
「決まりだね、日付と時刻はどうしようか。」
話に入るタイミングを見つけた山田が話を取りまとめる。
「平日の昼間がいいんじゃないか、通勤通学の人たちがいないからバスも空いているだろう。」
その後、バスジャックの諸々の手順についてを話し合った。時刻や立ち位置、更にはセリフにも渡る綿密な計画に仕上がったようで、達成感と疲労感の入り混じった顔で3人の作戦会議は締めくくられた。
✳︎
〈2016年4月26日火曜日〉
午後1時30分、ついに予定の時刻だ。不安になって周りをぐるっと見渡す。予想通りバスは空いている。バスに乗っているのは、エコバッグを持ったおばあさんと、時計をしきりに確認している若い男性2人組、眠そうにスマートフォンをいじる若い女性に、僕たち3人と運転手を足した8人だ。これなら邪魔されることもないだろう。一度深く息を吸って、踏ん切りをつける。さあ、始めよう。カバンの中の覆面を掴む。
午後1時32分、僕は今の状況を理解できないでいた。確かにこのバスはジャックされている。僕たちではなく、覆面の男2人組によって。
「おい、お前ら動くなよ。動いたら撃つからな。」
僕たちの動きを牽制するように覆面男のうちの1人が言い放った。その右手には拳銃が握られている。本物かどうかなど検討もつかない。
さっきまで眠そうにしていた女性が両手を擦り合わせている。ジャックされたバスに乗っているという状況が恐いようだ。
ふと気がついてドアの前の鈴木に目を向ける。やはり困惑しているようで、チラチラとこちらと田中の方を見ていた。右前の席の田中は、こちらを見ることはできなかったが、小声で話すことはできた。
「山田、どうする? 」
「どうするって言われても…とりあえずジャックが終わるまで待とう。」
そのままバスジャック犯の為すがままにバスは進んでいった。
4つ目のバス停を無視してバスは進んで行く。バスの中にはピリピリとした緊張感が漂っていた。周りからは見えないように運転手の横を除いてカーテンは全て閉じられていたが、3年間乗ったバスだ。止まるはずだったバス停の場所は覚えている。もうすぐ5つ目のバス停だ。そう思ったとき、どこからかサイレンの音が聞こえた。警察車の音だ。気がつくと前からも後ろからも同じ音が聞こえてくる。覆面男は明らかにうろたえた様子だった。しかし、動揺しているのは覆面男だけではなく、僕も同じだった。今僕のカバンの中には、おもちゃの拳銃と覆面が入っている。バスジャックをしていないとはいえ、万が一荷物の確認をされたら僕や鈴木、田中まで仲間だと思われてしまう。どうにかしなければ。
覆面男たちはバスの真ん中で話し合っている。2人とも慌てているようだ。
その隙を見計らって田中に声をかける。
「田中、覆面と拳銃どうしよう? 」
少しの間が空いた後、田中は何かを思い出したようにこちらを向いた。
「俺にいい作戦があるんだ、とりあえずお前の覆面と拳銃を俺に預けろ。」
考えている暇はなかった。カバンから覆面と拳銃をなるべく目立たないように取り出し、田中に渡す。鈴木の分も無事に田中が預かったようだ。
「そこのバス、止まりなさい。」
警察官だ。メガホンを通したと思われる声でこのバスに向かって声を発している。
「おい運転手、絶対止めるんじゃねえぞ! 」
覆面男は必死の様子で抵抗する。
しかし覆面男の願いとは裏腹に、バスは信号に捕まってしまった。
「おい、止めるんじゃねえ!信号なんて無視しろ!」
そんなことを言っている間に、警察官がバスの周りを取り囲み、運転手にバスのドアを開けさせた。次々と警察官がバスに乗り込んでくる。
覆面の二人組は警察に捕らえられ、僕たち乗客は保護された。あっという間の出来事だった。
一通り事情聴取をされた後、僕たち3人は無事に解放された。 外は寒いため、一番近い僕の家に集まることにした。
「そういえば田中、お前どんなトリックを使ったんだ?」
荷物の件だった。当然の疑問だろう、3人分の荷物を隠すことは容易ではない。実際に荷物検査も行われた。
「そうか、お前らは荷物検査受けたんだったな。」
「お前らは、って…まさか田中、荷物検査受けてないのか? 」
驚き半分呆れ半分、といった話しぶりで鈴木は言った。
「ああ、受けてない。荷物検査は任意だから断っても大丈夫なんだ。」
トリックと呼ぶにも値しない程にあっけないタネ明かしだった。
「そんなことだったのか。僕はあんなにも焦っていたのに、田中は冷静だな。」
「バスジャックについて調べたって言っただろ、そのときにたまたま知ったんだ。」
こうして、僕たちの初めてのバスジャックは失敗に終わった。しかし、誰も捕まっていないという点では、失敗して良かったとも思っている。こんな考えを持っているようでは、やっぱり僕は軟弱だ。
いかがでしたか。少しでも面白いと思っていただけると幸いです。
では。




