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『虎と呼ばれる男の素顔、そして龍の奏でる交響曲』  作者: 趙雲
おまけ~借りキャラストーリー~
68/69

「借りキャラストーリー最終話-Thor(トール)~ゼラニウムの咲かぬかきりはあらじとそ思ふ~(前編)-」

龍也さんのお話前編。


兄妹愛と強い男性であるからこその若かりし頃の決意。


※約7,700字です。

※投稿が遅くなってしまい、大変申し訳ございません。

“夢のかけらはもう拾わない 君と見よう ザラついた未来

正しいと信じた歩みが全て 罪なこと 汚れたことだとしても”

『SJ』より抜粋



プロローグ

1995年4月

如月龍也(きさらぎ たつや)



 幼い頃から剣術の天才と囁かれ、12歳だったその当時から数多の殺し屋に命を狙われてきた。

天才は天災だから、放っておけばいい。

そうは思うが、情報屋的な役割である颯雅(そうが)がまだ8歳だった為、どうしても俺は追われる立場になってしまっていた。

だからといって、ただ追われるだけではなく、歳が近く情報屋の天才であるからすに追っ手を払ってもらってはいたんだが、それでも今でも現役の殺し屋には名を知られている。

……というのも、今は極力人を殺さないようにしているが、昔は躊躇なく斬っていたからだ。


 そんな俺にタイマン勝負を吹っ掛けてきたのは、とても恰幅の良い1人の男性殺し屋だった。

場所は関東の中心部からやや上にいった田舎の空き地。

「……」

俺は指定場所まで徒歩で移動していたんだが、この日は春一番が吹くと予報されていただけあって、風が強かった。

そのため、歩を進める俺の靴に1枚のチラシが吹き付けられた。

「はぁ……」

溜息をつきつつ拾い上げると、“嫌煙家限定! マンションオーナー募集!”と、古めかしいフォントで書かれたチラシだった。

そのまま捨てるのは気が引けた為、とりあえずジーンズのポケットにねじ込んだ。

 しばらくして指定場所に着くと、相手は俺の姿を見ただけで怖気づいた。

「……っ!」

だが男は巨体を揺すりながら走り、

「これで1,000万円だぁぁぁぁ!!!!」

と、叫んでナイフを振り下ろす。

湊から懸賞金を懸けられたという話は聞いていた。

思ったよりも少ない金額だな、と心の中で悪態をつきつつ、

「隙だらけだ!」

と、俺は腹部に思い切り突きをかまし、男は程なくしてナイフを手から滑らせ(くずお)れたが、血が噴き出しているにも関わらず、震える手で俺の靴にチラシのようにしがみついた。

「……お、れの……ゆ、ゆ、め……がっ……」

男は靴を両手で力強く握りしめ、首を何とか動かし俺の顔を捉えた。

「どんな貧乏人も、住める……場所を…………買わないと!!」

それから血を吹きだしながら叫んだことは、至極真っ当な夢だった。

その為に殺し屋で早く稼ごうとしたのか。

……殺し屋1人1人にも夢があるのかよ。

「……」

俺は先程拾ったチラシを思い出し、ポケットからくしゃくしゃの紙を風が吹いたタイミングで男の顔に向かって落とした。

そして自分の経験則からお金で買えないもの、大事なものを頭に浮かべ、

「……経験はお金で買えねーよ」

と、靴にしがみつく手を引き剥がし、刀に付着した血を払ってから立ち去った。

そのとき、微かに耳に入ったのは、

「あぁ……これで大家になれる!」

と、傷を負いながらも歓喜に燃える男の声だった。

 この男が将来どうなったかは、もう分かるよな?



2015年4月に戻る……

ヴェーノシィンガレ前

如月龍也



 古びてはいるものの、人が住み始めてからは15年ほどだというこのアパートは、前科者の(すい)が世話になった場所だ。

隣を歩く後鳥羽龍(ごとば りょう)は、騅の荷物を取りに行くために訪れている。

「少しの間とはいえ、相棒が世話になったからな……」

と呟くその姿は、完全に騅のことを許しているように見えた。

「そうだな」

俺はそう返しつつ、アパートを見回しながら砂利の敷かれた庭に足を踏み入れた。

すると龍が来ることを知っていた太めの大家が出迎えてきたが、俺を見上げるなり目を大きく見開き、

「あ……あんたさんは、あのときの……! ありがとよ~! ありがたや~!」

と、鼻水を垂らしながら急に泣き崩れた。

龍はハンカチを手に訳を訊き出しているが、俺はもちろん何のことで感謝されているのか知っている。

というよりも、分かっている。

「俺は大した事してねぇよ。それにしても、ちゃんと夢、叶えてんじゃねーか」

俺は眉尻を下げると、追加のハンカチを龍に渡し、荷物を運び出すために401号室に入った。

 早速騅の荷物をまとめていると、龍が大家と部屋の前まで話しながら来た。

俺は部屋を掃除してから出、大家には去り際に微笑みかけ、

「体に気を付けてな」

と、労いの言葉をかけると、大家は儚い笑顔を見せて頷いた。


 アパートを出てからは、龍と並んで藍竜組の方に向かっていたのだが、ふと俺は歩を止めて龍の端正な顔、それから黒く見える瞳を見上げた。

すると龍も同じく足を止め、不思議そうに視線を動かす。

「……」

俺はそのとき、龍の本物の目……本人も過去語りの際に話してたが、別人格になってしまう瞳を封じていることを思い出していた――



2002年……

藍竜組 廊下

裾野聖



 龍也さんを心から尊敬しようと決めた話を選ぶなら、話していなかった事を語ろう。

俺は普段コンタクトのおかげで黒目に見えるが、その実鳩村に作ってもらったおかげで普段通り生活出来ている。

だがこのコンタクトが無いと、目が合った人物に秘められたトラウマを脳内に映像として見せてしまうため、片桐総長には“忌まわしき目”と呼ばれている。

ちなみに菅野には、人間オークションの映像が流れたそうでな……目を合わせた瞬間憎悪の瞳を向けられ突き飛ばされてしまった。

……あんなに素直で明るい菅野が見せる表情に、手も足も出せなくなってしまったのだ。

 そんな厄介な目を見た人物は、藍竜組に入ってからは鳩村と菅野だけで済んでいたのだが……たまたまあの夜は、コンタクトを外したまま夜風に当たろうと思って廊下を歩いていたのだ。

まさか、龍也さんがいらっしゃるとは。


 廊下で響く自分の足音を耳から削ぎ落し、いつ誰が俺に気付くか神経を研ぎ澄ませていると、下の階から2万円はするだろう軽い革靴の音がし、俺は護身用のワスレナグサ装飾の刀に手を掛ける。

その人物は階段を上りきり、一本道である廊下に佇み暗闇に目を細めた。

「……」

俺はどこか見覚えのあるシルエットだと気づくと同時に、コンタクトをしていないことを思い出し、すぐに目を逸らした。

だがその人物は月の光に照らされる廊下をカツカツと歩き、俺の目の前に来ると逸らしてはいるものの、別人格の目に吸い込まれた。

やはり見覚えのある……いや、この人は。

「……? 龍也さんですか?」

俺は恩人と出会ったことで、迂闊にも正面で目を合わせてしまった。

「……っ!! 申し訳ございません」

すぐに頭を下げて謝ると、龍也さんは微笑みかけ、

「あぁ。俺、メンタル強いから心配するな」

と、何もかも見透かしたように言い、状況を飲み込めない俺をそっと抱きしめた。

……精神が強いだけで乗り越えられるものではない。

それなら片桐総長が、わざわざ俺に悪態はつかない。

それに……鳩村はその人物が最もトラウマとする出来事を想起させると言っていたのだ。

だが何故だろう?

こうしていると安心する。

 すると龍也さんは、腕を背中に回して背中を優しく叩いてくれた。

「今まで辛かっただろ」

何故あなたがそれを知っている?

それなら……乞田は? 橋本は? 兄さん、姉さん、弟たちや妹も……本当は見えていたのに、我慢していたのか?

そうだとしたら、俺は……無意識に片桐組で世話になった方々も傷つけ、そのこともあって藍竜組ではしばらく陰口を。

「あなたも……」

俺はそこまで言いかけて、「会う度に我慢していましたよね」という言葉を思い切り飲み込んだ。

「我慢なんてする訳ないだろ。俺の前ではありのままでいてくれ。俺が何とかするから」

龍也さんは湊さんのような穏やかな口調で言い、体を離して目をじっと見た。

勿論気持ちは嬉しい。

だがそこまで背負わせてしまってはならない。

当時の俺がそこまで考えたかは定かではないが、迷惑をかけたくないと思ったのだろうな。

「……それは、できません」

と、俺自身でも珍しいと思う程あどけなくはにかんで言った。

だが龍也さんは、瞬きで話を促す。

「鳩村が作った……大事なものだからです」

俺は気恥ずかしそうにそう言うと、その場に居られずに屋上方面へと足を進める。

そして龍也さんの横を通り過ぎた。



(如月龍也視点に移ります)



 俺の横を通り過ぎるまだ幼い龍の姿に感心したと同時に、俺が支えてやらなければ、という一種の義務感も感じ、

「裾野!」

組の廊下である為、振り返りコードネームで呼ぶと、礼儀正しくも手を脚に沿わせて振り向く。

やはり、彼は1人にしては危ない。

「俺がついてる」

と、胸に手を当てて言うと、龍は僅かに口の端を上げて微笑んだので、俺も釣られて微笑んだ。

この時を境目に、龍は俺のことを以前よりも慕ってくれるようになった。

慕われるってのは、思ってる以上に嬉しいもんだな。

これからも、陰ながら支えていってやりたい。



 龍とのエピソードで、もう1つこんな事があった。

あれから数年後、藍竜組で淳がいじめられていた時の話だ。

ある日、俺は菅野と話したくて教室に向かって歩いてたんだが、偶々いじめてる女子たちが話しているところに出くわしたんだ。

 ……ん?向こうから歩いてくるのは、いじめてる女子たちか……?

「龍勢さんってさぁ~……何の取り柄も無い癖に、周りにイケメンばっかでズルくな~い?」

リーダー格の雰囲気のある女性がそう言い始めれば、3,4人居る仲間たちも頷く。

「そうだよね~」

「だって、アイドル的存在の菅野と付き合っているだけでも身の程弁えろって感じなのにね!」

「それな~? しかもお兄さんなんて爽やかイケメンの如月先輩でしょー!?」

「あ、それね~血は繋がってないらしい!」

「らしいじゃないよ、マジよ! あんなに似ていないのに兄弟って……お腹がいくつあっても足りないわよ!」

正直、カッチーンと頭にきた。

血は繋がってないとしても、俺にとっては大切な可愛い義妹だからな。

それに血が繋がってる事が全てじゃない。

一番大事なことは、絆だと思うんだ。

俺はそう思いつつも、彼女たちと目を合わせないまま歩いてると、

「あ、でも知ってる? たま~に来る冷泉(れいぜい)さんと、神崎さんとも仲良いんだって」

「え~!? あの2人も物凄いイケメンじゃなかった!?」

と、目を輝かせた女子が言う。

全く。随分と耳の早い事だ。

確かに、湊は聡明で大人の雰囲気があるイケメンだ。

颯雅は根は凄く良い奴だが、見た目は近付き難い雰囲気を醸し出しているヤンキー系のイケメンで、周りからはよく超絶イケメンだと言われている程整った顔立ちだ。

 だが気にくわなかったらしいリーダーが顔をこわばらせると、周りの女子も同じ表情に変わった。

「何よ、普通の女がイケメンハーレム状態なんて」

この様子だとかなり不機嫌のようだな。

仲間たちも頷くので精一杯だったが、そのうちの1人が、

「それに総長とも知り合いだし、もしかしてあいつ……体使ってるの?」

と、リーダーとおそるおそる目を合わせながら言うと、リーダーはフンと鼻を鳴らし、

「それ、ありえる。あーあ、弱い癖にでしゃばんじゃねーよって……クソ女」

と、心底憎たらしそうに悪態をついた。

アホか!そんな事ある訳ねぇだろ!

もしそうなりそうだったら、俺が相手がどんな奴でもぶっ飛ばしに行く。

と心の中で呟いた。


 ……これで色々分かったな。

実際は弱くはないんだが、周りから見れば弱そうな奴がアイドルみたいに優しい菅野と付き合って、総長とは知り合いで、仲良い人達はイケメンばかり……よくよく考えてみれば、いじめられる要素を総なめしてる。

「あ、でも裾野さんからは冷たく当たられてるらしいよ?」

と、再び言葉が紡がれたとき、俺は歩を止めた。

すると仲間たちの1人がまた、

「ちょっとは痛い目見た方がいいんじゃなーい? あはははは!!」

と、高笑いしながら言うので、俺はちょうど近くに来ていたこともあり、彼女らの前に立った。

女子達は足を止め、俺の名を呟き興奮した様子だ。

だが俺は射るような目線を向け、

「お前らが知ってる事、洗いざらい吐いてもらうぞ」

と、怒りを抑えつつ言った筈だが、覇気が僅かにでも漏れ出てたんだろうな、リーダー以外は座り込んでしまった。


 結局他の女子達は話せる状態ではなかったため、リーダーに全て話させた。

そもそも自分より格上の矢代という女子が始めたことで、自分たちは広めることと何でもいいから追い詰めてくれ、との指示を受けただけだという。

そこで龍のことも訊くと、冷たく当たっていることは事実だそうだ。

聞き終えた後、俺は壁にドンと手をつき、

「次、淳をいじめようとすれば、どうなるか分かってるよな?」

と釘をさすと、リーダーはぺこぺこと頭を下げた。

 ……許せねぇ。

矢代という女も許せなかったが、それよりも、龍の方が許せなかった。

信じてた奴に裏切られた気分だった。

……義妹いもうとを傷つける奴は、誰一人許さねぇ……!!


 後日、夜中屋上に龍を呼び出し、冷静に話し合おうと腹に決めていた。

だが彼の姿を見るなり抑えが利かなくなり、不意打ちをしてしまった。

龍は殴りかかる俺を目で追ってはいたが、避けずに上手く受け身をとった。

恐ろしいほど無表情の彼は、急に攻撃されたというのに刀も構えずに佇んでいる。

「お前……どういうつもりだ?」

と、ドスの利いた声を龍にぶつけると、彼はようやく表情を崩した。

 は? 何の事やら? 人違いではないか?

そう言った表情で俺を見下し、腕を組んでいる。

何なんだ……わざとか?

俺は沸々と湧き上がる怒りによって、体が勝手に動いて掴みかかってしまった。

「お前……淳に何をした!?」

と、身体を揺すると、龍は目を細めて偽物の黒目を見開くと、

「大変申し訳ございません。……そのように見えておりましたか」

と、冷たくしていたことを誤解かのように謝られ、俺は龍の端正な顔を殴りつけようと拳を振り上げた。

だがその手を止めたのは、拳を凝視する龍ではなく……颯雅だった。

「龍也、止めてくれ!」

「離せ!俺はこいつを殴り飛ばさねぇと気が済まねぇんだよ!!」

俺はこの時、コントロール出来る筈の怒りの感情を抑制する事が出来なかった。すると、

「龍也。龍を殴りつけようだなんて、お前らしくないな」

……ん?

何で湊がここに?

それよりもまず、何で二人がここにいるんだ?

急にそれらの疑問が浮上し、気を逸らす事が出来た為、爆発しそうだった感情が一気に鎮まってくれた。

「俺たちは、龍也よりもう少し前に龍から話を聞いてたんだ」

湊は察したのか、申し訳なさそうに呟く。

 それから4人で納得いくまで話した。

そこで分かったのは、人間オークションを牛耳る太田兄弟の脅威から遠ざける為に、冷たくしていたということだったんだ。

……だから龍は暴走した淳を助けたんだろう。

彼なりに。



現在に戻る……

如月龍也



 俺は一瞬のうちに回顧し、歩を止め続ける龍に大きく頷いてみせてから歩き出すと、

「今は過去のお話をなさらない方がいいです」

と、電柱を見上げながら言うので視線を上げると、藤堂からすの烏が何羽か止まっている。

見分け方は特にこれといってないが、敢えて言うならばからすっぽい烏がそれだ。

これは付き合いが長いだけでは判別不可能だ。

「……あぁ」

だからこそ俺は、藍竜組まで密かに付いて来た烏を一瞥し、建物の中へと入って行った。

今回の俺の目的は、龍と会うことも勿論そうだが、藍竜と、からすにも会っておくことだ。

 そう言えば、藍竜と言えばこんな話があったな。



1990年4月……

郊外 空き地

如月龍也



 俺はプロローグでも話した通り、一部の殺し屋には有名で懸賞金を7歳の時点では既に懸けられていた。

だがこのときは生憎湊が単独行動している時にたまたま敵に囲まれたらしく、オフで周辺に出かけていた俺と藍竜は予感だけを頼りにとある空き地に辿り着く。

 そこでは湊が10人ほどの鼠色のスーツの集団に囲まれており、互いに汗が滲む程にらみ合いが続いていた。

藍竜や湊よりも若くガキだった俺は、湊を助ける為に空き地に足を踏み入れてしまい、鼠色の集団の刃と金の亡者の目が一気にこちらへ向いた。

頭を過るは……懸賞金。

「龍也、逃げろ!」

湊も早急に気づき、逃亡を促し藍竜も撤退を呼びかけた。

だが子鼠が剣を抜く俺の逆をつき、慌てて顔を背けたものの短刀が俺の首筋をとらえた。

次の瞬間、刹那の冷たさと斬られた自覚……そして。

「……」

無言で鼠たちを見下す湊の目つきに、まだ小さかった俺は驚きを隠せなかった。

このとき俺の不注意で受けた怪我が原因で、湊は暴走状態になってしまった。

普段は穏和な湊だが、暴走すると意識が吹っ飛び、殺人鬼の人格になってしまう。


 鼠が散り散りに逃げ惑い、トラップに掛からぬよう走り回る。

だが湊自身敵味方の区別がつかないため、俺と藍竜に猛攻を仕掛けてきたんだ。

2人はそれぞれに致命傷とまではいかずとも傷を負い、暴走状態の湊と何とか互角の戦いを繰り広げるが、ふいに刀を構える藍竜が湊の刃を受けそうになった。

ここで俺が身を挺し左肩で攻撃を受けてしまうと、藍竜は絶望の表情に変わり、湊の足元に刺さるよう手裏剣を投げる。

そこで湊の意識が戻り、自分自身の刀で傷付けてる現実に直面し、傷と俺の顔を交互に見る。

「ど……どういう事だよ……ゆめ、じゃないのか……?」

と、口先が震え、声も途絶え途絶えの状態で刀から手を放す湊。

周りを見ればさっき対峙していた人たちが腐った海に沈み、藍竜は目を泳がせた。

そうしているうちに、だんだんと湊は自身で殺してしまった事を悟り、

「あ……あああ゛あ゛あ゛あ゛あああ……」

と、言葉にならない悲痛な叫び声をあげた。

刀を抜いた俺は藍竜に支えられながら、二人で湊をただただ見守るしかなかった。


 こんな自分の浅はかな行動によって悲しい結末を生み出してしまうのは、それまでも、それからの人生でもこれだけだと思う。

これほどまでに後悔したのは初めてだった。

その時に決意したんだ。

誰よりも強くなって、湊を支えていこう、と。

視線を真横に動かせば、藍竜も何かを決意した顔をしていた。

それから左肩の傷跡が残ってしまったのだが、治癒能力を使いこなせてきた淳が駆け付けて傷を見るなり、

「お兄ちゃん」

と、俺を見上げて言う。

「ん?」

「その傷、治そっか?」

「……いや」

と、湊が俺たちの会話に入り、

「もし龍也が良ければ、表面の傷跡だけ見えるように治療してくれないか?」

と、肩をブルと震わせて言う。

「え、何で?」

そう無垢な顔で見上げて言う淳に対し、

「昔の事を忘れないようにする為だよ」

と、湊にとってはこの傷を見て、昔犯した過ちを一生背負っていこう、という考えのようで、俺に目配せをしながら言う。

もちろん俺と藍竜にとっては、自分達の決意を忘れないようにする為の傷跡。

その為淳は完治させるが、一生傷跡が視認出来るような具合で治療してもらった。


 それからの俺は黒歴史モノで、本当の極悪人……つまり快楽犯や、進んであくどい事をしている奴らなどを悪とし、この手がいくら汚れようとそういった存在が居なくなるまで殺して絶滅させてやろう。

……そう思って実行していたんだが、これが本当に正しいのかは、その当時も今も、正直に言うと全く分からない。

 だが勿論、そのまま成長した訳じゃない。

どうやって仲良くなって、どこで出会ったのかさえ覚えていない程自然に親友となった藤堂からすによって、俺は大事なことを学んだんだ。

後編に続きます!

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