「第三十三-巣の中の蟻-」
淳の暴走のお話。
裾野さんは再び暴走を起こした淳の行動を、自然のそれと捉えられず……?
※約5,400字です
2015年8月6日 午後(天気:晴れ)
高級料亭 防音完備個室
裾野(後鳥羽 龍)
今回は菅野も話してくれた内容になるが、俺や当時恨まれていた淳本人が登場していない点から、再びこの話をしよう、ということで、淳、颯雅、俺、菅野で集まることにした。
場所の理由は、後鳥羽家で昨日の話を知った紅夜兄さんが全員に聞き取り調査をしている為、盗み聞きされる可能性や、見苦しいところを見せかねないからだ。
後鳥羽家は一度突っつけば、執事たちが勝手にわらわらと部屋から部屋へと根回しに走り回ることもある家柄だ。
その中で余裕の表情を浮かべて待ち構えている主人らは、何食わぬ顔で執事が掴んだ情報を利用したり、時には善意から情報を切り捨てることもある。
だから俺は執事たち任せな兄さんたち、姉さん、弟たちや妹が嫌いだ。
……その点だけはどうしても好きになれないうえに、自分でも進んで楽をしようとは思わない。
自分でも掴める情報なら、自分で掴めばいいのだ。
他人の言うことを鵜呑みにしたり、憶測だけで人を判断するとどうなるか……少なくとも、殺し屋業界と名家の世界で生きる俺には、死よりも悲惨な結果しかないと考える。
大分話が逸れたな。
今までは、注文や品が全て届くまで軽く談笑をしながら考えていたところだった。
席順は個室の入口から淳、颯雅、向かい側に菅野と俺が座っており、注文の品も全て出そろい礼を言ったところで沈黙が訪れた。
だからこそ、俺は足音が遠ざかるのを待ってから口を開いた。
「これは全員に共有したい話だ」
隣に座る相棒の不安そうな目を見つめて言うと、菅野はやはり不満そうな顔をする。
「だがお前が伝えなくてはいけない……大事な話だ」
と、肩に手を置いて言えば、菅野は目を泳がせながらも頷いてくれた。
「わかった。分かったから早う話してや。……気になってしゃあない」
菅野は苛立った表情で言ったが、俺にだけ見えるように自分の太ももに「怒ってへん」と、指文字で書いてみせたので、思わず微笑んでしまった。
何可愛いことをしているんだ、俺の相棒は……。
2012年7月23日 昼前
藍竜組 屋上
裾野(後鳥羽 龍)
俺と鳩村はたまたま授業が早く終わり、屋上で鳩に餌付けをしていた。
だがグラウンドの方では授業中の生徒たちが、先端がゴム素材になっている槍や刀などで試合をしている。
その様子を餌付けが終わった後に柵の上で腕組みをしながら見ていたのだが、鳩村が不意にこちらを向き、
「裾野くん……煙草は程ほどにした方が……いいよ……」
と、慣れた手つきで煙草に火を付ける俺を、心配そうな目つきで言った。
「ありがとうな」
俺は鳩村に煙がかからないように顔を背けて煙を吐くと、グラウンドが騒がしくなってきた。
最初は授業が終わったのだと思っていたのだが、屋上まではっきりと聞こえる程の女性の声に、俺はすぐさま携帯灰皿に煙草を押し付け、鳩村は顔を引き締め、2人とも自然と臨戦態勢を取っていた。
「せんせーい! 練習も飽きてきたので、真剣で模擬試合したいでーす」
と、大きく指先を皿のように外側に向けて右手をあげて宣戦布告をするのは、菅野の話でも度々登場している矢代だ。
ヤリ……何とかと聞いていたから驚いてはいたが、こうして遠くから見ても分かる程派手な身なりをしているから何となく頷ける。
だが先生は勿論矢代を宥めにはいり、男子生徒たちもゴム製の武器を振り回しながら、「帰りたい」などと言い出す始末。
それでも矢代の仲間と思わしき女子生徒たちは、矢代の周りにゾロゾロと蟻のように集まって、
「え~……やってみたいな~! キムちゃん、お願い!!」
と、木村先生を愛称で呼んで油断させながら、そのまま取り囲んでいく。
すると先生は手も出せないため、大人しくホールドアップの姿勢を取る。
それを皮切りに矢代は淳を先生の前に連れ出し、
「じゃあ、私と龍勢さんがトップバッターやっちゃいま~す!」
と、無理矢理肩を抱きながら、飛び切りの笑顔で言う。
俺らはそこまで見届けると、すぐにグラウンドへと向かった。
淳に何かあってからでは遅いし、菅野が被害を被る可能性もある。
鳩村は手術したての傷を擦りながら俺の少し後ろを走り、グラウンド入口付近で副総長に会釈程度の挨拶をすると、副総長も軽く会釈をし総長室の方へと忍術を使って壁を上っている。
ようやくグラウンドにつくと、授業終わりの野次馬も窓から覗き込んでおり、グラウンドには菅野のクラスと隣のクラスの生徒しか居なかった。
そのうえ、ちょうど先生から白旗をあげるように試合の許可が下りたところだったらしく、
「この試合を断るなら、菅野君を私たちのアイドルに戻しなさいよ。何であんたが独占してんのよ!!」
と、自分勝手な言い分を淳にぶつけていた。
そもそも矢代を筆頭とした女子いじめ軍団は、自分たちの気に入らない女子をいじめて辞めさせるのが目的らしく、手段は選ばない質だ。
だから長い間耐えてきている淳には、特に悲惨な手法を取りがちである。
矢代から放たれた一言に淳は考え込んでいる様子で、
「それは出来へん」
と、呟くように言った。
すると矢代は思った通りの答えを貰えて嬉しかったのか、
「じゃあ今から試合ね。た~くさん、可愛がってあ~げ~る!」
と、弱い者いじめをするような歪んだ笑みで、仲間たちと共に今度は淳を取り囲んだ。
「……それは」
と、淳が断りを入れようとすれば、
「そんなワガママちゃんが許されると思ってんの~?」
と、更にじりじりと距離を詰めて言う女子生徒たち。
それを見かねた俺の相棒はゴム製の武器を地面に置き、近くの武器置き場から自分の槍を拾い上げ、
「お前ら……何してんねん」
と、普段は見せない殺し屋の顔を見せて、ワントーン低い声で言う。
本当に大事な人を助けたいから、そんな顔をしたんだよな。
当時の俺も勿論感心したが、今の俺が思うのは……俺の時もそんな顔をしてくれるのか、という一抹の不安であった。
そんな殺し屋の顔を見せる菅野に危機感を覚えた矢代は、予め買収しておいた男子生徒たちに向かって顎をしゃくると、何十人態勢で菅野を取り押さえた。
こんな状況にさぞかしご立腹だろうと菅野の方を伺うと、
「……」
と、豹変した仲間たちの顔を見回し、寂しそうに呟いていた。
もしかしたら、集団で裏切られる寂しさを味わっているのかもしれない……それでも泣かなかった菅野には拍手を贈りたい。
何せ今よりも泣き虫だったからな。
「菅野!!」
と、淳が血相を変えて叫ぶと、矢代は淳の顎に手を添え、
「ここで言う事聞かなかったら、菅野君がどうなっちゃうか分かるでしょ? ま、人殺しすら出来ないあんたには分からない、か!! あっはははは!!!!」
と、嘲笑しながら手を叩く。
すると釣られて仲間たちも手を叩いて汚い笑い声を響かせた。
おそらくこの頃はまだ淳に何も名声が無いため、人1人殺したことも無いことが知れ渡っているのだろう。
そのうえ菅野と付き合っているともなれば、格好の餌食となってしまうのだ。
淳は一瞬険しい表情になったがすぐに発想を転換させた表情になり、
「分かった」
と、どっしりと重みすら感じる声色で言った。
それからは刹那の出来事であったが、淳が答えると同時に飛び掛かったカラフルな蟻の大群の攻撃は一瞬で躱され、刃を地面に突き刺した時には既に輪の外に脱出していた。
その速度に誰もが驚き、目を丸くはしたものの、矢代がすぐに目の色を戻し、
「へぇ……な、なかなかやるじゃない? で、でもさ、あんたって……よく裾野さんとイチャイチャしている菅野君と付き合いたいと思ったわね。ほら、裾野さんって……知ってる? 菅野君と弓削子さんを掛け持ちしちゃってるじゃない? 超絶有り得な――」
と、俺の悪口を本人が背後に居るにも関わらずベラベラと言い始めるが、淳は矢代の目の前に掌を向け、
「それ以上は言わんとって……」
と、遠慮がちに言うので、矢代はつけあがって、
「えー? もっと聞きたい~? じゃあ~もっと~大きな~」
と、野次馬たちの歓声に応えるように、拡声器の如く口元に手を当てて叫び出すと、
「2人の悪口は言わんといて!!」
と、淳が矢代の後ろから叫んだ。
すると矢代は、野次馬たちに見えるように口の端を吊り上げてから振り向き、
「え? まさかあんた、自分と付き合っている男とイチャイチャしている裾野さんの肩を持つの?」
と、バカにしたような声色と顔で言い、野次馬たちを盛り上げる。
だが淳は挑発には一切のらず、160cm程はある矢代を見上げ、
「裾野は親友やもん」
と、嘘偽りを語らない目で射る。
俺はその表情に、乞田の胸に抱かれたような充足感を感じた。
だがその一言が更に野次馬たちを熱狂させ、矢代は自分に風が吹いていると思ったのか、
「龍勢さんの親友である裾野さんはねぇ~――」
と、またも続けようとしたので、流石に俺が止めようかと一歩踏み出そうとすると、少し前にグラウンドに来ていた龍也さんと颯雅に肩を掴まれゆっくりと首を横に振られた。
「どうせろくなことじゃねーよ」
颯雅はニッと笑って言っているが、緊張感の伝わる表情をしている。
「あぁ……だがまた暴走しかねなくはないか?」
俺がそう眉を下げて言うと、颯雅は生返事に近いものをしたが、龍也さんは状況を静観している。
残念ながら悪い予感は当たってしまい、俺の何かしらの悪口を言おうとしていた矢代が淳の方を向いた瞬間、顔を掴んで勢いをつけて地面に叩きつけたのだ。
……もう限界だったんだな。
「……あ、あ……」
鳩村はガクガクと震えたまま、俺の肩に抱き着いた。
俺は肩を抱いてやり、「大丈夫だ、弟の潤とは違うから……」と、優しく子守唄程度のテンポで肩を叩いた。
一方矢代は幸いにも気絶状態であったものの、グラウンドの土に染みわたるほど大量の血を流していた。
それに野次馬たちは一気にしんと静まり、心配して身を乗りだす者や戦闘を期待する者と、つまらないから帰る者や、悪口がないからと興味をなくした者に大きく別れた。
淳は矢代の後頭部を見下しながら、
「てめー……殺されてーのか……?」
と、返り血で染まる拳をキツく握りながら言う淳は、弓削子の時と同じく暴走状態であった。
取り押さえられている菅野は、何かを感じたらしく目を見開き恐怖に慄いているが、暴走も恐らくオーラに出るから驚いているのだろう。
鳩村も「裾野くん……ど、どうし、よう……?」と、か細い声で問うてきたが、俺には答えなど1つしかなかった。
「……悪い。少しだけここで待てるか?」
俺は肩に抱き着く鳩村の手を優しく退け、なるべく穏やかな笑みを見せると、鳩村は何度も頷いてくれた。
俺は龍也さんと目配せをし、今にも刀を振り下ろしそうな淳の前に駆けだした。
それから首から寸でのところで受け止め、ぐんと押し返してやると、
「邪魔だ、退け」
と、暴走状態の目で射られ、俺は思わず傑さんのように口笛を吹いてしまった。
「俺が手を離したら、矢代の斬首式になるぞ」
と、再び振り下ろされた刀を受け止めながら言ってはみたが、
「何故この女を守る必要がある?」
と、暴走状態にも関わらず返事をしたので、少し意外には思ったものの特に表情は浮かべずに、
「淳の言葉を借りるなら、罪のない人だからだろうな」
と、抑揚も込めずに言うと、淳は刀で押し出しながら左足を俺の横腹に入れたが、響いたのは小動物の断末魔だった。
何かが入ってきてしまったのか、と目線だけ動かしてみれば、蘭国の国旗があしらわれたリボンが首元に巻かれた鳩が内臓を口から出して息絶えていた。
それからすぐに形勢を変えながら鳩村の方を見遣ると、鳩村は助ける為の犠牲とはいえ断末魔が余程怖かったのか、ぺたりと座り込んで頭を抱えている。
「……」
俺はそのとき上から気配を感じ、隙を見て見上げてみれば、壁を上っていた筈の副総長と目が合い、そのすぐ隣には窓越しに総長が複雑な表情で見下していた。
それから総長が一度手をあげれば、龍也さんたちが駆けだしていくのが見え、ふいに力が抜けた俺は刀が手から滑り落ち、淳が振り出した閃光が俺の首を攫っていこうとしたところで、俺は誰かに胸を強く押されて地面に倒れていた。
……俺は何を考えていた?
まさか……すべて仕組まれていたなんてことは無いよな?
そんな俺の自問は、今度は鳩村が我武者羅に俺の胸を叩く音で答えが出ていた。
「裾野くん! ふ、ふく、総長が……!」
鳩村は鳩の手当をしながらも総長室のある方を指差すが、そこにはもう誰も居らず、鳩村が今度は赤面する番であった。
「……そうか、ありがとう。鳩の具合は?」
俺は内臓を口から出し、白目を剥いている鳩を身体を起こしてから手で指して言うと、鳩村は涙目になりながらも何度も力強く頷いた。
……おそらく助かるのだろう。
「……淳は」
俺が髪についた砂を払いながら出した問いに、鳩村は何度も目線を泳がせながらも、こくんと頷いた。
暴走は終わった……か。
「……本当に暴走だったとすれば……菅野が蟻の巣を突き、矢代が淳の心の巣を突き、俺は……総長への懐疑心を突っつかれたのか」
と、取り押さえられても尚暴れる菅野の同級生たちを遠い目で見てぼそぼそと呟くと、鳩村は言葉が出てこないことで赤面しながらも、
「だ、大丈夫、だよ。……ぼ、ぼくが……」
と、林檎のように真っ赤になったまま固まり、そのまま俺の腹に突っ伏してしまった。
恥ずかしさと喋りすぎ、か?
……煙草でも吸いに行こうかな。
そう思い、鳩村を御姫様抱っこしていると、菅野が駆け寄って来、
「…………ごめんなさい」
と、頭を下げて謝ってきたが、菅野が俺に謝ることなんて無いだろう。
そう思い2,3回だけ菅野の頭をふわふわと撫でてやると、菅野は頬を僅かに赤らめた、
すると淳もこちらに気まずそうに歩いて来、周りに聞こえないように声を抑え、
「今まで散々竜斗と龍の悪口言うてたことがどうしても許せへんくて……暴走を抑えている事が、馬鹿馬鹿しくなってん」
と、正直に打ち明けてくれた。
俺にはそれで十分だった。本当に守りたいものの為に自分の力を使ったのだ。
……それなら、俺から言うことは何も無い。
そうやって……答えを見つけることが出来たのなら、どれほどよかったろう。
だがもうそれは二度としないと決めた瞳の中に居るのだ。
鳩村が作ってくれたコンタクトレンズの奥に――
俺は暗い洞窟に光を見つけたように龍也さんたちにくるりと背を向け、鳩村を部屋に戻してから俺は屋上で1人白い狼煙をあげている。
これはそもそも本当に矢代だけが仕組んだ仕掛けか?
誰か黒幕が居るのではないか……?
当時の俺はそう疑ってやまなかったが、総長が2人に指示を出していたのは湊さんがまず総長室にたまたま来ており、この惨劇を目撃していたため、連絡を取り合っていたというから……本当に誰も仕組んでいない淳の暴走であったのだ。
いじめが人を変えることはしばしばあるが……暴走を未然に防ぐことの出来なかった俺も、いわば加害者の1人。
大事な親友の名がこういった形で、全校生徒に知られてしまうことになるのは…………洪水が来ないからと高い堤防を造らなかった行政と同じで全くの後の祭りなのだ。
――なぁ……菅野。
お前はどこも怪我していなかったか?
太ももには触れられなかったよな?
無事だよな?
そう声をかけてやらなかったのは、心から後悔していることの1つだ。
現在に戻る……
俺が話し終えたところで、菅野は口パクで「ええよ、そんなこと」と、イタズラ笑顔を浮かべる。
これは代金は俺持ち、ということだろうな。
「菅野と裾野は本当に仲がいいな~」
と、不意に颯雅が俺らを交互に見て言い出すので、俺は菅野の肩を抱き寄せて、
「仲良しだからな」
と、反対側の手を太ももに這わせると、その手を思い切りバシッと叩かれた。
「遊びが過ぎる裾野は嫌や」
菅野はそうは言いつつも、触られるとウブな反応するのが堪らない。
「せや、もう招待状って届いた?」
淳は来週に控えた結婚式の招待状が、しっかり届いているかどうか、1か月前から招待客に確認しているらしい。
俺が何度か頷くと、颯雅もほっと胸をなでおろす。
たしかに、万が一ということもあるから不安なのだろう。
俺も不備があったら困るからと、直接話をしにも行ったっけか……。
遠い、遠い昔のお話だ。
来週はいよいよ最後の話、菅野の結婚式当日。
どんな顔をして見送ってやればいいのだろう。
父親の顔? 相棒の顔? それとも――
執事長の乞田ですよ~ひゅ~どろどろ。
肝試しの季節ですね~。
そろそろそう言う話を書いて欲しいですよね~。
……あ、書かないそうですね。
やっぱり見る派、聞く派なんですよね……作者は。
今回のお話は、友人様からの借りキャラである淳様メインのお話でしたね!
龍様の人脈の広さに本当に感心いたします……。
お優しいですし、乞田は嬉しいですよ。
次回の更新日は、いつも通り8月12日の土曜日か、13日の日曜日です。
それでは良い一週間を。
執事長 乞田光司




