「10歳-O型で、-」
裾野と共にコンビを組んだ翌日、恩人である裾野は様々なことを教えてくれた。
それが今の彼にどう繋がっているのだろうか?
そして、誰もが殺し屋人生で生涯世話になる情報屋との出会い。
※思い出しながら書いております。
※『』の部分を漢字表記にしておりますのは、読みやすさ重視だからです。
※約6,000字程度です。
2005年8月30日……
藍竜組 裾野&菅野の部屋
菅野
翌日。
俺はぐーっすり眠っててん。
せやけど、8時くらいかな? めっちゃええ匂いがしてきてよ~く耳を澄ましたら、トントントン……ていう包丁がまな板に当たる音が聞こえてきて、その後にジュ~っていう卵とベーコンの焼ける音とか、あと何やろ? お味噌汁の匂いもしてきたで! それと、苦い香り。
しばらくそうしてたら、お皿を置く音も聞こえてきて、いよいよ朝ごはんや思て目を覚ました時に目の前に裾野が居った時は、「わっ!」と、叫び声をあげてしまってん。
「おはよう、菅野。約束通りおいしい朝ごはんが出来ているよ」
俺と似たようなジャージに黒のシンプルなエプロンをした裾野は、心臓に悪い笑顔でそう言うてきてん。
こういうの……女子が見たい一面やんな? ドラマでようやってるし。
まぁ当時の俺は、全然意識もしてへんかったけどな。
「おはよう……」
と、起き上がってそのままダイニングに行こうとする俺を、裾野は「おいおい……」と言って引き止めたんや。
「まずは顔を洗って、うがいをした後に歯磨きをして――」
裾野は心配して言うてくれている事はこのときわからんくて、
「朝からやかましや……」
と、あくび混じりに言う俺の腕を、裾野はダイニングと反対方面に向かってグイグイと引っ張って、
「俺の使っていいから顔を洗って、うがいをした後に歯磨きをすること。出来なかったら、朝ごはん抜きだ!」
と、仁王立ちで言うから、オカンが居たらこんな感じなのかな、とか想像してたで。
でも朝ごはん抜きは嫌やから、めっちゃ洗った。顔に一切の汚れが無いくらいな。
ほんでうがいした後に歯磨きをしようとしたんやけど、歯ブラシ一本しかないやんか……。
でもやらなかったら朝ごはん抜きやし、それは嫌やから我慢して裾野の使用後のものを使ったで。
一応スッキリした俺を見て何度も頷いた裾野に、思い切って歯ブラシのことを言ったんや。
そしたらどんな反応やったと思う? 意外にも素っ気なく「そうか」と言っただけやったんや。
つまらん裾野。
「それだけ?」
「……うん?」
裾野は目玉焼きを頬張りながら首をかしげてきたんやけど、当時の俺の期待していた答えっていうのもよう覚えてへん。
「なんでもない」
と、ベーコンを一口で飲み込んで言うと、裾野は小さくあくびをしてん。
「菅野。」
「……なんや?」
「俺はこの後仕事をしてくるけど、お昼前には戻ってくるよ。それまで訓練をしたければ総長室に行けばいいし、見て回りたいならそうすればいいよ」
裾野はもう食べ終わっていて、ブラックコーヒーを片手に朝陽新聞を読んでいる。
……14歳って中2やんな? 当時の俺はそういうもんやと思ってたんやけど、あまり居ないタイプやったみたいやで。
「うん。裾野?」
このとき、俺の頭の中には収納しきれへんほどの量の質問が入っていたんや。
「ん? ちょっと待ってて」
裾野は俺の表情から察したみたいで、急いで身支度の部屋に入っていってん。
こういうのが俺には絶対出来へんから、裾野に迷惑をかける時もあるんやろな。
ほんで5分もして戻ってきた裾野の姿に、俺の目はキラキラになってん。
藍竜組の旧制服やねんけど、黒の銀のジャラジャラ付きの帽子は斜めに被るのが正解で、服はやたらベルトが多くて着るのは面倒なんやけど見栄えはめっちゃ格好ええで。全体的に藍色やけど、中々濃い色で黒からその色までグラデーションになってるし、黒のネクタイも太くて俺は結構好きやで。見るのは。
腰には裾野の武器である刀やな。刀のことは裾野が横槍入れてくれた時でええか。
靴はヒール無しの動きやすそなブーツ。これもお飾りのベルト付きで見た目はええ感じ。履き心地も悪くは無いで。
「あと25分。簡単な質問なら受けられるよ」
「じゃあ……裾野は、俺の……足の変なの……知ってたん?」
俺がジャージで見えない太ももをぎゅっと握ると、裾野はそっと目を伏せた。
「ファミレスで座った時に見えたよ。それは人間オークションと呼ばれる、やってはいけないことの”商品”である印。商品の場所とどれだけ新しいものかが彫られていると聞いたことがあるよ。色は赤黒い、血が滲んだような……たしか元は色が無いけど、人に押すことで血が通うとか……」
裾野が俺にわかるように言葉を大分砕いていることはすぐにわかったで。
流石にこの説明に、俺も色々納得したんやけど……。それよりも聞きたいことと時間が無いことで焦っている俺は次の質問をぶつけたんや。
「どうしてあの時脅したん?」
「脅し……うん。それはあの2人組が、いろんな人間オークションを潰して自分たちだけの人間オークションを作りたがっていると聞いたから。あの時外に出たら捕まっていたし、今頃何をされていたか……。」
「じゃあさ、裾野はどうして変なおじさんから助けてくれたん?」
「おじさん……ね。あれは危ない人だったよ。ちなみに俺は、繁華街であの2人組と菅野が歩いているのを見て、後を付けていただけだったよ」
「……あの白猫、どうなったん?」
「ねこ? 俺は見ていないよ。野良猫だと思う」
「そうなんや。裾野、俺ってこれからどないすればええの?」
これが1番不安やったな。裾野は仕事に行くとか言うし、俺は付いていけへんから。
「菅野は今まで通っていた小学校から転校して、藍竜組内の小学校に居ることになっている。だけど、学校は中学生になるまで行かなくていい。それはまず、槍の訓練と体の訓練をしないと殺し屋として動けないからね。一応2年あるから、十分強くなれるよ。中学校からは、俺と初めて会った時に着ていた制服を着て、学校に行ってもらう。勉強もそれまでに俺が教えるから、大丈夫」
裾野はなるべくゆっくり言うと、少し屈んで笑顔で俺の頭をポンポンと撫でた。
それでも俺の頭には最大の疑問があったんや。
それは大事やし、誰もがしたいであろう質問。俺と裾野が逆やったら、冷や汗もんな質問や。
「殺し屋って、何をするん?」
何も悪気無く放たれた俺の言葉は、しばらく空気を響かせていた。
裾野は帽子を目深に被って下を向いて、「そうだね……」とか細く低い声で言ったんや。
当時の俺は「初めてこいつを困らせた!」と、目を輝かせていたんやけどな。
裾野はパッと電球みたいな笑顔になって、俺にピエロみたいな愉快な声でこう言ったんや、
「殺し屋は、人を殺すことでお金をもらう人だよ」
俺はその笑顔の怖さに凍り付いて、その場にペタンと座りこんだんや。
せやけど裾野は、ふぅと息をついて無表情に戻って、
「だけどそうすることで助かる人も居る。少なくとも依頼主はね。それと殺し屋同士の戦いは、ケンカと一緒。買うか買わないかは自分で決めることだし、売るときは頭を使えばいい。それでも心が弱ければ、鬱という心の病気になったり、罪の重さに負けて自殺する人もいる。方向性が違うと、血に狂う人もいるし、あの2人組のようにやってはいけないことに手を出す人もいる。それでも俺が何年もやってこられているのは、剣と自分の力を信じていることと、料理をするのが大好きだからかな」
裾野はまたいつもの笑顔を見せると、剣の柄をそっと撫でた。
その仕草と言葉に、俺はいつの間にか立ち上がっていたんやで。
たしかに料理は一流やし、何を作らせてもおいしい。
せやけど、このとき初めて裾野も自分と戦っていることに気づかされたんや。
俺も戦うことになるんやな、という覚悟も出来たし。
ほんで裾野は左腕にしている腕時計をチラッと見て、「あと5分……」と呟くと「いってきます」と言い残して部屋から出た。
「俺も……いってきます」
俺は裾野に昨日貰ってたゴムでくくってある合鍵で施錠すると、それを首にかけてぶかぶかのジャージと肌着の間に入れた。
とりあえず部屋を出てぶらぶら歩いている時に考えていたのは、裾野のこと。
後鳥羽家からどうして逃げたのか。
名家と呼ばれるあの家に何の不満があったのか。
料理はいつから? どうして頭が良いのか。
‟何年も”やってこられた裾野は、一体いつから殺し屋をやっていたのか。
俺の前に誰か相棒が居たのか、それともずっと1人で戦ってきたのか。
ずっとあの剣だったのか。槍の持ち方も構え方も様になっていたから、元は槍だったのか。
どうしてあんなに優しいのか……って、これは性格になるんかな?
考えれば考えるほど、裾野の過去が知りたくなったんやけど、誰に聞いたらええのか……。
当時の俺はいつの間にか屋上へと続く階段を上っていて、ドアも開いていたから、そこから出てみたんや。
屋上は汚い緑の床にボロボロ剥がれているのが床に落ちているくらい古い白い柵。
それとたくさんの室外機。それに天気も良かったから、開けたときは眩しくて目を細めていたんやけど、屋上の真ん中で、しゃがんで何十羽の鳩に餌をやる男が見えて、俺は目を疑ったんや。
声をかけてもええのか……それすらも迷ったで。
せやけど向こうから気が付いたし目も合ったから、何か話そうかなと考えていたんやけど、そいつは急に慌てて色あせた黒のジーパンの尻ポケットから携帯を取り出したんや。
ほんで何か打っている間に観察していたんやけど、童顔でおばさんたちにかわいがられそうな雰囲気があって、銀色と黒が混ざった感じの髪でそんなに長くは無かったで。あとは色白で、か弱そうな印象かな。体もかなり細かったし、手の甲は骨が浮き出ていたで。
打ち終えたらしいその男は、俺に恐る恐る近づいて震える手で画面を見せてくれてん。
『藍竜組情報課情報長 ‟鳩”こと鳩村涼輔です。14歳。AB型。趣味は鳩と戯れること。特技はハッキングと情報収集。よろしく!』
今ではしっかり話せるけど、始めは中々口を開いてくれなくて俺も大変やったで。
このときは情報課とか情報長とか全然意味わからんかったから、名前と血液型と年齢と「よろしく!」だけが頼りやったで。
それに色々と構わない俺のことやから、
「鳩村はん! よろしく頼むで! あ、俺は裾野の相棒になった菅野やで」
とか言うし、無意識に握手してしまうし、その手をぶんぶん振るし……ほんま申し訳ないことをしたで。
「う……うん。えっと……僕は、裾野くんと同い年、です」
それでも鳩村はんは、うつむきながらぼそぼそと言葉を紡いだ。
今ではシャイやからってわかるんやけど、このときの俺の頭の中にはムカマークだらけやってん。
ちゃんと喋れや、とか思ってたんやで? 恐ろしいやろ?
そんなことを思っている間に、鳩村はんはまた画面を見せてくれたんや。
『君の話は裾野くんから聞いています。さっきも屋上に来てくれていましたし、その時も嬉しそうでした。彼も気にしていたけど、多分、そのうち、きっと、過去を聞くことになると思うけど、彼ならきっと分かりやすく話してくれる思う。だけど、難しい話だから勉強はしておきましょう。何か相談でも聞きたいことがあったら、屋上に来て下さい。 たいていは居るはず……』
これをものの30秒、そんなかかってへんかもしれないけど、そんなに早く打ち終えた鳩村はんって、とんでもないと思うで。
あと、今は漢字にしているけど、もちろん漢字はほぼ平仮名やったで。
それに裾野の過去は俺がこのとき1番聞きたかったこと。
向こうに話す気があるなら、いつでも待てるし、勉強せなあかんなとも思ったで。
それと鳩村はんは、震える手で「しごと」という無機質な白いシールが貼られた、小さいメモが挟んである携帯を渡してくれたんや。
「…………使って」
そうボソッと言うと、鳩村はんは逃げるように屋上を出て行ったんや。
第一印象は弱そう、銀もやし。
せやけど挟まれたメモを見ると、『裾野くんと僕の連絡先は入っています。メールアドレスは変えても大丈夫。菅野くんは元気な子って聞いてるから、メールで相談してくれた方が、話しやすい……かな?』
と書いてあって、近づきやすいのか近づきにくいのか、ようわからんわ……。
今まで出会ったことのないタイプやったから、尚更かもしれへんけど。
それからお昼前まで副総長に手始めに腹筋100回と腕立て伏せ70回、ほんでスクワット70回を命じられてやったんやけど、姿勢が悪いとか色々言われるし、腹減ってるからイライラしてるし、正直言うて嫌やった。
12時に鐘が鳴ったと同時に終わったとき、「まだまだ遅い」と言われたんやけど、それを無視して走って部屋に戻った。
だって裾野のおいしいご飯、早く食べたいやん?
そう思ってドアを開けると、部屋には人の気配が無かった。
それでもお腹が空く匂いは、漂ってきていた。
「裾野……?」
俺がお腹を鳴らしながらダイニングに入ると、裾野は上下黒のジャージに着替えていて、顔はかなり疲れきっていたんやけど、俺を見るなりそれが笑顔に変わってん。
「おかえり。菅野の服と日用品、その他諸々も買ってきたよ」
裾野はキッチンの側に置いてある大きな袋10個に目をやりながら言うんやけど、色んなブランドの服があったで。そこらへんは名家っぽいやんな?
「……ありがとう。あんな裾野?」
俺が椅子を引いて席に座りながら言うと、裾野はこちらに目を向けているのに手元の包丁を見ずに、
「ん?」
とか言うから、俺は「やりながらでええから」と慌てて言ってしまってん。
「今日な、鳩村はんに会ったで! あとな、携帯も貰てん! 裾野にかけてみてもええ?」
「それは食べてからにしてね。……そう言えば、鳩村は俺のただ1人の一緒に入ってきた仲間なんだ。ん、そうだ菅野? もしかして、声で話しかけてないよね?」
裾野のその一言に、俺は全身からサーッと血が引いていく感覚に襲われてん。
いや、思い切り話しかけたし、握手もしたし……イラッときたし。
「……うん」
俺がウサギ型に切られたりんごをつまんでいると、裾野はふふっと息を漏らした。
「嘘だな? 俺も初対面から握手を求めたことがあってさ、鳩村に物凄く警戒されていた時期があったんだよね」
裾野はそう言いながら、中華鍋を大きく振る。今日は匂いもそうやけど、多分チャーハンやろな。
「そうなんや。裾野、鳩村はんしか友だち居らへんの?」
「ん~違うけど、同い年が鳩村しか居ないから、授業は寂しいな。前まで81人も居たのに」
と、チャーハンをまんまるに盛りつけて言う裾野は、どこか寂しそうやったな。
81人が2人。79人はどこ行ったんやろ? この時の俺は、みんなで旅行にでも行っているのかと思ってたで。
裾野特製チャーハンは、卵が入ってないから結構シンプルな感じやで。
せやけど、それでもめっちゃおいしいし、下手したら店のより美味いんちゃう!?
まぁ言うても外食って、この時はこの前のファミレスだけやから全然知らんけどな。
俺らは無言で食べながら、長いお昼休みを過ごしたんや。
現在に戻る……
裾野、菅野と騅の部屋
菅野
そこまで話し終えると、騅は目を輝かせていてん。
「裾野さんの殺し屋に対する姿勢、とても素敵だと思います! 僕は血に狂う側でしたし、そのリスクもあの歳で知ってただなんて……それもやはり、消えた79人と関係ありますか?」
「あぁそうだな。その辺はまた横槍の時に話そうか」
「せやな。てか、騅ってまだ鳩村はんと会ってへんやんな?」
「はい! 是非会ってみたいです。でも初対面から握手と声は禁止ですね」
騅はメモ帳に書きながら真剣な表情で言う。その様子に裾野は何だか嬉しそう。
「何十羽の鳩って、気になるわね。追いかけちゃいそう」
リヴェテは猫の手でヒュイヒュイと空を切りながら、追いかける練習をしている。
「今度本人に会いに行くか……」
裾野はスマフォをいじりながら、鳩村はんに連絡をしてはるのか、眉を潜めている。
俺と裾野の関係。
まだこの時は仲が良いんやけど、ほんまに解消寸前まで考えるくらいの喧嘩をしたんやで?
裾野が折れてくれそうとか騅に言われたんやけどな。
完璧な人とちゃうし、裾野の過去は聞いたら驚くどころやないしな。
これからどうなっていくのか、次の日~11歳は修行期間やから、次は12歳の中学入学の話に飛ぶで。
12歳の藍竜組の中学校に入学する菅野。
そこで出会う人たちとは?
今までのお話を読んでいる方はお分かりだと思いますが、下ネタが大嫌いというピュアな菅野の身に中学生の洗礼が……。
詳しくは来週の日曜日です^^