「第三十-無意識の不平等者と、人類皆平等を訴える者-」
裾野の弟と、菅野の弟。
2人の意外な出会いと因果……。果たしてこの先どうなるのか?
現在パートでは、指輪がもたらす2人の絆が――
※グロ注意
※約8,000字
※戦闘有り(短いです)
2015年7月20日 午前(天気:曇りのち晴れ)
藍竜組 裾野、菅野&騅の部屋
菅野(関原竜斗)
張り付く汗に疲労の香りとまどろみの中で、俺はたしかに裾野の腕に抱かれた気がすんねん。
そう言えば、昨日浴衣のまま寝たんやったっけ……?
でもな、目を開けても腕を振り回しても誰も居らんくて、代わりに何かがコトリと落ちてん。
「……ん?」
それを眠気眼で拾うと、指輪の箱のようにも見えてガバッと起き上がってん。
……裾野の? それとも、騅の?
「あっ……」
俺は慌てて2つ隣のベッドでスヤスヤと眠る騅を見たんやけど、ツイてるみたいで寝ててくれててん。
すぐに身支度を終えてベッドの上に座って、指輪の箱を開けてみたんやけど……
そこには、俺の知らへん言葉で何かが書いてあってん。
「うーん……裾野は居らんし、鳩村はんに訊いてみよか」
俺は起こさへんように忍び足で部屋を出ると、鳩村はんの部屋に直行してん。
ほんで鳩村はんの部屋に入って指輪の箱と紙切れを見せてん。
「……せ、西語、ご、だね」
って、紙切れをさっと読んで言うんやけど、そんなすぐにわかるもんなんかな?
「何て?」
今度はそうやって俺が訊いたら、鳩村はんは思い悩んでるみたいな顔してん。
「こ、これ……1,000万はする、ゆ、指、指輪で……。でも……す、裾野くんは……西語は……よ、読め、ないし、書けない……」
「え、ん~? ほんじゃ、裾野が贈ったんとちゃうってこと?」
って、紙切れを眺めながら言うと、鳩村はんはほんま鳩みたいに首を傾げて、
「……贈った、け、ど…………こ、こ、の字は……!」
と、手書きの筆記体に指を走らせてん。でもその表情は憎しみのオーラで包まれてて、俺は身震いしてん。
「もうええよ。ごめんな……」
俺は紙切れと指輪を一緒にしまって部屋を後にしようとしたんやけど、鳩村はんは大きく息を吸って、
「片桐組の総長の字なんだ!!」
って叫んできたんやけど……え?
せやけど鳩村はんは苦しそうに咳をしてはるし、とりあえず状況を飲み込む前に保健室に行こう言うたんやけど、首を横に振ってん。
「……ま、まち、がい……無いよ」
そう言う鳩村はんの目は、何か訴えるものがあって……アホな俺でも分かるぐらい強い意志を感じてん。
「……さよか」
俺は言葉に詰まったんやけど、何とか絞り出してん。
裾野は…………片桐組の、しかも総長のとこに居る……?
それとも、これを俺に渡そうとして……浴衣にヒントの紙と一緒に仕込んでいたんかな?
でもそれなら……あれは夢とちゃう!?
俺は気が付けば足が動いてて、いつの間にか部屋も飛び出して、衝動に任せていたら総長室に直行してん。
「……どこにも行かないで」
俺は心臓がやかましく音を立てるの無視して呟くと、ドアの感触を確かめるように総長室のドアをノックしてん。
そしたら中から凛とした返事が返ってきてん。
同日 同時間帯
後鳥羽家別館 ”悪食”潤の部屋
裾野(後鳥羽 龍)
夏祭りの後、片桐組の”忍者の生まれ変わり”である佐藤永吉に連れられ、片桐組の牢獄に閉じ込められていた。
理由は詳しくは言えないが、数年前から始まった殺し屋同士の殺し合いとも言える”BLACK”と菅野のことだろう。
”BLACK”の優勝候補の一組である俺と菅野は、真っ先に仲を引き裂かれるだろうとは思っていたが……。
こんなにも早いとは。少し油断していた。
だが早朝には解放されたのだが、猶予をやるとだけ言われ片桐組を追い出されている。
そのせいで指輪を菅野に渡すタイミングが無く、どうにも藍竜組に戻りづらかった俺は、実家で紅夜兄さんと話そうと思っていたのだが、別館の方から不穏な物音がしたため立ち寄った。
普段の別館はシンと静まりかえっているが、”悪食”の潤の部屋の扉が開いていたため、潤の泣き叫ぶ声が別館中に響き渡っていた。
……半年に1回必ず訪れる父上様のストレス発散のお時間、か……。
そう思いながら扉の隙間から部屋の様子を窺った。
シャンデリアの照明がとうに切れた室内は、黒を基調としたシンプルな洋風の部屋だった。
また、中心にある両側と角を合わせて10人ほどが座れそうな黒のテーブルと椅子のセットも、今ではすべて席が埋まっており皆疲れた表情をして、お茶が出されているのに眠り込んでいる。
それから目に付くのは床から壁にかけて広がる黒いタペストリーと、壁中に飾られた動物の剥製だろうか。
とりあえず、扉の向かい側に窓は付いているものの覗き穴程度の小さなもので、そこには複数人が覗こうとしたのか、インクの付いた手形が沢山付いている。
次に入ってすぐの床に目を落とせば、爪のようなものや骨の欠片などがそこかしこに転がっており、カーペットは端が若干 襞が出来るほど引っ張られている。
その部屋の中で、まさに目の前で起きている惨事というのは、父上様が部屋の主である潤の顔を短刀で何十回も斬り付け続け、潤を押さえつけている屈強な6人の男性は、抵抗をされるとかなり苦しそうな表情を浮かべる。
それほどまでに、俺以上に怪力にしたのは…………潤が産まれてからずっと脱色したような不思議な髪の色を妬んで、様々な方法で傷つけ続けた父上様自身だとは……気づいているのだろうか?
そのせいで一度肺を悪くして、父上様に内緒で発覚した当時に医者を派遣して治したが、外科医は治療が完了した当日に行方不明になった。
……おそらく、父上様にバレたのだろうが。
その時にも垣間見えたのは、身体中についた無数の刀傷……。
それでも尚潤が気絶するまで続くこの行為は、一体いつまで続くのだろうか?
だから見かけ次第――一歩踏み出すのだ。
「お兄ちゃん!」
潤は顔面血だらけ、脱色したような髪すらもねっとりと赤く染まっていても、目を宝石のように輝かせて手を伸ばす。
だがその手すら短刀で斬り付けられ、痛みから顔を歪める。
「いい加減にしてください」
俺はズカズカと踏み入り、屈強な男たちを片手で退けると、父上様は諦めて帰っていこうとする。
だが潤はもうやられっぱなしが通用する程弱い男ではない。
潤は歩きながらテーブルに置いてあった鉤爪を拾い、恐怖で震えている男たちの心臓を的確に串刺して捨てながら、
「じゃーんけーんぽんっ……あーいこーでしょ?」
と、吊り上がった目で最後の獲物を見上げると、父上様の首筋目掛けて鉤爪を伸ばすので、流石に刀を抜いて阻止した。
鈍い音でぶつかり合う剣と鉤爪。
だが潤の方が数倍怪力なので、攻撃を一度受けただけで腕全体が痺れる。
そのうえガリガリと削るように鉤爪を柄の方に滑らせられると、骨折の域に入りかねない。
「やめなさい」
と、俺が攻撃を流して言うと、潤は鉤爪を置いて俺に抱き着いた。
その隙に父上様は早歩きで出て行き、俺に目配せをした。
仕方ありません。まだ貴方には生きてもらわないと困るので……。
「お兄ちゃん、痛かった……」
俺の前だけは幼い口調の潤は、人を殺すことに抵抗も罪悪感も持たないため、歌いながらでも殺すことが出来る。
そもそも罪悪感など潤の心の中に存在しないのだが。
「そうだな……」
俺が持ち歩いている肩掛け鞄から治療セットを出すと、潤はぺたりとその場に座り込んだので、俺もしゃがんで治療セットを腹と太ももの間に挟んだ。
そこには誰かの腕が転がっており、尻の下に敷いたことに気付くと拾い上げて食べ始めた。
時折バリバリと聞こえるのは骨を砕こうとする音だろうが、流石に骨までは食べ切れないらしく、食感に飽きると吐き捨ててしまう。
俺はその間も顔の傷の手当てをし、返り血で染まったシャツのボタンを外して垂れた血を拭き、髪についた血もタオルで優しく撫でて取った。
それから治療セットを鞄にしまったり、血の付いた布やタオルを別の袋に入れたりとしている様子を見た潤が、
「ありがとう!」
と、心底嬉しそうに歯を見せて笑ったが、白く歯並びのいい歯には人間の肉片と血が媚びりついていた。
「あぁ」
俺にだけ、人間を食べることについて余計なことを言った俺にだけ懐く潤は、他の兄弟の名前をときどき忘れる。
というのも会わないから忘れるのではなく、極端に無関心過ぎるところが元からあり、興味のないものは忘れてしまう。そのため一度は会って戦い、言葉を交わし、傷つけた筈の相手も忘れてしまう。
それは潤にとっては、どうでもいい事だからだ。
「お兄ちゃん、この人たちはだあれ? これ、ヒドイね」
こんなことを考えていると、潤は先程自分で殺した男たちを指差す。
「……遊び相手ではないか?」
俺はもう慣れたが、未だに潤の執事長は次の一言に驚くらしい。
「そうなんだ! でももうお茶も冷めちゃったし、これは捨てようかな~」
と、潤は椅子を6つ蹴倒して”古い人形”を床に転がすと、”新しい人形”を1体1体椅子に座らせていく。
お人形遊びをする無邪気な子どものように。
「片づけなさい?」
だから俺は転がった人形を指差してこう言うのだ。
すると潤はハッとした表情になり、古い人形たちを服ごと片づけていく。
…………何度も何度もかみ砕き、動脈に歯が当たる度に血しぶきが舞い、何十分もかけて6体の人形を片すと、潤は白いシャツの袖で口元を拭う。
またこうして部屋にタペストリーが増え、絨毯が増えていくのだ。
「ちゃんとやったよ!」
だが潤は食べたことすら忘れたのか、と思いたくなるほど弾ける笑顔を見せる。
その姿はどうしても魅力的に見えてしまうため、6人分の命が潤の胃袋に入っていることが頭の隅に追いやられそうになる……。
「そうか、そうか……」
だから俺は言葉を短く切って部屋から出ようとすると、潤は涙目になってTシャツの裾を引っ張り、
「また来てくれるよね? 会いに来てくれるよね?」
と、幼子のように寂しそうに言うのだ。
「あぁ、また来るからな」
最早通例となった挨拶だが、俺はいつもこう言って潤の頭をひと撫でする。
そうすると本当に嬉しそうに笑うから、こちらが罪悪感を覚えるばかりなのだ。
今日は潤は既に忘却の彼方へとやっている、菅野の弟を探し当てたときの話をしよう。
そうなるともう2005年から2009年まで4年飛ばすことになるのだが、それは他でもない……菅野が十分に俺とのことを話してくれたからだ。
心から感謝している。
2009年6月某日夜…… (天気:晴れ)
藍竜組 総長室
裾野(後鳥羽 龍)
菅野に弟の和斗の発見を報告する数分前の話。
俺は龍也さんと世間話や事務連絡をした後に、総長にも呼び出されて報告をすることになった。
そもそも探し当ててくれたのも同行してくれたのも鳩村なのだが、生まれつき吃音があるせいか、どうしても口頭報告は俺がすることが多い。
総長は慣れた手つきで煙草に火を付けると、「報告書読んだよ」と、咥えたまま話し始めた。
「はい。このあと菅野にも話すので、あまり長居は出来ないのですが――」
と、俺が枕詞を言いかけると、総長は煙草をグリグリと灰皿に押し付けて、
「わかっている。どんな人間だった?」
と、端的且つ紙では伝わりにくい質問をされ、俺は会ったときのことを想い出しながら、
「何よりも公平性を重んじている人でした。そのせいか、周りの人間からは煙たがられていたため、人望を集める前にフェアが大事だと声をあげてしまったと思われます。……出過ぎた真似だとは思いますが、あまりに見ていられず……説教を……少々、してしまいましたが、本人は理解できていたようなので、聞く耳は持っているでしょう」
と、ポツリポツリと言葉を紡ぐと、総長は頷きながら微笑んだ。
「説教ね、面白い。殺し屋としての有望性はどうだ?」
「はぁ……何事にも一生懸命なところは菅野と似ているので、育て方さえ間違わなければフェアな殺し屋としての地位も築けると思います」
と、菅野とはどこか違う野心を感じたため率直に言うと、総長は口角を僅かに上げ、
「……もういいぞ」
と、物憂げに言うのだった。
その意味を知るのは、いつになることやら。
今の俺にも推し量ることが出来ない。
そもそもこの報告の前に鳩村と2人で会いに行った訳だが、この報告と潤とのことを踏まえて聞いてほしい。
報告日前日…… 午後(天気:曇り)
佐藤組 グラウンド
裾野(後鳥羽 龍)
鳩村と向かったのは佐藤組のグラウンド。
ちなみに事前に総長であり、元同期である佐藤には連絡を入れてあるため入れるが、普段は片桐組並みに厳しい警備が敷かれている。
建物は一言で言えば、縦長の兵舎だろうな。
片桐も藍竜も横幅が広いのだが、佐藤組だけは横幅があまりない高層ビルのような仕組みになっている。
かといって中は純和風であり、洋風の洋の字も見られないような趣だ。
その佐藤組のグラウンドに来たのは、菅野の実の弟である関原和斗がちょうど訓練をしている頃だと聞いたからだ。
グラウンドに足を踏み入れると、藍竜組よりも多少重い土が俺たちを出迎える。
ちなみに当時10歳の和斗は皮肉にも槍使いで、年上相手に訓練リーダーを任されるほどの実力者だ。
血液型はA型で、黒髪で前髪を中心で分けており、後ろ髪は首筋に沿って流すぐらいの長さ、整髪料は使っていないのにしっとりとした髪質で肌も白く、身長は平均よりも低いため、菅野とは正反対の見た目をしている。
だが口元のあどけない雰囲気だけは似ている。
折角なので木製槍を使った訓練の様子を遠くから見せてもらっていると、和斗は突然声を荒げた。
「今のはフェアじゃない!!」
そうリーダーが声をあげても、当の年上でキャリアもありそうな隊員たちは肩をすくめるだけだ。
「もう一度言うぞ! 槍試合はフェアでないといけない! いいか!? 半殺しなんてもっての外だ!!」
かなり力が入っているが、誰一人として和斗の叫びを聞かない。
むしろ半笑いの隊員がちらほらいるくらいだ。
いつもこの様子だとしたら、佐藤総長とやらをは何をやらせたいのだろう?
自分で打開しろとでも言うのだろうか。
「……す、すごい……トラウマ、なんだね」
1番付き合いが長いせいか、この頃になると大分俺との会話では吃音が収まり始めた鳩村だが、蒸し暑さか和斗の気迫か、かなり汗を掻いている。
「そうだろうな……。仕方ない、一括してくる」
俺は自分の頬をパンと叩き、訓練場所までグングン近づいていく。
鳩村は心配そうに後ろを付いてきながら、
「えっ……だ、大丈夫、かな……」
と、不安そうに手遊びをし、親指と人差し指の間の皮を引っ張っている。
「まだ和斗は打開する力が無い」
俺はその心配を一蹴し、更に歩を進めていく。
すると流石に俺たちの存在に気が付いたのか、お辞儀をした和斗が顔を上げる頃には笑顔に変わっていた。
「遠くまでご苦労様です……。誰にでもフェアに接し、フェアに戦う関原和斗と申します」
これまでとは打って変わって紳士的に挨拶をしてくる和斗だが、その挨拶に隊員たちからは笑みが零れる。
「それはどうも。それにしても、和斗は何故笑われているのか分かるか?」
と、俺が口火を切ると、和斗は僅かに顔を歪めた。
「アンフェアだからでしょう。こちらがいくらフェアを訴えても直しませんし!」
それどころか、フェアを押し付けるのを止める気はないようだ。
そこに原因アリだと、誰しもが分かることだ。いくら10歳とはいえ、もう分別がついても良い時期。
「フェアをただ訴えるのではなく、まずはこの方たちから信頼される人間になり、フェアを徹底したことの実績を築かなければ、スタートラインにすら立てないのではないか?」
俺が語気を強めて言うと、周りの隊員からは拍手があがった。
おそらく実力はあるのだから、その話も自慢話にならないよう話す雄弁術も必要だろうが……。
「……そ、そうですね。まずは一緒に生活、してみます」
やはりフェアな人間だ。藍竜組の人間が来ると分かっていて、そのうえ外部の人間から説教されて頷けるのは大したものだ。
「皆さん、こういう部分も公平性がありますから、佐藤組はフェアだと言われるように努力をしてほしいですし、そういう皆さんと手合わせがしてみたいです」
俺は余計かもしれないが、念のためグラウンド全員に呼びかけると、全員からまたしても拍手を頂いてしまった。
その様子を見渡す和斗はパァッと、疲労が蓄積した顔から明るい表情に変わり、
「ありがとうございます……。訴えるだけではなく、聞いてもらう努力をしないといけないんですね……お勉強になります!」
と、菅野と同じようにニッと笑った。
「いいんだ。では後少しだけ見学したら帰ることにする」
と、出口を親指でひょいと指差して言うと、和斗は大きく頷いた。
――次の瞬間、ざざっと吹き渡る突風の方を向いてみると、そこには堅苦しいスーツに身を包み、口元を首元まで隠れるほどの黒く大きなマスクで覆った潤がこちらの様子を伺っていた。
「あれは……?」
鳩村は異様な空気を感じたのか、視線で潤のことを差した。
「俺の弟の潤だ。おそらくだが、和斗が叫んだ声が気になって覗いているのだろうな」
と、潤を手招きしながら言うと、鳩村は俺の背中に隠れてしまった。
こちらに駆け寄って来る潤は、外に出ると殺気を放出しているような人間だから怖かったのだろう。
「お兄ちゃんだ! ? あれって……何やってるの?」
潤は和斗が居る方向を指差し、小首を傾げる。
その仕草は今年高校に入るような年とは思えない、あどけないものだった。
「殺し屋の訓練だ。一応言っておくが、食べられないからな」
潤は分からない単語は食べられるものだと思うので、釘は深めに刺しておく。
そのうえ、なぜか同行していない執事長から外では食べるな、とこちらからも長い釘を刺されている。
「うん! あの人と戦ってみたいな」
と、潤が指差すのは和斗。
外での戦いすら禁じられているのだが、一度言い出すと引っ込めないのが潤の悪いところだ。
「……言ってみる」
俺は渋々頷き、残されるのを嫌がる鳩村と共に行き事情を話すと、
「フェアなら構いませんよ」
と、腰に手を当てて言い張るので、潤をまたこちらに呼び、
「ズルしなければいいそうだ」
と、言い聞かせると、潤は嬉しそうに頷いた。
その刹那、あどけない笑顔を浮かべた潤は細長く鋭い鉤爪を両手に構え、ようやく構え終わった和斗に襲い掛かった。
和斗は何とか攻撃を受けようとするが、増大した殺気を感じ取ったのか、まともに受けようとした寸前で何とか流した。
周りの隊員は、一挙手一投足を見ようと血眼になっているが、盗むどころか追いつくことすら出来ない。
次に潤は鉤爪の間隔を大きく広げて一気に和斗に近き、
「いな~い、いな~い……」
と、自分の前で鉤爪をクロスさせると、
「ばぁ!」
と、歪んだ笑みを浮かべて顔面を切り裂こうとしたので、和斗は素早くバックステップをして避ける。
またしても隊員たちはそれぞれに驚愕の表情を浮かべ、恐怖から尻餅をつく者もかなり居る。
「……な、なんですか……この強さ……」
和斗は何度か突きをし、何とか攻撃をしかけようとするも、潤は素早い身のこなしで躱していく。
それどころか、突きをした槍の上にひょいと乗っかり、しゃがんで両膝に腕を置き楽しそうに首を左右に動かしている。
「ば……ばけ……」
あまりの恐怖からそう言いかける隊員に対し、
「人類皆平等!!」
と、隊員の方には目もくれず和斗が喝を入れる。
それほど油断の許されない相手である潤は、つまらなさそうに槍の上でつま先立ちをし、
「だ~るまさんが……」
と、子どものようにぽてぽてと槍の上を歩き、
「こ~ろんだ!」
と、1回鉤爪を槍に突き刺しただけで粉々にしてしまい、和斗も見ている隊員たちもわなわなと唇を震わせ、異常な強さに開いた口が塞がらないようだ。
そして多少舞った土埃の中喉元を掻っ切ろうとしたところで、俺は潤の襟首を掴んで持ち上げた。
「そこまでだ」
俺は安堵の表情を浮かべる和斗を一瞥すると、潤をひょいと地面に下してやった。
いくら怪力でも小柄で体重は軽いので、制止はかなり楽だ。
「楽しかった~。あ、誰です?」
それでも潤は少しでも遊んで貰えれば嬉しいそうなので、いつも冷静になった後に名前を訊く。
「関原和斗です。貴方は?」
「潤でいいですよ!」
ここで2人は初めて名前と顔を一致させたのだが、潤は現在どころか帰宅途中に顔も名前も忘れ、和斗は今でも皆が知っている歌や言葉で殺しにかかってくるアンフェアさに憤りを感じている。
――これが後の2人の運命を大きく変えることになろうとは、当時の俺でさえ露知らず……。
現在に戻る…… 夕方
藍竜組前
俺は1人で回想しながらゆっくりと藍竜組まで歩いていき、ついに藍竜組の前まで来てしまった。
「はぁ……」
溜息を長めについて、門番に顔を見せて中に入ると、夕日に照らされて走って来る菅野の姿が見えた。
「…………」
俺は笑顔を向け、黙ってぐしゃぐしゃの顔の菅野を抱きとめた。
総長から全て聞いたのだろう、その手には指輪の箱が握られていた。
それに抱きとめた時に身体がかなり火照っていることから、かなりの時間待っていたと思われる。
俺は感謝も込めて背中をぎゅっと握ってやった。
「…………」
すると菅野も何も言わずに俺の背中を握る手を強めた。
何も言わなくとも菅野が何を訴えたいのかぐらいは分かる。
どこにも行かないで、遠くに行かないで、指輪の意味は何? どこに居たの?
……色々俺から訊き出したいことはある筈なのに、無言で全てを受け止められる強さは……一体いつ会得したのだろう。
それなら俺の感情も分かるのだろうか?
なぁ菅野?
俺は少し背の低い菅野の頭を撫で、髪に頭を埋めた。
執事長の乞田です。
龍様と菅野様の絆には、ノックアウトでございます。
私など足元にも及びません……!
弟の潤様はサイコパスですが、龍様にだけは興味を示していらっしゃるのですね……。
どうも苦手で、あまり接しなかったものですから。
それでは次回の投稿日についてです。
7月29日の土曜日、7月30日の日曜日のどちらかになります。
次回もお楽しみに!
良い一週間を!
執事長 乞田 光司




