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「第二十九-ツクられたモノ(現在パート)-」

き~み~が居たな~つ~は、遠いゆ~め~の中~♪

裾野と菅野の夏祭り!

菅野にとっては初夏祭りなので、浴衣の着付けから苦労している模様……


2人はどんな過ごし方をするのか、お楽しみに!


※約7,900字です

※現在パートが長くなったので、こちらだけ分けました!

※BL注意報発令中……繰り返す……

2015年7月19日 午後(天気:晴れ)

後鳥羽家 庭

裾野(後鳥羽 龍)



 連日続く猛暑は都会に建つ後鳥羽家には大打撃だ。

本日の午後から行われている夏祭りの準備の時点で、熱中症患者が5人も出ている。

 そんな牙をむいた太陽が照り付ける中で、俺は他の兄弟と共に屋台の組み立てをし、商品の陳列も手伝わせていただいた。

その間は勿論普段着だったが、夕方になる前に終えるや否や藍竜組にとんぼ返りした。

……理由はお察しいただけるだろう?

夕方から始まる夏祭りで、花火も上がるとなれば……な?


 何とか16時前には藍竜組に戻ることができ、部屋に帰れば浴衣の着付けサイトをスマフォで見ながら悪戦苦闘している(すい)と、短気な性格だからか、かなり苛立っている菅野が居た。

空気は最悪だが、騅は任されたことから逃げられない頑固な部分もあるので、額に汗を浮かべながらも頑張ってくれている。

2人は俺がパーテーションを(くぐ)るなり安堵の表情を浮かべていたが、すぐに焦燥の表情に変わってしまい、騅はペコペコと菅野に頭を下げ始めてしまった。

「ん……シャワー浴びてきたら、着つけてあげるからな」

俺は恐らく2人で着つけられたことをサプライズにしたかったのだろうが、着つけの知識がないのでは難しかっただろうと思い、菅野と騅の頭をポンポンと撫でた。

「あ……うん」

菅野はバツが悪そうに頷き、俺よりも5cmほど背の高い騅は長くなった前髪をペタンと掌で押さえつけた。

さながら、やってしまった……と言った様子で。


 俺が先に浴衣を着てパーテーションから出てくると、菅野と騅は目を見開いて何故か拍手までしてきた。

「裾野っぽい! キッチリすると、やっぱかっこええなぁ~」

「はい! もう注目しか浴びません!」

騅は祭りそのものが苦手らしく、この部屋の窓から花火だけ見ると言い張るので置いていくのだが、浴衣を着ている人は好きらしい。

 ちなみに俺の浴衣は、黒地にろうけつ染めを施した和柄の龍の浴衣だ。

龍は右の肩口あたりにさりげなく金糸で描かれており、主張しすぎないからと1週間前ほどに買ったものだ。

帯は刺繍と同じ色で小さく灰桜があしらってあるグレーの錦角帯で、桐下駄に信玄袋で完全武装といった形であった。

「あぁ……ありがとう」

俺は気恥ずかしさからつい口ごもってしまったが、すぐに菅野を姿見前で手招き、

「肩幅くらいまで足を開いて、背筋を真っすぐにしてほしい」

と、肩や背中を指で指しながら言うと、菅野は言う通りピンと背伸びをした。

「いや、背伸びまではいいんだがな」

「ええやん! せっかく裾野が()うてくれた浴衣やし、ちゃーんと着たいやんか~」

と、むしろ嬉しそうにつま先立ちまでするので、俺は気合を入れるためにふぅと息をついた。

 菅野の浴衣は藍色地のもので、左の肩口に金糸であしらった大小の花火が1輪ずつあり、帯はシンプルで控えめな金色であった。

下駄は揃いのもの、また菅野は俺よりも暑がりなので団扇を貝の口に結んだ帯に差してやった。

「ありがとう! 人生初浴衣や~! って、ん?」

と、小躍りしながら何周も鏡の前で回り、中心に来ていない結び目を姿見に映すと首を捻った。

「それはな、少し右にずらした方が格好良く見えるんだぞ」

と、俺が少し帯をキツく締め直しながら言うと、菅野はふんふんと頷き、

「そうなんや! あ~(はよ)う夏祭り行きたいな~!」

と、慣れない下駄で転びそうになりながらも、ベッドの周りやキッチンの方まで行き、心底嬉しそうにしている。

 その様子を見た騅と俺は顔を見合わせて微笑み合い、やがて出発時刻の17時を回ると西日が強く照り始めた。

「外は暑そうですし、水分補給もしっかりしてくださいね」

と、お留守番をする騅が窓の外を見遣りながら言うので、2人で敬礼をして3人で笑いあうと、部屋が心なしか温まった気がした。


 夏祭り会場に着いたのは、17時30分頃。

それまでにも浴衣姿のカップルや家族連れ、女性グループを狙う若い男性など、後鳥羽家のお膝下とされるこの地域ではお祭りモードになっていた。

やがて何十年振りに開放状態の後鳥羽家前に着くと、いつもは閑静な庭に大勢の人が詰めかけ、活気に満ちていた。

……これが紅夜兄さんが夢見た後鳥羽家の姿なのだろうか。

俺が門の前で頬を綻ばせていると、菅野が袖口を引っ張り、

「なぁなぁ、チョコバナナ食べたい」

と、財布のひもを俺が握っているせいか、騒がしい場なのに落ち着いた様子で言う。

「わかった。他には何が食べたいんだ?」

俺ははぐれないように、という口実で菅野の手を取ると、菅野は屋台の列を見渡し、

「わたあめ! 待って、りんご飴もおいしそうやな~」

と、子どもさながらに目を輝かせ、次々に屋台の定番のものを指差している。

 それも無理はない。何せ、人生初の夏祭りに浴衣、夜にわざわざ出かけるのだから嬉しいを通り越した感情を持っていることだろう……。

 何とか人混みを掻き分け、チョコバナナの屋台の前に着くと、

「おっ、後鳥羽の兄ちゃんにイケメンくん、いらっしゃい!」

と、午後の屋台準備の時にも居た近所のおじさんが出迎えてくれた。

「オレンジのチョコバナナください!」

菅野は、ぐにゃりと大きくカーブしたオレンジのチョコバナナを指差した。

その形が汚れきった心を持つ俺にはどうにも――

……この場で卑猥なことを考えている場合ではないな。

「では、俺は……白いのを頂けますか?」

と、2人分のお代である200円を手渡そうとすると、おじさんはニカッと笑い、

「150円でいいぞ! あんちゃん、屋台準備手伝ってくれただろ? おじちゃんからのサービスだ!」

と、ある筈の無いお釣りの50円玉を握らされてしまい断ろうにも断れず、はにかんで礼を言いながらチョコバナナを受け取った。

「すごいやん! なぁ一口ちょうだい?」

菅野は感心しながらも、返事をする前に(かぶ)り付いた。

すると真っすぐに伸びていた筈の白いチョコバナナは綺麗に一口分無くなっており、今度はこちらが感心する番であった。

「めっちゃ美味しい! 裾野も一口食べる?」

菅野は、わたあめの屋台近くの2人掛けのベンチを見つけて手を引きながら言ってくれたが、卑猥なそれにしか見えない俺はやんわりと断っておいた。

 それからベンチでも手を繋いだままチョコバナナを食べ終えた俺らは、次なる獲物のわたあめ屋台の前に並んだ。

2組ほど並んでいるだけだったので待つことにしたのだが、子どもたちがおじさんの指示の元自分でわたあめを作っているところを見た菅野は、

「あっ、これ自分で出来るやつなんや! じゃあ、裾野の分も作ってもええ?」

と、手をぎゅっと握り返して言うので、つい頷いてしまった。

まぁ俺は何度かやっているから、ここは譲らないとな。

 やがて菅野の出番が来ると、相当楽しみにしていたのか、ぐるんぐるんと勢いよく回し始めたのだ。

「おぉ~! 楽しい!」

「菅野、回しすぎではないか……?」

一応注意はしておいたが、未知との遭遇を果たした菅野の勢いは止まらない。

 ……結果はお察し頂けるだろう。

濡髪のまま寝た人のようにぐしゃぐしゃになったうえに、勢いよく回したせいか棒の部分まで覆われてしまっているわたあめ。

幼子でこのような失敗をしてしまう子は居るが、御年21歳になろうとしている男性が、立派な大人がこの失態だ。

ただでさえ見た目で注目を浴びているせいか、周りの人にクスクスと笑われてしまっている。

「う……ごめん。これは俺の分にするから……」

菅野は心から反省しているのか、動物のように耳までしゅんとしてしまっている。

これでは折角来てくれたのに、楽しめないだろう……。

「ありがとう。俺に沢山食べて欲しかったんだよな?」

と、菅野からわたあめを受け取り、久々に見せる感謝の笑みを見せると、菅野は頬を赤らめて頷いた。

すると周りの人たちも微笑ましい表情に変わり、通り過ぎて行った。

「ならば、お返ししないとな」

俺は菅野と同じように勢いよく回し、持つ部分だけは考慮したものの、かなり出来の悪いわたあめが出来上がった。

だがそれは偶然にも――

「……ハート?」

と、菅野が呟くのと同時に、屋台のおじさんたちも拍手をした。

「後鳥羽のあんちゃん、すごいね~!」

と、順番待ちをしている子どもたちに向かって拍手を促した。

そうするとやはり歩いている人たちも拍手をし始め、しばらく注目の目に晒された。

「やめてください、偶然ですよ」

俺は何だか恥ずかしくなってしまい、俯き加減でお代を払おうとしたのだが、

「お代はいい。おっさんたちは、2人の愛に脱帽だ」

と、今度は値引きどころか無料にされてしまい、菅野は口をあんぐり開けていた。

「ありがとうございます」

俺が菅野の頭を押さえて頭を下げさせると、おじさんたちはニカッと本当に楽しそうに笑うのだ。


 座って食べたいと言い、先程のベンチに戻ってわたあめを食べていると、菅野は照れているのか、照明のせいか、食べ進めるごとに顔を赤くしている。

俺は横目で見ながら最後まで食べ進め、持ってきていたウェットティッシュで飴がついた部分を軽く拭くと、菅野はいつの間にか食べ終えていたらしく、ウェットティッシュで口元と手を拭い、俺の分のゴミまで持って行った。

「……いいものだな」

俺は目を閉じ、戻って来るまで小旅行をしていると、菅野が控えめに袖口を引っ張った。

「金魚すくいと射的、やってもええかな?」

菅野のその一言に、俺のスナイパー精神が燃え上がった。

「あぁ、いいだろう」

俺はこの時どんな顔をしていただろう?

初心者の殺し屋のようにギラついた殺意を向けていたのだろうか?

それとも、爪を隠した表情をしていただろうか……。

そんな問いよりも、菅野が心底ワクワクしていることに俺は大満足であった。


 夜とはいえ湿気が気になる中人混みを再び掻き分け、金魚すくいの屋台まで来たのだが……。

そわそわと順番を待っている親子連れとカップルで長蛇の列が出来ており、下手をすれば1時間は待ちそうな程であった。

「……先に射的やろうか?」

俺は短気な菅野に気を遣い、そう提案したのだが、

「ええよ、待とう?」

と、珍しく歯を見せてニッと笑いながら俺の手を引く菅野。

さしずめ、夏祭りは人をも変えるのだろうか?

「あぁ」

俺は表情を緩めて返事をし、最後尾まで歩いた。

その途中で何度も前に入れてあげると言われたのだが、それは俺が後鳥羽家の息子であったり、人の目を引く菅野の容姿故だ。

それでは何も言われずに並んだ方々が報われない、というよりも、やっぱり後鳥羽だから、顔がいいからと思われるのが嫌だったのだ。

やがて最後尾に着くと、菅野は最前列に居た子どもから貰った風船ヨーヨーで遊び始めた。

幼い頃に経験が無ければ、今の歳でも楽しいのかもしれない。

そう微笑みながら見ていると、ちょうど射的の屋台の前で立ち止まったので、待つついでにやろうかと提案すると、

「うーん、せやなぁ……並んどくから、裾野から見て1番右端の1番上の取ってや。適当やから何か知らんけど……頼んでもええかな?」

と、ポンポンと軽快な音を立てて菅野の掌に何度も跳ね返るヨーヨーを見ながら言うので、本当に景品が何か分かっていないようだ。

だが1番上は結構難しい……まぁそれだけやる気が出る。

「わかった」

俺は射的の屋台に行き、12発600円か、6発300円のコースがあったので後者で挑戦した。

不意に思い出したが、あことしが顎を引いて脇を締めると良いと言っていたな……。

それなら……って、菅野のご要望の場所に置いてある箱……隣のキャラメル箱より小さくないか?

「…………」

俺は息を止め、脇を締めて30円ガムほどの大きさの箱を狙った。

ジリジリと引き金を引いていき、手ぶれが一瞬治まったときに奥まで引いた。


 屋台用の威力の低い弾は真っすぐ箱の方に向かって行き、中心より下に当たったことで、コトンと綺麗に倒れたのだった……。

その刹那響いたのは手持ちベルの音で、耳がツンとする”あたり”を思わせる音に金魚すくいに並んでいる人たちも、そわそわしながらこちらを振り向いた。

「特賞! 関東ダズニーランドのお泊りペアチケットです!!」

直後に響き渡る屋台のお兄さんの声に、当てた本人よりも周囲に居た人たちが歓声をあげ、見知らぬ人たちが俺の肩を叩いて喜んだ。

 だが内心嬉しくなかった。

菅野が欲しいと言ったのだから、菅野にあげることになるのだが、俺を誘う筈がない。

婚約をしたあいつなら、淳を連れて行くだろう。

……何を言っている? そんなこと、当たり前だろう?

当たり前だろう?

 俺はそう言い聞かせ、心から周囲の方たちに大きく手を振り、感謝の言葉を述べた。

そうすれば、後鳥羽の息子だからとは言われず、射的の腕を褒めてくれるのだ。

それは勿論、列に戻ってからもだ。


「関東ダズニーランドのお泊りペアチケット?」

菅野に早速手渡すと、しばらく何度も目線を行き来させ、状況が理解できたのか段々目の輝きが増していき、

「やったやん! ありがとう!」

と、俺の手を両手で握って喜ぶ菅野の目には、嬉し涙が光っている。

「あげるから、淳と行ってくればいい」

俺は頭をふわふわと撫で、2人への心からの祝福を込めて言うと、菅野はふるふると頭を横に振った。

「な~に言うてんの? 裾野と行くに決まってるやんか! 当てたのは裾野やし、適当な場所言うたのは俺やし、淳やて人の金で行きたないんとちゃうん?」

…………どこでその発想が養われたんだ?

ひと昔のお前なら、淳と行ってくるーだとか、ラブラブしてくるでーとか言っていただろう。

俺は感心の深い溜息をつき、

「あぁそうだな。ありがとう」

と、金魚すくいのポイとボウルを貰いながら言うと、菅野は同じく受け取り、

「うん! ほな、金魚すくい戦争や!」

と、浴衣の袖を捲り上げ、しゃがみこんですぐに大胆にもポイを斜めにもせずに水につけて待ち始めた。

絶対にふやけるだろう……。

という俺の予想は的中し、いざ金魚が上を通った時にポイを急に持ち上げれば溶けるように破けた。

「あーもう1回!」

今度は勢いよく掬い上げたが、乾いた状態でも防御力の低いポイはビリと音を立てた。

「うーん……」

と、頻りに唸る菅野を他所にかれこれ10匹掬っている俺だが、これだけ貰ってもなぁ……。

すると困惑の表情が顔に出てしまっていたのか、金魚すくい戦争の撤退者であろう子どもたちが寄ってきた。

「お兄ちゃん、ちょーだい!」

「すっげー10匹もあるー!」

「ちょーだい、ちょーだい!」

パタパタと浴衣の袖を振って欲しがる子どもたちを会釈をしながら止める親御さんを一瞥し、

「いいぞ。その代わり、皆で仲良く分け合うんだぞ」

と、笑顔を向けて言えば、いつの間にか子どもたちの人数分に金魚を袋に入れたおじさんが、しゃがんで目線を下げて1人1人に渡している。

金魚を貰った時の子どもたちは本当に湿気を忘れてしまうほど綺麗で、爽やかなものがあった。

……親と手を繋ぎ、親に浴衣を着つけてもらい、親と街に繰り出す。

生まれ変わったら……生まれ変われれば、一般家庭に生まれてくれれば、やってみたいことの1つだ。

執事に着つけてもらうのも良いが、バタバタしながら準備をするのも楽しそうだな。

これは菅野にも経験が無いことだから、やってみたかっただろうな……。本当の両親に囲まれ、笑顔とイライラが同居した外出準備……。

 そんなことを考え菅野の方を見遣れば、屋台の方にアドバイスを頂いたのか、ポイを斜めに構え真剣な表情で金魚と向き合っている。

俺は次の方に順番を譲り、菅野の後ろに立って様子を眺めることにしたのだが、こう見ると10年は早いものだな、と感じてしまう。

槍すら怖がり、待てど暮らせど人を殺せない菅野に苛立っていた俺……若かったなぁ。

……全く。閑話休題。


 それから5分経った頃、機は熟した。

ポイが水面ギリギリを滑っていき、金魚が渇いたポイの上でピチピチと暴れたところを狙い、ボウルに放り込んだのだ。

ようやく1匹、捕獲することが出来たのだ。

菅野は湿気のせいか額を浴衣の袖で拭いながらボウルを手渡し、袋に入れてもらっている。

その間も何も言葉を発さず、受け取る時も感謝の言葉を会釈をしながら言い、受け取っていた。

「……よかったな」

俺が真後ろから声を掛けると、菅野はビクッと肩を震わせてギョッとした表情で振り返った。

まさか殺し屋ともあろう者が、同業者の存在に気が付かないとは。

下手をしなくとも殺されているぞ。

「う、うん」

菅野は右手に風船ヨーヨーと金魚の入ったビニール袋を持ち、失った時間を取り戻すように弾ける笑顔を俺に向け手を繋いできた。

「…………」

菅野の手はいつも温かい。後鳥羽には居ない夏生まれらしい明るさと向日葵の似合う姿を見ると、気温は暑い筈なのに心だけ異なる温かみがあった。


 しばらく2人でフランクフルトやかき氷を食べながら歩いていると、突然アナウンスがかかった。

「間もなく、打ち上げ花火が始まりま~す。打ち上げ場所の裏庭以外ならどこに居てもいいので、ゆっくりしていってくださ~い」

……しかも、まったりとした紅夜兄さんの声だ。

これには皆頬を緩ませていたが、アナウンスが終了すると場所取り合戦が始まった。

急がないと間に合わないと思い、俺は菅野の手を引き、勢いを増す人混みを避け合鍵で玄関扉を開けた。

それから家族しか知らない秘密の通路を使って最上階に行き、閑散としている屋根裏部屋の窓を開けて上り、裏庭側の窓のさんに並んで腰かけた。

1つ挟んだ向かいには洗濯物を干すベランダがあるが、こちらは執事と内通しない限り入れない場所だ。

 ようやく休めることで安心したのか、菅野は脚を放り出して屋根のひんやりとした感触を楽しんでいる。

「ここなら特等席やな~」

と、帯に差した団扇で扇ぎながら涼んでいるが、花火を心待ちにしているからか、走る時に預かった金魚とヨーヨーを返せとは言ってこない。

「そうだな」

と、俺が後鳥羽家の今の姿に感動しながら言うと、1発目の花火が上がった。

色とりどりに散り輝く一瞬の閃光に目がくらんだが、菅野は腕をいっぱいに伸ばし、キラキラと弾ける花火に感動している。

俺はそんな一日限りの子どもっぽい菅野を見られてこの上なく幸せなのだが、ふと花火に視線を戻してみれば、一発一発違う顔を見せ、無意識の歓声をあげさせる花火の美しさに目を奪われていた。


 やがて最後だというアナウンスが流れた。

歓声も止んだ静寂の中、昇り曲の小さな小花が成長するように空に昇っていき、それが茎や葉の色になったとき、

「菅野、俺はもう――」

「え?」

と、俺の言葉を冗談半分で訊き返す菅野の声が響いたとき、


――向日葵畑が空に咲き、わぁっと歓声があがった。

一度咲いてからも遅咲きの向日葵が次々に咲き、菅野は2人の間に手を置く俺の指と絡めた。

驚いて振り返れば、花火が上がる度に顔色を変えつつ寂しそうに口角を下げてはいるものの、目が合うと儚い笑顔を浮かべる菅野の姿に、心から安堵している。


 やがて花火の余韻も消えゆき、帰宅する方々が増え始めた頃、俺は花火が上がる少し前からこっそりとベランダにあがっていた2人に声を掛けた。

「そこに居るのは分かっているぞ。淳と湊さん」

と、俺が言い終わると同時に菅野がベランダの方を向き、「えぇ!? 居ったん!?」と、叫んだときは本当に殺し屋としての将来を案じたものだ。

「さっすが龍くんやな」

淳は柴紺色の浴衣地に木槿(ムクゲ)の花を散りばめた素敵な柄、薄桃色の帯も似合っておりとても綺麗だ。

「脱帽だな」

湊さんは肩をすくめ、黒地の浴衣に合わせた白い角帯から団扇を取り、淳とともに涼んでいる。

「ありがとうございます」

俺は一礼してから言い、折角だからと2人も屋根裏部屋まで案内し、湿気も物も少ないが防音機能付きのこの部屋で幾度目かの過去語りを始めた。

夏を少しでも感じていただければな、楽しんでいただければな、と思い現在パートを長くしました。

というのも、連日の猛暑で夏バテ予備軍の自分を奮起させる為にも……皆さんから夏バテを遠ざける為にも……楽しそうな2人をメインに書きました。


次へ、を押していただくと本編と現在パート後半が始まります!

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