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「第二十二-愛のカタチ-」

裾野の弟と、藤堂さんの謎。

過去編では藍竜組に入隊後初の波乱!

現在、過去編それぞれの愛のカタチとは。


※約9,000字です

※グロ注意?

2015年5月27日 午後(天気;晴れ)

後鳥羽家 別館地下室

裾野(後鳥羽 龍)



 後鳥羽家の別館に後鳥羽家以外の人間を入れたのは、恐らく初めてだ。

だが幼馴染みの颯雅(そうが)なら平気だろうと思い、潤に気付かれないように100年以上前に造られたという地下の重厚な鉄の扉を開く。

何故弟の潤に気付かれずに行くのかは、弟がサイコパスであり、客人を皆”御馳走”だと思ってしまうカニバリズムの考えの持ち主のためである。

颯雅のような健康体なら、絶対に食べたがる。

たとえ命に代えても、……そんなことはさせない。

あと地下室の理由は防音であることと、幽霊が入れないようお札が貼ってある為光明寺さんも入って来られないからだ。

「地下室って……なんだこれ?」

颯雅はすっかり固まった血で埋め尽くされた部屋に踏み入れ、電気もつかない、窓もないことに警戒というよりも、精神を研ぎ澄ましているようであった。

「…………」

地下室は光明寺家と後鳥羽家の結婚に使われた……。

そう言えば良いのに、先週の話が心につっかえる。

弓削子と俺の結婚式も、歴史に倣ってここで行われる筈であった。

……結婚式なぞ必要ない、俺が菅野を連れて逃げでもしそうだと考えてしまい、菅野には無断で仕事を入れさせてまでしたのに、途中で逃げてしまった。

「余計な事訊いたな」

颯雅は俺の気持ちを推し量り、参列者席のうち最後列のバージンロード寄りの席に腰を下ろした。

「……悪いな。それで、藤堂さんを呼んで欲しいとのことだったのだが……先に訳を訊いてもいいか?」

俺は向かい側のバージンロード寄りの参列席に座り、脚を組んで颯雅の方を見遣った。

因みに藤堂さんは約束通り呼んではあるのだが、時間通りに来られないと言っていたのだ。

「あぁ。お前確か光明寺さんの事件を探ってんだろ? なら、藤堂さんに何で訊かねーんだよ。細かい事は――」

颯雅が俺の顔を見上げ諭そうとしていたまさにその時であった。


――ドゴン!!!! ガッシャーン!!!!


 防音の筈の地下室まで聞こえる程の轟音が鳴り、反射神経で刀を鞘から抜こうとした瞬間、天井から床まである程大きいものか、厚いガラスが割れたような音がした。

「……颯雅」

俺が声を置くように呼び掛けると、颯雅は意図を咀嚼したのか心配そうな目で頷いた。

 地下室の鍵を開け、地上階に上がると……

「潤様!! 御無事ですか!?」

と、喚き叫んで駆け寄る潤の執事長と、入り口すぐ右にある曇りの入った防弾ガラスが割れ、破片が全身に刺さりぐったりとしている潤。

全身から血が流れ出ており、放置するのは幾ら潤とはいえ危険だ。

それから静観している……

「大鴉……?」

俺が呟くと同時に振り向いた人間の背丈ほどある烏は、つぶらな烏色の瞳で俺を捉え、咆哮を繰り返した。

すると呟いた俺に気付いた潤の執事長が俺の方に駆け寄り、

「龍様!! すぐに手当のお手伝いをお願いします!」

と、叫びながら俺の腕をグイグイと引っ張っていく。

俺は大鴉を振り返りながら走っていたのだが、烏は地下室の方に飛んで行ってしまった。

颯雅は、大丈夫だろうか?


 潤の怪我の程度は記せる程生半可なものではない上に、口からは食事中であったものがはみ出ている。

「……」

潤は下着の上にYシャツ1枚しか着ていないので、裾を引っ張ってやると、

「お兄ちゃん……怖かった……あいつ、美味しく……ない……」

と、見慣れない肉片を口から放り出し、何度も咽てしまった。

……人間の肉片のような、そうでないような形状なのは、多少咀嚼してしまったからだろうか?

 執事長は潤の背中を擦りながら、医療箱片手にせっせと手当をしている。

別館は窓が少ないうえに照明がほぼ無い為、午後でもあまり明るくないが、潤のすべすべそうな肌だけは映えていた。

「……」

俺は潤がぶつかった衝撃で壊れたであろう蜘蛛の巣から逃げるカラスアゲハと、それを追いかける蜘蛛を目で追い、蝶を救うために蜘蛛を手で掴むと、毒性を持つものではないかを視認し、口元を綺麗に拭ってもらったタイミングで目の前に差し出してみた。

「お兄ちゃんは、そっちを助けるんだ」

潤は蜘蛛を丸のみすると、執事長から水筒を受け取り喉をゴクゴクと鳴らして何かを飲み干した。

「街で訊けばきっと、たいていの人が蜘蛛を殺すか、目の前に立ちふさがってでも蝶々を逃がすのではないか?」

俺が背中の怪我の程度を診る為に、執事長の許可を得てシャツのボタンを外しながら言うと、潤は不満そうに頬を膨らませた。

それから背中のかすり傷や、刺さったガラスをピンセットで取っていると、首だけで俺の方を振り返り、

「どうして蝶々もくれなかったの?」

と、いつもよりもねっとりとした口調で口の端を限界まで吊り上げて言うと、人差し指の爪をかじった。

やはり思いやり、共感といった感情が欠如している。

蝶々の味は知らないが、潤にとっては食料でしかないのだから食べたい。

ただそれだけなのかもしれない。

「蝶々も?」

俺が素直に引っかかった言葉を発すると、潤はまた首だけで振り返り、

「だって2匹とも食べれば、お腹が膨れるよ? それに……胃の中でも死んだ後もずっと追いかけっこ出来るのに、何で邪魔するの?」

と、実の弟とは言え睨みつけられたうえに、突き刺すような口調で言われるとかなり戸惑う。

 後鳥羽家はキリスト教プロテスタントの考えを教え込まれるから、どうしても蝶々と聞くと「復活の象徴」となってしまい、それが亡くなった誰かの化身かもしれない……そう思うと、自然と助けてしまうのだ。

 俺は血の付いたガラス片を執事長が用意したトレーに全て置くと、消毒処置に入った。

潤の病的な白い肌は、栄養を求めている風にしか見えてこず、治療しているとはいえ気が滅入る。

「蝶々を殺したら後悔する」

俺は寝言に近い発声で呟くと、潤はつまらなさそうに口を尖がらせた。

「あともう少しで終わるからな」

重荷を下ろしたような打ち解けた口調で言いながら、包帯を巻いて医療箱に道具をしまっていると、潤が突然こちらを全身で振り返った。

 パールホワイトの短髪、顎の下に下してある顔よりもかなり大きめの黒いマスク、赤みがかった茶色い吊り目を隠すように伸ばされた前髪。

今ではようやく専属の美容師も付き、短髪を保つことが出来るようになったし、専用の医師は週に3回診に来てくださる。

……今では、だ。

マスクで隠れる部分にある刀傷は、両親からの虐待の痕。

シャツを着せている時も見えてしまうが、二度と消えない故意の火傷痕もある。

どうして潤が標的にされたのかは、もうしばらくしたら話そうか。

「……お兄ちゃん」

潤はちょうどシャツを着せ終え、裾を軽く引っ張ってやった時に声を掛けてきたので、視線を追って見上げてみると、潤の目の色から希望の色が蒸発していった。

「ん?」

「あのひとは誰?」

潤は前髪で見えづらい瞳を僅かに揺らし、俺の肩にがっしりと掴みかかった。

元来のものなのかは不明だが、潤は生まれつき腕力が強い。

なので本人からしたら軽く掴んだつもりでも、成人男性の本気より痛い。

「俺にも分からない」

と、傷みを悟られぬように目を伏せて苦り切った表情をすると、潤は満足げに溜息をつき、

「大好きなお兄ちゃんも知らないんだから、殺しちゃってもいいんだよね!」

と、絶望から狂気の色に様変わりした目を見開き、高笑いをしながら嬉し泣きをした。

サイコパスというのは、何かを失って何かを極めてしまった人だと考えているが、潤の場合は最たるものだ。

「……好きにしなさい」

俺は遅れてくる筈の藤堂さんが心配になり、電話を掛ける為にその場を離れると、執事長が潤を部屋に連れて行ってくれていた。


『もしもし、藤堂さん。どのくらい遅れそうですか?』

『あー……知らね。気が向いたら』

藤堂さんは面倒そうに欠伸をし、次に聞こえたのはボフッという布団かソファにスマフォを投げたであろう雑音。

『夕方までには、気をこちらに向けておいてくださいね……颯雅が話したいと申しておりますから』

俺が突き放すようで接近させるような声色で言うと、

『しゃーねーなー。また神様のありがてーお話なら途中で帰るかんな』

と、観念した口調で返事をしていただいた。

『はい、宜しくお願い致します』

俺は事務口調で言うと、さっさと電話を切ってしまった。

 颯雅を15分も待たせている。

別に待たせたからと言って怒る人ではないが、親友を待たせるのは気分が悪い。


 地下室に戻ると、颯雅が気絶したように眠っているので、心拍数などを確認してから叩き起こした。

「……」

颯雅は譫言を繰り返すばかりで、中々話が出来ない。

「外傷はないだろうか……」

俺は呟きながら申し訳ないと思いつつ、スマフォのライト片手に颯雅の身体に手を這わせる。

地下室は清潔とは言えない状態なので、どこか怪我をしていたら膿んでしまう可能性もあるし、空気も換気扇は動かしているが清浄機が置いてある訳ではない為、危ない状態ではあるのだ。

「無い、か」

と、俺が呟きながらスマフォのライトを消すと、「俺は……」と、颯雅のかすれた声が聞こえた。

「気付いたか」

「……悪ぃな」

「藤堂さんは、夕方までに来るから……先に話そうか」

俺が颯雅の隣に腰を下ろしながら言うと、颯雅は噛み締めるように頷いた。



2003年4月4日 午前(天気:晴れのち曇り)

藍竜組付属小学校 6年4組

裾野(後鳥羽 龍)



 大安吉日に始業式が始まり、鳩村の隣で総長の話を聞きながら新しくクラスメイトとなる人物たち、後輩の顔ぶれを見渡してみると、殺し屋に憧れて入ってきた人が少なく、多くが貧乏家庭が差し出した者たちであった。

なぜ断言したか……顔や佇まい、聞く態度を見れば自ずと分かるものだからだ。

先程からじっとしていられない者、話を理解できていない者、考え事をしている者、眠っている者が居るからだ。

……後鳥羽や後醍醐ではありえない態度。

その他の名家も恥をかくから、絶対にやらない。

そう考えると、庶民から下の階級となろう。何せ殺し屋は上手くいけば、年収1,000万どころか1億稼ぐ者も居るのだ。命は保障できなくともお金が欲しければ、親も差し向けたくなる。

 始業式では寮に居る者は3月末に文書で渡っているが、実家通いの者たち向けに今年の目標の発表や、毎年恒例という相棒殺しの末路のフィクション映画の上映、薬物中毒者の転落劇のノンフィクション映画など、数十本の映画を観賞したため、目がすっかり疲弊してしまった。

だがどの作品も殺し屋として心得ておくべき内容で、気が付けば見入っていたのも事実だ。

まぁそれは俺が初めて観るからかもしれないと、周りの爆睡民族を見ながら心のうちにこの光景を閉じ込めておいた。


 始業式の出来事を思い出しながら席に着いたのは、始業式が始まってから約3時間後の11:30。

早速何人か話しかけてくれたのに、皆揃って恐れをなして逃げてしまった。

そう言えば、廊下でも片桐が云々と言われた気はする。

「裾野って、片桐に居たんだろ? てことはさ……もう人を殺したことあんのかよ?」

名前を聞きそびれてしまったダークブラウンの男の子が、恐怖に憑りつかれた目で俺を見上げて言う。

周りに居た男女数人も同じような表情をしている。

「あぁそうだな。だが殺し屋になりたいのなら、怯えなくていい……覚悟があれば、何でも出来てしまうものだ」

俺は唇を噛んで俯いたので、言葉の尻はほぼ途切れてしまっていた。

人を殺すことだって、その先だって……そう言いたかったのだろうが、何かが俺を止めたのだろうか。

「そ、そうなんだ~」

男の子と友人たちは、そそくさと廊下側の席に逃げ去ってしまい、俺と鳩村だけが窓側の1番後ろの鳩村の席で俺の専用便箋を使って筆談をしている。

『嫌われちゃったのかな?』

『いや。元片桐組の殺し屋と、ホワイトハッカーの経験があるお前だからな。怖いのではないか?』

『怖い……』

鳩村はミミズが這ったような字でそこまで書くと、

「涼輔ちゃんは皆の平和の象徴になるのよ。忌々しい髪の毛で怖がるんだから、イジメっ子は貴方だから……人殺しだから……死んでも仕方がない……」

と、無意識に言葉を零し始めた。

何度も言われ続け、洗脳されてしまったのか?

口調からすると母上様だと思うのだが、鳩村の個性である生まれ持った髪色を忌々しいとは。

差別は悪人の始まり。

ふふ、とは言っても本より鳩村のことを差別し続けたのだから、悪人でしかないのだがな。


 刹那、教室の扉が乱暴に開かれ、扉の近くに居た者たちの首がゴトと床に落ちた。

教室中にこだまする悲鳴以上の本能から助けを求める叫び声。

耳を塞いだりもせず無視し、次々と人形の首を斬るように軽々しく首を()ねていく、同い年ぐらいだというのに巨漢である男の子。

 その後ろでは何人か助けるフリをして連れ去る2人の男の影が見えた。

今ではそれが誰であるか、はっきりと申し上げることができる。

違法な人間オークションの主催者であり、初めて関東に来た菅野を連れ去り売りさばいた太田兄弟だ。

あの2人の卑劣なところは、助けるフリをする善人面を持っているところであろう。

だから当時の俺も、助かった……何人かは逃げられた、と思ってしまったのだ。

 男の子の話に戻そうか。

身体に似合いすぎている高校生でも扱えるかどうか不明の大振りの槍。

逞しい体つきだが、抱き心地のよさそうな恰幅の良さ……

男の子は俺と鳩村以外の首を刎ね、教室の廊下側半分を血液で染め上げると、憎しみと怒りの籠った目で見下し、

「マイスウィートハニー! ここに居たんだね!」

と、片桐組に居た頃よりも爽やかな声になった元恋人の佐藤順夜(さとう じゅんや)が言った。

性格も薬か何かで変えたのかと思う程豹変し、槍の扱い方も教科書よりも腕に負担にかかるものであった。

「佐藤順夜、なのか?」

当時の俺には俄かに信じ難い豹変振りで、つい訊ねてしまったのだ。

すると佐藤はズカズカとこちらの領域に入り込み、俺の目の前に来ると、

「そうさ、マイスウィートハニー!! 忘れる訳ないよね?」

と、俺の腕の倍はある剛腕で俺の肩に掴みかかると、にんまりと笑ってみせた。

 お前のそんな部分を好きになった覚えはない。

当時の俺はまずそう思ったが、伝えたら鳩村に手を出されかねない。

「もちろんだ。それにしても、お前は何故――」

「そんなこと! 決まっているだろう!? 藍竜組に入るだなんて許さないから、俺が作った佐藤組に入ってもらうから! 邪魔する奴らを消しただけだ!」

佐藤は満足げに笑うと鳩村を一瞥したが、佐藤が槍を振り上げることは無かった。

 今なら理由が分かる。

情報屋としての優秀さを見抜いたか、貧弱そうな人間が大嫌いだからかのどちらかだ。

「……断る。いくらお前と付き合っていた(よし)みがあるとしても断じてあり得ない。それに片桐湊司副総長と藍竜総長に頂いたご縁を、看々切る訳にはいかない」

俺は剣の鞘を撫で強い口調で牽制しながら、佐藤を睨みつける。

すると今度は鳩村が立ち上がり、

「す、裾野くんに手を出したら……僕がっ……僕が、許さない!」

と、短髪を揺らして俺の前に立ち、唖然とする佐藤を純粋な目で見上げて言った。

それからひゅーひゅーと息を吸い、

「僕を……救ってくれたから! 僕と同じ……っ、真っ当な人殺しだから!」

と、今の俺からしてもかなり面白いことを言っていた。

俺は思わず鼻で笑ってしまったが、佐藤はその言葉に心酔してしまったようで、

「マイスウィートハニー! ……なら愛してやった分を返してもらったら、裾野が俺の組に入れば真っ当な殺し屋扱いしてやるよ!」

と、両腕を大きく広げて、大股で移動しながらぐるぐると回って言った。

そのせいで首と胴体がゴロゴロと転がっていき、どれが誰のものか分からなくなってしまった。

「断る。第一お前と俺の関係は終わっただろう」

俺はそれらからは目を逸らし、きっぱりと言い切った。

「裾野が好きになった奴を片っ端から殺す」

佐藤はしゃがんで俺の顔を見上げ声のトーンを落として言うと、

「マイスウィートハニー! また会いに来るからね!」

と、鳩村にも手を振りながら走り去る姿は、あの後ろ姿だけは昔のままであった。

後ろから抱き着くと喜んでいた、あの背中……。

「……裾野、くん」

鳩村は愛おしそうに見送る俺の姿を見上げて呼びかけ、

「片づけないと……お、怒られちゃう……」

と、儚げにつぶやいた。

鳩村は割れ物に触るように首を拾い上げ、目が合ってしまったのか、慌てて机の上に置いてしまった。

「そうだな。総長に報告してくる」

俺は万が一先生が来てしまった時の為のメモ書きを残し、総長室へと走った。

これで鳩村の責任で片づけられることは無いだろう。


 総長室の扉を3回ノックすると、総長の力強い返事が聞こえてきた。

俺が一言挨拶をし扉を開けて足を踏み入れると、珍しくソファに姿勢正しく座っていた。

「6年4組に不法侵入者3名。いずれもクラスメイト79名を殺害又は誘拐しております」

と、総長の放つ覇気に逃げ出さぬように強い口調で言うと、総長は既に耳に入っていたのか、一切何の感情も出さずに頷いた。

「裾野。不法侵入者のうち2名は、違法人間オークションを主催している連中だ。そもそも俺と弟が組員に内密で動いている案件だが、片桐組の経験をかってお前にも協力してほしい」

総長は副総長に現場に行くように言い聞かせ、俺の方を振り返ると会釈程度ではあるが頭を下げた。

「……俺で良ければ、ぜひ協力させてください」

俺はやはり上の者に好かれやすいのか、それとも片桐組での実績が正しく書かれていたおかげなのか……。

今となってはよく分からない。

「よし。鳩村には弟から説明させるが、こうなってしまったから、鳩村と裾野には相棒を作らない。だが2人には先輩たちよりも厳しい訓練を、俺と弟からそれぞれ受けてもらう」

総長は脚も組まずに上から目線からでもなく、対等な立場で話そうとしてくれている。

鳩村と俺を組ませないのは、情報課は全学年に情報を提供するので、相棒だけに情報を偏らせない為だ。

片桐組らしい考えをするなら、情報の持ち逃げを防止するため……だろうか。

「かしこまりました」

俺は深々と頭を下げ、しばらくしてから上げると、総長は何とも形容しがたい表情を向け、

「……無理するなよ」

と、口パクで語り掛けた。

憂いの色の目を細め、期待をしたい表情で。

俺は微笑みながら頷き、6年4組に向かって駆けた。


 6年生は6階にあるので、階段を上ろうとしたのだが、後ろから2人の男の人に話しかけられた。

「急に呼びかけてごめんね。総長室の場所を教えてくれないかな?」

と、何歳か年上そうな男の人は年の割に渋い声で言うと、特徴的で深い笑い皺を刻んだ。

「どちら様ですか?」

俺が階段にかけていた足を下し、背丈の変わらない健康的な肌を見つめて言った。

「悪かったね。俺は冷泉湊(れいぜい みなと)。こっちは、如月龍也(きさらぎ たつや)だ。龍也は一度君に会ったことがあるみたいなんだけど、心当たりはあるかな?」

男の人改め湊さんは子ども扱いをせずに、大人と話すように話しかけてきた。

湊さんが手で指す龍也さんなる人は、たしかにどこかで見たことがあった。

 ……初めて片桐組に行った雨の日。

入学式で忍さんに大怪我を負わされた乞田の代わりに……

「片桐組までの道中では、たいへんお世話になりました」

すぐに思い出せた俺は、深々とお辞儀をしてから礼を申した。

一般的なマナーでは逆らしいが、後鳥羽家と後醍醐家ではまず態度で示すことが大事と考えているため、こうなったのだろう。

「いいんだよ」

龍也さんはクセなのか、剣士なら脇に差す位置に手を這わせて、気恥ずかしさを紛らわしているようにも見えた。

「よかったな、龍也」

湊さんは龍也さんの顔を覗きこみ、からかっているような声で言った。

「おい、湊……!」

龍也さんは満更でもないのか、湊さんの脇腹を小突いている。

「総長室は俺が案内します」

と、気づかない素振りをしながら案内をすると、2人は案外近かったなどと短い感想を述べ、俺に礼を言ってくれた。

この時の2人の印象はあまり覚えていないが、湊さんは大人びたイメージ、龍也さんは仲良くしてくださりそうなイメージであった……気がするな。


 それから菅野に出会うことになる年までは、特筆することは本当に特にないな。

今の俺があるのは、副総長と総長の特訓の成果であるし、料理も鳩村と総長が協力してくれたから上手くなれた。

強いて言うなら、人間オークションの太田兄弟について調べつくしたのではないか、という程調べたことくらいか。

仕事は中学生になってから受けるようになったが、クラスメイトは相変わらず2人だ。

……そうだ。

大事なことを話し忘れていた。

それはまた次にしよう。



現在に戻る……

後鳥羽家別館 地下室

裾野(後鳥羽 龍)



 颯雅に話し終えたところで、地下室の扉を叩く音が聞こえた。

「来てやったぞ~」

と、暢気に挨拶をするのは藤堂さんしかいない。

俺は鍵を開け扉を開けてみると、藤堂さんは眠そうに眉を掻き、

「えーっと、神様だっけ? どした?」

と、今にも目を瞑りそうな程気だるげに言う。

颯雅は特に訂正することもなく、椅子からガタッと立ち上がった。

「光明寺さんの事件の事で、確認したいことがあります。藤堂さん、あんた……常人じゃできねぇ方法で時差を作ってませんか?」

颯雅は見透かすような眼差しで藤堂さんを見下しているが、藤堂さんは目を伏せ唇を歪めている。

「どうだろうな。俺は寝てて、茂に電話で起こされたんだよ。その時にはもう優太は死んでる。どうやって何の時差を作んだ?」

藤堂さんは逆に颯雅に詰め寄り、俺の隣の椅子に座らせた。

「……この世界には、龍のように異常な程足が速い奴も居れば、俺みたいに人の気持ちを読める奴も居ます。そう考えると、藤堂さんも何かあるんじゃねーかなって思ったんです」

颯雅は藤堂さんを優しく押し返し、俺に目線を送った。

「ふーん。そうだとしたら、俺は情報屋の天才だろーな。取材力をとってもいいし、何だっていいけどよ。足は遅いし、烏任せだから」

藤堂さんは言い切ると、颯雅の肩をポンと叩いて地下室を出て行ってしまった。

「颯雅、遠回しに言いすぎだ」

俺は当たり障りのない一言でその場を静めようとしたのだが、颯雅はふっと息をつき、

「だろうな」

と、ため息混じりに言い、疲れたから先に帰ると片手を挙げて立ち去った。

 だが颯雅が何故藤堂さんを疑おうとしたのかを訊くことは出来なかった。

忍さんと傑さんではないなら……総長や副総長が殺ったっていいだろう。

それなのに、どうして藤堂さんなのか?

 俺は自室に戻り、光明寺さんから頂いた手紙に同封されていた録音機を取り出すと、震える指を片手で押さえながら再生ボタンを押した。

執事長の乞田です。


愛のカタチって、難しいですよね。

私は女性と幸せになるのが理想ですが、ご縁がなかなかございませんね。

ですが橋本を好きな龍様は、男性でも女性でもお好きになりますよね。

……難しいですね。

私には分かりません。


次回投稿日は、来週の土日(6月3日か4日)になります。

どうか体調には気を付けてお過ごし下さいませ。


それでは。


執事長 乞田光司

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