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「第二十-孤独な剣豪-」

現在のお話パートでは、ついについに。

菅野がある場所に初めて行きます。


過去編では、鳩村と藍竜組の入隊試験へ。

その前に片桐組のあの方たちとバッタリ出会ってしまい?


その後の現在パートでは、菅野と裾野のほっこりな日常を描いております。

本当に仲が良いのですが、裾野にしか感じないすれ違いがあるようです。


※約11,000字です

※若干BL注意かもしれません

2015年5月14日 深夜(天気:くもり)

関東中心の繁華街

裾野(後鳥羽 龍)



 結婚指輪を道中でさりげなく外した俺は菅野を連れて、大人の女性の接し方を教える為にキャバクラに行った。

そこはもちろん俺が常連として通う高級クラブだ。

外観からネオン街とは一味違う高級さ、落ち着きを醸し出している。

 俺の数歩後を歩く菅野は、周りをキョロキョロと見回している。

「菅野」

俺は店の前に着くと、菅野はビシッと背筋を正して立ち止まった。

「……はぁ、緊張するわ~」

菅野は何度も肩を上下させて呼吸しながら、右手で胸を押さえていた。

「俺も初めはそうだったからな。……行くぞ」

俺は菅野の手を引き、向かい側のネオンが反射する自動ドアをくぐった。


「こんばんは、裾野様。いつもご利用ありがとうございます。今回はお連れ様もいらっしゃるんですね」

気品が漂うボーイが絵になるほどの美しい礼をすると、華やいだ笑顔を向けた。

「あぁ。愛瞳(まなみ)は居るか?」

愛瞳は俺のお気に入りの女の子で、歳は菅野と同じ20歳だったはずだ。

気に入った理由は、清楚で可愛らしい雰囲気、知的で話しすぎないところが好きだからだ。

「えぇ、裾野様のタイミングがよろしいのか、今は空いております。他にご指名はございますか?」

「そうだな……優子と弥愛(みまな)はどうだ?」

優子は店の中で1番胸と背が大きく、気品のある25歳の女性だ。

弥愛は愛瞳と同い年で、かなり仲が良いと聞くうえに、身長が148cmほどしかなく、小動物のように可愛い為目を掛けているが、若干男っぽい仕草が目立つのが残念なところだ。

「2人とも接客中ですが、VIPルームとあればご納得いただけますでしょう。すぐに御呼び致します」

ボーイはそう言うと、案内は他のボーイに任せて3人を呼びに行った。


 ボーイに案内されている最中に菅野は俺の腕にわざとぶつかり、

「……なんぼなん?」

と、不安げに見上げて囁いた。

その発言に溜息をつきながら頭を撫でて誤魔化そうとすると、菅野は俯いてしまった。

「料金のことは心配するな。あと勿論、淳のことも。今日は勉強しに来たんだからな」

俺は客やキャバ嬢らの目を盗んで菅野の尻に手を回すと、菅野はビクッと肩を震わせて俺の手の残像を払った。

「痴漢で逮捕されても知らんで?」

菅野はいつも心配してくれているが、殺し屋で電車を利用する者は5割ほど。

そのうえ俺は車移動が好きだから、逮捕されることは無いであろう。

因みに何故5割かというと、痴漢の冤罪、盗撮、満員電車を恐れる者、殺人衝動の管理が不十分な者が避けているからだ。

「どうだろうな?」

俺が見下して言うと同時にボーイがVIPルームと呼ばれる、個室で防音完備の部屋のドアを開けた。

「こちらでございます。少々お待ちくださいませ」

ボーイは先程のボーイよりも雑に礼をすると、そそくさと立ち去った。

……橋本っぽい奴もいるんだな。

俺はフッと鼻で笑うと、革製のL字型のソファの真ん中に背を正して脚を組んで座った。

菅野は俺の隣にちょこんと座り、やはり初めて来る場所が怖いのか、肩に力が入っている。

「肩に力を入れるな。今日はお前に手出ししないから、大人の夜を楽しんで学んでほしい」

俺は菅野の肩を抱き寄せると、顎に人差し指を添えて囁いた。

女性なら好きな方も多いと思うが……すぐに手を払われてしまった。

「それはええねんけど、や、やっぱり……今日の裾野は嫌や」

菅野は真面目で怖い=俺としていることもあり、今まで見せてこなかった遊んでいる俺に対応できていないらしい。

「それに、指……弓削子さんは知ってるん?」

菅野は結婚指輪の跡すらついていない俺の左手の薬指を指差し、眉をひそめて言った。

「あぁ、知らないとは言わない。だがどうしても話が合わないから、こうして癒してもらっている訳だ」

俺は注文を訊きに来たボーイに女の子に入るよう催促をしてから、白ワインとフルーツ盛り合わせを頼んだ。

するとボーイが注いだグラスを一気飲みした菅野が俺につかみかかり、

「癒すのにお金かけることないやんか! ……それなら、温泉とか行った方がええし、話し相手なら俺がなる!」

菅野はアルコールの影響かほんのり頬を赤く染め、若干焦点の合っていない目で俺を睨み上げている。

お酒に弱いのに無理をしている所を見ると、巷でお金のやりくりが上手いと言われている関西人とだけあるのだろうか?

俺は差別は嫌いだが、偏見はかなりしている方だと自覚している。

恥ずかしながら……ただ単に無知であったこともある。

というのも、乞田のおかげで分かったが、名家の常識はだいたい庶民からすれば非常識。

ちょうど政治家の常識が人民の非常識であるように、な。

 こうして思案を巡らせている間にも菅野は俺を睨んでいるものの、既に何回か船を漕いでいる。

「俺の話し相手、か。菅野はブラック企業の公表についてどう思うんだ?」

俺の話し相手というのは、ただ単に世間話をして欲しいのではなく、一歩踏み込んだ議論をする相手のことだ。

菅野には出来無さそうだから弓削子に振ってみたのだが、空と遊ぶばかりで全く相手にされなかったのだ。

「え? あーそんなニュース見てたなぁ。これは俺の意見なんやけど、めっちゃ賛成やし、それで1人でも多くの……俺と同じくらいの年の子たちが元気に働いてくれればなーって、思うで。せやけど、それなら殺し屋ももうちょいプライベートの時間が欲しいなぁ。ほら、残業とか無いから、何時間でも休み無しやったりするやんか? うーん、それで自殺する子も()るからさ……何とかならんのかなーとは思うわ」

菅野は2杯目でもう眠くなっているのか、寝転がって俺の膝に頭を乗せて言っている。

俺は自分で白ワインを注ぎながら、何十杯目かの晩酌を味わう。

「そうか。お前も案外考えているんだな。たしかに学校を卒業した後の殺し屋には、休みなぞ無いに等しいから、自分で捻出していくか、依頼を受ける以前にスケジュール管理を上手くやらなければならない。……というよりも、言っておくが俺と菅野は休みが多い方だからな」

俺が15杯目のグラスに口を付けると、菅野は小さく唸りながら俺の腰に抱き着いてきた。

スケジュール管理は得意な方だから極力土日休みにしている上に、母の日や父の日、どちらかの記念日といった大事な日は空けている。

それでも不満を言うとは、ブラック企業に就職してしまった方たちに何て言うつもりなんだ。

 俺はそう思いながら、入り口でずっと待っている愛瞳たちにようやく目配せをし、部屋の中に入れた。

「いつまで待たせるのよ」

スリットが尻ほどまで斜めに入ったドレスを着た優子は、自慢の胸を腕を組んで押し上げている。

「3人とも本当にすまないな。君、シャンパン・ロゼを彼女たちに。……それでは、愛瞳は俺の右隣、優子は左隣、弥愛は菅野の左隣にしよう」

俺は菅野の腰をくすぐって起こすと、言った通りの席順に座らせた。

「シャンパン・ロゼ、ありがとうございます。また来ていただけて、本当に嬉しいですよ」

愛瞳は長い黒髪をサイドテールでまとめ、大きな牡鹿の髪飾りをつけている。

ドレスは淡い紫のもので、足元まであるマキシ丈のため露出も少なく、想像が膨らんでしまう。

「愛瞳に会いに来たようなものだからな」

俺は口ではそう言いつつも、愛瞳の胸を数回揉んでから耳元で、

「盛っているな。……片桐組はどうだ?」

と、太ももを撫でながら言う。

というのも、愛瞳は片桐組所属のハニートラップの名人だ。

俺は愛瞳か月道からしか内情を聞き出さないが、藤堂さんと会っても不自然にならないケースしかないから正しい情報を持ってきてくれているのだろう。

「今ですか? そうですね、そろそろ……忍さんの命が危ないかもしれません。DogさんはHIVを持つ方と逢引を。その為お2人の破滅が近いことを喜ぶ声が多く、ということは裏を返しますと、未だに真犯人に辿り着けた者は居りません」

愛瞳は”あの方が殺されたあの事件”の一部始終の目撃者であり真実を知る者で、通い詰めている俺にすら真犯人を教えてはくれない。

「そうか。やはり……」

「教えません。貴方は大人しく、忍さんの所属組でも潰せばよろし。あぁそうね……強いて言えば、あの人の声を聞いてみなさい」

愛瞳は流し目で強かに言うと、立ち上がって俺だけに見えるように振り向き、口パクで「ターゲットが来た」と、ウィンクをした。

愛瞳が部屋から出て行くと2人は困惑したが、俺は「ロゼに酔ったらしい」と、適当な嘘を吐いた。

 ……声、か。

俺は沈みそうになる自分の頬を叩くと、愛瞳が残したロゼを飲み干した。

 菅野の方を見遣ると、優子の胸をぎこちなく揉んでおり、弥愛が懸命に応援していた。

「……」

俺はその様子を鼻で笑うことなく、じっと見つめていた。

…………俺にもこんな頃があった筈なんだが、どうしても思い出せない。

いつの間にか、女性の胸に躊躇いなく触っていた自分。

どうしてそんなことが出来た?

今まで付き合っていたのは、男ばかりであるのに。

 そう考えると、今まで語った過去の話の中にも相違点が多いのだろう。

あの時殺した大神元教官をあんな一方的に、目撃者の佐藤の後ろに、いつも誰かが居た……。

全てはテープに隠された謎。

亡くなるまでの…………光明寺さんの声に。

だが俺はまだ自信がない。

犯人を知ってしまうことの恐ろしさに、立ち向かえないでいた。



2015年5月15日 午後(天気:晴れ)

後鳥羽家 中庭

裾野(後鳥羽 龍)



 昨日の出来事を思い出しながら、自信はいつ湧いて出てくるものなのか、と思案を巡らせてみたが、その事よりも中庭で空と遊ぶ菅野の方に思考が移ってしまう。

地べたに座り込んで花を摘んだり、高い高いをしている菅野の姿を見ているは、やはり胸が苦しい。

「昨日はありがとう」

俺が声を掛けると、菅野は嬉しそうに首を横に振った。

「ええねんて! おかげさまで、色々学べたで! 女子あるある、あるあるの夜版とか話してくれて、めっちゃ参考になったわ~」

菅野は俺を手招きして言うと、空と地べたにまた座り込み、じゃんけんの練習をし始めた。

流石に地べたには座れない為、しゃがんで2人の様子を見ていると、

「空くん、まずは勝つ嬉しさを知らんとあかんの。そうせえへんとな~、負けてもええわ~みたいな人間になってまうんや! よっしゃ、菅野お兄ちゃんと勝負や!」

と、ジェスチャーを交えながら話している。菅野は幼い頃から競技の槍をやっていたスポーツマンだから、勝つことの大切さをよく知っていることだろう。

なるほど、菅野のおかげで空は良い子に育ちそうだ。

 俺は甘やかしてばかりいる弓削子に腹が立ちながらも、真面目に世話をしてくれる菅野には頭が上がら無さそうであった。



2002年12月25日 昼前(天気:晴れ)

藍竜組 門前

裾野(後鳥羽 龍)



 俺と鳩村は藍竜組の門をくぐろうと歩みを進めていたが、そこで聞き覚えのある声に呼び止められた。

「すそのんのん!」

あことしは藍竜組の敷居まであと一歩の所で、俺と鳩村に駆け寄ってきた。

後ろにはゆーひょんも居て、あことしと俺のことを見下ろしている。

「あんた、気が狂ったの?」

ゆーひょんは依頼が入っているのか、斧をボストンバッグらしきものに入れている。

「そうだよ、そこは藍竜組だよ? 敵だから入っちゃ駄目だよ?」

あことしは俺の腕を引き、ゆーひょんは鳩村を突き飛ばした。

鳩村は藍竜組の敷居ギリギリの所で蹲り、何度も苦しそうに咳をした。

うっすら歯と唇に血が見える為、恐らく血が混じっている咳をしてしまっている。

「変な髪の色して。あんたなんかに裾野を渡さないわよ」

ゆーひょんは馬乗りになり、鳩村の首元に護身用の短刀を突きつけ、

「化け物」

と、見下ろすゆーひょんは驚くほど頼もしい殺し屋に成長していた。

俺はあことしに手を引かれ、鳩村に聞こえるように、

「俺じゃなくて、化け物なんかと一緒に行くの?」

と、心底不満そうに俺を見上げる。

たしかに、鳩村の見た目は世間的には不思議な見た目かもしれない。

だがそれを差別していいという法律も、決めつけもない。

見た目が少し変わっているから、自分より下……あことしらしいかもしれないが、それで片づけてしまえば、いじめも差別も減らない。

「……差別は悪人の始まりだぞ」

俺はあことしの手を振り払い、ゆーひょんの腰を掴んで退けて、鳩村を立ち上がらせると、ハンカチで口元を拭ってやった。

「あ……あ……」

鳩村はふらつく足取りで俺の肩に寄り掛かると、目を泳がせて顔を真っ赤に染めていた。

おそらく、寄り掛かってしまったことや、助けてくれたことが嬉しかったのかもしれない。

「それとあことし、ゆーひょん。俺は今日から藍竜組所属の殺し屋になる。理由は……藤堂さんにでも聞くといい」

俺はそれだけ言うと、2人の方を振り返り微笑んでみた。

それから藍竜組の門を超え、2人で歩き出した。

あことしとゆーひょんはその様子を見て安心したのか、そのまま仕事に向かって行った。

 ……筈だったのだが。

「あ、あいつ鳩村じゃね?」

「あの変な髪の色は、ぜってーあいつじゃねーか!」


 以前鳩村をイジめていた男の子たちとは別の子たちが、こちらに歩いてきた。

「また来たのか。新しい門出、例えば卒業式や入学式の時に、自分たちがそうされたらどうだ? イジメから解放されたかと思ったら、こうして追いかけられる気持ち……分かるのか?」

俺は鳩村を背中に寄り掛からせると、イジメっ子2人を指差した。

2人は互いに顔を見合わせているが、想像できないのか薄ら笑いを浮かべている。

「はぁ……理解が出来ないならもう少し簡単に話すぞ。イジめられっ子が自分だったらどうする? お前らだって中学生になれば、あり得ない話ではない……そうだろう? だから常に相手の立場を考えることが、1番大事なんだ」

俺は今までの経験から、相手のことを考えていなかったことが多かった為、この発言に繋がったのであろう。

すると今度はイジメっ子たちが急に怯みだし、わなわなと震えだしたのだ。

「……イジめていないで、イジメから人を救ったらどうだ」

俺はため息をついてあきれ顔を浮かべると、鳩村はお礼を言いたそうに眉を下げている。

「……」

イジメっ子たちは、何も言わずに走り去って行く。

俺はすぐに呼び止めた。

「何か言う事ないのか?」

この発言に対して、イジメっ子たちはすぐに頭を下げ、

「ごめんなさい!!」

と、大声で叫び、近くを歩いていた野良猫たちがビックリして逃げてしまった。

「……唆されたのかもしれない」

俺は隣を歩く鳩村を見下ろして言うと、ゆっくりと頷いた。

その表情はまだ実感が湧かないのか、硬く不安げなものであった。

本人に後で訊く機会があったのだが、どうやら調べた過去との一致点があったらしく、変に緊張してしまっていたようだ。


 組の入り口で待っていた一般隊員に藍竜組の総長室まで案内してもらうと、俺と鳩村は一礼して隊員と別れた。

総長室のドアを3回ノックすると、中から腑抜けた返事が返って来、2人で顔を見合わせて困った顔をしてしまった。

本当に総長室かどうかまで確認する始末であったからな……。

「失礼します」

俺がドア越しに言い、割かし新しいドアノブをガチャと回すと、ソファでぐっすり眠っている総長らしき男の人が居た。


「…………」

「…………」

俺たちは言葉を発せないまま、100万以上はする高級黒皮のソファに脚を広げて寝る総長を見つめることしか出来なかった。

「すー……すー……」

そんなことも知らないで眠っている総長。

下手したら、部下に寝込みを襲われかねないのだが……。

「……」

俺は無言で総長に近づいていき、足首を叩こうとしたところで蹴り上げられ、グキという手首の骨の音を気にしていると、逞しい手で首を鷲掴みされてしまった。

「うぐっ」

俺はカッと目を見開き、折れたであろう左手も無理に動かして両手で抵抗をすると、総長はそのまま俺の身体を軽々と持ち上げ、もう片方の手で頭を掴んでソファに顔から打ち付けた。

「っ……!!」

革製のソファの為、顔を押し付けられると息が出来ない。

「……ん? あれ? もしかして、裾野?」

総長はそう言うと、虚ろな目でぐったりとしている俺の顔を見て、「やっぱり! すまない!」と、頭を下げた。

「はい。どうか、お気になさらないでください……」

俺が首と頭を擦りながら言うと、総長は鳩村を指差し、

「探していたぞ! 突然灰色髪のホワイトハッカーが失踪したと聞いていたからな。まぁ藤堂からすに最初から勝てるハッカーは居ないからな。鳩村、俺ら藍竜組は藤堂からすに勝つ勇気のある情報屋しか要らない。いいか?」

そう言うと、鳩村に大股で歩み寄った。

「……っ!!」

鳩村は驚きのあまり一歩退き狼狽えが、生唾を飲むと胸を張り、

「……で……で、も……ぼ、僕が……ひつ、よう……で、でした、ら……。入れて……くだ、ください!!」

と、何度も咳をしながら声を振り絞り、最後には掠れてはいたが叫んでいた。

「おう。それでは、鳩村は副総長に情報屋の試験を、裾野は俺からの試験に挑んでもらおう」

総長は机の裏側から2人分の護身用の槍を取り出すと、1本を投げ渡した。

「わかりました」

「は、はい!」

2人はそれぞれに返事をすると、左真横の壁からぬっと人影が現れた。

メガネをかけていること以外総長にそっくりであるから、おそらく副総長であろう。

それにしても、どうやって出てきたのだろう?

「副総長で俺の弟だ。名前で呼ぶと怒るから、副総長と呼んでやってくれ。あと”じゃぱにーずにんじゃ”だから、こいつの寝込みを襲ったって無理だ」

総長は早口で淡々と言うと、俺の手を引いてグラウンドへと連れていかれた。

その間鳩村の方を振り返ると、副総長の手には鳩が何羽か止まっていた。

藤堂さんが烏なら、鳩村は鳩……。

それが確立したのは、今考えれば副総長のおかげかもしれない。


 グラウンドに出た2人は、数年後に行われる菅野の入隊試験のように時間を指定された。

このときは12時であったから、制限時間は14時まででかすり傷を与えれば合格。

こちら側はいくら傷ついても構わないが、死ねば不合格。

……死んだら元も子もない気がするのだが、ツッコむ暇すら無かった。

「……」

久々の槍ということもあり、筋に迷いが出ないよう気を配りながら距離を縮める。

「ハッ!!」

俺は一気に右真横に動き、葉桜になってしまった桜の木に駆けあがる。

ここなら多少ではあるが矛先を隠れられる上に、跳躍力を懸念しなければいけないとはいえ、向こうは下からしか攻撃を出せない。

「考えた、考えた」

総長は余裕の表情で拍手をすると、

「桜だからって攻撃しないとでも思ったのかね?」

と、無慈悲の表情に変えると、槍を扇状に振って斬撃をこちらに飛ばしてきた。

「斬撃!?」

斬撃が飛ぶ……。

そんな技が使えたらどんなに良いだろう。

俺は目を丸くしたが、すぐに飛び上がって隣の桜の木に移る。

 すると俺が居た桜の木は見事に真っ二つに斬れてしまった。

何回か見れば会得できそうだ。

だが本国の固有の花である桜の樹を、何本も斬り倒させる訳にもいかない。

「斬撃は飛ぶものだ。剣豪でも槍使いでも常識問題だ!」

総長は空間を響かせるように叫ぶと、斬撃を飛ばした。

「……力を逆に利用したらどうなる?」

そう呟きながら、斬撃の速度と自分が出せる力量、それから飛び上がって斬撃に槍をぶつける重さを暗算すると、桜の木に辿り着くまでの勢いであれば勝てるという式が出た。

「よし」

と、言うと同時に斬撃に矛先を合わせて飛び上がると、見事に式通りに合致した。

だがこのまま斬撃を逆に押し返しても、弾かれてしまうだろう。

それなら、寸前で離してしまえばいい。

俺は目晦ましにグラウンドの砂を剣で一瞬巻き上げ、斬撃と共に向きを変えると、

「貰いました!」

と、目の前で斬撃を返しながら叫んだ。

すると総長は見事に斬撃を流し、顔にかかった砂を払いのけた。

「おっしーい」

と、総長は槍を大きく振り回しながら言っている。

言わばわざととは言え、攻撃のチャンスを与えているのだ。

「そこまでだ!」

と、ならばとばかりに俺は下唇の下あたりに掌を上にして突き出し、

左わき腹あたりのスーツのベストを矛先でかすらせると、総長は「頭良い戦い方をするな~」と、俺の頭をぼふぼふと乱暴に撫でた。

「……ありがとうございます」

俺は頭を下げ、総長の分の槍を預かった。

「そんで、自然と出来るんだ?」

総長2人分の槍を持つ俺を見下ろし、気さくな笑顔を浮かべる。

「前に居た組では、エースのアシスタントもしておりましたから……」

と、気恥ずかしそうに礼をすると、総長は微笑んで、

「合格。それじゃあ、むしろ稼ぎ頭になりそうだな」

と、すっかり変色した上に変形している左手首を持ち上げ、ゆっくり擦って言った。

そう言えば、左手首の分を引くのを忘れていた。

……計算をする時くらい、周りのことを確認しなければ。

「ありがとうございます。あの……」

「これくらい、医務室で診てもらえ。どうせ任務にあたるのは、中学生になってからだからさ」

総長はそう言い残すと、片手をあげて歩き去ってしまった。

 しばらく歩いてから擦っていただいた左手首を改めてみたが、少しだけ変色が収まって見えたのは気のせいだろうか?


 医務室は勘のおかげかすぐに見つかり、何故か立ったまま診察をしてもらったのだが、やはり骨折しているそうであった。

「これで入隊試験かYO! 無理しすぎ! イデオロギー!」

当時の情報課長 (もとい)ラッパーは俺の入隊時にはもう既に居たのだが、この数時間後には情報課長が代わるとは露知れず……。

容姿は菅野も描写してくれているが、金髪、絵文字になりそうなくらいのつり目、真っ黒な肌に白い歯、当時から縦にも横にも大きい男の人だ。ちなみに”まだ”鼻ピアスと黒いサングラスはやっていない。

「すみませんでした。……全治までどのくらいかかりますか?」

俺が用意された丸椅子に座り直すと、ラッパーは少し悩んで、

「3週間もあれば治るYO! あと敬語はやめRO! 気持ち悪ィYO!」

と、ノリノリのラップで症状と注文を押し付け、左手首の固定処置をした。

「……わかった。左手だから、剣の練習をしても問題ないな?」

「…………頭狂ってんのかYO! 休めってんだYO!」

俺はラッパーの声を聞きながら、医務室を後にした。


 俺はその足で総長室に向かい、扉を3回ノックした。

今度は起きていたらしく、威厳のある返事が返ってきた。

それから部屋に通されるとすぐに、

「藍竜総長、お聞きしたいことがございます」

と、本題に入ることにした。

「ん? 部屋なら4階角部屋。それ以外なら答えよう」

総長は俺の心が読めるのか、それとも顔に書いてあったのか。

飄々とした表情で言い退けるので、俺は完全に拍子抜けしてしまった。

「……個人訓練の許可と、冬休み開けからの通学の許可を頂戴しにやって参りました」

敬語は幼少期から詰め込まれていたから、特に不自由を感じないのだが、総長は何度も大きく頷きながら聞いていてくださった。

「それは別に構わない。それにしても、後鳥羽の御子息とだけあって……敬語とイントネーションの完成度が高いな」

総長はそう言うと同時に俺にA4ほどの薄い封筒を投げ渡した。

今もそうなのだが、大事な文書であるほど総長は投げ渡してくる。

「ありがとうございます。あの、こちらは?」

薄い茶封筒の中は、おそらくノートほどの厚さのものしか入っていない。

俺は何度か感触を確かめて、毒物などが無いかを確かめた。

「鳩村家の奥さんからだ。ダリアが好きな奥さんだから、色々気を付けてな。じゃ、寝るから出ていってくれ」

総長は早口で片づけると、ソファに寝転がってしまった。

 たしかにダリアという花は……

現在の俺の知識で話すが、初夏~秋ごろまで咲く花で原産は墨国だ。

花言葉は優雅、感謝などといった素晴らしい意味もあるが、不安定、裏切り、移り気という意味もある。

逸話は仏国に起こった革命の後の出来事で、政治的に不安定だったころのものが代表的だ。

先導者の后が好きで独占していたのだが、執拗に欲しがった侍女が盗んで自分の庭で咲かせたことを知り、興味を無くした花として語られている。


 当時の俺はそんなことも知らず、知っていても良い方の意味だけであり、何故警戒をしなければならないのか分からなかった。

だが部屋に戻り、ノートを見た後でその理由が分かったのであった。

薄い茶封筒から添え状らしきものを取り出し、目を通してみたがよく見る挨拶文と同封されているものの内容だけである。

中はノートだけだと書いてある通り、ノート1冊以外に不審な物は無かった。

ここまで殺し屋をやっていると、どうしても気になってしまうのだ。

「……」

一般に出回っているノート冊子の中は、夥しい量の文字と理解出来ない絵の数々が筆ペンで書かれていた。

だが比較的文字は綺麗で、読めないことは無かった。

「…………」

内容を読み進めていく度に、ノートをめくる度に指や掌、腕、それから背中の方まで冬なのに冷や汗がしたたり落ちていく。

「は……鳩村……」

人殺しと呼ばれる所以まで丁寧に書かれており、まるで本人が書いたかのようで、殺し屋である筈なのにあまりに奇異な殺し方で背筋が凍った。

 奇異な殺し方というのも、めった刺しや死ぬまでの殴打ではない。

それ以上に奇異。奇妙な殺し方をしている。

――幽霊で親族である弟を呪い殺す。

そんなことが出来るものなのか……。

出来るとすれば霊媒師だろうが、鳩村は藤堂さんのように鳩を扱えるものとばかり思っていたため、そこまで込み入った話が出来ていない。

「……益々謎が深まるばかりだ」

公園にあった数羽の鳩の死体、家にある鳩の惨殺体、藤堂さんが追い払った鳩。

鳩と烏の縄張り争い。


 鳩村ももし合格していたら、冬休みバッタリ会うのを狙うか、将又開けるまで待つかでもして訊こう。

俺はそう思いながら茶封筒に戻し、それごと書棚に隠し、青いパーテーションをくぐって台所で手を洗った。

今日のお昼は、チャーハンにしようか。



現在に戻る……

2015年5月15日 夕方(天気:くもり)

後鳥羽家 中庭

裾野(後鳥羽 龍)



 俺は話し終えるとすぐに、空に当たらないように中庭の端に行き、我慢したご褒美を自分に与えた。

「声……か」

俺は昨日 愛瞳(まなみ)に言われた言葉が引っかかり、過去の話をしていてもどうも集中出来なかった。

「空くん、今度はハイハイで勝負や!」

中庭の中心にある椅子の周りをハイハイでぐるぐる回る大の大人と空。

だが菅野は自分の息子のように可愛がってくれるから、一服している時は特に助かる。

辞めればいいと思うだろうが、そう簡単なものでもない上に、どうしても辞めたくない理由があるからな。

それはいつか話すことが出来ればいいな。

 携帯灰皿に煙草を押し付けると、口臭対策のスプレーで煙草特有の臭いを消してから、2人の元へと歩み寄った。

ちょうど2人の勝負が終わったところらしく、遊び疲れた空は菅野の腕の中でスヤスヤと寝息を立てている。

「おねむみたいやで」

菅野は真ん中の椅子に座って、風に当たっている。

「そうだな。いつもありがとう」

俺は降りると言う菅野に手を添えながら礼を言うと、菅野はパチクリと不思議そうに瞬きをし、

「楽しいから空くんと遊んでんねん。お礼されても、何て返せばええんか……分からへんわ」

と、俺に空を預けながら眩しい笑顔で言った。

そういう姿も無意識に俺を苦しめているんだ。

何をしても菅野と俺の心にはズレがあるままで、俺も受け入れようと躍起になっている。

「気持ちは嬉しいが、何も返さなくていい」

俺は菅野が欲しいと思いつつ、結局はこう言ってしまうのだ。

未練がましい自分が嫌になる瞬間である。

「そうなん? まぁええけど……」

菅野は関西弁というよりも、若干こちらのイントネーションでポツリと言いながらキョロキョロと周りを見回すと、

「俺に隠し事、してるやろ?」

と、身長差の問題で上目遣いになってしまうものの、そんな風に言われると黙るのが辛い。

「……」

俺は黙って歩き出すことにしたが、菅野はその後ろを付いてきては、

「頼りないんかな?」

であるとか、

「アホには理解できへんから?」

だとか、

「泣き虫やからかな?」

といった的外れなことばかり言われ、ついには笑い出してしまった。

「ふふふ……残念ながら全部違うが、夕飯のメニューは決まったぞ」

俺は菅野を励まそうと思い、淳に作ったら喜ばれそうなメニューを思いついたのだ。

「何や?」

俺の隣を歩く相棒は、少し周りを見渡せば今日も人の目を集めている。

「海老チーズ餃子」

と、料理名を口にした後に、焼き餃子の具を海老とチーズにしたもの、と付け加えると、菅野は目を輝かせた。

「めっちゃ美味しそう!」

余程嬉しかったのか、俺の左腕を両手でぎゅっと掴んできて、小さく跳ねて喜んでいる。

周りの人はその様子をニヤニヤして見ている人も居れば、微笑ましそうに見ている人、何故か嫉妬心丸出しで見ている人など、様々であった。

「楽しみにしておいてくれ」

俺は頭を撫でながら、外でやられるのは恥ずかしいからか顔をほんのり赤く染める相棒の態度を見て、俺の隠し事の話なぞ忘れたのだろう、と安堵の溜息をついた。

お疲れ様です。

執事長の乞田でございます。


龍様が藍竜組に入られまして、本当に良かったと思います。

戦闘シーンでは、龍様らしい戦い方をされておりますね!

菅野様とは全く違い、理性的かつ知的でございますね。


投稿が遅れてしまったこと、大変申し訳ございません。

パソコンの不調と、執筆が進まない気持ちの問題がございました。


来週というよりも、数日後の更新となりますが、次回も土日のどちらかで更新予定でございます!

皆様も体調、心の調子にお気をつけてお過ごしくださいませ。


それでは失礼いたします。


執事長 乞田光司

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