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「第十九-去り際の鳩(後編)-」

鳩村との出会いのお話。

藍竜組に入るまでに裾野が見るものとは。

現在のお話では、続編にも繋がる重要な手掛かりが見えてきます……!


※約6,100字です。

※花言葉を調べると……?

2002年12月24日 夜(天気:くもり)

鳩村公園

裾野(後鳥羽 龍)



 夜も深くなり、ついにいじめられっ子は風邪とは思えない程苦しそうに咳をし始めた。

すると苛めっ子たちは喜んで笑い飛ばした。

「……」

俺はいじめられっ子の近くに歩み寄ると、無残に食い殺されている鳩の死体を手で掴んだ。

「うえっ、お前……臭くねぇのかよ!」

「死体だぜ? 気持ち悪ぃ!」

などと口々に言う苛めっ子。

だが鳩であろうと人であろうと、同じ世界で生きていた動物だ。

「血の臭いも死体の臭いも……もう嗅ぎなれたからな」

俺が人格を支配されないように気を遣いながら、苛めっ子たちを睨みつけた。

そのうえ、この発言が効いたのか、苛めっ子たちは腰を抜かしそうになる者、何度も躓く者も居つつ、公園から退散した。

「……」

俺は鳩を1羽1羽埋葬しながらいじめられっ子の方を見遣ると、咳が収まったようでランドセルから薬を取り出し、近くにあった蛇口を上向きにし水を出して飲んでいる。

「これでよし」

俺は軽く土を払ってから手を洗うと、いじめられっ子は何度も頭を下げた。

「あ……あ……」

声を出すのが難しいのか、何度もひゅーひゅーと肩を激しく上下に動かしつつ深呼吸をしている。

「いいよ。夜も遅いから、家まで送ろうか?」

俺が金色の髪を触りながら言うと、彼は俺の手を掴んだ。

「あ……おち…………てる」

公園には誰も居ない上に閑静な住宅街にある為、辛うじて聞こえるが、蚊が鳴くような声よりも更に小さく掠れた声で、俺は何度か聞き返してしまった。

ようやく理解して髪を触った手を街灯の下で見ると、僅かに染料がついていた。

「ありがとう。歩けるか?」

公園の外まで手を引いて歩くと、男の子は何度も頷いた。

それからは男の子の案内で家まで送ることになったが、しばらく歩いたところで急に振り返り、

「ぼ、僕は……鳩村涼輔(はとむら りょうすけ)……で、す」

男の子改め鳩村は名乗らなかったことを恥じているのか、薄鈍(うすにび)色の短髪を大きく振り、背筋を伸ばし上体を深く折り曲げた45度の最敬礼をした。

同じ年代で最敬礼が正しくできている……後鳥羽や後醍醐と同じ名家出身か?

「裾野だ」

と、短く名乗ると、鳩村は掃除がろくにされていない剥がれ落ちた外壁の家を指差した。

色は夜だったので、詳しくは分からない。

ただ外壁らしきものが剥がれ落ち、庭を埋め尽くしていた為、古い家なのだろう。

「1つだけ質問させてほしい」

俺が自身の背丈の半分ほどしかない門の前に立って言うと、鳩村は首が取れそうな程勢いよく頷いた。

「単刀直入に言うが、鳩村はハッカーか?」

奇妙な質問をした理由は1つ。

鳩村の手を引いて公園を出る際に、携帯やパソコンのやりすぎでつく独特の指先のすり減り、変形を見抜いていたのだ。

おそらくだが、藤堂さんのように正しいフォームでやっていなかったのだろう。

「…………う、うん」

鳩村は黒目を何往復かさせ、ようやく口にした。

「烏を追い払いたくないか?」

俺はこの時から決めていた。

誰でも藍竜組に移ることになるなら、片桐組とぶつかることになる。

それなら、優秀な情報屋は必須だ。

「で、でき、るの?」

鳩村は俺を不審そうに見上げている。

「うん。鳩村に何かあっても、俺が守る」

俺は藤堂さんの予言など忘れていたが、何らかの形で報いることが出来ればよかった。

すると鳩村は驚愕を顔に浮かべ、

「いいの?」

と、溢れそうになる涙を拭きながら言った。

「あぁ。……だが鳩村には、藍竜組という殺し屋組織に俺と入ってもらうことになる。それでも良いなら、ご両親に話して許可を取ってほしい」

俺が剣の鞘に触りながら言うと、鳩村は急に目を伏せて黙り込んでしまった。

やはり闇、影の世界である殺し屋に引きずりこむのはよくないだろう。

今まで真っ当に生きてきたのに、道を外れなければならない上に、命の保障は無いに等しい。

……俺たちは夜風も吹かない鳩村家の前で、しばらく月の光を眺めていた。

だが鳩村は俺の予想を遥かに上回る発言をした。

「藍竜組……。し、知って、るよ。ちょっとだけ、ホワイ、ト……ハッカー……と、として、居た、から。だけど、烏に負けて、や、辞めた……く、やし、い……そ、そんな僕、で、でも、い、いいの?」

鳩村は吃音と肺活量が弱いこともあり、途切れ途切れでしか話すことが出来ない。

「あぁ、もちろんだ」

俺が大きく頷くと、鳩村は初めて笑顔を見せた。

だが一向に両親の元に行こうとしない……。

俺に気を遣っているのだとしたら、促さないと、と思っていた時に、

「あ……す、すそ、のく、くん。ぼ、僕の……親の、言う、こと……聞いちゃ……だ、駄目……だ、よ……」

鳩村は突然そう言うと、門をくぐり家の中へと走って行ってしまった。


 不思議な雰囲気、病弱で賢く、努力を惜しまない男の子。

俺の鳩村の第一印象は、今でもそこまで変わりはない。

家をもう一度見上げてみたが、後鳥羽家ほどの大きさぐらいということまでしか分からない。

やはり、日を改めて訪ねてみるべきだろう。

こちら側の世界に誘ったのは俺なのだから。


 実家に帰ったのが日を跨いだ頃で、何から話そうか考えている間に玄関扉を開けると、ナイフが飛んでこない代わりに不安そうな乞田と橋本が待っていた。

「……ごめんなさい」

俺が即座に頭を下げると、橋本は俺の頭をわしゃわしゃと撫でまわし、

「随分と大荷物ですね。どれ持てばいいです?」

と、ケラケラ笑いながら背負っている荷物以外を指でプスプス押しながら言った。

「じゃあ、これとこれ」

俺は手に持っていた荷物を橋本に渡し、部屋に置いたら執事寮に行くように言いつけた。

「はーい。いろいろ成長期なんですから、とっとと寝てくださいよ」

橋本は訳も訊かずに部屋の方に走って行った。

もしかしたら、2人にも連絡がいっているのかもしれないが。

 橋本を見送り、乞田の方に向き直ると、

「……言わなくてはいけないことがある」

と、口ごもって言った。

すると乞田は目を伏せて微笑み、「お部屋で話しましょうか」と、諭すように言った。


 部屋に入ると乞田が施錠を何度か確認し、ベッドの縁に並んで座った。

「乞田……」

俺は背負っていた風呂敷の紐をほどき、ベッドの上に広げると乞田は徐に遺体に抱き着いた。

死後かなり経っているにも関わらず光明寺さんの姿は相変わらず絵になるほど綺麗で、乞田は陶器を扱う職人さながらの手つきで肩と腕を撫でた。

「優太……。いつ見ても私と全く似ていませんよね」

乞田は自然と筋肉が弛むような微笑みを浮かべ、言葉を零した。

「埋葬、することになったんだ。光明寺さんの相棒が前準備をしてくれたから、お墓もここに……」

俺が呟くように言うと、乞田は目を見開き驚きのあまり俺を押し倒した。

ベッドのふかふかな感触が背中に当たると、乞田は馬乗りになって俺の胸倉を掴んだ。

「そんな勝手なことを……! お父様とお母様方に許可を得なければ、そんなこと出来ませんよ!?」

そのまま小声で叫ぶような口調で捲し立てると、ふっと微笑んで衝撃を少なくする為にベッドに近いところで手を離し、

「な~んてことは執事としての建前です。兄として……本当にありがとうございます」

と、涙を堪えた苦しい微笑みを見せ、俺に抱き着いた。

「……こちらこそ。いつも世話してくれているから、お返し……だよ」

俺は乞田の胸を押し返し、光明寺さんを風呂敷に包み直しながら答えた。

そうでもしないと、照れているとからかわれそうであったからだ。

「ふふっ、ありがとうございます」

乞田は無邪気に笑ってウォークインクローゼットに入ると、「先にお風呂どうぞ~!」と、着替えと髪色戻しを持って戻ってきた。

 おそらく乞田は気にしていない素振りをしているが、本当は崩れ落ちたい気分であろう。

だからきっと俺に風呂を先に。

いや、考え過ぎだろうか?


 そうこうしているうちに朝になってしまい、結局乞田が泣いていたかどうかも定かではない。

今日は橋本が約束を取り付けてくれたらしく、身支度を整えるとすぐに父上様と会う事となった。

 父上様に報告したのは、片桐組を諸事情で抜けたこと、武器を変えたこと、藍竜組に入ること、それから光明寺さんの御遺体を引き取ったことだ。

もちろん、恋人が出来たことと殺した、別れたことは勿論話さなかったが。

「……そうか。光明寺の一件は許す。以後の殺し屋の報告は死亡、相棒変更のみでいい。……まだ時間はあるな。おじじ様の見舞いをしなさい」

父上様は脚を組み直してから立ち上がり、俺の頭に手を乗せた。

「はい。お許しいただき、誠にありがとうございます」

俺はそのまま最敬礼をし、部屋を出た。


「おじじ様、失礼いたします」

扉越しに声を掛けると、体調が良いのか、元気に返事をしてくださった。

片目をガーゼの眼帯で覆ったおじじ様は、ベッドに座って窓から外を眺めていた。

「龍です。お身体は――」

「へっ、10歳じゃろ? ……堅いなぁ。わしゃぁこの通り、ピンピンしとる!」

おじじ様は笑い皺を深く刻んだ眩しい笑顔で言うと、心底嬉しそうに俺の頭を撫でた。

「う、うん……! おじじ様、鳩村家って知ってる?」

俺は初めて目にした当時のようになるべく子どもらしく振舞うと、おじじ様の笑い皺は更に深くなった。

「あぁ、知ってる。初代当主の頃から続く著名な貴族でな、現当主が亡くなってからは……たしかじゃが、没落貴族になったんじゃなかったかのう……。そうじゃ、龍。新しいところでは、ちゃーんと良い人を見つけるんじゃぞ。愛すことが出来る……人間をな」

おじじ様が言い終えた途端、肺が潰れそうな程の咳を繰り返し、俺は医療スタッフによって追い出されてしまった。


 鳩村家は元貴族……。

そうなると、名家よりも上級だったことになる。

そのうえ、後鳥羽家と同等の大きさの家の外壁が剥がれ落ちていたのも説明がつく。

それに鳩村の佇まいと行動も、庶民のそれとは比べ物にならなかった。

それにしても、何故元貴族が公立の小学校に通っているのだろうか?

 …………考えすぎていても、答えが出ない上に遅刻をしそうだ。

俺は最低限の準備を乞田と整えると、門の前で別れ、鳩村家を目指した。


 鳩村家前に着くと、夜では気づかなかった没落貴族ならではの不気味さに身震いをした。

外壁はおそらくオフホワイトだったのだろうが、すっかり剥がれ落ちてしまい今では何者かが手で何かをべったり付けたように黒くなってしまっている。

家は曇った割れ窓が目につく3階建てと思われるが、門は当時の背丈より低く赤サビが目立つ。

また、庭の木々は全て枯れて変色しきってしまい、芝生も萎れてしまっていた上に、芝生にも高木にも鳩の死体が紐で吊られていたり、縄で縛られたまま放置されていた。

 これ以上描写していると気分が悪くなりそうなので、俺は門の外にある鳴るかも分からないインターフォンのボタンを押した。

すると程なくして鳩村の母上様と思われる方が品のある返事を返した。

「人殺しに何の用ですの?」

口調は淑女そのものだが、語気が強く棘がある印象を受けた。

それに……人殺しと言われると自分自身のことを言われている気がしてならない。

「ご子息の新しいクラスメイトの裾野と申します。本日から転校されたと聞きましたので、お伺いいたしました」

俺はなるべく丁寧な口調でインターフォンに口を近づけて言うと、母上様は快く玄関から出てきてくださった。

だがイメージしていた淑女とは違い、パーマがかった美しい銀色の髪はやつれて途方に暮れ、そのうえシラミが見受けられた。

顔はげっそりと痩せていて、シミとシワが無い代わりに数えきれない程のそばかすが顔を埋め尽くしていた。

それでいて佇まいは貴族そのものであった上に、埃や皺なぞ1つも無い桜色のシンプルなAラインのドレスで、首元はスタンドネックであった。胸元には生き生きとしたダリアの生花の飾りがあり、ほつれた後ろ髪には枯れたワスレナグサが絡まっていた。

「人殺しの息子なんて要りませんの。早く引き取ってくださる?」

母上様は自分より痩せ細った鳩村の襟首を引いて俺の前に突き出すと、ドレスの裾をつまんで会釈をした。

「……はい」

俺は疑問をぶつけたい衝動を抑えて鳩村の手を引くと、母上様は殺気立った笑顔で鳩村を睨みつけ、

「また会いましょうね」

と、歯が浮くような声で言った。

 鳩村が何をしたというのだ?

俺は会釈を返してから門をくぐると、鳩村を見下した。

だが彼は話したくないらしく、俺と目を合わせようともしない。

「……鳩村」

俺が引いている手を軽く揺らすと、ようやく顔を上げた。

「ぼ、僕……は……ひ、と、ごろ、し……だ、だから……」

鳩村は今にも泣きだしそうな顔で言葉を紡ぐと、手を離して欲しいのか執拗に腕を振った。

残念ながらそれは俺もだ。

そう思いつつふっと笑うと、

「俺も」

と、逆に強く握り返して言った。

「え?」

鳩村は豆鉄砲を食ったような顔をし、目を大きく見開いた。

俺は深く考えずに、

「殺し屋、だからな」

と、呟くように言うと、鳩村はぎこちない笑顔を浮かべた。


 これから向かうのは闇の世界である、殺し屋組織。

またしても俺は人を殺め、苦しめる世界へと足を踏み入れることになる。

だが今度は違う。

また新たな場所と仲間と……過ごすことになるのだ。

俺は深呼吸をし、苦しそうに咳をする鳩村の手を引いて藍竜組の門をくぐった。



現在に戻る……

2015年4月29日 夕方(天気:くもり)

裾野(後鳥羽 龍)



 俺が話し終えると、光明寺さんが俺の肩に手を置いた。

「裾野くんって、放っておけないんだね」

俺は核心を突く一言を言われてしまい、思わず目を泳がせてしまった。

すると藤堂さんが光明寺さんの墓の前で手を合わせ、

「裾野がもっと堂々としますよーに! あと、敵になりませんよーに!」

と、高らかに宣言し、烏も一緒になって手……いや、羽を合わせて祈っていた。

「敵になりませんようにって、鳩村からすれば藤堂さんは敵ですよ」

俺が苦笑いを浮かべながら言うと、藤堂さんは、「あーそうだった」と、目を伏せて唇を噛んだ。

「裾野も酷い誘い方すんよな。まぁそう簡単に撃ち落とせないから、鳩被害よりも烏被害って減らねーんだよな」

藤堂さんは心底嬉しそうに眉尻を下げると、ニシシと歯を見せて笑ってみせた。

「……そうですね」

颯雅が僅かに口元を歪めてポケットに手を入れると、光明寺さんは、「多分ね、からすくんが何を伝えたかったか、分かったんじゃないかな?」と、俺に語り掛けた。

 それは勿論俺にもわかっていた。

動物の被害は勿論烏の方が多い。

だが、そんなことをわざわざ伝える方ではない。

藤堂さんがこの一言で伝えたかったのは。

「鳩村によろしく伝えておきますよ」

俺は一陣の風の中で微笑むと、前髪が目にかかって視界が遮られ、先週ジャケットのポケットに入れておいた筈の烏色の羽が舞った。

次に目を開けた瞬間には、藤堂さんの姿が見えなくなり、颯雅は満足そうに目を細めた。

「からすくんは、いつも俺を助けてくれたから。きっと今日も助けてくれる筈だよ」

光明寺さんは俺と颯雅にそれぞれ微笑みかけると、墓の上に脚を揃えて座った。

その肩には、幽体の烏が1羽止まっていた。

お疲れ様です。

乞田でございます。

小説では私の知らないことも多く、大変驚いております。

鳩村様との出会いが、あまりに意外でして……。

吃音や病弱に苦しむ鳩村様の今後の活躍に、期待したいところでございます。


私事ではありますが、フリーホラーゲーム「魔女の家」ゆっくり実況1面~6面まで完走致しました。

東方ネタではなく、私たちのような小説の登場人物でやっております。(立ち絵は、東方等)

ただいま、Extraを鋭意作成中でございます。


次回投稿日は、来週の土日(13日(土)か14日(日))のいずれかになります。

それでは体調にお気をつけて、良い一週間をお過ごしくださいませ。



執事長 乞田光司

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