「第十八-去り際の鳩(前編)-」
現在裾野が片桐組ではなく、藍竜組に居る理由が分かる回です。
裾野の想いは、どうしてこうにも報われないのか。
※約9,600字です。
※イライラ注意です。
2015年4月29日 午後(天気:くもり)
後鳥羽家裏 墓場
裾野(後鳥羽 龍)
厚い雲が空を覆い、太陽が遥か遠くに感じる。
今日は颯雅が藤堂さんと話したい言うので、無理を言って時間を作ってもらった。
だが藤堂さんは、わざわざ呼んでもらったことが嬉しいらしく、ほぼ二つ返事で来てくれた。
墓場にした理由は言うまでも無い。
藤堂さんに光明寺さんのお墓を見てもらうためだ。
……あの日以来、お参り出来ていないだろうから。
「なんでまた呼んでくれたんだー?」
藤堂さんは首を傾げ、肩に乗っている烏たちの羽を手入れしている。
「裾野から大事な方を亡くされた、と聞きました。お名前は、光明寺優太さん、ですよね?」
颯雅は日の当たりのせいか、暗く見えるオレンジ色の短髪を右手でかき上げた。
「あー……んだ? 俺は優太以外を好きになるつもりはないよ。あと、気安く呼ぶな」
藤堂さんには、ご両親からしつこく女性の写真が送られてくるという。
そのこともあり、颯雅に対して警戒をしているのかもしれない。
「ごめんなさい。ですが優太さんがからすさんとお話したい、って、俺に頼んだんです」
颯雅は左隣に立っている光明寺さんの方を見遣り、一緒に頭を下げた。
このまま颯雅から弁解させるのも良いが、ここは俺からした方が早く済みそうだな……。
「いや、違うんです。颯雅は亡くなった方の声を聞くことが出来ます。ですから、優太さんの声も……本心を聞いてみてはいかがですか?」
普段の会話通りだと俺が藤堂さんを見下す形になってしまう為、片膝をついて姿勢を下げて提案した。
すると藤堂さんはもしゃもしゃ髪を烏に掻かせ、自分は右頬を撫でて悩んでくださった。
「……あー、裾野と優太のお願いならしっかた無いかー。で、神様だっけ? 優太は何て言ってんの?」
藤堂さんは颯雅を見上げ、髪をついばむ烏たちを手で制して言った。
……神様、ですか。
俺は口には出さずに目を細めて立ち上がり、2人のやり取りを見守ることにした。
だが颯雅は何も気にしていない様子で、
「……本当にからすくんが訊きたいなら、何でも答えるよ。俺は先週気持ちを聞けたから、何も言うことはないよ」
と、光明寺さんの言葉をスラスラと口にした。
「あーそうなの? じゃあ、優太は今どこに居るの?」
藤堂さんは霊感が無い為、光明寺さんの姿は見えない。
ちなみに光明寺さんは、藤堂さんの目の前に立って顔を覗き込んでいる姿勢だ。
その姿は亡くなった当初の20歳の彼で、現在の藤堂さんとの年の差が目に見え、こちらがドキマギしてしまう。
「……からすくんに、口づけしようとしているの」
流石の颯雅も恥ずかしそうに言っていたが、光明寺さんは目尻を下げて微笑んでいる。
たしかに、光明寺さんは藤堂さんの頬に手を添えて唇を近づけている。
藤堂さんは本能で何か感じているのか、痒そうに頬を掻いている。
「んえ? まじで? じゃあ俺は、目を瞑ればいいのか」
藤堂さんは面倒そうに頭をわしゃわしゃと掻きむしって目を瞑り、烏たちは落ちてくる髪の毛を避ける為に頭に止った。
「……やっぱ恥ずかしいから今度ね。今は、裾野くんのお話が聞きたいから」
光明寺さんは唇が触れそうになった時に身を引き、藤堂さんをキツく抱きしめた。
だが藤堂さんは抱きしめ返すことが出来ず、また颯雅も何も言わないから、光明寺さんの行動には気が付かない。
「ん、そーかそーか」
藤堂さんは残念そうに目を伏せ、側で見ていた俺の方に目を向けた。
光明寺さんは藤堂さんの背後から腕を回し、髪に顔を埋めていた。
この行動も言わなければ、気づかないのだろう。
俺はそう思うと胸がチクり痛み、2人から目を逸らし、
「颯雅、ありがとう」
と、愛想笑いで誤魔化すのであった。
だが颯雅は、「背中が痒いな~」と、苦笑いをする藤堂さんに向かい、
「からすさん、優太さんが後ろから抱きしめていますよ」
と、悲しげな表情を浮かべて呟いた。
すると藤堂さんはカッと目を見開き、バッと振り返った。
「あにやってんだよ」
藤堂さんは恥ずかしさを隠すように、優太さんが居る場所を睨んでいる。
光明寺さんはその様子を、抱腹絶倒で見ていたのであった。
……微笑ましいな。
俺はいつかこうして菅野と笑いあえないものか、とため息を零した。
2002年12月24日 放課後(天気:くもり)
片桐組 佐藤との共同部屋
裾野(後鳥羽 龍)
ここ数年で1番の冷え込みとなった片桐組。
と言うのも、もちろん天候もそうなのだが、役員陣営が最も期待していた光明寺さんが亡くなり、エースが狼階の役員の独断で忍さんになったこと、Dogさんと忍さんは犯罪者呼ばわりされていること、それから藤堂さんがお父様と代わる形で役員になったことで、組全体も世代交代を声高に言う人たちが増えた。
特に狼階は、犯罪容疑のかかっている忍さんの言うことを聞く者はDogさんぐらいしか居らず、世代交代を口実に忍さんを暗殺しようとする組員が急増してしまった。
それは佐藤も例外ではなく、忍さんの首を取ろうと躍起になっている組員の1人になってしまい、俺は益々佐藤から心が離れていった。
そのうえ今日は俺の誕生日なのに、佐藤は暗殺の為今日も走り回っている。
……佐藤との話を言いたくなくて黙っていたが、この時期に『武器被り禁止令』が出され、同じ槍だった俺と佐藤は、どちらかの武器替えを強要された。
そもそも俺は乞田の槍を使いたい為、狼階を選んだのだ。
絶対に譲れなかった。
だが佐藤は珍しく泣きわめいて、俺の武器替えを望んだ。
その行為のあまりの子どもっぽさに呆れ果て、喧嘩をする気だった心が折れてしまった。
こういう時に喧嘩をしたり、探り合えたらどんなに楽か。
俺は結局数ある武器から剣を選び、予備が無いという忍さんの策略により、大神元教官の剣を渡された。
人道性を欠いた言葉と態度に無性に泣きたくなったが、剣は光明寺さんが使っていたこともあり、見様見真似で訓練に没頭し、佐藤のことなど考えもしなくなった。
「……」
また、佐藤のあまりの思いやりの無さに腹も立たず、相棒不在扱いになり仕事も入れられない為、あことしが居るであろう娯楽部屋に立ち寄ることにした。
娯楽部屋は、アメリケーヌのロアゲラのカジノをモデルにしているそうだ。
だがその割には派手さも無く、むしろ落ち着いた印象を感じるのは何故だろうか?
照明もホテルにあるような大きいサイズの銀色のシャンデリアを用いているため、眩しいくらいに照りつけており、細かい装飾や彫刻に気付く前に目が疲れてしまう。
「すそのんの~ん!」
入口でゆっくり瞬きをして目を慣れさせている時に、近くのテーブルで馴染みのある声がした。
声のする方へ目を向けると、テーブルの上に様々な色と形のチップを大量にディーラーから貰うあことしと目が合った。
「あことし、やはり居たか」
俺はちょうどあことしの隣が空いたので、話そうと思って座ったのだが、ディーラーは参加すると勘違いしたのか、カードを配ろうとするので、
「俺は彼と話したいだけなのですが……」
と、やんわり断ると、あことしがハッとした表情になり、
「チップ、ありがとうございます! 話したいので抜けますね!」
と、胸の高さまである大量のチップを両手いっぱいに抱えて受付まで行こうとするので、俺は半分持ってあげることにした。
ディーラーは寂しそうな顔をしていたが、致し方ない。
ほぼ負けなしのギャンブラーの姿を見ているのは、さぞ楽しそうだが。
「これさ、受付でお金にするから~……もうちょっとだけ持ってて」
あことしは相当稼いでいるだろうが、背負っている狙撃銃はそこまで高そうな印象は受けない。
一体どこで使っているのか……?
まさか下着に…………いや、それはない。
「あぁ。毎日来ているのか?」
「いんやぁ? 流石にそこまではやんな~いよ。週に1回だけ。……って、ゆーひょんから言われているからさ!」
屈託のない笑顔を見せるあことしは、ほんの小遣い稼ぎ程度に考えているのだろうか。
それにしても受付で出てくる札束の量がな……。
実家で見る外交の取引額並みにあるのだが、本当に小遣い稼ぎなのか?
「そうか。それで、これは何に使うんだ? 服でも買っているのか?」
鼻を指でつまみ、受付の人と真剣な表情でお金の確認をしている横顔に話しかけると、あことしは万札の数を数えながら頷き、俺の問いには器用に首を横に振った。
「うーんとね~、最初は服を買っていたけど、今は銃弾とスコープ、あとは……鷹階だからって理由で鷹匠の組合と鷹の保護団体に寄付しているよ」
あことしが言い終えると同時に受付の方が会釈をし、アタッシュケースを2つカウンターの上に置いた。
「寄付、か……」
俺は天を仰いで呟くと、ケースを両手にぶら下げて歩くあことしは小首をかしげて俺を見上げた。
「ほら、お金は天下の回り物って言うから! ……インカ帝国?」
あことしは人差し指を立てて目を輝かせて言うが、最後のは何だ。
気になるので、俺が頭をフル回転させて言いたかった言葉を探していると、
「あーあ、すそのんのんの前で言うんじゃなかった~」
と、肩をガックリと落として眉を下げるあことし。
だが俺にも意地がある。
当時の俺は何故か分からないが、やたら文系教科に自信があった為、どうしても答えてやりたかったのだ。
そうなると、天下の回り物の言い換えか、似た言葉を言いたかった筈だ。
そうか、”いんか”に近いものは。
「それを言うなら、因果応報だろう? たしかに、良い行いも自分に帰って来るという意味がある。それにしてもあことし、インカ帝国なんてよく知っているな」
俺はあまり頭の良いイメージが無いあことしが、日本史ではなく世界史に出てくる言葉を知っていることに意外性を感じた。
「ん~ゆーひょんって意外と歴史が好きだから、もしかしてそれで覚えたのかも!」
あことしは微笑んでそう言うと、「どっちに寄付しようかな~」と、鼻歌を歌いながら上機嫌に廊下をスキップしていた。
すると数m離れたところであことしと誰かがぶつかってしまい、あことしは何度も頭を下げて謝っている。
俺がすぐに駆けつけると、そこには尻餅をついているものの妙に機嫌のよさそうな忍さんが居た。
「忍さん……」
俺はあことしの前なので怒りを抑えながら、彼の名を呼んだ。
向こうは尻餅をついている上に見下ろす形になっているから、ここがもし人目の付かない場所であったら……。
「裾野。立たせろ」
忍さんは相変わらず人に命令することを好んでおり、もちろん俺も例外では無かった。
一応エースと組員の関係だから、このままだと命令違反で鞭打ちが入る可能性がある。
「……」
俺はあことしに悟られないように平静を装い、片手で忍さんを立ち上がらせた。
どうしてこの人は、役員陣営に推されてエースになったのか?
そもそも何故、容疑がかかっている人間に……。
そのうえ、次期エースはDogさん。
……光明寺さんの死と役員の期待は、一体何だったのか?
俺は10歳になり、大人の都合というのもがどれだけ醜いものか、ようやく理解し始めたのであった。
「怪我はありませんか?」
噂や世代交代云々の話は狼階内部に留められているため、忍さんの怪我の具合を診ようとしているあことしは何も知らない。
知っているとしても、狼階の新しいエースということぐらいだ。
「お前、噛みつかれたいのか?」
それを良いことに忍さんは、あことしの腕を掴んで鋭い犬歯で噛もうとするので割って入ると、忍さんは俺の耳元でこう囁いた。
「お前が潰れるまで、じっくり可愛がってやる」
忍さんは長い灰色の前髪から覗く深紅の眼で俺を睨みつけ、舌なめずりをした。
まるで片桐組入隊の前に路地裏で出会った時と同じように……。
「……っ!!」
俺は腹の底からゾワリと湧き上がる感情に突き動かされ、忍さんの首あたりを左肘で払い、壁際に追いやった。
廊下の壁にぶつかる寸前で後頭部を腕でガードした忍さんは、余裕そうな表情を浮かべてはいるが、髪の隙間から見える額には汗が光っている。
「金髪野郎め。フッ……面白い」
忍さんは目にかかった毛先を右手で払いのけ、意味ありげな笑みを浮かべて立ち去った。
「すそのんのん……? エースにそんなことしたら、マズイんじゃない?」
心配そうに見上げてくるあことしは、俺と忍さんの関係性を知らない。
たしかに、片桐組ではエース以上の位への反逆の意を込めた暴力行為は……
「そうだな。ありがとう」
俺は目を瞑って息をつくと、ゾワリとした感情はすぐに収まった。
おそらく、忌まわしい眼の性格が出てしまったのだろう。
そうしてしばらく呼吸を落ち着けていると、あことしが急に声をあげた。
「黒河月道……」
あことしは光の無い目で、廊下の曲がり角を曲がってこちらに向かってくる月道の名を呟いた。
このまま会わせたら、面倒なことになるに決まっている。
なので俺は膝でアタッシュケースをぶつかる程度に小突くと、
「ぼーっとしていると、盗られるぞ?」
と、イタズラ笑顔を浮かべて言ってみた。
するとすぐにパッと明るい笑顔を咲かせ、
「そ、そうだった! またね、すそのんのん!」
と、こちらを振り向きながら走り去った。
これで良し、と。
「……!?」
ドクン。
「……はぁ」
どうやら不覚にも月道に欲情してしまったらしい。
しかも周りに人は居ない。
せめて1人でもいれば、理性を保っていられたかもしれない。
……はぁ。何故今?
そうしているうちにも、どんどん月道は俺に近づいているし、俺もそうしている。
流石に怪しいと思った月道が方向転換しようとしたとき、俺は後ろから彼に抱き着いてしまっていた。
「離して」
月道は力の分が悪いと諦めているのか、そう呟いたきり目立った抵抗はしていない。
「……」
俺は何をする訳でもなく、月道のことをキツく抱きしめ続けている。
不幸中の幸いであったのは、月道の顔が見えなかったこと。
……あいつのことだ、虫けらを見るような目をしていたことだろう。
「離した方が良いと思うけど」
当時は知らなかったが、月道は基本上層部にしか敬語を使わない為、俺には勿論タメ語。
それがまた新鮮で、警告を無視して抱きつぶす勢いでキツく抱きしめてしまっていた。
――そんな欲望に突き動かされていた俺を覚ましたのは、あの方の一言であった。
「裾野聖。エースへの反逆行為、並びに下級生への性的虐待の為、自殺のちの晒し首を言い渡す」
地響きが起こるぐらいの重低音。背後から感じる支配者のオーラ。
俺は一瞬で息が出来なくなり、その場に座り込んでしまった。
そうして副総長に抱きかかえられた際、月道の方を振り返ると、僅かに開いた教室の扉から佐藤の勝ち誇った顔が見えてしまった。
また、裏切られるのだろうか?
頭の中に過る光景。
フラッシュバックする忌まわしい記憶。
もしかしたら、光明寺さんも俺に裏切られた形になるのか?
呼吸が荒くなる。
汗が噴き出すように全身を流れていく。
やがて視界がボヤけていくのが分かり、目を泳がせ瞬きをして明瞭にしようとするが、益々悪くなっていく。
考えすぎか?
……もう少し、楽観主義であったらな。
――バン!!!!!!
俺の願望は、片桐総長が机を叩く音で遮られた。
大神元教官を殺すかどうか悩んでいた時も、そうであった。
そう言えば、ここは総長室?
……どれだけ思案を巡らせていたのだろうか。
「忌まわしい眼の裾野聖……トラウマを見せ、人間を魅了する悪魔……お前の兄もそうだったろう? 後鳥羽 耀夜。忘れる訳が無い。あいつと同じ悪魔はここで自らの首を斬って死ね」
総長は徐に俺に近づき、震える手つきで俺の刀を鞘から抜き、右手に持たせた。
裁判の時に聞いた乞田が仕えていた兄さん……。
片桐組に居たのだろうか?
「…………」
俺は口をつぐみ、剣を握ったまま硬直してしまった。
そうしていると、突然背後で扉が開く音がし、振り向くと佐藤が袋小路に追い込んだ達成感を顔に浮かべていた。
「総長、裾野聖は……大神元教官を殺しました。 ”狼狩り”は、こいつです。俺、あの日……グラウンドで殺している裾野を見たんです。バラバラ死体にして、大事そうに運んでいました」
佐藤は慈悲のかけらも感じない淡々とした口ぶりで、思いもよらない裏切りに涙すら流れなかった。
それから剣を持つ俺に目を落とし、
「俺がこんなに愛してやったのに、何で年下に手を出した!? なぁ……悪魔!」
と、怒りを露わにした佐藤は覚束ない足取りで近づき、俺の肩を執拗に揺らした。
「……」
返す言葉も無かった。
愛してくれなかったのは、お前の方だ。
そう言えたら、少しは変わっていたのだろうか?
……後悔なぞ意味もない。
俺は返り血が飛ばないように佐藤を押しのけ、剣先を首に這わせるように向けた。
相棒にまで裏切られたのなら、もういいだろう。
望み通り。
剣先から大神元教官の体臭が鼻につく。
余程使い込んでいたのか、汗の臭いも若干遺っている。
「早く、やれ」
片桐総長の声が俺の足から頭へと響き渡る。
四面楚歌。
俺は死ぬ運命。
悪魔は人に浄化されるのか。
…………足音が聞こえる?
「あ! 聖、待ちなさい!」
すると副総長が即座に俺の手を掴み、捻りあげた。
「え?」
俺は状況が呑み込めず、間抜けた声で訊き返してしまったが、副総長は忙しなく藤堂さんが呼んでいる、と総長に聞こえるぐらいの声量で何度も叫び、そのまま連れ出してしまった。
ふと廊下の窓を走りながら見遣ると、鳩が何羽も飛び交い、烏と縄張り争いのようなことをしていた。
「鳩と烏って、縄張り意識なんてありましたっけ?」
俺は副総長に連れられながら、全く関係のない話を振ってしまった。
「ある。どっちも似たようなものだからね」
副総長はそう言い終えると、本当に烏階の中に入り、エースインフォーマー室の扉を4回ノックして開けた。
俺が本当に、と疑ったのは勿論、口実だと思っていたからだ。
「そう簡単に死なれちゃ、困るんだよね~」
部屋に入るとすぐに藤堂さんが、片手を……いや、片羽を俺の頭に乗せた。
羽はどう見ても烏の羽……だが、実物を人間サイズにしたぐらいの大きさで、頭に乗せられると藤堂さんの手で撫でられているような錯覚に陥る。
「……から、す?」
俺が羽に手を伸ばしながら言うと、頭上から「あ?」と、気の抜けた返事が聞こえ、
「細かいことは気にすんな。今、鳩の大群が敷地に入ってきたから追っ払ってたんだよ」
と、一瞬で人の腕に戻しながら言う藤堂さんには、まだまだ謎が多いようだ。
第一、今でも俺が幽霊と話せる理由と同レベルでよくわかっていない上に、本人も話したがらない。
「そ、そうなんですね」
俺はそれぎり黙ってしまったが、藤堂さんと副総長は何故か俺の言葉を待つように見下している。
「……あの?」
「裾野の言葉が聞きたいんだよ。あんだっけ? 副総長が気利かせてくれて、うちのライバルの藍竜組に入隊できるようになったらしいんだって。……どうすんだ?」
藤堂さんは数歩前にジャンプしてしゃがむと、俺を見上げて言った。
「……生きていいんですか?」
「あったりまえだ。それと、優太の遺体なんだけど。調べたらお前の実家に兄貴が居んらしいな。それなら、引き取ってくれね? まぁ安心しろって、埋葬の前準備ぐらいまでならやってあるから、あとは業者に埋めてもらえよ」
藤堂さんはそう言いながら部屋の奥へと消え、すぐに遺体が入っているであろう烏柄の風呂敷を御姫様抱っこをして持ってきた。
俺は受け取りながら、藤堂さんが言う通り、死体独特の臭いは全くしないな、という率直な感想を抱いた。
「……ありがとうございます」
俺は涙を堪えつつ、風呂敷にくるまれて表情が見えない光明寺さんの冷たい身体を抱きしめた。
すると風呂敷の隙間から1枚の紙が落ちた。
「あとは副総長が退会手続きしてくれるから、んえ? あーそれ、藍竜組の場所が書いてある地図ね~」
藤堂さんはサッと拾って俺の制服のポケットにねじ込むと、そのまままた部屋の奥に行ってしまった。
「聖。藤堂が部屋の整理をしてくれたそうで、今は荷物を取りに。あと、これだけは忘れないように。門をくぐったら私たち片桐組とは縁が切れます。……いいですね?」
副総長は精一杯威圧をこめた声で言い、すぐに頷くと、「面倒事が増えました」と、儚げに笑いながら立ち去って行った。
ときどきあの2人は、本当に血の繋がった兄弟なのか、と疑いたくなる。
もしかしたら、俺と紅夜兄さんのように異母兄弟なのかもしれない。
……そうだとしたら、片桐総長はどんな環境で育ったのか、甚だ予測がつかない。
やがて数分もすると、共同部屋にあったすべての荷物を持ってきた藤堂さんが戻ってきた。
「ほい、実家には連絡したから。まぁ帰ってくるのを待てって言ってあるけどね~」
藤堂さんはへにゃりと笑うと、何か言いたそうな顔をしている俺を数秒見つめた。
「ん?」
「あの、藤堂さんは……鳩と烏の縄張り争いは、存在すると思いますか?」
俺は先程の副総長の発言が気になり、つい藤堂さんにも訊いてしまっていた。
「すんじゃね? だから鳩を追っ払ったんだと思うし。あーあ、情報屋で鳩みたいなやつって居ないのかな~」
藤堂さんは腕を首の後ろに回し、退屈そうに欠伸をしながら言った。
……今思い返すと、この発言はある意味予言となっていたのだな。
「張り合える相手は、いらっしゃらないんですか?」
「居ない居ない。ちょーっとメール爆弾したらすぐ情報漏洩だからね~」
俺はため息混じりに言う藤堂さんを横目に、せっせと荷物を小さく、また1つにまとめ終え、
「……同期に挨拶は、できませんか?」
と、問いを投げかけると、藤堂さんは首を横に振った。
「まぁ俺の部屋に来た時点で、門の外までの移動手段は覚悟しておいて欲しいんだよね~。あと、藍竜組へは明日行けばいいから」
と、むしろクツクツと笑いながら、肩に乗っている烏たちを俺の足元に飛ばした。
それから10羽の烏たちが集まって俺と荷物を乗せ、開けっ放しの窓を抜けた。
このままでは藤堂さんにお礼を言えないまま、敵になってしまう。
俺は烏から落ちないように振り向き、
「い、今までお世話になりました! ありがとうございます!」
と、半ば叫ぶように言った。
すると藤堂さんは窓から身を乗り出し、
「あーい! 優太を頼んだ~!」
と、右手を大きく振っていた。
そうして10秒もしないうちに門の外に降り立った。
俺は烏たちにお礼を言い、荷物を受け取った。
「……帰るか」
片桐組の門を見上げ、背負う形で巻いた風呂敷を固く結び直し、少し寄り道して帰ろうと遠回りの道を選んで歩き出した。
しばらく住宅街を歩いていくと、曲がり角に差し掛かり、試しに曲がってみるとそこは遊具が幾つも置かれている広い公園通りに出た。
「……あれ? 公園?」
何年も過ごしているのに、こちらの通りに出ることはなかった為知らなかった場所だ。
それだからか、俺は半ば引き寄せられるように公園に入った。
するとそこで不穏な現場に遭遇してしまった。
と言うのも、公園の隅にある茂みの方から男の子がすすり泣く声が聞こえたからだ。
俺は足音を立てない様に近づき、夕闇に隠れるように茂みの近くにある背の高い木の前まで移動した。
「変な色の髪だな、お前。お金とか持ってねーのかよ」
苛めっ子と思われる同い年ぐらいの男の子が、いじめられっ子の胸倉を掴んで揺すっている。
「……」
いじめられっ子は数人に囲まれ、お金を要求されているのが怖いのか、すすり泣くだけで返事はしていない。
「なぁ、脱がせて写真撮ってやろうぜ~」
と、先程とは違う苛めっ子が発言すると、すぐに他の苛めっ子たちもお金よりもそちらに感心が移った。
年ごろの男の子だから仕方ないが、男の子同士で撮る類の写真ではない。
「や、やだ……」
いじめられっ子は銀色か灰色に見える頭を抱え、その場に座り込んでしまった。
「……」
俺は見ているだけでいいのか?
だが助けに行ってもし……人を殺めてしまったら?
依頼以外での一般人への手出しは禁物。
……そうは言っても、もう片桐組を抜けた身……人助けくらい、させてほしい。
「親に怒られるぞ」
俺は木から僅かに覗く程度にし、深まりつつある闇から身を乗り出した。
夕闇に映える悪魔の眼は、苛めっ子たちにどう映ったのだろうか?
だが苛めっ子たちは、一斉に笑い出した。
「人助けとか、気持ち悪ぃんだよ!」
その一言で導火線に着火し、沸々と俺を怒りへと追い込んだ。
このとき初めていじめられっ子と目が合ったのだが、彼は逆に驚いてしまう程、切ない眼をしていた。
誰が見ても栄養失調と言いそうになるぐらいの細い身体、彼の側に転がる数羽の鳩の死体、それから右胸を押さえ、苦しそうにしている姿。
「……」
俺は医療に関しては無知だが、それでも察しがつくものがある。
――言うまでもない。
これが現在藍竜組で唯一の同期、鳩村涼輔との出会いなのだ。
――後編へ続く。
執事長の乞田です。
お疲れ様です。
投稿が大変遅れてしまい、申し訳ございません。
裾野様の心情や出来事の理解に時間が掛かったようでございます。
今後は気を付けます。
次回の投稿日は、5月9日(土)か10日(日)になります。
なるべく早め早めに書くようにいたします。
重ねてお詫び申し上げます。
それでは体調にお気をつけて、お過ごしくださいませ。
よい一週間を。
執事長 乞田光司




