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「第十七-自分の存在意義とは?(後編)-」

裾野が食堂で見たものとは、何だったのか?

後鳥羽家に吹き続けるそよ風の正体も、現在パートで明らかになります。


※約9,200字です。

※若干BL注意。

2015年4月22日 午後(天気:くもり)

後鳥羽家 裏庭前

裾野(後鳥羽 龍)



 先週は菅野を連れてお墓参りをしたが、今週は俺の過去の話を聞きに意外な人物が来た。

「裾野。本当に……ここにあるんだよな?」

本人にしては珍しく高そうな烏色のスーツに身を包み、もしゃもしゃの髪の毛を毟るように掻いている。

声色からは、この状況がまだ信じられていないようだ。

「はい。俺が嘘をつくと思いますか?」

俺が裏庭の扉を開けながら言うと、背後から何かが大きく羽ばたく音が聞こえる。

おそらく、嘘だったら俺の命は無い……とでも伝えたいのだろう。

「……」

咆哮に近い何かのうめき声は、裏庭に出てからも背後にぴったりと張り付いていた。

そのまま歩みを進め、菅野が手入れをしてくれた墓石の前に足を止めると、うめき声から気だるそうなため息に変わっていた。

「本当だ……」

と、何もかもを受け入れた声がし、決して端正とは言えない横顔を見下すと、何かに突き動かされたように跪いた。

「いつも俺が守っていたのにな……何で手、抜いちゃったんだろうな」

この人の2度目の涙は、あの日と同じく悔し涙だった。

声も震え、そよ風が常に吹く墓場に飛ばされてしまっていた。

「……」

僅かに烏の羽が残る背中を見下し、本人に気付かれないようにその羽を払った。

この人が天才だ、と言われつつも、人があまり寄り付かなかった由縁でもあるあの羽を、俺は1枚だけこっそりとジャケットのポケットに忍び込ませた。

「俺は……絶対救えた。もうな……何度も夢に見てんの。でもな、いつもいつも……間に合わないんだよなぁ。あの日も、あの日も……いっみ分かんない。夢の中くらい助けさせろよって、思ってんだけどね~」

跪いたまま鼻を何度も啜り、ハンカチで乱雑に目元と口元を拭う姿は、30歳を超えても俺の片桐組時代の姿と何も変わっていなかった。

「……夢の中で助けられたら還ってくる世界なら、いいんですけどね」

俺は隣の墓石を見ながら、そよ風に自分の声を乗せて飛ばした。

 自分の責任で誰かを亡くした人なら、誰だって一度は思うのではないだろうか?

夢で遭えて、死ぬ直前の映像が流れたら……引き留めて救おうとするだろう。

それでも救えないのは、そうではない現実があるから。

俺の仕事は、そういう人間を増やしてしまう仕事なのかもしれない。

だが依頼が尽きない今、菅野が依頼主に対して笑顔を見せられるようになり、依頼主の為に働いているのだから……俺がしっかり指導しないといけない。

それと、菅野に同じ思いをさせない為に。


 淳を、菅野の祖父を、将来できるかもしれない子どもを、楽しい日々を一緒に過ごす同級生たちを。

出来れば、俺の事も。

「ふふっ……我ながら押しつけがましい」

と、聞こえないように微笑みながら言うと、そよ風から笑い声が伝わってきた。

「それでは、あの日の俺の行動を包み隠さずお話します。……まだ、疑っていらしているのでしょう?」

俺が今度は隣に跪いて耳元に顔を寄せて言うと、「あーそうだよ。お前のこと、心底疑ってんの」と、涙混じりの間抜けた声が聞こえ、俺は一息つき、眉尻を下げた。



2002年6月19日 深夜(天気:雨)

片桐組 狼階食堂

裾野(後鳥羽 龍)



 食堂に一歩足を踏み入れると、ひんやりとしていても湿っている梅雨の空気が漂っていた。

全面防弾ガラス張りの夜の食堂の窓は、雨粒がしきりに滴り、外の景色も外灯も隠してしまっていた。

「何かがおかしい」

俺は丸腰で来てしまったことを深く後悔したが、訓練場の槍は持ち出し厳禁で、部屋までは護身用を携帯するように義務付けられている。

……まさか護身用を部屋に忘れるとはな。

姿勢を低くし、一歩一歩足を滑らせて厨房へ向かうと、目が慣れてきたのか、うずくまって眠っている人影が目に入った。

 時計を確認すれば、午前2時。

もちろん、消灯時間も過ぎている。

教官に見つかれば、鞭打ちや依頼全取り消しもある。

それは俺もそうなのだが……ここまで来た以上、引き返せはしない。

「あの、消灯時間過ぎてますよ?」

先輩か後輩かも分からなかったから、敬語で遠慮がちに声を掛けつつ近づいた。

そのままようやく足元まで近づくと、その人物が誰か……分かってしまったのだ。

「……光明寺さん?」

俺はくるぶしあたりを叩いて起こそうとしたのだが、不自然なほどに反応が無い。

そのうえ、ブーツ越しなのに異様に冷たい。

「……?」

随分熟睡されているのか?

俺は四つん這いになり、冗談半分で腹の方に手を伸ばしてくすぐろうとしたのだが、自分の手に生暖かい何かが触れ、思わず目を見開いて尻餅をついてしまった。

「……う、そ……ですよね?」

自分の声がこんなに震えるのか、と驚くほど震えてしまい、口元を押さえようと思ったが、その手すらも震えて使い物にならない。

 今日は光明寺さんの20歳の誕生日だ。サプライズの血糊かもしれないとも思った。

だが本物のそれに何度も触っている殺し屋として、この感触は嘘ではないことは即座に分かる。

「だ、だ、誰が……」

俺はガクガクと首を動かし、光明寺さんの死に顔を見た。

あの日俺に、「ここまで来て」と、言った綺麗な泣き顔に似た花のような笑顔。

傷を見る限り殺された筈なのに、苦悶の表情は一切なく、殺されて……喜んでいるかのような顔。

「どうして…………?」

聞かないようにしていたが、俺の声が気づけば涙声に変わっている。

はたして、殺されて喜ぶ人間が居るだろうか?

 もしかしてあの時、「ここまで来て」と、涙ながらに言ったのは……俺に殺して欲しかったからではないのか。

そう仮定すると、佐藤との噂の話で藤堂さんの部屋を訪れた時に言っていた、「……卒業したら誰も知らない所に行って、お嫁さんを貰って強いパパになりたいんだもの。役員なんてやってられない」と、いう言葉も。

誰も知らない所……お嫁さん……。

本当は殺し屋でもなく、光明寺家でもない一般家庭で育ちたかったのだろう。

当たり前の幸せを、噛みしめて生きたかった……その幸せを、依頼を通じて知ってしまったのだろう。

だから心から好きな人を訊かれたのかもしれない。

……今となっては、全部推測になってしまう。

 あと数年あれば、気が付いたのかもしれないのに、その前に飛んで行ってしまった。


 俺はこれから何のために生きればいいんだ?

今まで光明寺さんのようなエースになりたくて、ずっと背中を追っていた。

だが急に前を走っていた筈の光明寺さんの首周りに幾何学模様の腫瘍が出来て爆発し、笑顔を浮かべながら消え、周りには誰も居なくなった。

 真っ白な世界。

俺は歩を止め、自分の存在を疑った。

片桐組に居る意味は?

同期と居る意味は?

生きる意味は?

存在意義は?

その問たちを前に頭を抱えてしゃがみたくなった…………だけどまだ、俺は生きている。

強い殺し屋、理想のエース、優しくて残酷な人。

まだ可能性はあるかもしれない。

 同期たちが笑顔で手を振ってこちらに来る。

心から愛すことのできる人を探す。

まだ時間はある。

 先輩たち、後輩たち、役員の方々、そして副総長、総長が現れる。

そうだ、俺には…………命がある。

それなら犯人を捜し、殺した理由を訊くことも出来る。

弔うことも、想うことも出来る。

 後鳥羽家の全員が、俺に各々の目線を向ける。

世界が真っ白から、それぞれが放つ色に変わって染まっていく。

殺し屋の俺、片桐組に居る俺、後鳥羽家に居る俺……皆、誰かの役に立っている。

俺は誰かの役に立って、生きている。

それを誰かに伝える為に、生きていかなければ……!



「……ん?」

俺は世界の晴れた目元の雫をハンカチで拭い、傷をもう一度見てみると、それは刀傷というよりも、銃剣の傷……しかもこの不自然な角度は、初心者か共犯者が心得の無い人……。

だが光明寺さんが初心者に殺される筈がないから、おそらく犯人は2人。

誰かが罪を被せようとして、失敗したものだろう。

「……」

光明寺さんが笑って死ぬ相手は限られる。

俺は何名か目星を付け、烏階所属の同期の茂に電話をかけた。

 午前2時20分にも関わらず、3コール目で本人が出た。

『茂。狼階の食堂で人が倒れている』

『……裾野。泣いているのですか?』

『……』

『ごめんなさい。すぐに行きます。藤堂エースにはこちらから連絡しますから、その場を一歩も動かないでくださいね』

茂は寝ぼけた声で早口で言うと、すぐに切ってしまった。

やはり涙声になっていたのか。

俺は立ち上がって辺りを見渡すと、明かりのついている厨房のカウンターに山盛りのチャーハンと1通の手紙が置いてあった。

「光明寺さんのチャーハン、おいしかったな……」

俺はまた溢れてくる涙をハンカチで押さえ、茂が来る前にチャーハンを平らげて、手紙は分厚かったので制服のポケットにしまっておいた。

それから厨房のカウンターの奥を覗いてみると、床にお皿の破片とチャーハンと思われるものが転がっていた。

「……」

罰当たりな人だな。

だがこれが何かの証拠になるかもしれないと思い、掃除を断念した。

あれから何分経ったのか、茂たちが駆けつけ、足跡の採取、指紋採取などに尽力をつくしている間、俺は烏階の先輩に事情聴取をされていた。

 犯人の姿は見たのか、遺体は動かしていないか、お前が殺ったのか、証拠隠滅をしていないか、遺留品は無いか……

警察が居ない代わりに烏階が警察の役目をしているから致し方ないが、ほとんどの質問に首を横に振っていた。


 ようやく解放されたのが、午前3時頃。

そう言えば、先程から藤堂さんの姿が見えない。

俺はジメジメした中で額にうっすらと汗を掻いて走り回る茂を捕まえ、藤堂さんについて訊くと、

「はて、おかしいですね。すぐに来るよう、言ったのですが……」

と、不満そうに頬を引きつらせて言うので、本当に知らないのだろう。

すると足跡を辿っていた班から、「第一発見者、被害者のものと、Dog、忍のものがあがりました!」と、叫ぶ声が聞こえ、指紋の班からも同じ声が上がり、俺は悔しさから唇を血が出るまで噛んでいた。

それからすぐに背後に気配を感じ振り返ると、オーラも無く立ちつくす藤堂さんが目に入った。

「藤堂さん……」

相棒の変わり果てた姿を見た彼の目は、如何なる景色も映っていなかった。

「裾野、こっち来い」

藤堂さんの真剣な表情を初めて見た俺は、金縛りにあったように動けなくなり、気が付けば廊下に連れ出され、張り倒されていた。

「……」

藤堂さんは無言で俺を見下し、足で仰向けにするとグリグリと腹を踏み潰した。

「……」

俺は恐怖と不安、勘違いの攻撃に押し潰され、声も出なかった。

普段からよく知っている人の激高程、恐ろしいものはない。

ということは、藤堂さんは怒ると黙るタイプなのだろう。

「優太を返せ」

何の感情も込められず、ドスのきいた声で言われ、俺はただ「違うんです」と、繰り返すしかなかった。

だがふと顔を上げ、藤堂さんの表情を盗み見ると、彼の頬には悔し涙が伝っていた。

 やがて5分も経っただろうか、心配した様子の茂が走って来て、

「藤堂エース! ここに……あの、裾野は実行犯ではありません。第一発見者です! ですから、これ以上傷つけないでください!」

と、藤堂さんの肩を揺すって止めに入ってくれた。

すると、いつもの適当な藤堂さんの表情に戻り、俺を片手で引っ張り上げてくれた。

「うっわ、ごめん! 犯人は現場に戻るとか聞くからさ~、蹴っちゃった」

藤堂さんはふにゃっとした涙痕の残る笑顔を見せ、肩をバシバシと叩くと、現場に入って行った。

 そんな適当な理由があるか!

と、言い返したくなったが、あの表情をまた見ることになるのは勘弁願いたいところ。

 仕方ないので俺は茂に連れられ、医務室に行くことになったのだが、現場からどよめきの空気が伝わってきたため、2人で引き返すことにした。

現場に戻ると、周りの制止も聞かずに遺体を大事そうに抱きしめる藤堂さんの姿があった。

自身の服が汚れるのも厭わずに、光明寺さんの肩、腰、脚を手袋をはめた手でなぞり、肩口に顔を埋めていた。

その表情には後悔が滲み出ており、別れを名残惜しむ心友にも見えた。

そう言えば、いつも2人は互いの悪いところを口にしていた。

 適当。お節介。

だがそれを笑顔で言いあえる仲というのは、余程仲が良くないと出来ないことではないか。

そのうえ、藤堂さんは光明寺さん以外の人と仲が良いイメージがあまりない。

役員らには好かれているのだろうが、それはあくまでも……情報屋の天才だからでは?

「心から好きな人、か」

俺はその光景を見て、光明寺さんが「意地悪」と、顔を赤らめて言ったことを思い出し、現場を後にした。

茂は俺を不審そうに眺めていたが、ときどきふらついているのを支えてくれ、「しばらく寝たきりになりそうですね」と、残念そうに、また面倒そうに溜息をついた。


 犯人はあの2人。

絶対に野放しにしない。

藤堂さんはしばらくしたら誕生日を迎え、役員になってしまう。

それなら俺が、2人に理由を問い詰めてやればいいのだ。

……あくまでも平和的な解決方法で。

 そんなことを考え、入院中も毎日来る見舞客を相手しているうちに、すっかり光明寺さんが遺した手紙のことなど、忘れてしまっていたのであった。

 それと光明寺さんの死によって、藤堂さんと光明寺さんの深い絆に気付き、俺は佐藤と別れる決心をしたのであった。



現在に戻る……

後鳥羽家裏 墓場

裾野(後鳥羽 龍)



 名を伏せていたのは、お察し頂けたと思うが藤堂さんだ。

俺の話を聞き終えるや否や、スッと立ち上がりふにゃっとした笑顔を俺に向けた。

「あーあ、ばっかみたいだな。疑って悪かったよ。それと、優太と両想いだって気づかせてくれてさ、あーりがと」

藤堂さんは照れ臭そうにもしゃもしゃ髪を掻き、目を伏せた。

この2人は最期まで互いに思いを言えないまま、別れてしまったのだろう。

「いえいえ。今日お話しするにあたって、光明寺さんのお手紙を持ってきたんです」

俺は烏の羽を入れた方とは逆側のポケットから、1通のシンプルな水色の手紙を出した。

それから宛て名も差出人も書かれていない封筒から便箋を出すと、光明寺さんらしい丸みを帯びた字で最後の行まで文字が並んでいた。

藤堂さんは反対側から覗き込むと、

「ほえ、本当だ。優太の字って、お母さんの字って感じしない?」

と、1行目に書かれている『裾野くんへ』の文字を指でなぞりながら言った。

たしかに、言われてみればそうかもしれない。

「優しい方でしたから。字は人間性も出ますし」

俺はひとつ咳ばらいをすると、1枚の便箋を手に口を開いた。


『裾野くんへ。

2002年6月19日。

 裾野くんがこの手紙を読んでいる頃は、俺はもうこの世に居ない筈!

でもわかんないね。また、からすくんが助けてくれるかも。

俺が裾野くんに手紙を書くのは初めてだけど、遺言だと思って読んでね。

 今から俺を殺しに来るのは、忍か裾野くんのどっちかだと思うんだ。

だから厨房のカウンターに、忍に宛てた手紙と裾野くんに宛てた手紙…どっちも置いておくね。

まぁ忍なら破り捨てちゃうかも。

そんな彼とは、ずっと…ずっと喧嘩ばっかだったんだ。

だからね、卒業する年にサービスで、君は来ないでねってメッセージを残そうと思った。

それが裾野くんに直接弱味を見せた時。

 だけど裾野くんの話を聞く限り、伝わってなかったみたいだね。

なのでもし忍が来ちゃったら、笑顔で死ぬ。裾野くんなら、泣いて死ぬ。

からすくんが捜査しに来てくれたら、真っ先に見せて誤解を解いてね。

多分、多分だけど…蹴っちゃうから。

 それと…死にたかった理由でも書いておこうかな。

俺ね、からすくんと相棒だから、強制的に役員にされる予定だった。

だけど俺は、名家も殺し屋も捨てて、遠いところで…お嫁さんと一緒に。パパになりたかった。

でももうその人生って、無理でしょう?

だからさ…死んじゃおうって。

 まだ時間があるから、裾野くんが良かった理由!

誰よりも気が遣えて、周りを本当によく見ていて、優しくて残酷な人だから。

そんな人、なかなか居ないでしょう?

料理を教えたのも、次のエースを見つけた時の親密度アップ材料のため。

忍には教えてこなかったし、からすくんには…料理がそもそも向いてないからなぁ。

それに、そんなことしなくても適当で天才だから、ほどほどに寄ってくるし!

 じゃあ足音が聞こえてきたから、最後に…。

こんなエースに付いてきてくれて、ありがとう。

裾野くんは溜め込んじゃうから、チャーハンでも食べてお腹いっぱい元気いっぱいで頑張って!

あと、からすくんに聞き流してもらうのも、結構ストレス発散になるよ(笑)

 ふふ、まだ平気みたい。

本当の最後。

もし忍が来ちゃったら、裾野くんが…何年掛かってもいいから!

半殺しにした忍に向かって、この手紙を読みあげて、謝らせてから警察に突き出してね!

証拠の音声というか、録音機だけどね!

一緒に入っているから、録音中になっていたら止めておいてね。


 それが俺なりの、エースとしての遺

裾野くんとは、いつかきっと会える気がする


 …しつこいけど、最後!

からすくんがもし側に居るなら、伝えて欲しいことがあるん


 心から好きな人になってくれて、本当にありがと

昨日の夜のこと、ずっと忘れな

大好


光明寺 優太よ 』


 最後の段落の端の方は、吐血で読めなくなっている。

おそらく、書いているところを後ろから殴られたのかもしれない。

 俺は何とか読み終えようと歯ぎしりをして涙を堪えていたが、読み終えた途端に母親のような字と吐血がどんどん自分の涙で滲んでいき、右手で握り顔から離した。

「優太……」

藤堂さんは、既に泣き疲れたのか、気丈に振舞おうとしているのか、涙は流していなかった。

2人は心友を超えたのか、それとも友人としての大好き……なのか。

どちらにせよ、2人は本当の心友であることに間違いは無かった。

 俺は封筒の中をもう一度確認すると、小型の録音機が入っていた。

流石に10年以上経っている為、電池が切れてしまっている。

だが電池を入れ替えれば、聞くことができる……最期の光明寺さんの肉声を。

 藤堂さんは録音機を見ながら、気恥ずかしそうに首の後ろを掻き、

「……あの日の前の晩ってか、日付跨ぐ前にさ、卒業する優太が嫌で……ガラじゃないかもしれないけど寂しくってさ、あいつの唇……奪ったんだ」

と、何度も瞬きをしながら、鼻の下を指でこすり、ポツリポツリと言った。

それでずっと忘れない……大好きと……。

「それで、優太……驚いて部屋を出てった。すぐ戻ると思って部屋で待ってたら、寝てたんだよ。……起きたら、優太はもう俺の前から居なくなってた。何だよもう、助けに来るって手紙にも書きやがって……。優太ってほら、綺麗な顔してるし礼儀正しいから、先輩たちから迫られても拒否できなくてさ、1回だけ……制服もボロッボロの状態で血も流して……泣きながら俺に抱き着いてきたことがあって。お婿さんに行けないとか、言ってたっけか。それはどーでもいんだけど、だから大神の時も優太はしつこいくらいに心配してたんだよ」

藤堂さんの適当っぷりは、ほんの一面に過ぎない。

本当は一途で、寂しがり屋で、不器用な方なんだ。

話しにくそうに、だけど照れながら話す姿は、心から光明寺さんを愛していた証だと思う。

 俺は元教官の偽の愛情に騙され、翻弄され、光明寺さんに酷い思いをさせてしまった。

その経験があったから、あそこまで心配していたのか……。

「それから、こっそり……優太の背中に毎日盗聴器兼発信器を付けて、先輩たちに迫られていたら、助けに行ってたんだ。それに俺を傷つけたら役員の父親が黙ってないから、先輩たちも次第に優太に手出さなくなったんだ。けど、優太の上半身の怪我の手当してやるとき、いっつも泣きそうな顔をしながら服を捲り上げるんだよな。下半身だと尚更嫌がるし……やめてくださいって言うんだよ。だから俺、ずっと一方通行だと思ってたのに」

藤堂さんは悔しそうに長い指の爪をカチカチと当て、キラリと光る目を伏せた。

 光明寺さんが経験したことは、トラウマとなってしまったのだろう。

それにしても、信頼している相手でもそうなってしまうのは……俺とは比べ物にならないことだと思う。

「……お話してくださって、ありがとうございます。俺、光明寺さんの遺言通りにやってみます」

そう俺が言うと、藤堂さんはフッと笑みをこぼし、

「やれるもんならやってみろ。ほれ、録音機の電池交換くらいやるって」

と、ポケットの中から単三電池を取り出し、録音機を俺の手から取ると手際よく換えながら言った。

「忍さんは、今どこに……?」

「あー片桐組には居ない。あいつもお前が辞めた次の日に辞めて、どっか行った。裾野の居ない組なんて、意味ないとか言ってたらしい。あと噂程度の情報だけど、凶悪犯が集まる組に入ったってよ。ここまで言ってやったんだから……お前1人でやるなよ?」

片桐組役員となった藤堂さんとしては、ライバル組である藍竜組の俺に言えることも限られるだろう。

それにしても、ここまで言うということは……今忍さんが居る組は相当の凶悪ぶりということか。

「はい。俺が嘘をつくと思いますか?」

俺は冒頭でも言ったことを目も合わさずに繰り返すと、藤堂さんは大きくため息をついた。

冒頭とは真実性を表すある行動が違う。

「ほい、録音機。俺は……唇奪われて驚いた声を最後にしたいから、断末魔とか聞きたくないなー。これってノロけか?」

藤堂さんは俺に録音機を返し、肩に乗っている数羽の烏を撫でながら言うと、烏が一斉に頷いたので吹きだしてしまった。

「みたいですよ。俺も相談した時の光明寺さんが好きです。ですから、録音再生は忍さんを半殺しにした時にします」

俺が剣の鞘を撫でながら言うと、藤堂さんは笑い飛ばしながら、「俺たち、優太好きすぎ!」と、言った。

その声は一際空に響き、呼応するようにそよ風が2人の頬をいつもより強く撫でていった。


「俺も好きなんだけどな~、気づけっ、こら! からすくん!」

と、言っているような気さえした。

というよりも、言っていたのだが。

それから2人で手を合わせ各々に報告を済ませると、墓場を後にした。

 一陣の風が後ろから吹き付け、2人で身震いをしている頃、

「2人とも、ここまで来てくれてありがとう!」

と、まるで全身を使って後鳥羽家の庭から叫んでいる気がして、思わず振り返ると、一瞬お腹を赤く染めた光明寺さんが笑顔で手を振っているのが見えた。


「予報の嘘つき~。風が強いな~。これじゃあ、烏が飛んじまうっての」

俺が綺麗な顔のままの笑顔を思い出しなつかしさに目を瞑っている時に、藤堂さんは全く暢気だ。

だが本当はそうではなくて、俺だけに伝えようと風を吹かせているから、これが普通の反応なのだ。

「大丈夫ですよ、一時的なものでしょうから」

俺は精一杯の作り笑顔で、肩をすくめてみせた。

ほら、俺は嘘をつかないと言ったでしょう?

執事長の乞田です。


わたくしの弟の死を乗り越え、力にかえている龍様の御姿は本当にお美しいです!

あ、カタイ言葉は不得手ですので、カッコイイですよね!

それにしてもですね、弟とからす様が……!

これではわたくしよりも、弟の方が経験豊かということに……ちょっぴり悔しいですよ。


次回投稿日のお話でしたね。

問題無く来週(4月29日(土)か30日(日))に投稿できます!

今回は「心」でしたが、次回はそうですね……犯人が大きすぎるが故のことを、予想しながら読むと面白いと思います!

それでは、くれぐれもご自愛くださいませ。


執事長 乞田光司

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