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「第十六‐自分の存在意義とは?(前編)‐」

裾野と周りの人間の存在意義について、もう1度確認してみよう。

そんなお話だったり。

ざっくりあらすじを書かないと、すぐネタバレになってしまう今回のお話。

どうか、お許しを。


※約8,000字

※若干BL注意?

2015年4月15日 午後(天気:晴れ)

後鳥羽家本館裏 墓場

裾野(後鳥羽 龍)



 後鳥羽家には裏庭の右角に歴代当主のみの墓場がある。

他の兄弟たちの分は、寺の墓場に偽名で作られている為、正確に分かる人物は現当主と後見人ぐらいしか居ない。

俺は菅野を連れ、墓石の中でも一際小さく、1番隅にある上に地味なものの前に立膝をついて座った。

「……裾野?」

菅野は歴代当主の墓の方を見、目を開けたまま祈り始めた俺を不思議そうに見ている。

「お世話になった人の命日には、必ずお参りをするんだ。とは言っても、今年は仕事で出来そうもないから、今しているんだ」

俺は懐かしい気持ちを心の中に広げていき、言い終えると目を瞑り近況報告をした。

その間菅野の気配は俺の隣にあったから、もしかしたら俺の真似をして祈っていたかもしれない。

だが報告を終えて目を開けると、菅野は仲良く隣に並ぶ2番目に小さい墓石に、桶に汲んでおいた水を手で掬って、墓石に近づいて上からかけていた。

「……?」

柄杓ならすぐ近くにあるのに、何故手でかけているのだろうか?

俺は何度も手で掬ってはかける菅野を見つめ、首を捻った。

関西でそういう風習でもあるのか……?

だが菅野が関西に居たのは、10年もないぐらいだ。

特に宗派も関係が無さそうであることから、本人なりの理由でもありそうだ。

立ち上がって菅野の傍まで行き、

「菅野」

俺が桶の水を掬おうとしていたところで声を掛けると、菅野は「ん?」と、桶の水に手を浸したままこちらを見上げた。

「柄杓は使わないのか?」

と、視界に入りやすい位置にあった檜製のものを指差すと、菅野は「う~ん……」と、不満そうに首を回した。

「もちろん、こっちの方が(はよ)う終わると思うで? でも上から道具越しに水をかけられるよりも、人の手から(もろ)た方が(うれ)しない?」

菅野は柄杓を持って軽く振って置き、腕まくりした逞しい腕を眩しくなってきた日に当てながら、目を細めて俺を見上げて言った。

菅野がいつの間にかそんな人間に育っていたとは。

絶対に直接関係の無い人物の墓参りなど、面倒臭がると思っていた。

本日誘おうと思っていた弓削子がそうであったように。

俺はふぅと息をつくと、「そうかもしれないな」と、やりきれない気持ちで呟くと、菅野は不審そうに頬を掻き、また水を掬って墓石にかけていた。

 菅野は関西で貧乏だということでイジメられ、槍の試合では空白の年を作り、関東に出て人間オークションで一度は売られた経験がある。

全て自分のせいだと責め、イジメた奴を悪いとは言わず、槍試合ではもしかしたら実の弟が仕掛けた可能性もあるのに、自分のせいと決めつけていた。

人間オークションに攫われたのも、注意書きを無視した自分を責めていた。

初めての殺人の時も、俺を責めて良かった筈。

そういうことの繰り返しが、菅野の人間性を育てたのかもしれない。

責任転嫁の無意味さを、自分のせいと落とし込む辛さの引きかえに、他人を救う強さと意義を。

「…………菅野」

水をかけ終えて諸手を挙げ、伸びをしながら手についた雫を叩く菅野の後ろ姿に、ためらいがちに声をかけた。

菅野はそのまま腰を曲げて俺が逆さに見える状態まで伸び、カエルのように瞑れた声で「何や?」と、話を促した。

何も考えてなさそうで、他人のことを俺よりも分かっている……。

全部お前自身のおかげなのではないか?


「ありがとう、ここまで来てくれて」

俺は育ての親としての使命の終わりを感じながら、悟られないように肩を揺らして笑った。

おそらくこの言葉は、これから話すあの人が言いたかった言葉だ。

……なのに俺は、全部あいつのせいと(なす)り付けた。

大神教官の時も、こんな男に引っかかった俺が悪いと腹をくくれなかった。

何故だ?

俺は裁縫と友人の多さ以外は、菅野よりも一枚上手だと思っていた。

そう考えると、心配そうにこちらに近づいてくる菅野が酷く上手(うわて)に見え、急に半透明な壁を感じ手で制してしまった。

「……菅野」

手で制しても何も解決しないが、手が大きいせいか、菅野の顔が丁度隠れる位置に偶然出ている。

この手の先には、一枚上手の彼が居る。

また考え込んだ俺は菅野の顔を真っすぐ見るのが怖くなり、顔を見ない様に胸に抱いた。

「裾野にまだ追いついてへんのに、急にお礼言わんといてや。それに何や? 変な裾野やん……明日、剣でも降らすつもりなん?」

菅野は久しぶりにふわりと抱きしめられて、かなり驚いているらしく俺の腕の中でもぞもぞと動いているうえに、いつもよりかなり早口だ。

「いや剣は降らないが、今日は雨が降るかもしれない」

意味が分からなかったのか、ガバッと見上げてきた菅野と危うく道を外しそうになるが、顎を上げて回避し誤魔化すように空を見上げた。


 あの日は曇天だった。

1日で俺の存在意義と組に居る意味を見失いかけた、10年以上経った今も終わっていないあの出来事。


 いつになれば、あなたは――


「ずっと待っているから」

すぐ後ろで声が聞こえ、菅野から腕を離して振り返ると、一瞬心底嬉しそうに微笑むあの人が当時の格好のままくっきりと見え、引き止めようと手を伸ばした。

だが今度は涙声で俺の名を叫ぶ菅野によって、身体ごと引き留められた。

「いったらあかん……お願いやから」

涙ぐんだ声で後ろから抱き着いて言っている為、くぐもって聞こえてくる。

菅野にはオーラが見えるから、おそらく嫌な予感もしたのだろう。

そのうえ何度も鼻を啜って引き留めた彼の心情も考えると、考え無しの行動が悔しくて唇を噛んだ。

過去は変えられない。だが学ぶことはできる。

頭では分かっているのに、どんな形であれやり直すチャンスが現れると飛びつくのは、どうしてだろう?



2002年5月1日 夕方(天気:くもりのち雨)

関東内某廃墟ビル4階

裾野(後鳥羽 龍)



 雨がしとしとと降り、窓のない無機質な室内を点々と濡らしていく。

その部屋の奥の簡易ベッドを鳴らしながら、俺は一糸まとわぬ姿で猫撫で声をあげ、上にのしかかる巨漢の愛を受け止めている。

 始業式後すぐに、恥ずかしながら佐藤に告白をし、この時は既に付き合っていた。

……告白の記憶など思い出したくもないから、書く訳もないが。

「聖、かわいい」

特訓の成果もありかなり巨漢へと成長していた佐藤は、快楽の罪に怯え、逃れようとする俺の腕を捕まえて捻りあげていた。

 ……これ以上綴ることは出来ないが、俺と佐藤はこの日に初めて心体共に繋がることが出来た。

部屋では無く隠し部屋でやっていたのは、他でも無く見回りや藤堂さんの存在を警戒していたからだ。

だがその考えも甘かったようで、窓のさんには烏が1羽止まっている。

「……佐藤、あれ」

俺は服装を整え、窓のさんに居る烏を指差すと、大げさにため息をつき、烏の目の前で一度だけ唇を重ねた。

「聖はこの俺のだから、他の奴に狙われないように」

佐藤は自信家なところがあるからか、俺が絶対に浮気をしないと信じているらしい。

そのうえ、すぐ誰かに奪われることも警戒しているようなので、落ち着ける為に言っているのだろう。

「……ありがとう」

俺は背伸びをして自分から唇を掠る程度に当て、火照っている頬に手を当てながらドクドクと煩い心臓の音を楽しんでいた。


 その後特に噂も流れておらず、同期組も気にしていないことから、藤堂さんが見過ごしてくれたのだろうと思い、放課後にエースインフォーマー室まで出向きお礼を言いにいった。

「そんな、いいのに~」

藤堂さんは来客用の椅子に仰向けで寝転がって烏と遊びながら、たまたま居合わせた光明寺さんに烏を1羽飛ばした。

烏はそのまま光明寺さんの肩に乗り、嬉しそうに翼を羽ばたかせた。

「裾野くん、気を付けなきゃ駄目だよ」

光明寺さんは眉を下げて、俺の頭に手をぽんと置いた。

すると藤堂さんが急に起き上がり、その手を払いのけた。

「あ~、だ~め。優太はすぐに甘やかす」

藤堂さんは目くじらを立てて俺を睨み、肩に乗っている烏たちも目を吊り上げて翼を広げた。

「甘やかしたい年ごろかもしれないよ? もうすぐで卒業だから」

光明寺さんは頬を撫でながら言うと、藤堂さんの肩に烏を返した。

「あ~……やっぱ優太は卒業か~」

藤堂さんは欠伸混じりに言うと、再びソファにどっしりと座った。

烏色のソファは吸音性に優れているのか、体重をかけて座っても何も音がしない。

「裾野くんが役員会議のことを言ってくれたから、もう踏ん切りがついたんだよ。卒業したら誰も知らない所に行って、お嫁さんを貰って強いパパになりたいんだもの。役員なんてやってられない」

光明寺さんは藤堂さんの隣に静かに腰を下ろすと、そのまま背もたれまで倒れ込んで目を閉じた。

「ありがとうございます」

俺は自分のおかげと言われることが、こんなにも嬉しいのか、と思わず顔を綻ばせてしまっていた。

 たしかに、光明寺さんは殺し屋らしくないところがある。

殺した後も必ず手を合わせる、遺族に報酬金の一部を渡す為、ターゲットに手紙を書かせるなど……

おそらく死んでも地獄には落ちなさそうな行いをしているし、組内でも1人1人をよく見て訓練方法を変えている。

光明寺さんはガバッと起き上がって、背筋を伸ばした姿勢で座り直すと、

「うん。あ、そうだ。からすくんにはもう言ったんだけど、誕生日で20歳になると卒業扱いになるのね。それでその日にエースはスピーチをしなきゃいけないんだけど……」

と、バツが悪そうに鼻の下をこすり、

「あと1か月ぐらいで卒業なのに、全然思い浮かばなくて……。裾野くんなら、何て言うのかな~って思ったんだ」

そう言うと、自分の左隣を叩いて座るように促すので、会釈をしてから包まれる感覚を楽しみながら遠慮がちに座った。

光明寺さんは本当に何も考えていなかったのか?

この疑問をぶつけたくなったのだが、その刹那……言わなければならないことを思い出してしまった。


 忍さんが光明寺さんがアレルギーという告白をした厨房での出来事を見ていたこと。

意味深な笑顔でお礼を言われたこと。

おそらく、光明寺さんの弱味の一部始終を聞かれたかもしれないこと。


「あの、それも大事なのですが……。俺が初めて光明寺さんに料理を教わった時のこと、覚えていますか?」

光明寺さんは俺の問に対し、満面の笑顔で頷いて先を促してくださった。

「あのとき、忍さんにも光明寺さんの弱味を聞かれたと思います。……倒れた時に、意味深な笑顔でお礼を言われたので……」

俺はそれ以上言うのは何故だか気が引けていまい、口をつぐんで俯いた。

だが光明寺さんはフフッと口元に手を当てて笑うと、

「それなら計算通りだよ」

と、駆け抜けるように言った。

こういう自慢げに言いたくなる場面でも、サラッと言える光明寺さんは本当に謙虚な方なのだろう。

「え? それはどういうことですか?」

俺は呆気に取られてしまい、口をあんぐり開けて光明寺さんの方を見上げた。

だが光明寺さんは有無を言わせない笑顔を向け、

「どういうことだろうね。裾野くんには、ちょっとだけ早い話」

と、人差し指と親指で少しのジェスチャーをすると、「そろそろ特訓の時間かな~」と、ゆっくり立ち上がりながら伸びをし、2人に手を振って部屋を出てしまった。

俺は藤堂さんを救いを求める目で見たが、

「俺を見たってね~。優太とは、たっだの相棒だし~」

と、これまたあくび混じりに躱されてしまい、俺はガックリと肩を落とした。

そのまま挨拶をして部屋を出ると、佐藤が掴みかかってきた。

「俺でもエースインフォーマーには勝てない!」

と、耳元で叫ばれた上に肩を視界がぐらつく程揺すられ、俺は歯を食いしばって耐えつつも、

「一旦落ち着こう、佐藤! 聞いているのか!?」

と、掴みかかる巨漢を引き剥がそうとしていたのだが、当の本人は余程自分に自信があるせいか勘違いが過ぎてしまい、俺が浮気したとでも思っているのだろう。

……佐藤が自信家のわりに器の小さい男と知ったのは、だいたいこの頃だった記憶がある。


 それから5分もすると落ち着いたらしく、釈明を聞く気になってくれた。

「……ごめん」

佐藤は珍しく頭を下げて謝ってきた。

……どうしたのだろう?

俺は首を傾げ、佐藤の頭を上げてやると、

「聖は俺だけのもの」

と、言いながら壊れ物を扱うように抱きしめた。

やはり、浮気をされない自信があるとは言え、器の小さい臆病な佐藤からすれば、俺の社交的な性格は災いするのだろうか?

壁一枚隔てた向こう側には、片桐組の情報網を担う藤堂さんが居る状況で、誰も通らない廊下で佐藤の心音が落ち着くまで、抱き合っていた。



「裾野聖……」

突然背中に悪寒が走り、声のする方に目を向けたが、そこに居たのは1羽の烏。

もしかして藤堂さんにバレている!?

俺はそう考えただけで怖くなり、佐藤を突き飛ばして光明寺さんの部屋へと走った。


 ノックもせずに中に入ると、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした光明寺さんが居た。

俺は息を荒げもせず、部屋のベッドに座る光明寺さんの元へと歩み寄った。

「ど、どうしたの?」

光明寺さんは隣に座った俺を目で追って、鬼気迫る声と表情で言った。

俺は単刀直入で言った方が良いと考え、

「俺と佐藤の噂が流れているということは、ありませんか?」

と、早口でまくしたてるように言うと、光明寺さんは携帯を見て少し悩んでから首を横に振った。

「からすくんからも特に何も連絡来ていないから、大丈夫だと思うよ」

「はぁ……」

俺が安堵の溜息をつくと、光明寺さんは俺の太ももに手を置き、

「裾野くんはさ、心から好きになった人っている?」

と、心配そうな目で見て言った。

その口調は、どこか寂しくて、今の俺の恋愛に疑問を投げかけている。そんな気さえした。

「……心から、ですか?」

「うん。悪いところも、良いところも、全部好きだなって、全部許せるなって思える人。俺はその人と生きることが自分がこの世に存在している意味でもあるし、もしそうなら噂なんて気にならない筈だよ?」

光明寺さんには彼女が居るのだろうか?

そうでないと、経験が無いと分からない筈の言葉の重みに、俺は佐藤との関係が一体何なのか……分からなくなっていた。


 そうだ、おじいちゃんに教わったことがあったではないか。

欲しい、奪いたい、1番優しくしたい、一緒に泣きたい、一緒に居たい、喧嘩してみたい、弱い部分も全部見せたい……それが愛することだと。

それから光明寺さんが言う心から好きになるには、悪いところも良いところも全部好きで、許せることだと知った。

 佐藤はどうだろう?

一緒に居たいか?

好きなのは、思い込みではないか?

ただの…………玩具になってはいないか?

 この考えに至った瞬間、俺の心を支えていた何かが音を立てて崩れ落ちた。

「そうですよね。ということは、光明寺さんにはそういう人がいらっしゃるのですか?」

俺は当時10歳になる年であったから、詳しい部分は聞き流していたのかもしれないが、佐藤と一生過ごせと言われたら迷ってしまう自分が居た。

だから訊いてみたくなったのだ。

すると光明寺さんは、顔を赤らめて俯いてしまい、

「……意地悪」

と、目を見開いて顔を真っ赤にしながら俺の背中をグイグイ押し、部屋から追い出されてしまった。


 たしか烏階の食堂には美人の料理人が居ると聞く。

もしかしたら、その人と……だから料理を始めたのか!

なるほど、それで烏階に度々顔を出していたのか。

……色々合点がいった。

 という一連の流れを、部屋の外に出て初めて気づき、後悔の溜息をついていた。



2002年6月18日 深夜(天気:雨)

室内訓練場

裾野(後鳥羽 龍)



 雨粒が窓に打ち付ける中、夜遅くまで1人で訓練をしていた俺は、訓練場に併設されているシャワー室で汗を洗い流した。

「……今日は泊まろうかな」

俺はシルクのバスローブに身を包み、ドライヤーで髪を乾かしながら呟くと、洗面台の鏡に睨んでいる佐藤が映り込んで、慌ててスイッチを切って振り返ったのだが、佐藤の姿は無かった。

「……?」

気のせいだろうか?

佐藤が話しかけてこないとは、何だか胸騒ぎがする……

俺は手早く髪を乾かすと、部屋着に着替えて制服のブーツに脚を通した。

「……気配は……ほぼ全員眠っているからか、警戒気配も多くて光明寺さんを探せなさそうだな」

俺は狼階に入り、1階から気配を探しているのだが、1つに絞れる気がしない……。

2階には食堂があった筈だが、流石にこの時間では閉まっているだろう。

そう思いながら階段を上がっていたのだが、食堂というよりも厨房から明かりが漏れている。

「こんな夜遅くに料理か? 光明寺さんの誕生日はたしか、明日…………スピーチの練習は良いのか?」

俺は何から話しかけようか、と一通り世間話でも考えてから、食堂に入ることにした。



現在に戻る……

後鳥羽家本館裏 墓場

裾野(後鳥羽 龍)



 俺がそこまで話し終えると、菅野は首をぐるりと回した。

「うーん、俺には分からんことばっかりや」

「そうかもしれないな。……一服いいか?」

俺がタバコをジャケットのポケットから取り出して言うと、菅野も欲しいと言い出した。

将来子どもが欲しいなら、タバコは吸うなとあれだけ言っているのに、どうしても吸いたいらしい。

「駄目だ。子どもが欲しいなら、吸い始めないのが得策。前も言っただろう?」

俺がタバコに火を付け、肺を煙で満たして菅野に顔を背けて煙を吐き出すと、菅野は不満そうに頬を膨らませた。

「子どもも欲しいんやけど……」

菅野は長い睫毛が目立つ目を伏せて、気恥ずかしそうに俺の服の裾を引いた。

「ん?」

俺は携帯灰皿にタバコを押し付け、手早く懐にしまい、菅野を見下した。

人が殺しているのを見ていられる殺し屋が居ないように、タバコを目の前で吸われたら辛いものがあるだろう。

「もう1回だけ、子どもを作る手順……教えてくれへん?」

菅野が顔を真っ赤にして言うものだから、実演でもしてほしいのか、とも考えそうになったが頭を振り、

「手順ってお前な……。行為についてなら、ソウイウ動画を教えてやる」

と、頭をふわふわと撫でながら言うと、菅野は不安そうにゆっくり頷いた。

本当はお前と一夜を……だがそれでは淳が悲しむ。それからその情報が弓削子に伝わることも予想できるからな……。

「あ、せやせや、裾野? この光明寺さんって人の好きな人って、ほんまに食堂の人やったん? 俺、絶対違う気がすんねんけど……間違うてる?」

菅野はハッとした顔になり、なかなかの名推理を披露し始めた。

おそらく、俺の発言からも色が見えるのかもしれない。

そうだとしたら、菅野には嘘が通用しないのだろうか?

……していなかったら、色々不味いことが起こるのだが。まぁそれはいい。

「間違っている」

俺が何の感情も込めずに言うと、菅野は露骨に悲しそうな顔をした。

演技かもしれないが、こうも良い反応をされると嬉しい。

「……そうなんや」

菅野は寂しそうにつぶやくと、仲良く並ぶ墓石に手を合わせ、

「お水飲んでくれて、ありがとうございました。御飯も美味しく食べてください」

と、関西訛りの敬語で言うと、俺に歯がくっきり見える程の満面の笑みを見せ、

「騅に内緒で外食せえへん?」

と、随分な悪だくみ顔で言ってみせたのであった。

下手したらバチが当たりそうな発言だが、笑って見過ごしてくれるだろう。

俺が頷くと菅野は先に駆けだしてしまったので、こっそりCAINで店を教えることにした。

騅は変なところが真面目だから、俺の帰りを待ってしまうだろう。

 ……菅野の驚く顔が見たいだけという本心は、あなたたちには筒抜けでしょうけど。


「バレッバレだよ!」

「わかりやすいんですよね~」


俺はいつもより大げさに肩をすくめ、

「ですよね……。でもいつか、迎えに行きますから」

と、墓石に向かい片桐組独自の最敬礼をし、菅野を追いかける為に駆けだした。


「存在意義、見つけてるよね」

「そうですね。今はとっても幸せそうで、何より」

外の世界には、ただただ風がいつもより強く吹いた程度にしか感じない2人の会話が、そよ風に揉まれて俺の耳にまで届いていた。

お疲れ様です。

乞田です。


存在意義ですか……。

ひとことで言うなれば、龍様が健康でいらっしゃることが私の存在意義でございます。

どんなに傷ついて帰っていらしても、生きていれば……そこに存在があれば、それだけで良いのです。

……執事なら皆、そう思っていると信じております。

って、私の意見など不必要でしたね。


次回投稿日も問題無く、22日(土)か23日(日)でございます。

来週のお話は、裾野様の心の問題、周りの方々の心について考えながら読むと、より楽しむことができると思います。


それでは体調にお気をつけて、お過ごしくださいませ。


執事長 乞田光司

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