「第十五-法の神の笑みと御家事情-」
法の神は存在するのか?
また、新たなお家事情が明らかになっていきます……。
後鳥羽と光明寺の”暗黒の歴史”に迫る……!!
※約8,900字です。
※若干BL注意かもしれません。
2002年4月2日 早朝(天気:晴れ)
後鳥羽家 裁判所
裾野(後鳥羽龍)
4度の鐘が鳴った。
俺は裁判所まで電光石火で走り、傍聴席の入り口で息を整えてから背丈の数倍はある扉を押し開けた。
「……」
初めて入る裁判所が、まさか後鳥羽家の裁判所になろうとは。
俺はそう思いながら辺りを見回した。
傍聴席には新田執事長と”怠惰”の紅夜兄さん、”嫉妬”の透理兄さん、”傲慢”の智輝兄さんと龍之介兄さん、”無欲”の利佳子とロリコン執事長、浅黒い肌が目立つ愛子姉さん、そして執事が数名。
橋本は居ないのか、ともう一度見渡すと、ちらほら空席の見受けられた数十人が座れる傍聴席には座らず、扉のすぐ横の壁に寄り掛かっていた。
「俺もここで見る」
俺は腕を組んで脚をクロスさせて寄り掛かる橋本の真似をすると、橋本は子どものやることが可笑しかったのか、ケラケラと笑った。
「いいですよ。もうすぐ始まるみたいですし」
橋本が言い終えるや否や、傍聴席の仕切りの向こう側にある両側の扉から、裁判官2人、裁判長、検察と弁護士がそれぞれ1人ずつ入ってきた。
その後に乞田が誰にも連れられずに証言台の前に立つと、傍聴席、裁判官、検察と弁護士は立ち上がり、乞田が一礼するのに合わせて全員が一礼をし、全員が席に着いた。
……お気づきだろうか?
一般的な刑事裁判と手順が逆な上に、裁判官ではなく被告人に合わせて進行しているのだ。
理由はお察し頂けると嬉しいのだが、ここに立つのは俺のように執事を抱える主人である場合が本当は多い。
大多数がプライドも高い。よって、家ルールということで被告人基準なのだ。
すると裁判官の1人が目深に被った帽子から僅かに見える口を動かし、
「あなたの名前、生年月日、職業を教えてください」
と、周囲に憚る程通る声で威圧をかけた。
これは人定質問。簡単に言うと本人確認だ。
「乞田光司と申します。1980年12月23日生まれで、当家の七男様の執事をしております」
乞田の声は驚くほど震えていたが、姿勢はいつも通りピンとしていた上に拳も硬く握られていた。
裁判官はそれに対し、一礼すると検察に視線を遣った。
検察は立ち上がると、1枚の紙を手に乞田の方を向き、
「被告人は5歳の頃から勤めている執事の業務に関し、雇い主である後鳥羽家の教育方針に背き、故・後鳥羽耀夜、後鳥羽七男・後鳥羽龍に対し、常識を著しく欠いた教育をしたものである」
と、淡々と感情も込めずに読み上げた。
すると乞田は何度も首を振り、
「起訴状には嘘しかありません!」
と、声を張り上げた。
これで否認事件の案件だと確定する訳だが、耀夜兄さん?って、誰だろう?
橋本なら知っているだろうか?
俺はそう思い、彼に目を向けたのだが、橋本は目を瞑り裁判の行く末を案じている。
……ではなく、寝ているようにも見えたので、話しかけないでおいた。
その後、乞田は証言台の椅子に座るように言われ、立ち上がったままの検察による冒頭陳述が行われた。
「ことが起きたのは、被告人が執事長になって以来でございます。雇い主は何度も被告人に対し面談を行い、教育方針を改めるよう説得していたにも関わらず、教育方針に背き続けました。そのうえ、殺し屋となった被告人の主人に対し肉体関係を迫る等、淫らなこと極まりない人間性もございます。よって検察としての見解は、死刑又は軟禁100年の刑がよろしいかと存じます」
淡々と紙を読み上げるだけの冒頭陳述。
検察の意見を言うだけであるから、弁護人や裁判官との見立てとは違うと良く聞く。
だがこの後検察の立証が行われるとすぐに、弁護人の立証も無しに検察官の論告となり、死刑を求刑した。
そのうえ、弁護側の弁論も飛ばされ、被告人の意見陳述も何も無く、間髪入れずに判決を言い渡すと裁判長が言い出したのだ。
「……龍様」
橋本は俺の背に合わせて屈み、小声で話しかけてきた。
「おそらく、賄賂裁判ってやつです。弁護人も不満そうにしていませんし、検察官も台本を読んでいるだけです。それに乞田執事長は5歳から執事の職に就いて、どっかで2年留学した程度なので裁判の手順何か知りません。…………負けますよ」
橋本は眉間に皺を寄せ、消え入るような声でボソボソと言うと、裁判長を睨みつけた。
なるほど、これが賄賂裁判か。弁護も何もあったものではない。
というよりも、耀夜兄さんについて訊かないと。
「橋本。耀夜さんって誰?」
俺が橋本の腕をグイと引いて言うと同時に、裁判長の「被告人を死刑に処す!!」と、叫ぶように言う言葉が重なってしまい、橋本は首をかしげて俺を見下すだけであった。
乞田が殺される。賄賂裁判で操作された法の神に、今……俺と橋本の目の前で。
裁判長の掛け声と共に天井から落ちる鉄製の紐。
覚悟を決めた背中で絞首を待つ乞田。
傍聴席では首を絞められる様を早く見たいのか、身を乗り出している執事も居る。
また、検事と弁護士はそれぞれ役目を終えたかのような顔を浮かべ、退場してしまった。
この状況に、俺は耐えられなかった。
黙って待つ。そんなことが出来る訳が無い。
俺は傍聴席の方に駆けだそうとし、橋本に取り押さえられながらも、
「乞田!! 生きて!!」
と、喉を潰す覚悟で叫んだ。
乞田は俺の声に振り向き、巻き付こうとする鉄の紐を自ら首にかけながら、
「ごめんなさい」
と、死を覚悟した逞しさすら感じる笑みを浮かべ、口パクで言った。
「嫌だ……! 主人を揺りかごから墓場まで世話するのが執事だろ!!」
俺はこの時、おそらく生まれて初めて暴言を吐いたと思う。
それ程大事だ。乞田が居ないと俺は、”強欲”の教育をされてしまう。
賄賂裁判とはいえ乞田の教育方針が有罪になり、否定されてしまえば橋本だって今まで通りに動けないだろう。
すると乞田は鉄の紐を首から離し、
「…………龍様がそこまで仰るなら」
と、俺の耳に届くか届かないか微妙な声量で俯きながら呟き、
「ここまで来てください!!」
と、目を瞑って叫ぶ乞田の言葉に、目を見開きハッとした。
ん? ……どこかで聞いたような。
あれ? たしか、食堂で話した時に……
俺がそう思考を巡らせていると、裁判官の居る方面から、
「じゃあお前が行け!!」
と、言う逞しい誰かの声と共に、鉄製の紐が急に角度を変えて思い切り乞田から裁判長側に撓ると、乞田の腰あたりを勢いよく打った。
それから乞田は物凄い勢いで俺の方に飛んでくる。
……まさか? そのような無謀なやり方で、か? なるほど、お前らしいぞ。
俺は何故だか飛んでくる数秒で合点がいき、
「龍様、危ないです~!」
乞田の空しい叫びと共に、突撃を受け止める準備をしつつ扉を蹴破り、橋本に援護をするように目で合図をした。
受け止めて逃げ出す時に後ろを振り返ると、裁判官のうち2人が手を振って送り出していた。
「颯雅、ありがとう!」
俺は親指を立ててウィンクをし、腰をさする乞田の手を引いて走り出した。
「あの幼馴染の颯雅様でしたか~。私、全く気づきませんでした」
乞田は申し訳なさそうに笑いながら、丸腰なことも謝ってきたが、橋本が足止めをするからおそらくこのまま逃げ切れるだろう。
だが甘い考えは、俺らの目の前に降り立った吸血鬼によっていとも簡単に打ち破られたのだった。
黒いエナメルの革靴、赤みを帯びた黒のスーツ、血の色を連想させる赤いネクタイ、顎まで伸びた鋭い牙、病的な白い肌、飢えに満ちた深紅の眼、これらと並べるとアンバランスな、あどけないミルクティー色の髪。
それから羽の上部に等間隔に牙のついた蝙蝠の羽が、彼の”嫉妬”の大きさを表すかのように数メートルに亘り羽ばたいていた。
「あれ~? どこ行くの~?」
透理兄さんは俺の目を見る度に怒りが満ちているのか、声も震えており貼り付けたような笑顔を保つので精一杯のようだ。
「それは……」
「へ~? これが気になる? なかなか優れものだと思うんだけど」
透理兄さんは羽と牙を触りながら、愉快そうな表情を浮かべている。
「そうですね……」
俺は俯いて声を落とすように言うと、透理兄さんは庭全体に響くぐらいの大声で笑い、
「全部お前への嫉妬のせいなんだけどな~! まず、好き放題殺せて?」
一歩近づき、
「恋人まで居て?」
また近づき、
「執事長とは体の関係があって?」
思わず後ずさりをする。
「強くなっちゃって?」
殺意の笑みを浮かべてまた一歩近づく。
「おまけに良い先輩まで居る?」
後ずさる。また近づく。
「年上には気に入られている?」
ついに兄さんが追いつき、俺の胸倉を掴み、
「ねぇ、ふざけないでくれる?」
と、言い終わらないうちに、麻痺針を数本指の間に挟み首に刺そうとするので、脚を引っ掛けてバランスを崩させた。
透理兄さんの麻痺針は、当たった部分が激しく痛み麻痺状態となるが、心臓や頭などの急所に当たれば即死する。
また、吸血は菅野にやっていた通りの効果、要するに洗脳や傀儡が可能になる。
だが同じ後鳥羽なら、元から持っている救済の吸血能力と体内で衝突してしまうため、即死してしまう。
だから尚更、一撃も喰らってはいけないのだ。
「全て皆が持っている先天性の能力。俺はそれを活かしたまでですよ、兄さん?」
俺は掴まれた所を整え、護身用の槍を振り回すと、透理兄さんは露骨に顔を歪め、翼を活かした跳躍力で上から針を何本か投げながら突進をしてきた。
真正面から攻撃を受け止め、乞田に針が当たらないように気を配りながら立ち回ると、透理兄さんは歯ぎしりをしながら、
「そこがムカつくって……自覚できないの?」
と、言いながら怒りの力を拳に込めて3度も槍にぶつけ、4度目の攻撃により、護身用の槍は真っ二つに折れてしまった。
俺はその反動で2,3歩下がったが、槍の原形は留めている。
あと1発くらいなら、耐えられるかもしれない。
「デキない弟なものですから」
肩をすくめて自嘲気味に言うと、透理兄さんは得意げな顔になり、針を両手に10本挟んで一気に距離を縮めてきた。
「……兄さんはいつも早合点」
俺は聞こえないように呟き、グイと首を仰け反らして折れた槍をバツ印になるように構えると、兄さんの牙が槍に刺さって食い込んでしまい、そのままつんのめって倒れ込んでしまった。
「乞田、行こう」
俺は顔から倒れた兄さんのことは見ないようにし、乞田の手を引いて走りだした。
「あの、龍様」
「ん?」
「殺し屋なら、なぜ殺さないのですか?」
乞田に常識が欠けている、という橋本の意見……やはり間違いでは無さそうだ。
目だけで振り返れば、物凄く真剣な顔で訊いている。
俺はため息をつき、
「身内殺しは、御法度だから」
と、誰もが言うセリフでこの場は躱しておいたが、本当はそうではない。
実際半殺しまでなら平気とよく聞くから、知っている人が聞けばすぐに分かる。
だが乞田は真面目に受け止め、何度も頷いている。
それから数分走ってきたところの裏路地に入り、徐々に足を止めてクールダウンをすることになった。
乞田はただでさえ足が遅いので、俺の倍以上は疲れてしまっている。
先程まで膝に手を置き、荒く呼吸を繰り返していたがついに座り込んでしまい、もうすっかり落ち着いている俺の靴を掴んでいる。
しばらくすると足音が聞こえた為、その方を睨むと大通りの方ではなく、奥の方からのようだった。
ぜぇぜぇと口を開けて辛そうに呼吸を繰り返す乞田を後ろにやり、息を潜めて足音の行方を探っていると、ちょうど曲がり角でバッチリ目が合ってしまった。
……あれ? まさか?
「あれ?」
向こうもそう思ったのだろう。
目をパチクリさせながら近づき、想定していた人物と互いに一致し、敵を視る目から仲間を見る目に変わった。
「裾野くん」
この安心する声。間違う筈がない。
狼階のエース、光明寺優太さんだ。
「今日はお休みって聞いたけど、刺客とか居たのかな?」
優太さんは汗ばんだ額をハンカチで優しく拭き取りながら、心が温かくなる笑みを浮かべて訊いてきた。
「いえ、その……家庭の事情です」
俺は背後で咳を繰り返す乞田の背中をさすって言うと、なんと優太さんは乞田の正面までバッと走り、四つん這いになって乞田の顔を確認しだしたのだ。
「嘘……兄さん!?」
優太さんは膝をつき、ぐったりしている乞田の頬に手を添えると、何度もペチペチと頬を叩いた。
あぁ……この本は真実を語っていたのか。
って、脇に抱えていた筈の本が無い!!
俺は慌てて大通りを見遣り、それらしき本が落ちていないか見たが無駄で、学生服を着た中高生らしき人たちがヒソヒソ喋りながらこちらの様子を伺って来たので、すぐに頭を引っ込めた。
たしか優太さんは光明寺家の次男。
その方が兄さんと言う相手イコール長男。
長男イコール乞田…………なるほど。
「本、見たよ」
俺は言い訳を探している乞田を見下ろして言うと、蜘蛛の糸が千切れたぐらいの絶望的な表情を浮かべた為、橋本の言っていた「どっちの家」ということも、ここで判明した。
死ねば安泰というのは、光明寺家自体の問題なのだろう。
長男を差し出し、死んでもらえれば暗黒の歴史も無かったことにする。
そういう約束だったのかもしれない。
「……そうですよ。私が君の兄さん……ですよ。殺し屋になったんだろうなって、龍様のお話からも予想が出来ましたよ」
と、乞田が細々と言うと、優太さんは何かに突き動かされるように胸倉を掴みにかかり、
「兄さんの一大事だから行けって言われて来たんだよ!? 何でそんな他人行儀なの!?」
と、何度も揺すりながらも大声を出さない様に気を使った声色と声量で言うので、俺はしびれを切らしてしまい、つい何度も読んで暗唱できるまでになった乞田の箇所のうち、本名であるあの名前で呼んだ。
「光明寺家第一男児、光明寺光司」
と。
そうすると諦めがついたのか、乞田は胸倉を掴んだままの優太さんの顔をまじまじと見つめて微笑むと、俺の方を向き、
「……龍様。本当は優太が執事になる予定だったんですよ」
と、ポツリポツリと言葉を紡いでいった。
「ですけど、どうせ殺される運命を背負うなら……どうせ先程の裁判で死んで契約満了となる役目を背負うなら、私がやるって手を挙げたのですよ。ほら、槍の技術はあっても足は遅いですし、上から押さえつけられるのも嫌いですし……。龍様ならお分かりになりますよね?」
乞田は半ば観念したかのように語りだし、俺と優太さんのことを交互に見て言った。
「今の裁判で……? だから乞田は……」
俺は死を覚悟した乞田の顔を何度か見てしまっているが、その中でも一際覚悟した顔をしていた。
それは、ここで死ぬことまでが予定として書かれていたからだろう。
「はい。何だかお話したい気分ですので、後鳥羽家と光明寺家の暗黒の歴史についてお話しましょうか。優太もいいですか?」
乞田は既に落ち着いているが脚を投げ出した姿勢のまま、首だけを動かして優太さんを視界に入れた。
その言葉はデジャビュだと思いながらも俺はその隣に正座をし、優太さんも同じ姿勢をして頷いた。
「今から200年前。後鳥羽家と光明寺家は同等の名家で、互いに政略結婚をさせて繁栄してきたのです。そのうえ、役人向けの営業職一家の光明寺家と役人や官僚を多数輩出してきた後鳥羽家では、利害が一致していました。ですから、互いに協力し合って名家を盛り上げていこうとしていたんですよ」
乞田はプレゼンのようにスラスラとそこまで言い終えると、一旦ゴクリと唾をのみ込んだ。
「ですがある日のこと。後鳥羽家側の男性と光明寺側の女性が結婚する際に、歴史を変えてしまう所謂暗黒の歴史を書いてしまうのです。光明寺側の女性が後鳥羽の目の前で他の家の男性に略奪され、原因は本人の浮気ということです。そのうえ、浮気相手に男性を殺させたと言われております。……ここまでが後鳥羽での言い伝えですが、光明寺では後鳥羽側も浮気していたということを主張しております」
乞田は淡々と話すように努めているらしく、かなり話しづらそうに言葉を紡いでいた。
だがアレンジヘアを調節するように弄ると、
「それで後鳥羽としては光明寺が一方的に悪いとのことで、当時光明寺に勤めていたメイドや執事を人身売買で売りさばいていることを黙認させた。……私はその証拠も持っておりますから、早急に殺したいのでしょう」
と、蚊の鳴くような声で言った。それから乞田は眉の下を掻くと、
「この一件以来、後鳥羽と光明寺の利害関係は崩れ、顧客の居なくなった光明寺は立ち行かなくなり、一時的に没落致します。そこで狙ったように後鳥羽が救済の話を持ち掛けてきました。それは光明寺の人間を執事またはメイドとして雇うことで、援助金を出すとのことでした。もちろん当時の当主は資金繰りに困っておりましたから、飛びつくほかありませんでした。ですから私もその事情で、龍様の御家に執事として雇われております」
と、バツが悪そうに頬をさすり、だんだんと血の気が引いてきている俺のことを抱き寄せた。
俺はこの時抱き寄せられた驚きよりも、自分の祖先が今までしてきたことへの不当性に絶望し、自分に仕えている人たちの中には、同じ名家も居るのか、と考えるだけで冷や汗が滝のように背中を流れていった。
「……乞田」
俺は乞田の腕に抱かれながら見上げると、優太さんは慌てて、「気を使って謝りそうだから先に言うけど、裾野くんは何も悪くないよ! 知らなかったんだから仕方ないよ、ね?」と、頭をポンポンと撫でてくれた。
「龍様。光明寺家についてもっと知っていただきたいので、あと1点だけ言わせてください」
と、乞田が耳元に顔を近づけて言うと、優太さんは家に連絡しているのか、携帯を振って裏路地の奥の方に行った。
「光明寺家には4つの血液型が混在しております。私がO型、優太がA型、3男がAB型、4男がA型、そして長女がB型です。それから長女は……殺し屋をしております。どこかで会うかもしれませんから、一応言っておきますね」
乞田はそう言うと、俺の頬を両側から挟みむにゅむにゅと上下左右に動かし始めた。
「ん~……!」
俺がイタズラ笑顔を浮かべている乞田の頬をむにむにと押していると、優太さんが「お待たせ~」と、言いながら戻ってきたかと思えば、そのまま「また明日ね~」と、流れるように帰ってしまった。
「……帰らないと」
俺は乞田を支えにして立ち上がると、乞田は尻ポケットで鳴った携帯を耳に押し当て何度か頷き、すぐに切ってしまった。
「龍様、ご安心ください。今橋本から連絡がありまして、私も龍様も無罪になるそうですよ」
乞田は心底嬉しそうに目を細めると、俺の手を引いて歩き出した。
今度は乞田が俺の手を引くのか、と俺はフッとほほ笑みながら思い、4月の優しい風と暖かい日差しの下、ずっと一緒に居たいとも思っていた。
おそらく俺が有罪になりそうだったのは、裁判途中での逃避と透理兄さんに怪我を負わせたからであろう。
俺と乞田は寄り道もせずに俺の自室に戻ると、乞田はそのまま俺の手を引き、ベッドに腰かけると、
「龍様に無理を承知でお願いしたいことがございます」
と、繋いだ手を離して畏まった様子で言った。
俺はすぐに頷き、先を促すと、
「先程お話した通り、私はこれからも命を狙われると思います。ですので、龍様がお帰りになる時だけ……一緒に寝ていただけませんか?」
乞田は俺が勘違いしているかどうかが気になるのか、照れ臭そうに笑いながら言った。
「いいよ」
俺は断る理由も無いし、乞田に欲情したことも無いから橋本でなくて良かったと思いつつ、健康診断シートをお父様に提出した。
明日からもまた乗り越えていこう。
俺は新たな決意を胸に、乞田の腕の中で眠ることにした。
現在に戻る…… 夕方
後鳥羽家 裁判所
裾野(後鳥羽 龍)
話し終えたところで、月道は何も言わずにその場を後にしてしまい、龍也さんと2人きりになってしまった。
「裁判の時は、ありがとうございました」
「気付いてたのか」
龍也さんはそう言うと、窓から夕陽が差していることに気付き、
「待ち合わせしているんだよな?」
と、まだ窓の方を見ながら言っている。
誰か居るのだろうか?
俺は龍也さんと共に外に出ると、申し訳なさそうにうつむく菅野が居た。
憶測だけで話すなら、庭師に合図でも送って入れてもらった……だとか、外出していた買い出し担当に入れてもらったか……とにかく菅野のすることは、俺の想定内のことが多い。
だが何故?
「ごめん。ほんまお腹空いてん……。せやけど勝手に台所弄ったら怒る言うて、騅が作ってくれへんくてな? 面倒やから、会いに来てん」
菅野は余程お腹が空いているのか、何度か擦りながら困った顔をしていた。
…………CAINをするという発想の前に、会いに行くという選択肢を選んでくれる嬉しさで、今すぐどうこうしそうになる心を抑えながら、
「それなら、どこかで軽食を食べようか。龍也さんはどうされますか?」
と、なるべく平常心を保ちたいが為に龍也さんに話題を振ると、1つ返事で快諾してくださった。
この間も菅野は本当に嬉しそうに目を輝かせて話を聞いているものだから、どうしても手が頭にいってしまい、そのままふわふわとした髪の感触を楽しんでいた。
指が通っても地肌の前に一層分髪の層があるイメージだから、毛量も多いのだろうが、それにしても気持ちが良い。
そのうえ、菅野が気恥ずかしそうに頬を赤らめている為、2人きりだと手を出しかねない。
要するに、頭に置いていた筈の手が、というものだ。
後鳥羽家を出た俺ら3人は軽食を共にすると、龍也さんとは別れ、2人でスーパーに寄ることにした。
「今日の夕飯は何がいい?」
「……裾野の作るものなら何でもおいしいから、いつも悩むんやわ。せやけど、今日はチャーハンがええかな!」
しれっと惚れるようなことを言えるようになったのは、俺が育てたからなのか、周りの環境のおかげなのか。
俺は「そうか、そうか」と、ニヤニヤしながら頭をポンポンと撫でて、お饅頭をカートに入れ、
「チャーハンか……」
と、ふと嫌な記憶が過ってしまい、話題を逸らす為に月道と会った話をし、菅野の愚痴話に華を咲かせることにした。
執事長の乞田です。
余談ですが、作者様が最近「東方project」なるものへの熱が再燃したようで、作業用BGMがガラりと変わられたようです。
あと探すと意外と私たちと合う曲もあるものでして、記憶を頼りに当てはめていったところ、ほぼ全員分あったそうです。
私もございますが、かなり激しい曲を選んでくださり、感謝して良いのやら。
小説につきましては、全て真実でございます。
龍様のご判断によっては、語らない方が良いものを削られていらっしゃいますこともあり、違和感を感じる部分もあるかと思います。
ですがその部分を覚えておくと、のちに解決いたします。断言致します。
……話が逸れますが、私に欲情されたことなど無かったのですね。
話は変わりまして、次回投稿日です。
次回も問題無く、来週の土曜日にお出しできます。
4月15日(土)でございます。
場合によっては、16日(日)にずれ込む場合もございますので、ご了承くださいませ。
それでは長文失礼いたしました。
執事長 乞田光司




