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「第十三-龍らが奏でる響騒曲-」

片桐音楽祭、その役割と月道との関係性……

そして突然現れた男の正体とは!?


後鳥羽家パートでは、図書館でとんでもないものを見つけてしまう……。

それから現在に戻ると、あことしの隠された一面が明らかに!!


※約8,600字程度です

2015年3月11日 午前(天気:)

後鳥羽家4階 澄明ホール

裾野(後鳥羽 龍)



 5,000人の客席が中央ステージをぐるりと囲む某ホールのような構造の澄明(ちょうめい)ホールのステージにて、左片方の耳にイヤフォンをしながら自前のドラムを叩く1人の青年がいる。

その表情は暗めに設定された照明からか伺うことは出来ないが、長くなった茶髪を襟足の方で1つに結ってあるゴムは、いつも通りストロベリー色の細いゴムだ。

あぁもちろん叩いている曲名は言えないが、ジャズアレンジした本国の歌手の曲であろう。

俺は彼のいるステージに音を立てないように階段を下りて近づき、最前列まで来ると彼はハッと目を開けて演奏を止めた。

「すそのんのんだ! バレンタインデーの時は、ありがとね~っと!」

……この呼び方で誰かは分かったかもしれないが、片桐組の元同期のあことしだ。

現在は片桐組でエーススナイパーをしており、役員の月道の方が年下なことを若干気にしている。

バレンタインデーのことは言わずもがな。

「いや。あー……あことしにそっくりだな」

俺は話を逸らそうとカーマイン色のバスドラムのフロントに、美術満点のあことしが描いた可愛らしい自画に目を遣り、精一杯の作り笑いをして言った。

色々思い出したくないものがあるんだ、察してほしい。

「だよね! フロアタム、あ、中くらいのやつね、これにも描いてあるんだけど……ジャズばっかり叩くからさ、独特の照明の影のせいで見えないというね。ほんっとやらかした~」

あことしはフロアタムをスティックで叩いて、ケラケラ笑いながら言った。

こいつは今までの感じでO型一択と言えるほど明るい奴だが、ギャンブル、仕事以外では浅はかな行動が多く、実際何度か事件になりかけたこともある。

本人が覚えているかどうかは、俺が賭け事をしても良い程のものだ。

 ジャズの照明のイメージは付くだろうか?

クラシックのように白い照明ではないし、ポップスのように派手な色はあまり使われないが、それらに比べてトーンが落ち着いていると思ってくれればいい。

 よく絵が見えなかったのでステージに上がり、目を凝らして見てみると、たしかに……ドラムセットとあことしが見えるような?

その程度のものだ。おそらくリハーサル室あたりに持っていけば見えるだろうが……。

「なるほど、これも可愛らしいな。まぁそんなに気に病むことは無いと思うぞ。それに公演後は照明を一旦上げるではないか」

俺が慰めと取れるような言葉をかけてみると、あことしは首を捻ってしまい、俺が更に「実際は演者を一通り見たあとは楽器を見るものだぞ」と、重ねる言うと、

「あー……たしかにそうじゃん! 演奏始まったーぐらいは俺の顔を見るけど、ちょーっとすると楽器を見ている気もする~」

と、ドラムスティックをペン回しのように指の間で弄びながら、バスドラムのペダルをドンドンと踏んだ。おそらく謎が解明されて嬉しいのかもしれない。

「よかった。そうだ、あことし。最近はどうなんだ?」

俺は以前傑さんに会ったことも加えて話すと、あことしはただでさえ大きい目を見張ったが、すぐに目を閉じて鼻の下を人指し指で軽く擦った。

「うーん……すそのんのんなら良いかな~。片桐組の役員やってる黒河月道って知ってる?」

あことしは聞き覚えのある名前を言うと、ドラムスティックを腰につけているケースにしまった。

「あぁ。有名だな」

俺は心配されそうだったから一度殺されかけた、とは言わないでおいた。

やはり月道は名が知れている分、ターゲットも多かっただろうし……そういうことはバレないだろう。

するとあことしは、大きく伸びをしてからドラムセットを片し始めながら口を開いた。

「だよね……。俺さ、今エーススナイパーやってるんだけど24歳じゃん? 向こうはまだ誕生日が来ていないから、19歳とか? わかるかな……年上なのにまだエースの段階って……しかも追いつけなさそうなくらいの天才で、片桐さんにも好かれていて、俺って何なんだろうなーって、思っちゃうんだよね」

そう力なく言うあことしの顔こそは笑顔だが、奥の表情はやはり暗い。

 当時から薄々気づいてはいたが、劣等感に弱いのかもしれない……。

ある意味弱点ではあるが、傑さんに言えば喜んで飛びつくだろう……骨にでも見立てて。

 俺はあことしの片づけを手伝いながら、疲れからかうっすら頬を赤くするあことしの表情に、何故だが泣き出しそうになってしまった。

「あことしは今の月道が幸せに見えているってことだよな。だがそれが月道にとって幸せかどうか、わからないぞ。それとも、何か本人に訊いたか、言われたりしたのか?」

俺はエースという追われる立場にして、後輩に対しここまで劣等感を抱く同期が心配になった。

やはり違う組とは言え、あことしは大事な友人だ。

それに本人がこうして相談してきてくれたのだから、何か解決してやりたい。

そのうえ月道はズバズバ物を言うし、配慮が無いときが多い。

だから……

「う~ん、まぁ言われたことは無いけど、逆に月道からは全然頼りにされないんだよね。ほら、あまり思い出させたくないけど……すそのんのんが居た頃のエースさんみたいに……皆から頼られたり、うとま……なんって言うんだっけー? 嫌がられたりするのだって、露骨にされてたじゃん。あー……ハッキリ言ってほしい時に言わないんだよね!」

ドラムスティックケースが動きに合わせてブンブン揺れる程、あことしは両腕を大きく振り回して頭を振っている。

これは相当参っているな。

俺は肩に手を置き、「一旦深呼吸」と、一言だけ告げて60ぐらいのテンポで肩を叩いてやった。

「…………ごめん」

あことしは俺を見上げ、バツが悪そうに目を伏せた。

「別にいい。だがあことしは大分劣等感を持ちやすいみたいだな。もう少し楽に考えてみてはどうだ? 月道は頼るのが苦手と聞くからな……」

俺は危うく頭にいきそうになる手を捕まえて太ももに沿わせると、何事もなかったかのように振舞った。

ちなみに、頼るのが苦手なのは事実だ。

ベッドサイドでそんなことを……おっと危ない。

このことは後で、しっかり話す。

「ありがとう! ……すそのんのんの過去って、俺も知っているけどいいの?」

あことしは、まとめたドラムセットに寄り掛かるように胡坐を掻いた。

本当に構わないな……菅野もそうだが。

どうしてこの血の人たちは、こうも構わないのだ?

俺は苛立ちそうになる内心を静めるように一息つき、

「あぁ。記憶違いがあったら、直してほしいんだ。今回の話は特に……光陰矢の如しだったからな」

と、ぽつりと呟くと、あことしは胡坐を掻いたまま、懐からトランプを取り出して1人ポーカーを始めてしまった。

まぁ然るべき時になれば、口を挟んでくるだろう。



2002年1月1日 午前(天気:晴れ)

片桐組 第一ホール

裾野(後鳥羽 龍)



今日は特別な元日。

後鳥羽家の新年の御挨拶番組に出ずに、こうして同期と片桐組恒例行事である音楽大会にも出られる。

さて……ここから遡って話すとしようか。


 片桐組の音楽大会は、毎年元日に行われる行事でジャンルは何でもありで2曲演奏する。

審査員は役員、副総長と総長。司会は菅野の居た人間オークションの時にいたあのド派手な人だ。

入隊時の持ち物に楽器があったように、原則9歳以上エースクラス以下の全員参加で最大10人までの編成となる。

なので管楽器のアンサンブルも可能であるし、バンド形式も出来る。

まぁ楽器と言っても、CDプレイヤーを持ってくる人も居るから、ダンスもありということになるが。

 ちなみにメンバーに1人でも8歳が居たとしても、問題無く参加できる。

だからこの当時あことしだけが誕生日を迎えていなかったが、同期組で無事に参加申請が許可された。

 編成はあことしがドラム、茂はウッドベース、ゆーひょんはアコースティックギター、俺はピアノとテナーサックス、そして佐藤はヴォーカルで、ジャンルはジャズだ。

これは全員の持ち楽器を話し合った瞬間決まったものだが……結論から言えば、2002年度、2003年度は優勝してしまう。

何故素直に喜ばないかは、審査員に難があるからだ。

 先程も申した通り、役員、副総長と総長が審査を務めるということは…………気に入られている俺が居るチームはどうなる?

この当時、月道はまだ出る杭は打たれる状態であったから、ソロでアルトサックスを吹いても準優勝にすらならなかった。


 そんな月道の先輩という俺の3つ下の後輩が、ロビーを歩いている時に馴れ馴れしく話しかけてきたのだ。

う~ん、顔がどことなく月道に似てなくもないが……月道なら馴れ馴れしくすることも、されることも嫌いであろうから、俺はそれ以上深く考えるのをやめた。

「月道に頼まれたんだけど、テナーサックスのソロ全国大会! 出てみれば~?」

彼がちらつかせるのは、テナーサックスソロ全国大会のチラシ。

俺は大分視線の低い彼を冷ややかな目で見下しつつ、そのチラシを受け取った。

 そこに書かれているのは、関東の中心のホールの名前、経験不問等……身分を偽りさえすれば参加できなくもない緩いハードルであった。

だが俺は気になっていることがあった。

「これ、他の楽器も無いのか?」

「ないない。月道が裾野さんにって」

俺は笑顔で礼を言うと、話しかけられる前にその場を離れて月道を探し回った。

 すると背中に黒いハードケースを背負った小柄の男の子がロビーの端の方で、完全に人ゴミの酔っていた。

「はぁ……」

俺は大股で挨拶しながら歩き、端でうずくまっていた長い黒髪を後ろに結っている男の子に話しかけた。

「月道」

「何? ……裾野さん」

月道の額には若干汗が光っており、人ゴミが相当苦手なのだな、とため息をついた。

俺は目の前にチラシをちらつかせて、

「チラシ、ありがとう」

と、素直に礼を言うと、月道は明らかに怪訝そうな表情を見せ、

「そんな覚えない」

と、首を横に軽く振った。

「だが先程、お前の1つ上の先輩を名乗る男の人が渡してきたのだが、本当に覚えがないのか?」

俺はしゃがんで同じ目線になると、ハンカチで月道の額の汗を拭きとった。

「……無いけど」

月道は鬱陶しそうに頭を振ると、立ちくらみを起こさないようにゆっくり立ち上がった。

「医務室まで連れていこうか?」

俺がフラフラと歩き出そうとする月道の背中に言葉をかけると、月道はそれを無視して歩き去ってしまった。

「裾野くん、1人1人と向き合おうとしているね」

心配が過ぎて月道の背中を追おうとすると、背後に強い気配を感じ思わず足が止まった。

声は光明寺さんのものだ。おそらく、藤堂エースも一緒だろう。

俺はサッと振り向き2人のほっとした顔を見ると、どっと疲れが出てしまった。

「ありがとうございます。まだまだ勉強させていただきたいところですけどね」

俺は心底嬉しそうな光明寺さんの顔を見上げ、負けないくらいの笑顔を向けた。

「そっか! こちらこそ、そう思ってくれて嬉しいよ」

光明寺さんは藤堂エースと顔を見合わせて笑いあうと、いつまでもロビーや客席で(たむろ)する隊員たちに帰寮を促し始めた。

「もう20時……」

俺は新しく乞田に買ってもらった腕時計の文字盤を見、ため息をついた。

乞田……ごめんなさい。



数十分後……

後鳥羽家 自室

裾野(後鳥羽 龍)



 乞田は自室に戻るとすぐに、他の執事たちを下がらせてしまった。

「おい、執事長……じゃなくて、乞田執事長。どうかなさいましたかー?」

橋本は扉を半開きにして覗いて言ってきたのだが、乞田は何にも言わずに首を横に振った。

「そーですか」

橋本は面倒そうに頬を掻くと、扉をゆっくりと閉めた。

「乞田、どうしたの?」

「最近龍様のご様子で気になることがあるんです。伝聞なのですが、1度身体を重ねた経験のある人物は、遅かれ早かれまた性的行為をしたくなるって……」

乞田は自身に経験がないからか、落ち着かない様子で話している。

おそらく、元彼に襲われたりしてから、そういう欲求との戦いは始まっていたのかもしれないが。

「そうなんだ。もしかして、そういう風に見えてるの?」

俺は当時の欲求度合いは覚えていないが、たしかに今は旺盛なくらいある。

もしかしたら、当時から何かしらテレパシーのようなものを出していたのかもしれない。

「いやその……時折色っぽい顔をされるので、気になっただけなのです」

乞田は恥ずかしそうに顔を赤らめて言うと、「お手洗いに行ってまいります」と、そそくさと部屋を出て行ってしまった。

…………気を付けよう。

俺は頬をパンパンと打つと、外で欠伸をかましていた橋本に、「図書館に行ってくる」と、一言残して図書館に向かった。


 図書館ではこの前乞田が行っていた本の場所を叫び、受け取るや否や開いた。

「…………乞田のページは……」

俺はパラパラと目次をめくって執事の項目を探し当てると、乞田のイニシャルである「K」の下に書かれている名前の上をなぞった。

「……こ……こ……乞田光司! あったぞ!」

俺は1人で喜びの声をあげると、反響する声に頬を赤らめた。

……恥ずかしすぎる。

 それから乞田のページに合わせると、生年月日、血液型、身長、体重等の基本プロフィールと、経歴が書かれていた。

「俺の執事長になる前は、どこかの家に居たのかな?」

俺は指でなぞって文字を読み進めていたのだが……まず乞田という名字が偽名であることと、本名が光明寺優太さんと同じ苗字で……経歴には……

「俺が生まれる8年前に……3歳でここに送り込まれて、通称ピエロの執事を務める。当時から型破りで、先輩執事を困らせていた。だが11歳になったその日に、何らかの理由で主人のピエロが自殺し、止められなかった後悔から、精神を病んだとされている。しかしすぐに現在の主人である後鳥羽龍が生まれたことにより、あっという間に回復した。現在は執事長を務めているが、規則外の教育をしており、近々異端審問にかけられるのでは、という噂が出回っているって…………これ、全部本当なのか?」

俺は読み上げてから疑問に思い、首を捻ったのだが、途中から図書館に居た透理兄さんは、「嘘かもしれないけど、本当かもしれないね」と、口を挟んだ。

「……俺が生まれたからって、一瞬で治りませんよ」

俺が本を返しながら入口付近に居る透理兄さんに目を向けると、兄さんはイタズラ笑顔を浮かべた。

「どうだろうね? 乞田は龍に期待していたのかもしれないよ?」

ミルクティー色のツヤツヤ髪に指を通しながら歪んだ笑みを浮かべると、兄さんは片手をあげて軽く振って歩き去った。

期待していたのなら、どうして中学生になるまでピエロの話をしなかったのか?

それに逆説にしても気分が悪いものになる。

 俺は自室に戻る前に気分晴らしに厨房に赴き、夜の10時を回って誰もいないことを確認してから、手を洗って適当に何品か作った。

「……」

だがどれもどこか蛻の殻のような、空虚なものしかできず、嫌になって捨てようとしたのだが、その手を掴んだのは橋本であった。

「何してんですか、龍様。もったいないですよ」

橋本はおそらく図書館に居ない俺を探して、ここまで来てくれたのだろう。

俺は素直に謝ってから、図書館であったことを正直に話した。

すると橋本は、「そういうのよく分からないんですけど、深く考えなければ大丈夫ですよ」と、肩をポンと叩いて言い、「眠いんで、寝ますよ~」と、欠伸をしながら歩いていった。

俺はやはり橋本のこういうところが好きなのかもしれない。

そう思いながら俺は、誰もいない自室で朝までチラシを睨みつけながら、楽器の練習に励んだのであった。



 まさか翌日に、あんなことになることも露知らず。



現在に戻る……



 話し終えるとあことしは、何も言わずに俺の肩に額をぶつけるように抱き着いた。

「どうした? 何か、間違えていたか?」

俺はあことしを互いに目が合うくらいに引き剥がして言うと、あことしは小さく首を横に振った。

「すそのんのんは、2年連続で優勝したのに、実力で優勝したかもしれないのに、嫌だったんだなーって……俺、そんなことも知らないで、すっごい喜んじゃった」

あことしは俺のお腹を人差し指でつんつんすると、寂しそうに目を逸らした。

たしかに、メンバー内で本気で実力優勝を信じていたのは、あことしだけであった。

だが全員それとなく、あまりに欣喜するあことしを無下にできず、一緒に喜んでいたのだ。

 やはり菅野と違って、「あっそ、そんなん過去やん」とはならないな。

「すまない、あことし」

俺は頭を下げて謝り、また無意識に頭を撫でようとする手を慌てて引っ込めると、あことしは大きな目に涙を溜め始めてしまった。

「やっぱり俺はまだ、すそのんのんの親友になれていないのかな? あんなに一緒に遊んだのに、相棒くんの方が親友なの?」

あことしは目を赤く腫らし、頬を紅潮させ、鼻を啜りながら涙声で訴えた。

……出会ってから今までで初めて嫉妬された。意外と嫉妬深いところがあるのか……?

それ以前に、親友は1人ではないと思うのだが……。

「親友だ。だが生憎、親友に順番は付けていないから、親友と言った人全員が俺にとっての親友だ。もちろん、あことしも」

俺は柔らかい笑顔を浮かべて肩をポンと叩いたのだが、あことしは大粒の涙を両目同時に流し始め、

「本当? すそのんのんは、いつも相棒くんにべったりだから、そっちの方が楽しいのかなって……」

と、涙声でどうにも耳の痛いことを言われ、言い返すのは得策でないと考えた俺は、唇を噛んであことしの次の言葉を待った。

するとあことしは急に呆れたような笑顔を見せ、

「やっば、俺すっごい面倒臭い! ほんっとごめん!」

と、言い、目元を小さく斜めにドラムがプリントされた緋色のハンカチで乱雑に拭き取りながら、自虐に笑いが止まらない様子のあことし。

 まさかこんな一面があったとは……。俺は今まであことしの何を見てきたというのか。

俺は笑いながら涙を流し続けるあことしの頭に手を置き、結ってある後頭部ではなく、綺麗に分けられた前髪をポンポンと撫でた。

するとあことしはハッとした表情で俺を見上げ、目が合うと本当に嬉しそうに顔を綻ばせた。

おそらく、あくまでも推測だが、あことしは親友全員の頭を撫でていると思い込んでいる……だから、撫でられていない自分に劣等感を感じたのかもしれない……。

それに加えて嫉妬深い性格があるなら、気楽に考えられる部分とそうでない部分がかなり明確なタイプなのかもしれない。


 そうして思考を巡らせていると、「裾野、あことしくん」と、呼ぶ声が聞こえ、声のする方を振り返ると、そこには冷泉湊(れいぜい みなと)さんが居た。

この方も、恐れ多いが親友と俺の中では認識させてもらっている。

身長は身長差から170cm台と推測でき、体型は適度に筋肉がついており、引き締まった印象、肌は焼けている方だが菅野ほど黒くはない。

服のタイプは俺と似ていて、モノトーンのシンプルなものを好む。

また、頬の笑い皺が特徴的で、頬の影になる部分に縦に深く入る。これは出会った時から好きな部分ではある。

 湊さんはステージに軽やかに上がると、あことしに一礼し、

「冷泉湊です。はじめまして、あことしくん。裾野から話は聞いているよ」

と、低くアナウンサーのように落ち着いた声で言い、俺のお気に入りである笑顔を見せてくれた。

「は、はじめまして~……片桐でエーススナイパーをやってるあことしです~」

あことしは俺がこっそり差し出したティッシュで鼻をかみながら、鼻声で何度も会釈をしながら言った。

「申し訳ございません。あことしを泣かせてしまってまして……仲直りはしましたが。また日時を調整した方がよろしいですか?」

俺はすっかり真っ赤になったあことしの目を見遣り、眉を下げて言うと、湊さんは柔和な笑顔のまま首を横に振った。

「仲直りしたなら、それでいいと思う。ところで本題に入りたいんだけど、あことしくんが良ければ、君の悩みについて話を聞かせてもらってもいいかな?」

湊さんは静かな声音で相手を落ち着つかせるように言うと、あことしは「俺の為に頼んだの!?」と、遊園地に行けることになった子どものように喜んだ。

「そうだ。湊さんなら、俺よりも推し量ることが出来るし、カウンセリングも上手だ」

俺は微笑んで頭をポンポン撫でながら言うと、あことしは何度も頷きながら感謝の言葉を述べた。

「俺、すっごい劣等感があるって、すそのんのんに言われたんです。……俺もこの性格が嫌なので、話を聞いてください!」

あことしは拳をぎゅっと握って、やる気に満ちた表情を見せて言うと、湊さんは快く承諾し、そのまま客席でカウンセリングを始めた。

俺は午後4時を過ぎていることを話し、夕飯の準備の為に帰ることにした。


 少しでも親友の心労が、癒されますように。

俺はスーパーで饅頭を手に取りながら、そんなことを考えているのであった。

執事長の乞田です。

大変長らくお待たせいたしました。

やはり思春期を迎えようとする男の子の扱いは、とっても難しいですね。


次回投稿日の件ですが、4月の第一土曜日に決めさせていただきました。

それまでに少しでも健康になっておくことと、

色々無理をしすぎないことをお教えしていきます。


それでは皆様も体調にはくれぐれもお気をつけて。


執事長 乞田光司

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