「10歳-関原-」
前話に引き続き、10歳のときの話です。
人間オークション会場で彼が見たものとは……?
そしてその後に待ち受ける運命とは?
※全話を通してですが、思い出しながら語ります。
※6,800字程度です。
2005年8月29日……
オークション会場
菅野
華やかな会場を血に染めたんは、宮本武蔵みたいに二刀を扱う男と髷を結った和服の無口そうな刀を扱う男やった。
そいつらの動きが速すぎてよう見えなかったんやけど、だんだんこっちに近づいてきて、ほんでついにはステージに上がってきたんや。
それで後鳥羽の奴らのうちの誰かが「嫌な未来が見える……!」と言うた瞬間に、二刀の男が俺の腕を引っ張ってきて、ぎゅっと抱きしめられてん。
「そのまま。良い子ならそのままね。あと、君を買ったこの人たちを斬ってもいいかな?」
男は俺とは目を合わさへんまま、中低音くらいの癖のある声で言うてん。
せやけど、斬ってもええ?って……そりゃ今なら「俺がやる!」とか言うけど、当時は何も出来へんかったから、首をかしげてしもうたんよ~。
そしたら客席に向かって走り出して、壁を思い切り斬ったんや!!
正直言うと、めっちゃ格好良かったで。
そのあと、俺が恐怖も混乱も助かったという希望も入り混じった感情のままで抱きついとったら、ぐにって引きはがされてん。無口の仮面男にな。
「子ども。付いてこい」
言うたんか言うてないんかくらいのちっさい声で無口仮面男が言うと、二刀の男は「返り血、返り血! 兄上、返り血~!」とか言うから、2人のことをよく見てみたんよ。
もう気を失いかけるくらいのおびただしい量の血が2人の刀と服にへばりついとった~。
見なきゃよかったでほんま~。
ほんで、2人はトイレに行って着替えてきたんやけど、行きには無かった大きな紙袋が少し気になってん、聞いてみたんやけど、全然無視や。ありえへん。
繁華街
菅野
ほんでずーっと無言でトボトボ歩いとったら、いつの間にか華やかな繁華街に出てな、犬の像とかあるしめっちゃ不思議なところやったわ。あんな大きな交差点、見たことないで。
そんでな~「人が多い」とか小声の男がボヤくから裏通りに入ったんやけど、そこでかわいらしい白猫を見かけて、2人の目を盗んで付いて行ってん!!
ほんまに真っ白ふわふわの猫やってん!
ん~……どのくらい歩いたのかは覚えてへんけど、めっちゃこの日も暑かったから、ボストンバックが無いとはいえ、汗が止まらんくてもう追うのを諦めようと思ったんやけど、その時にたまたま電話していた人にぶつかってん。
「うわっ!」
と、俺が尻餅をつくと、電話している人は急いで切って俺に手を差し伸べてくれたんや。
「大丈夫かい、ボク?」
ニッコリとした笑顔で安心した俺は、その人の手をとって立ち上がったんやけど、俺の体を見るなり目の色を変えたんや。
「ねぇねぇボク、モデルに興味無い? ランドセルを背負って笑顔を向けてくれるだけでお金が出るんだけど?」
何やろ……顔がさっきと違ってめっちゃいやらしいというか、お金に取りつかれた感じの……黒い大人の顔やってん。
「えっと……俺はその……」
俺はさっきまで自分が‟商品”だったことが急に頭を支配して縛りつけてきたから、何も言い返せへんかったし、近づいてくる大人に完全にビビっててん。だって、モデルやって‟商品”やんか。
「ここで撮ってもいいね。カメラマンさん、呼ぼうか? 出来れば、体育着のモデルもやってほしいな~」
ほんで黒い大人が俺の肩を掴もうとしたときやったな。
「俺の弟に何か用ですかね?」
そう優しそうな声が聞こえてきたんは、俺の背後やってん。
せやけど俺に兄貴はおらんから、最初はかなり耳を疑ったで。
これは俺の救世主や!! とか思ってたで。いちお……いやたんまりや。
「あれ? お兄さんですか? いや~今、弟さんにモデルをやってもらおうかと思っていたのですが、彼が――」
「嫌がっていましたよね?」
俺の救世主は急に声を低くして言うし、めっちゃ後ろから音付きの赤いオーラを感じるしで、スカウトの男の顔なんて真っ青やったで。どんな顔してたんやろな?
「は、はい……あの、す、すみませんでした……!!」
ほんでこれや。ほんまに雲の子散らすみたいに逃げてったで。あれ? 合ってる?
そのあとに俺が振り向くと、どこにでもありそうな中学生の夏の制服を着たお兄さんが居ってん。
黒髪短髪をワックスでちょちょいっと弄った感じで、切れ長の目に長い睫毛? あとは高めの鼻に薄い唇やったな~。顔はモデルよりちょい大きいくらいのサイズ? うわ、わかりにくい? 背は俺よりめっちゃ高くてスラーッとしとるし、神経質そうなのと繊細な印象を受けたで。あと、怒ったら怖そうってくらいやな。
「……」
ぼーっと見つめてたら、俺の救世主はだんだん面倒くさそうな顔になってきて、ついにはな、
「本国人?」
とか聞かれたから、思わず笑てしまってな。だって……
「寒い……で?」
って、口に出るほどやもの。せやけど、その人は顔色一つ変えなかったんや。
大したもんやで。
「関西出身か。今から時間あるか?」
「……知らん人にはついていったらあかんって、オトンが言うてた」
「うん、そうだろうな。じゃあ何でお前はあの2人組と一緒に居た? 知り合い同士には見えなかった」
そう言われたときは、どないして嘘をつこうか考え込んだで。
だって言える訳ないやんか……あんなこと。
そう思てずっと黙っとったら、その人は大きくため息をついてん。
「とりあえず、ここに長居できないから、ファミレスにでも入ろう。話は後だ」
そう言うてすぐに俺の腕を引いてスタスタ歩き出したから、思わず後ろを振り向いたんや。
そしたらな、あの2人組が見えてん。怖い顔やったな。
「おい、振り返るな。あいつらは悪い奴だ」
「何言うてんの? 俺はあの2人にっ……!」
危なかった。当時の俺はまずそう思ったんや。
ここで踏みとどまった自分を心の中で思わず褒めたで。
せやけど、こんなわかりやすい踏みとどまりを見逃す筈もなくてな、
「何かされたのか?」
と、ギリッと眉をひそめてきて、俺は「助けて……貰た」と言うたんやけど、救世主は首をひねっただけやった。それだけは真実なんやけど。
ほんでまた西日を浴びながら汗だくになった俺と、そんな俺とは正反対の涼しい顔の救世主は、適当に見つけたファミレスの階段を上がっていったんやけど、途中まで上がったところでしゃがんだまま引き返したんや。
それを突っ込もうと口を開こうとしたら、思い切り抑えられて、口パクで「黙ってろ」と言われてん。
そうしてしばらくしてたら、あの2人組が俺らの真横を通って入っていったんや。
せやから、そのままの姿勢で階段を下りて、違うファミレスに入ったんや。
……すごかったで。救世主の気配を消す力ってやつ。
これがあったからこそ、当時の俺はこの人からは逃げへんと決めたんや。
ファミレス グスト
菅野
「いらっしゃいませ、何名様ですか~?」
という元気の有り余った店員の声が響いて、俺は耳がツンとして嫌やったんやけど、救世主は無表情で「2人」とだけ言うてん。
そしたら、「2名様、ご来店で~す」とか言うてたんやけど、あれ必要あるんかな。
俺はあんまり……好きやない。
ほんで、窓側の席を案内されたんやけど、救世主は「窓から遠い席で」とか言うて、結局高いついたてのあるドリンクバーに近いところに案内されたんや。
それで俺が救世主の向かい側に座ろうとしたら、腕をぐいと引かれて、
「隣に座れ」
やて。ギロッて睨まれたから結構怖かったんやけど。
それからメニューを渡されて、パラパラめくってたんやけど、よく考えたら俺、お金持ってへん。
「俺、お金無いで。」
と、新聞を読んでるみたいに難しい顔でメニューを見る救世主に話しかけると、その人はぐるっと首を回して、
「元から俺が払うつもりだったよ。」
というその一言だけで、そのあともずーっと10分以上はメニューを眺めてたで。
俺なんて30秒で決まったんやけどなぁ。
お子様ランチAや。なめんな。
せやけど、払ってくれると聞いたときは目が輝いていたと思うで。
15分くらいした頃にやっと俺の顔を見て、
「決まった?」
とか聞いてきたときは、何かしら突っ込みたくなったんやけど無言で頷いてん。
ほんで注文したときに救世主が言うたメニューは、
「ミックスグリル1つにBセットでお願い致します」
は!? って、当時の俺も思ったんやけど、Bセットてご飯とスープやんか。
悩んでそれ!?
つまらなさすぎやろ! そう思ってたで。
「お子様ランチA」
「かしこまりました。ご注文を繰り返させていただきます。・・・・・・」
これも正直いらんと思うで。
せやけど、当時の俺には久しぶりの外食はほんまにありがたかったものやった。
頼んだものがくるまでの間に名前を聞こう思て救世主の方を見上げたら、2人掛けの椅子の背もたれに寄り掛かって足を組んで携帯のボタンを凄まじいスピードで押してたんや。
まぁこれは2005年の話やから二つ折りなんやけど。
せやけどここは気にせんと話しかけへんとさ……ずっと救世主と呼ぶ訳にもいかんから。
「名前何て言うん?」
「裾野」
「名字だけやんか」
「うん」
「……」
それから俺が黙ると、裾野は携帯をカバンにしまって俺の頭をふわふわと撫でてきて、バッと払いのけようとしたときには、もうそこに手は無かったんや。
このときからただ者とちゃうと思ってたで。
「ありがとう。その、助けて……くれて」
「いいよ」
「裾野はさ、中学生なん?」
そう聞くと、裾野は目を丸くしたんよ。もしかして何か気に障ったんかな? と思ってたら……
「もしかして年上ですか?」
とか言われて。もう笑うしかないやんか。
今の俺ならタメ口のせいってわかるんやけど、当時の俺に敬語なんて概念あらへんかったもの。
「ううん、小4」
「あぁ……なるほど。それなら別にタメ口でいいよ。お前の名前は?」
ときどき見せる子どもっぽい笑顔に心が温まってたんやけど、その「お前」という冷たい言葉でいつも傷ついていたから、名前を聞いてくれた時は感動したで。
「関原竜斗」
「本名?」
「うん。……うん?」
「そうなんだ」
そう言って目を伏せた裾野が、俺にはなぜだか引っかかったんや。
「なんで?」
「あはは……それは内緒かな」
「なんでや?」
そうやって不機嫌に口を膨らます俺が面白かったんか、裾野は小さいノートを取り出して、自分の本名を書き始めたんや。「口では言えないからね」と言いながら。
ほんで書き上がったものを見た瞬間、俺の全身が凍り付いてん。
「後鳥羽家第7男児 後鳥羽龍」と書道の賞が取れそうなくらいの達筆で書かれた字を、俺は霞んでいく視界の中でもとらえ続けてん。
こいつが……? 俺の……俺のことを…………! 俺の人生をめちゃくちゃにしようとした家の……息子?
ほんなら、ここで俺を安心させて連れ去って……逃げてきたのにまた……?
俺は全身の血が引いてしまって、足もガクガクやったんやけど、とにかく逃げたかってん、思い切ってトイレに行こうと立ち上がろうとしたところで、裾野は肩にポンと手を置いたんや。
心からの優しい笑顔とちゃう……作った笑顔と赤いオーラで、
「逃げたら竜斗はどうなるのかな? 1番、外を探し回る2人組に連れ去られる。2番、しつこいモデルスカウトに引っかかり、そのまま竜斗が逃げてきた筈のところに戻される。3番、俺に消される」
これを聞いたとき、10歳のアホな俺でも「この人に逆らったらあかん」という警告音が頭に鳴り響いたんや。特に3番を聞いたときはな。
「ごめん」
俺は細々とそう言って座り直したんやけど、裾野はまた俺の頭をふわふわと撫でてきただけやってん。
「竜斗」
いつの間にか撫でるのをやめていた裾野は、常人の顔というか……友達に話しかけるような優しい表情で話しかけてくれてん。
「何や?」
「お前の身の上話を聞かせてほしい。あの2人組に狙われるのには、きっと理由がある筈なんだ」
それを聞かれても、俺には全く心当たりがなかったんや。
たまたま来たと思ってたし、俺が公園で狙われたのも偶然やと思ってたから、今までのことを掻い摘んで話したんや。今話してるみたいに詳しくは話してへんよ。ほんま、箇条書きみたいな内容や。
そしたらな、裾野は「もしかして……」という言葉を独り言で連発してたんやけど、俺にはようその先が聞こえんかった。
そんな大事なときに頼んだものが来て、一旦は無言になったし、食べ始めたから尚更喋らんかったのに、食器を音を立てずに置いていきなり俺の肩をつかんで、
「俺の相棒になってほしい。槍の経験があるなら訓練も少しで済むし、とにかく……俺にその命を預けてほしい。……弟なら組織で探させるから」
と、あんなに怖い裾野が目を輝かせて言うし、弟を探すとか言うから、俺はこくんと頷いてしまったんやけど、俺にとっては一番大事なことを咄嗟に言えたんや。これには自分にはなまる大サービスや!
「裾野がご飯作ってくれるなら……」
男が料理なんてあんまり聞かんし、オトンと暮らしていた時も毎日ゴミ漁ってたり、銭湯仲間からのおすそ分けが頼りな生活を送ってたから、またそれに戻るのだけは勘弁やってん。せやけど裾野は大きく頷いたんや。
「お安い御用」
と、心からの笑顔で言いながら。
「ほんまに?」
「うん。それで、竜斗には俺の組織に加入してほしい。部屋は俺と共同だけど広いし、人間が暮らすにあたって必要なものは全部ある」
それを言われたら尚更食いつくに決まってるやんか。
貧乏人ってことを聞いたからやと思うけど。
「じゃあ入る! せやけど、家賃は? なんぼ?」
「……無い」
「は?」
「家賃そのものが無い。だけど、仕事が無くなれば追い出されるかな。それについては、総長に話を通してからにしよう」
「待てや、総長って……不良の、その、危ない組織の――」
「おいおい、流石にそれは無い。だけど、ここでは詳しく言えない。だから、俺を信じて付いてきてほしい。……信じるのも辛い、可哀想なことはわかってるから」
その言葉に俺の心が沸騰どころか、爆発してん。
カワイソウ、カワイソウニ。オカネホシイノ? オレノフク! マイニチボロボロ!
そんな心の無い言葉。
それでどんだけ今まで傷ついてきたか……!
何回死にたいと思ったか……!
「お金持ちにわかる訳ない!!」
これには、いくら裾野が無礼な発言をしたとはいえな、ほんま後悔した。
路頭に迷わずに済んだということを、当時のアホな俺には考えつかなかったんや。
「ごめん。竜斗……だけど俺はもう、詳しくは言えないけど後鳥羽を捨てた人間なんだ」
「……意味わからん」
「もう俺は後鳥羽ではない」
「……逃げたん?」
「うん。でももう、今の俺はお前から逃げないと決めた」
その言葉がザクッと俺の心に刺さったのは多分、裾野の真剣な表情がそうさせたんやと思う。
――裾野なら。もしかしたら。信じてもいいのかもしれない、と。
「うん。……信じる」
俺はお子様ランチAの最後の、コシアンマンの顔の形をしたハンバーグを口の中に放りこんで言った。
裾野も最後の一口を食べ終えて、手を合わせて「ごちそうさま、ありがとう」と言ってたで。
育ちの良さがようわかる……。
それから俺ら2人は、「あいりゅうぐみ」に向かってん。
当時の俺には、どんな漢字でどう読むのかも全くわからん組織やったから、不安しか無かったんやけど。
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裾野、菅野&騅の部屋
菅野
10歳の頃の話をすると、騅は半泣きやってん。裾野は昔の失態とか何とか言いながら苦笑いを浮かべてたけど。リヴェテに至っては大泣きや。
「そんなお辛い過去を……」
「そうよ……あんまりよ」
この2人はほんま親子やな。感性が同じというか……。
「俺にも話していないところがあったな。」
「せやな。宮本武蔵と無口小声仮面男や」
「はぁ……そう言えばこの世界に入ったのに、まだそいつらに会ってないよな」
「それな! なんでやろ?」
「さぁな。あと、俺の元実家に買われたことか?」
「そうそう! あん時はほんま怖かったで?」
そんな俺らの会話を聞いた騅は、ポンと手のひらの上に握りこぶしを打って、
「あの時のゴールドドラゴンが、裾野さんだったんですね!」
とか言うねん。俺も正直、金髪の裾野は見たかったんやけどな。絶対 笑てやるもの。
「そういうことになるな」
「僕も菅野さん同様、裾野さんに対して怖い思いをしましたけど、こうやって皆さんと一緒に居られるのもその思いのおかげですよね」
うわ、騅はほんまええ奴やと思う。いつも周りも未来も見てて、イライラとかしたことないんちゃう?
めっちゃ完璧な感じがするで。
俺は適当に頷いといたけど、リヴェテはそれを見て大笑いや。
「ふふっ、素直じゃないのね。あら? 10歳になってすぐの夏の話で終わりなのかしら?」
「あ~ちゃうねん。とりあえず、ここが大きい区切りの後半や。10歳が多分1番長いかもしれへんな~…………あ~うん、知らんけど」
その俺の適当さに、裾野は舌打ちをしたけど、騅はそんな怖~い裾野に苦笑いを向けてて、リヴェテは微笑んでいただけやってん。
10歳が1番やっぱ長いと思う!
次は藍竜組に入る、世界が本当に変わるときの話や。
まだまだ10歳の話。
次は藍竜組という組織の内部も多少は見える、殺し屋としての菅野になる話になります。
そして次回投稿日は、13日の土曜日の予定ですが……創作意欲がわけば、緊急投稿をするかもしれません♪
お楽しみに^^