表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/69

「第十一-静かな怒り、水面下の束縛(前編)-」

現在のお話では裾野さんと関わりが無さそうである方との、ちょっとした小話があります。


過去本編では、その方との関係、主に他の仲間との人間関係中心で事実を描いております。

それとやっとあの方が、お話で登場いたしますよ。


※現在に戻る……のお話は、後編でやります。意外なゲスト有りです。

※約1,1000字です。

※更新が遅れて大変申し訳ございません。

2015年2月25日 水曜日 午後(天気:くもり)

後鳥羽家 図書館

裾野(後鳥羽 龍)



 今日は珍しい人を連れてきた。

その人物は今回の話の中心ともなる人物で、片桐組時代は互いの正体の探り合いをしていた記憶が強い。

何せ、この人は最も近しい家の出身であるのだから。


 俺は5m以上はあろうかという天井いっぱいに聳え立つ無数の本棚を見上げていると、すぐ隣で眉間にショットガンの銃口を斜めに当てられた感触があった。

「派手な歓迎じゃねぇの、裾野さんよ」

隻眼を顎ほどまで伸ばした真っ黒な前髪で隠しているその人物は、名家出身とは思えない程口が悪い。

派手な歓迎については、言わずもがな。

「……本に当てたら、承知しませんよ?」

俺は銃口をひん曲げるように持って、ドスのきいた声で言うと、その人物は面倒臭そうに「はいはい」と、俺の威圧を流した。

そこで銃口から手を離しながら俺は、

「元片桐組娯楽室長のDogさん?」

と、2歳上の13cm低い彼を見下し、犬の首輪のようなデザインのチョーカーと首の間に左手中指をかけ、グイとこちらに引き寄せてやった。

それからもう片方の手で、銃を払い落とし、両腕をギッチリ片手で掴んで後ろ手に回した。

 そうなると自然とDogさんは俺に胸を突き出す格好になった。

ボタンの無いカジュアルな烏色のジャケットから覗く、藍色のVネックのインナーに張り付く大胸筋にもそそられる。

だがそれよりも、チョーカーから垂れる小さい輪4つほど連なった短い鎖に、それから鎖骨にもどうしても目が行ってしまう。

 彼の顔は大分青ざめてきてはいるが、そこまでキツく首は絞まっていないので、おそらく俺の次の一手でも読もうと必死なのだろう。

当然だ。後鳥羽家の家ルールでは図書館での武器携帯禁止なのだから。

俺も図書館外で待つ橋本に預けてある。

 この状況でこのまま殺すことも、生かすこともできる俺の一手、そこまでして知りたいものだろう。

「チッ……! 図書館では二度と銃は出さねぇから、手ぇ離せよ!」

Dogさんは、顔を逸らしつつも隻眼で俺を睨みあげると、何の表情も浮かべない俺の顔を、真意を見せない瞳の中を隈なく探し始めた。

「……」

俺はしばらくその様子を楽しむことしたのだが、やはり可愛げが無い。

菅野なら睨んできても、どこかにあどけなさがあって可愛らしいのだが、Dogさんには丸っきり見られない。

 う~ん、どうしたものか。

俺は諦めの色を確認したところで、結局チョーカーに引っ掛けていた指も、掴んでいた手も離してしまい、Dogさんはそんな俺を疑っているのか、何度か見上げてきた。

「わかったのなら、もう良いですよ」

俺が目を逸らして近くにあった6人掛け程度のテーブルの肘掛け付きの木製椅子に座ると、Dogさんは向かい側に座り、チョーカーから垂れる鎖を指で弄りながら、

「何で今日は俺なんだ?」

と、懐疑的な目線を向けてくるので、記憶が正しいかどうか聞いてもらいたいと話すと、ようやく納得してくれた。

「……ふぅん、そうかよ。じゃあ俺のセリフは、俺が喋ってやるよ」

Dogさんは脚を組んでショットガンを股の間に挟むと、銃口で薄い顎髭を気持ちよさそうに目を細めて掻いている。

 騅の話によれば、昔からこうする癖があるようだな。

それにしても小1からの癖は、誰かに正されない限り続くものなのだな……。

もしかしたら俺にもあるかもしれないが、見つけても気にしないで欲しい。



2001年6月某日 20:00前 (天気:不明)

片桐組狼階 食堂前

裾野(後鳥羽 龍)



 茂に呼び出された俺は、以前と同じように非常灯の近くに立ち、目を閉じ静かに足音が近づくのを聞いていた。

「……」

俺はカンバースのスニーカーの音を聞きながら、「3,2,1……」と、呟くようにカウントダウンしながらゆっくり目を開けた。

やはり目の前に茂が居る。

「20時ちょうど、か」

俺は大神元教官に貰った革製ベルトの時計を見ながら言うが、茂は腕時計を引っ張り、

「よくもこんなものを使えますね!」

と、吐き捨てるように言うと、引きちぎるように取ってしまった。

「……」

俺は黙って何も手を出さないでいると、茂はそれをズボンの尻ポケットの中にねじこみ、

「貴方も似たような空気をお持ちなら、俺の気持ちもわかりますよね?」

と、俺の隣に並んで言葉を紡いだ。

「……空気、か。たしかにそうかもしれない」

俺はわずかに光る茂のメガネのレンズを見ながら言うと、茂は腕を組んで携帯を操作しながら、

「はっきり言いますけど、貴方の一件は組も、俺たちにも迷惑を被りました。特にあことしは、何故かは知りませんが、物凄く自分のことを責めていましたよ。それと烏階としても、サイコパスを再発させるであろう貴方の行動を厳しく監視しなくてはなりません。これは貴方がアシスタントとしてお世話になっている藤堂エースの言葉ですよ。あとLunaさんについては、ご自分で訊いてください。俺は烏階の人間ですから」

と、淡々とした口調で言い退けると、茂は携帯の画面を見せつけてきた。

そこにビッシリと書かれていたのは、今まで俺が茂にさせてしまっていた動画の処理情報であった。

何回下方向キーを押してスクロールをしても絶えない文字の量に、俺は崩れ落ちそうになっていた。

「……」

これだけ我慢させ、通常業務や勉強に加えて、言う事を聞かなかった俺の破廉恥な動画を消す面倒な作業。茂ほど繊細で真面目な男からしたら、耐えられないものがあるだろう。

だが次の一言で、俺と茂が一時的に疎遠になるきっかけを作ってしまったのだ。

「それは…………裾野は気持ちよかったかもしれませんけど、俺は嫌で嫌で仕方なかったんですよ!!」

そう言って苛立たしく携帯を懐にしまう茂の言葉に、俺は思わず胸倉を掴んでいた。

「気持ちよかったことなんて、ほとんどない!! 茂は本当に動画を観たのか!? どうしてそんなことが言えるんだよ!! なぁ茂、俺はお前の友達……じゃないのか!?」

俺は初めて、茂に唾を吐きかけるぐらいに感情的になってぶつかった。

だから分かってくれる。

感情同士のぶつかり合いがあって、初めて本物の友人になれる。

片桐組の道徳の教科書の通りなら、これは良い例なのかもしれない。

だが茂は俺の腕を振り払うと、顔を背けてこう言い捨てた。

「貴方は人の気持ちも知らないで……二度と友人というものを押し付けないでいただけませんか?」

言い終えて一度振り返った茂の目には光るものがあり、俺は茂の何かしらの気持ちを見落としていたことに気付き、すぐに呼び止めようとしたが、随分と聞き覚えのある声に呼び止められてしまった。

「裾野聖! お前はとっとと帰れ!」

俺は通学型なので20時30分には門の外に出なくてはならない。

まぁこんなことを口酸っぱく言うのは、教官、エース、次期エースぐらいまでだった筈なのだが、

「帰りたくねぇなら、賭け事に付き合え」

こう言ってきたのは、何と当時和洋それぞれのギャンブルが自由に行える娯楽室の長を務めていたDogさんだったのだ。

Dogさんはそれから俺の手を引こうとするが、グスト前で乞田と待ち合わせている。

賭け事には、あことしの方が向いている……どころか、ほぼ無敗のプロのようなものだから、そちらに任せればいいのだ。

「俺はもう帰らなければならないのですが……あことしって、知っていますか?」

俺の言葉に意外に思ったのか、Dogさんは小首をかしげた。

「知ってる。最近負け越してんだよ。なんだよ、ちょうどいいじゃねぇか……おら裾野、大神元教官に取り入った方法を言うか、あことしの弱点を言うか、どっちかだ。この際お前のこと、総長に言いつけたっていいんだぜ?」

Dogさんは俺を壁際に追い詰めると、俺の胸倉を掴んだ。

その顔は非常灯にも照らされておらず、何も伺えない。

全く当時の俺はよく墓穴を掘ったものだ。

 あことしの弱点に関しては、俺も知りたいくらいだが、強いて言うなら人間関係において優柔不断なところがあるぐらいだ。

大神元教官については、本当にもう話したくない。

「あことしの弱点は、ありません」

俺はDogさんのことを見上げ、瞳があるであろう場所に目を遣り凛とした声で言った。

「無ぇだ? そんな訳ねぇじゃん」

「そんな訳があるのです。何なら本人に訊いたらいかがですか?」

「……チッ。訊ける訳ねぇだろ。手の内明かす程あいつもバカじゃねぇ」

「……」

「黙んじゃねぇよ。だいたいお前、どこかで見たことあんぞ?」

Dogさんは俺の顔を覗き込んだ。

おそらく見えていないだろうが、隻眼のDogさんのことだ。

両の目が健康な人物に劣らぬよう、何か仕込んでいる可能性はある。

なので俺はあまり表情を読まれぬように、俯いたり、あことしに習ったポーカーフェイスを仕掛け、

「俺もありますよ。さて、どこだったでしょうか?」

と、いかにも知っている風を出してみることにした。

これで驚かない人間は居ないが、Dogさんもどこかに心当たりが本当にあるのか、あからさまに身を引いた。

だがすぐに表情を戻すと、

「おい、危なかったじゃねぇの。総長に言いつけられたくねぇんだったら、お前の行動を監視させてもらうぜ? ……あことしの弱点も暴けるようにな」

Dogさんは俺の前髪をわしゃっと掴み、わざと乱すように手を動かした。

「……だから、ありませんって」

俺はDogさんから逃れるようにその場を後にしようとすると、左腕の肘あたりを掴まれた。

それから俺が振り向くと同時に顔を寄せ、

「お前が総長に言いつけたら、わかってんだろうな?」

と、予想外にも俺のことを鎖で縛りつけるような鋭い声で、声を潜めて言った。

だから俺は目を丸くしつつも、頷くことにした。



数日後の晴れた日のこと……


 

 俺は総長室に呼び出されていた。

理由は説明されておらず、6限の担当教官には、とにかく放課後走って行けとだけ言われていた。

 背後からはDogさんのものと思われる視線を感じつつ、総長室の扉を3回ノックして入ると、総長と副総長、それからそれぞれの階の役員4人が集まっていた。

当時の烏階の役員は、藤堂エースの父上様がやっており、狼階の役員は光明寺家の当主である光明寺優太さんの父上様だった。

ちなみに鷹階と象階の役員は、鷹階はピエロや教祖様と呼ばれており、象階は同性愛者の味方、と呼ばれていたが、肝心の本名やコードネームが思い出せない。

特に象階は同性愛者の比率も高く、それに比例して卒業後の進路が決まらない放浪殺し屋も多く、警察に御用となる人物も少なくはない。

だが一方鷹階は同性愛者の比率が当時から低い割には、放浪殺し屋が異様に多い問題のある寮でもあった。

 俺は総長の机の前にある4人掛けのテーブルの下座に向かい、藤堂エースの父上様が隣に座り、向かい側に光明寺優太さんの父上様、斜め向かいには副総長が艶やかな笑顔を浮かべて脚を組んで座っていた。

俺の後ろに鷹階のピエロ、藤堂エースの父上様の後ろには象階の役員さんが立っていた。

やがて全員が背もたれに限界まで仰け反っている総長の方を見ると、

「裾野聖。お前は後何年生きたい?」

と、組んだ腕と顎でしゃくって訊く総長は、9歳になろうとしている俺に何を言わせたかったのか。

当時は全く分からなかった。

だが今なら何となく、合っている確証は持てずとも考えはある。

 それは役員になる気はあるか、どうか……いや、それどころではなく、いつか総長の地位さえも譲ろうとしていたのではないか、と考えずにはいられない。

というのも、この後も含んだ発言が多くなるが、それらを合わせるとそうならなくも無いのだ。

「…………神様がお許しになられる限り、俺は命の炎を燃やしていたいです」

俺は衝動的に立ち上がって半ば叫ぶように言うと、総長は愛想笑いすら浮かべずに何度か噛みしめるように頷き、

「ではお前の神様が今ここで死ねと言ったら、どうする?」

と、淡々且つ威圧や脅迫を込め、いつもよりもどっしりとした声で言うと、副総長が俺に向かって鞘から抜いた短刀を机の上で滑らせ、ちょうど俺の目の前で止めた。

 俺は今から自殺させられるのか?

それは絶対に嫌だ。

死にたくない、死にたくない。

逃げたくない、逃げたくない。

「総長、副総長、俺はこれでは死ねません。神様が死ねという訳ありません!」

俺はキリスト教の信者という訳ではないが、後鳥羽家としてはキリスト教の七つの大罪が教育指針。

ここは死なない為、生への執着を、生を欲しがらなくてはならないのではないか?

……当時の俺が本当にこう思ったかは定かではないが、とにかく生きたかった記憶はある。

「ほう。湊司、神様は死ねとは言わないそうだ」

総長は副総長を顎でしゃくると、副総長は身を乗り出して短刀を回収した。

それから役員たち全員を紹介してから役員たちを退室させ、総長は俺に机まで来るように手招きした。

「裾野聖。元相棒の死亡から1年が経てば、新しい相棒が持てる。もう目星はついているのか」

総長は真意の読み取れない表情で俺と目線を合わせると、身を乗り出して腕を組んだ。

「……えっと」

俺は同期で唯一相棒のいない佐藤順夜にしようとは決めていたものの、あいつもあいつで他人を振り回してきそうではあったから、正直2つ返事でという訳にはいかなかった。

 そうしているうちに、痺れを切らした副総長が俺の隣に立ち、

「俺が決めてさしあげてもよろしいのですよ」

と、胸の前に手をやって自身満々で言ってきたので、

「それだけは、やめていただけませんか?」

と、俺は釘をさすことにした。

やはり何でもそうだが、自分で決めなければ後悔する。

ましてやこの頃は、役員になるまで続けると思っていたのだから。

だが総長は俺の発言が余程意外だったらしく、大きく手を叩いて、

「面白い。俺が気に入るだけはある」

と、俺の眉間を見て挑戦的に言うのであった。


 それから何か月も総長命令で2週間に1度ある役員会議に必ず同席し、授業や特訓を休まされたりしていた。

そのせいか、一般隊員が絶対に知らない、所謂機密情報を次々と手にしていき、新しい相棒を決めなければならない12月24日が迫っていても、機密情報を聞いてしまっている背徳感と、誰にも漏らしてはならないという義務感から、佐藤順夜以外の人物を見つけることは出来なかった。

 寒くなってきた11月のある日のこと。

俺はついにアシスタントをさせてもらっている藤堂エース、光明寺優太さんに次期役員の話が出始めたことを会議で聞いてしまい、一緒に仕事をしていても早く言いたくて、言いたくて仕方なかった。

嬉しい知らせだから、きっと喜んでくれる。

いつもお世話になっているお礼として、話したっていいだろう。

藤堂エースなら、俺が会議に参加していることくらいは知っている筈。

それなら光明寺優太さんも、きっと聞いているかもしれない。


 俺はDogさんが入ってこられないように、2人の自室でこっそり話すことにした。

藤堂エースは相変わらず上下黒のジャージに、3日くらい放置していそうなもしゃもしゃ髪をしている。

それに比べて光明寺さんは、仕事も無いのに片桐組の真っ黒な軍服を着ている。

もちろん、騅の話にもあったようにエースの称号として「A」のバッチが付いている。

俺は2人に光明寺さんのベッドに座ってもらい、俺自身はすぐ近くに立って話すことにした。

「話って、何かな?」

光明寺さんは眉を下げ、俺が話しやすいように足を揃えて背筋を伸ばしてくれている。

一方藤堂エースは、膝を抱えて光明寺さんに寄り掛かり、落ち着かないのか、ぎこちない指使いで烏を撫でている。

「役員会議に数か月前から参加させていただいているのですが、そこでお2人を役員候補にしようという話が出ていたんです。もしかしたら、もうご存知かもしれませんが……」

俺が仁王立ちかというぐらい凛とした姿勢を見せると、2人は意外にも目を見張っていた。

それから2人で何度も瞬きをしながら見つめ合い、

「知ってた?」

と、光明寺さんは藤堂エースの肩に乗っている烏を撫でながら訊く。

だが藤堂エースは、烏ともども首を横に振った。

「いや。役員会議情報は、役員と執行役員以外は知らないことになってんの。だから裾野、これは立派な情報漏洩ってやつ。まぁ俺らが役員候補になったって伝えてくれるのはすっごい嬉しいけど、こりゃ犯罪なんだよ」

藤堂エースは胡坐を掻いて俺を面倒そうに見上げて言うと、光明寺さんがすかさず「9歳になる子に、そんな言い方しなくても……」と、目尻を下げて呟いた。

もちろん、藤堂エースの言うことは正しい。

そのうえ情報屋集団である烏階をまとめるエースだ。

アシスタントとして付き合ってから尚更わかったことだが、情報の取り扱いには人一倍敏感で厳しいのだ。

「犯罪、ですか。俺は……殺されますか?」

片桐組の処罰はどの組よりも厳しい。

授業に遅刻しただけで鞭打ち、早退しようというものなら、保健室への何か月かの出禁、特訓や自主練をサボれば、何日かの監禁等……1番軽いものでもこの重さだ。

情報漏洩なら、下手をすれば死ぬ可能性もある。

だが藤堂エースはもしゃもしゃ髪を乱雑に掻きむしると、

「ん~……俺と優太が黙ってりゃ、何ともならないよー。てか、大神元教官の一件で俺ら結構酷いことされたから、かーくそっと」

と、あっさり隠蔽に協力するかのような発言をしてくれた。

だが見過ごせない言葉が……。

もしかして、鞭打ちをされて……俺よりもひどい傷がお2人についてしまったのでは?

「酷いこと……ですか?」

俺が崩れ落ちるようにへたり込むと、光明寺さんはぶっと吹き出し思い出し笑いをした。

「ふふふ……からすにとって酷いことはね、体罰よりも仕事を受けられないことだからね。別に拷問されたわけでも、鞭打ちされたわけでもないよ。だから、裾野くんは気にしなくていいんだよ」

光明寺さんは笑い混じりに言うと、自分の太ももをポンポンと叩いた。

それを見た藤堂エースは、そこに烏を2羽乗せてニヤニヤと笑った。

「昔っからお節介だから、膝の上に乗せようとしたんじゃないかと思って~」

藤堂エースが言い終えてケラケラ笑うと、光明寺さんは右の耳たぶを触りながら、

「そうだよ。ほら、からすが裾野くんを不安にさせたから……」

と、口ごもりながらバツが悪そうに目を逸らした。

「へ~。不安にさせてたんだ」

対する藤堂エースは悪気など明後日の方に飛ばすと、膝を抱え直して烏たちに餌をやった。

「ごめんね、裾野くん。からすは昔から、適当なところがあるんだよね……って、鋭い裾野くんなら知っていたかな?」

光明寺さんはため息をついて言うと、小首をかしげた。

本当に面倒見のいい人だな。よく狼階全員を見ている……ん?

俺は光明寺さんの問いに頷きながら、Dogさんのことを訊こうと決意した。


「光明寺さんは、Dogさんのことをご存知ですか?」

俺がDogさんの名を出した瞬間、光明寺さんの顔が憂うものになったことに、鈍感な藤堂エースも流石に驚愕を顔に浮かべていた。

その顔を見た光明寺さんは、ハッとした表情になり、

「ごめんごめん、Dogのことね。彼も忍と似ているところがあってね、俺のことをかなり邪気に思っているみたいなんだ。ねぇ裾野くん、やっぱり俺はお節介かな?」

と、立ちつくす俺の顔を覗き込んで眉を下げて、不安そうに訊いてきた。

俺は本当に面倒見がいいと思っているうえに、こんなエースになりたいと思っている。

エースというか、今はもう親のようなものだが。

だから俺は首を大きく横に振り、

「そんなことありません! 俺は……俺は光明寺さんみたいな人になりたいんです! 1人1人見てくれている…………光明寺さんに、俺はなりたいんです!」

と、つい感情的になって大声を張り上げてしまい、言い終えた後に恥ずかしくなって藤堂エースのベッドの縁にストンと座った。

すると光明寺さんは、「からす~、どうしよう?」と、藤堂エースの肩をバシバシ叩いては顔を真っ赤にしていた。

もしかして、よ、喜んでくださっている……?

と、俺は目を輝かせていたのだが、

「裾野くん、もしかしてそういう趣味あるの?」

と、光明寺さんは青ざめた顔で言い出してしまった。

…………面と向かって褒められたことが少ないか、むしろ無いのか。

もちろん美形が多いこの業界ともあって、光明寺さんも綺麗な顔をしている。

だから少なからずエースになるまでに、何度か狙われたこともあっただろう……。

って、俺は何を言い出しているのだ!?

とりあえず、大神元教官の一件は無理矢理襲われたことになっている。

そのうえ俺も喜んで襲われ続けた訳でもない。

1つくらい嘘をついても、そう簡単にはバレないだろう。

「無いですよ。俺は本当にそうなりたいと思っているんです」

俺は自分の性癖に嘘をつき、背筋を伸ばして座る光明寺さんのほんのり赤い顔をじっと見つめて言った。

やはり藤堂エースは、光明寺さんに寄り掛かって静かに眠っている……?

いや、時折寝返りのように動いてはいるが、あの動きは恐らく嘘だ。

俺がそうやって藤堂エースの様子を見ていると、光明寺さんは寝ていると思い込んだのか、小声で呟くように、

「ありがとうね。俺は本当に良い仲間を持てた。……大満足だよ!」

と、首の後ろを掻きながら眩しい笑顔を見せて言った。

あぁよかった。俺は光明寺さんの良い仲間の1人になれたのだ。

当時の俺はそう糠喜びをしていた。

 だが今の俺には分かる。

あの笑顔は、心からのものではない。

苦悩と後悔を愛想笑いで塗り固めた苦笑いだったのだ。


 2人と仕事の話まで話し終えて部屋を出ると、スラリとした長い脚を組んで壁に寄り掛かって待っていたDogさんが居た。

もちろんエース2人の部屋は防音のため、何も聞こえなかっただろうが、俺がいつ出るか分からないものだから、待たざるを得なかったのだろう。

「お待たせしました?」

俺が目線の変わらないDogさんの顔をまじまじと見て言うと、Dogさんは鯨級の大きな欠伸をし、

「待ってねぇよ、今来たところだ」

と、取ってつけたように女性に言うお世辞を言った。

まぁその……映画もよく観るから、その手のことも知っていたのだ。

それで俺は正義感と光明寺さんを守りたいことから、目線を落とし拳銃のセーフティを確認しているDogさんの顔を覗き込み、

「もっと1人1人見てくださるLunaさんを、敬ったらどうですか?」

と、かなり鼻にかかる言い方で言ってしまった。

もっと冷静に考えれば、こんな言い方では誰でもムッとしてしまうことも分かったのだろうが、俺にはまだ人生経験が少なすぎた。

案の定Dogさんは舌打ちをし、セーフティをかけたままの拳銃を俺のこめかみに突きつけ、

「敬うかどうか、従うかどうか。お前は本当に組織を理解しているのかよ。あとウチの組って、かなり血で贔屓するかどうかも決めているらしいから、AB型の奴が周りに居たら出て行くように言っとけよ」

と、ニヒルな笑みを浮かべ、拳銃を懐にしまうと、仕事の時間が迫っているのか、腕時計を見ると駆けだしてしまった。


 騅の話にもあったが、俺の4つ下の黒河月道はこの約2年半前に入ってきている。

だがあいつは片桐組ではタブーとされてきた、AB型なのだ。

なぜAB型がタブーとされてきたか、それは片桐兄弟自身が天才肌と名高いAB型であり、幼い頃両親よりAB型は自分ら以外に置くなと教わったらしい。

それは他でもなく…………自分たちと同じ天才の多い血を置いてしまえば、地位を奪われかねないと思ったからだろう。

だから月道がスナイパーにおいては的中率99%ということと、男のわりに168cmと身長が低いこと、筋肉は人並みにあっても華奢なことから、”汚れ仕事”をさせても男と気づかれないまま殺害時期や場所までこぎつけ、殺害率は男女平均から50%であるにも関わらず、圧倒的ともいえる99%だったことから、史上最年少エース記録保持者に仕立て上げたのだろう。

 こうでもすれば、自分に楯突かないだろう、右腕になってくれるだろうと信じて。

……俺が抜けた後にこの経歴を残したのだから、入って2年半であの業績の一角を、ということになる。

ここまでの経歴を恐れない方が愚かなのだろうが、片桐兄弟は大きく構えず出る杭は潰すスタイルなので、月道の出過ぎた杭には当時から今も相当頭を悩ませているのだろう。


 話を戻すが、この後尻ポケットで携帯が震え、ディスプレイに〈蒼谷 茂〉と表示されたときは、流石に何度か見返した。

やはり友人をやめろと言われた相手だ、電話に出た瞬間文句や説教が出てくるのでは……と、かなり心配し、予防線を張り巡らせてから通話ボタンを押した。

『やっと出ましたね。何をしていたのですか?』

だが茂の口調はいつも通り、グサグサと俺の心に刺さるような鋭い声質だ。

結果的にはよかったのだが、予防線を張り巡らせた意味が早速消え失せてしまい、俺は肩をガクッと落としていた。

だがここで本音を言えば、面倒な奴だと思われる可能性が高かったため、

『次組む相棒のことを考えていた』

と、当たり障りのないことを言っておいた。

すると電話口の向こうから溜息が聞こえ、訳を訊くと、

『もう1か月前ですよ、全く裾野らしくない』

と、首を横に振りながら言っているのか、マイクにガサッと髪が当たる音が入った。

 それにしても俺に用があった筈では……?

違和感を感じた俺はとりあえず、一向に要件を言わない茂を気遣い、

『俺らしくない、か。ん、そうだ茂。電話してきたのはそちらだろう。何か用があったのではないか?』

と、なるべく茂を怒らせないように柔らかく言うと、人気の無いところに移動したのか、足音とドアの閉まる音がマイク越しに響いた。

余程人に聞かれたくないことなのだろう。

『はい。友人を辞めるとは言っても先輩とも後輩ともよく関わっている裾野ですから、2年目の黒河月道の情報もお持ちなのではないか、と思いまして』

茂の声には焦燥感を感じるうえに、月道の噂は寮上関わることの少ない象階や狼階でも広まっており、史上最年少エース候補と名高いのだ。

後輩や先輩との関わりは全くと言っていい程こちらで言っていないが、毎年バレンタインとホワイトデーには手作りチョコをあげているし、クリスマスには6号ほどのケーキを1ピースずつ切り分けて配っている。

もちろん月道にもあげていたが、会話という会話まで漕ぎつけていないのが現状だ。

相棒の佐藤永吉は話せばノッてくれるが、守秘義務を訴えており情報は得られていない。

『いや、話そうとはしているぐらいで、じっくりと話せてはいない。だがいつも相棒と居る印象はあるな。う~ん、その相棒も守秘義務があると言うものだから……藤堂エースにお願いしてみたらどうだ?』

俺は後輩たちがよく逆らえないと言っていたことを思い出し、いざ言ってみたはいいのだが、茂は大きくため息をついてしまった。

やはり予想通りだったのだろうか?

『あことしと同じこと言いますか。ひとまず、ありがとうございます』

茂は不満げに言い終えらないうちにブチと、耳を劈く音を鳴らし通話を切ってしまった。

 それにしても同じ寮のあことしでさえ情報が掴めていないとなると、結構ガードの堅い男の子なのか、それとも寄せ付けないオーラでも纏っているのか……

俺は通話終了音を何気なく聞きながら考え込んでいると、目の前を背の小さい華奢な男の子が通った。

その男の子はどう見ても、探していたあの黒河月道だった。

「月道」

「はい」

月道は後頭部の襟側で結った黒髪を揺らし、大人びた少女の目で俺を見上げた。

肌は上品な女性のように白く、鼻は高い方だが作り物の装いはなく、両親のどちらかがかなりの美人なのだろう。

「烏階の人たちが、月道の情報を知りたがっていたよ」

月道の淀んだ黒い目を覗き込むように言うと、何かを察したのか俺と廊下の端ほどまで距離を取った。

「何で教えないといけないんですか?」

明らかに警戒している声色になった。

組織内の競争もそれなりにあるとは言え、これはかなり強いものだ。

どうにかして先程Dogさんから聞いた血液型問題だけでも……。

「う~ん……ほら! 烏階はお医者さんでもあるし、輸血する時に困るから、血液型だけでも……いいかな?」

俺は最大限光明寺さんのように物腰柔らかく言うと、月道は俺を睨みつつも、

「AB型ですけど」

と、つぶやくように言った。

 マズイ。4つの寮で1人しかいない筈の血液型が、ここにもう1人居る。

AB型の人が居たら、抜けるように言わなければ……。

だが当時の俺には忍さんがずっと次期エースと言われていることから、Dogさんの言っていることが嘘にも思えて、その場は礼を言って別れた。


 俺は1か月後の相棒決定までの間、あことしに何度か月道のことを訊いてみたのだが、やはり自分から話すことは少ないようだ。

賭け事も好きではないそうで、娯楽室に連行までは出来たらしいが、壁際で突っ立っているだけだそうで、どうしてもやりたくないと聞かないそうだ。

それから藤堂エースにも相談したが、「考えておく~」の一点張り。

これは時間が掛かりそうだ……。

 あと俺は新しい相棒に佐藤を選ぶことにした。

理由はやはり、茂とでは気まずいというものもあるが、アシスタントをしている2人と同じコンビにするのは、実力差も考えるともう少し後でも良いのではないか、と考えたからだ。


 12月23日。

ついに佐藤にその話をする時が来た。



――後編へ続く。

執事長の乞田です。


龍様は本当に沢山の方に囲まれて仕事をなさっておりますよね。

執事長として、鼻が高く高くなります。


作者様のお話にもありましたが、更新が5日も遅れてしまい、大変申し訳ございません。

言い訳にしたくないのですが、パソコンのフリーズ等思ったよりも3月一日までの準備に手間取りました……。

私は文系なうえに機械に弱いので、機械に強い作者様に頼りきりでございました。

今は何とか落ち着いたところで、スケジュール整理の段階に来ているそうです。


それとツイッターでも後程お知らせいたしますが、今月と来月のみ更新曜日が第一、第三土曜日のみになる可能性が高くなります。

これも決まり次第、おってご連絡申し上げます。


それでは健康と花粉症お気をつけて……!


執事長 乞田 光司

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ