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「第十-初恋物語(後編)・後日談-」

裾野の退院後の後日談。

片桐組の組織体制、後鳥羽家、そして同期たち。

裾野の行動1つ1つに、現在・未来への選択肢が出されている。


※約8,600字です。

※ひと段落ついたので、現在に戻る……のお話が復活いたします。

2001年6月某日 午後(天気:雨)

精神病院出口

裾野(後鳥羽 龍)



 朝から打ち付けるような雨が降っていたこの日、俺はついに退院となった。

通院という形をとっていたとはいえ、それまで片桐組に顔を出すことも、実家に戻ることも禁じられていたので、片桐組と提携している巨大な精神病院からの許可は有難かった。

また精神病院だからか、退院の際に貰えるのは花ではなく、安っぽい烏色のオルゴールだった。

今はもう処分してしまった上に、何の曲が入っていたかさえも全く覚えていない。

思い出そうとすると、どうしても頭痛がして……痛くて、痛くて…………1人でも誰かと居ても抱腹絶倒をしてしまう。

――せ……クフフフフフ……し……な……クフフフフフ…………ん…………!!

メロディも何も思い出せないのに、曲名なのかよくわからない名前は憶えている。

精神病院………片桐組……あぁ、また……クフフフフフ……


 それから俺は病室の荷物をまとめ、出口で待っている乞田の元へと走った。

乞田はオルゴールを大事そうに抱えた俺を見るなり、力いっぱいに抱きしめた。

「お久しぶりですね。お身体は、もう平気なのですか?」

その声はどことなく震えており、もしかしたらこの狂気じみた俺の目から悟ったのかもしれない。

「うん、もう平気。乞田こそ、もう動いて大丈夫なの?」

俺の記憶は何年前のものなのだろう?

乞田が瀕死の怪我を負ってから、まもなく4年が経とうというのに。

だがそれでも乞田は、嬉しそうに何度も頷いて背中をポンポンと叩いてくれた。

「はい。おかげさまで全快でございますよ」

乞田は目を丸くしつつも平静を装った声色で言うと、すぐにバッと立ち上がって、パチンと指を鳴らすと、

「そうだ! 折角ご退院されたのですから、ショッピングでもしませんか?」

と、俺の手を引いて荷物の中にオルゴールをしまわせ、俺の荷物を肩に担いぎながら、キラキラ輝くような笑顔で言った。

俺は久々に見た乞田の笑顔に、やはり自分の好きな人は乞田であったことを自覚し、顔がカーッと熱くなった。

「…………うん」

俺はそんな顔を見られたくなくて、精一杯俯いて頷いた。


 乞田と2人きりでショッピングするのは初めてで、俺はついつい服や楽器の備品等、様々な物を貪るように買い込んでしまった。

そうでもしないと……治療しても鮮明に思い浮かぶ首の腫瘍の夢から、逃げられない、戦えないから……。

 そうしているうちに日が暮れたらしく、豪雨でただでさえ暗い空が更に雲の厚さを増していた。

俺と乞田は傘を差して並んで歩いていたのだが、不意に乞田が特注で作らせた紅色縁メガネ越しに俺の目を見て、

「そういえば龍様の目、メガネ越しに見ると何ともないですね」

と、感心するかのように顔を覗き込んでは目を見開いて、何度も目を逸らしては直視しての繰り返しをしていた。

――そうか。乞田には中学生になったら話すと言っていた、大事な話……乞田の過去に繋がるような話があった筈だ。

俺はまだその話を楽しみにしていただけだったが、乞田はメガネが出来上がるまでは苦しそうな表情を隠しきれていなかった。

余程苦しい話なのか、悲しい話なのか、どちらもなのか……?

当時の俺がいくら思案を巡らせても答えは見つからず、

「そうなの? それよりも乞田……今日はありがとう」

と、話を別方向に持っていこうとした。

だが乞田は「いえいえ」と、照れ臭そうに首を横に振るものの、内心思うところがあるのか、どうにも表情が硬い。

実家で何かあったのだろうか?

俺はこっそり訊くつもりが、違う方向へと飛んでしまい、しまいには、

「……誰か死んだの?」

と、不躾な質問をしてしまった。

だが乞田は傘を被るようにして表情を押し隠すと、

「そうなるかもしれません」

と、他人事とは思えないような意味深な言い方をした。

それに対し俺は居ても立っても居られなくなり、乞田のベストの丁度くびれた腰付近をグイと引き、

「そうなるかもって……?」

と、聞き返したが、乞田は「し~んぎんぐいんざれ~いん」と、何とも聞いていられない歌声で歌い始め、スキップして行ってしまった。

「待ってよ、乞田」

俺はアシスタントをしていた時に習った電光石火で、あっという間に追いついてみせると、乞田は後鳥羽家の門を指差し、

「着いちゃいましたね~」

と、イタズラ笑顔を浮かべるのであった。


 結局その時に聞くことが出来なかった「そうかもしれない」の真意は、この後すぐに目の当たりにしてしまうことになる。

というのも、荷物を置いた後に乞田に案内されて初めて入ることとなった、場所非公開の「後見人室」には、俺の祖父が息も絶え絶えな状態、時折痰混じりの咳を苦しそうにしながら眠っていたのだ。

生まれて初めて見る祖父の顔は、しわくちゃで今にも息を引き取りそうであった。

俺は乞田に手を引かれ、祖父の顔がすぐ隣で見られる見舞い椅子に座ると、祖父は何度も首をさすりながら、こちらに笑顔を向けた。

その顔は、自分の死期を悟っている綺麗な顔で、どこか俺に似ていた。

「……おじいちゃん」

俺はしわくちゃな顔で微笑む祖父に、おそるおそる話しかけた。

背後では乞田が膝をついて構え、その後ろには橋本を含めた俺の世話役執事たちが起立状態で、顔を伏せて控えていた。

すると祖父は笑い皺を濃く頬に刻みつつ、俺にかすれた声でこう語りかけた。

「……龍、だね? お前の、その目は……血と……後悔が…………愛情が……にく、し、み……が…………じ、ん、か……く……も、変え…………放っ、て……おけ、ば…………かな、らず、か、かみが…………罰、罰、罰を…………おあ、たえ、に…………」

祖父はそこまでようやく言うと、苦しそうに血の混じった咳をしたので、乞田が立ち上がり、そっと背中をさすっている。

「罰……? ねぇおじいちゃん、俺の目は人を殺したり、人を好きになった時に、猩々緋色になって……それは、どうしてなの?」

俺が身を乗り出して血生臭い祖父の顔を覗き込むと、祖父は声をあげて心中楽しそうにカラカラと笑った。

「罪と罰……龍には、これがわかるかね?」

祖父は乞田に白い布で口元を拭かれつつ、今度は少しハッキリとした声で訊いてきた。

「…………露国の長編小説?」

「はっはっはっ、間違ってはおらん。だがの、龍。お前の目を見ればわかる。本当は人殺しを生業にしているのが、辛いのだろう。人を殺す度に、人を愛す度に赤黒くなる目が……。龍、もう抉りたいだろう? だからわしはな、自分の目と向き合ったんじゃ……。そしたらな、ばあさんのことを思いながら見るとな、昔のことばかり、悪寒のする思い出ばかりが…………」

祖父はそこまで咳もせずに、今の俺のような独特な笑みを浮かべ言葉に詰まりながら言うと、「ぐあっ」と叫び声をあげながら、大量の血を乞田の持つ布に吐き捨てた。

 この意味が当時分からず、目を取りたいなんて思わなかった俺は、

「人を愛するって何?」

と、的外れなことを訊いてしまっていた。

 おそらく祖父が伝えたかったであろうことは、祖父の目が俺に遺伝していること、祖父も殺人経験があること、片方の目を抉ってまで俺に忠告したかったこと、それから――

「人を……愛、す、る、こ、と…………はな、ある人のことが…………欲しい、奪い、たい……1番、1番優しくしたい人……あと、は、な…………一緒に泣きたい、一緒に居たい、喧嘩も、弱い部分も全部……見せたい、そう、思うことが…………愛すること、だ……っ……」

祖父はそう言うと、虚ろな目で俺の目を直視し、「歴史はまた繰り返す」と、独り言のように呟き、眠りに落ちた。

俺は祖父の安らかな寝顔を撫でて、息をしていることを確認すると、聞こえるか聞こえないか分からないぐらいの小声で、

「…………欲しい、奪いたい、1番優しくしたい、一緒に泣きたい、一緒に居たい、喧嘩してみたい、弱い部分、全部見せたい……そう思うことが愛することなら、俺は……大神教官のことを愛していなかったんだ。だってただ、”初めて”を共有したかっただけだから。それなら、そういう人を探さないと。全部満たしてくれる人を……」

と、目尻を下げて言うと、祖父の口の端が僅かに上がった気がした。


 菅野は全く気付いていなかったが、俺には菅野に出会って少し経つくらいまで何十人のセフレが居た。

それも全部、全部満たしてくれる同性、異性を探していたから。

俺が一般的に優しい、気が配れると言われるのも、心の内ではそういう人を探していたから。

逆に怖い、残酷だと指を差されるのは、殺し屋を生業とする俺の理想像でもあるからだ。

力を手にし、助けなど要らない殺し屋、孤高の殺し屋、だが裏の顔は優しい人に当時はなりたかったから。

 では今はどうか、と訊かれると、すぐには答えが出ない。

愛する人を守りたいのは勿論、居合わせた気の合いそうな殺し屋とは話してみたいし、力で人の上に立ちたいのではなく、知略で上のサポートをしたいのもあり…………どうにも固まっていないが、今は仲間意識や殺し屋の定義等が多様化し、複雑に絡み合っているため、何か一本を貫くのも厳しくなってきている。

そう考えると、颯雅、湊さん、龍也さんが掲げる”人助け”の為の力というのを貫くことは、本当に尊敬している。

だがそれもいつかは厳しくなるだろう……何せ殺し屋は俺や菅野のように協力的でない者の方が多い。

この先何度裏切られるのか、何度刃向かう者たちを殺めることになるのか、俺は本心から気がかりで仕方がない。

 閑話休題。


 橋本に他の執事たちと先に戻るように指示し、また2人きりで後鳥羽家の絨毯の感触を楽しんでいた。

そのとき、長男で”傲慢”の智輝兄さんの世話役執事らが噂話に興じている現場に出くわした。

向こうはこちらに気付いておらず、やや大きめな声で笑い飛ばしている。

「乞田執事長が唆したって、本当ですか!? それに龍様がサイコパスだなんて、どんな教育をしたらそうなるんでしょ!」

乞田は執事たちの会話の輪に、静かな怒りを込めて近づいていく。

「ほんっとうですよ! 自由な育て方をしますとか言って、サイコパスにしちゃ駄目でしょう! このままだと本当に後――」

乞田は表情こそ背を向けていて見えないものの、手を叩いて笑っていた執事の胸倉を掴むと、

「貴方様方のご主人様の方が、余程サイコパスでございます。というのも、このままですとそちらのご主人様、どなたかの恨みでも買って生首だけで逝きますよ」

と、怒りに震えた声でそのまま掴み上げ、床にたたきつけたのだ。

俺も流石にやりすぎではないか、と乞田のベストの飾りベルトを引っ張ると、乞田はいつもの笑顔で振り向き、

「乞田は龍様の執事長です。主人のことを捻じ曲げて馬鹿にされてだんまりな執事長なんて、どっこにも居ません。それに私は予言しただけ。当たるかどうかなんて分かりませんよ」

と、いつもよりだいぶ早口で言って肩をすくめると、俺の手を引いて早歩きでその場を去った。

階段を上る時に後ろを振り返ると、執事たちが怒りのこもったやや赤い眼で睨み、こちらに向けてナイフを振りあげ、「許さない」という文字をなぞるように、口を動かしていた。


 それから部屋に戻ると、事情聴取と乞田の長い長い……記憶では1時間くらいの説教が始まった。

流石に一言一句までは覚えていないから割愛するが、乞田が何度も何度も繰り返していたのは、

「部屋のお掃除、大変だったでしょうね!」

と、いう執事らしい視点のものと、

「だいたいどうして光明寺さんに頼らなかったんです?」

と、いった後悔を誘う言葉であった。

 その後、橋本からも何とか言いなさい、と促された橋本は、俺を固く抱きしめて、

「色々成長したんだな、龍様。いーろーいーろー!」

と、目が合うくらいまで離して茶目っ気たっぷりの笑顔を見せると、髪の毛をくしゃくしゃになるまで撫でまわしてくれた。

「わっ! やめてよ、橋本~!」

俺がべしべしと腕を叩くと、「流石に殺し屋の抵抗は痛いな!」と、ケラケラ笑いながらも、くすぐってきたり、ふざけてズボンを引っ張られたりもしたが、そうやって辛い思い出を笑い飛ばしてくれる橋本も、俺は本当に今でも大好きだ。

「はいはい、俺も混ぜてくださいね~!」

と、俺と橋本のことをからかう乞田。それを遠巻きに微笑ましそうに見ている3人も、ずっとこのままならいいのに。ずっとこの時間が続けばいい、そう当時の俺は思っていた。



2001年6月某日 昼前(天気:くもり)

片桐組 総長室

裾野(後鳥羽 龍)



 次の日に総長室に呼び出された俺は、何を話されるのか、という不安感と、脱退命令や拷問刑が下されるのではないか、という恐怖が渦巻いており、ポジティブな感情など浮かぶ筈がなかった。

今思えば、退院祝いの1つや2つ……いや、やはりあり得ない。

総長の有無を言わせぬあの忌み子を見るかのような目。

絶対に祝う筈がない。

他にも副総長と、藤堂エース、そして光明寺さんが同席した。

 総長はドカッと革張りの椅子に座ると、腕を組んで背もたれ一杯に寄り掛かり、

「裾野聖。お前は小児趣味の男が死んだ日、寝ていたんだな?」

と、上から押さえつけるような声色で、なんとこの場に居る誰もが目を丸くする発言をしたのだ。

「……」

俺はどう答えたらよいか分からず、俯いてしまった。

これは総長の優しさなのか、それともすべてを無かったことにするつもりなのか。

光明寺さんも藤堂エースも目の当たりにしたあの光景。

どう考えても、あの状況で殺れたのは俺しか居ない。

そうして俺が頭をフル回転させていると、総長は机をバンと叩き、俺を思案の世界から引っ張り出すと、

「お前は寝ていた、そうだな?」

と、睨みあげて威圧を掛けた。

当時の俺は、無駄に勘が冴えてしまっていてつい、

「……隠すのですか?」

と、目を泳がせてポツリと言った。

すると総長は、机越しに俺の顎を掴むと、

「私裾野聖は、あの日寝ていました。起きてみたら、絵具まみれの大神教官の死体を見てしまい、怖くなって精神を病んでしまいました。……そう言えば、お前を救ってやる」

総長は嘲笑、脅迫と悪意の入り混じった声で言い、そのまま乱暴に手を離した。

俺はよろけて数歩後ろに下がってしまったが、勿論ここでは助けてくれる人は居ない。

「…………」

俺はそのまま押し黙り、同期の顔を思い浮かべた。

あことしとゆーひょんはこの嘘でも納得する。

佐藤は恐らく、突っかかるか無関心のフリをするかだが、問題は茂だ。

情報屋であり心配性で、融通が利かない程の真面目な茂が……こんな網目の粗い嘘で納得するのだろうか?

とは言っても、これ以上総長に何か言えば、気が変わって拷問刑に処されるかもしれない。

だから俺は大きく深呼吸をし、

「私裾野聖は、あの日寝ていました。起きてみたら、絵具まみれの大神教官の死体を見てしまい、怖くなって精神を病んでしまいました」

と、吹っ切れた顔や声色で言いきってしまった。

すると総長は大きく頷き、俺の頭を乱暴に撫でつけ、光明寺さんと俺を退出させた。


 部屋から出ると、疲労が顔に出てしまっている光明寺さんは、総長からの伝言を伝えてくれた。

「これからは、精神が安定するまで家と片桐組を往復してもらうことになるんだ。……もし不安なら、待ち合わせ場所を決めて、そこから俺が迎えに行くこともできるけど、どうする?」

光明寺さんは俺の顔を覗き込み、本当に心配そうに眉を下げている。

俺がもしエースになれるなら、部下1人1人を見られる光明寺さんのようになりたい。

……そう思ったものだ。

だから少しでも何かを盗みたくて、

「あ、はい! お願いします!」

と、深くお辞儀をしたのだった。



 12時の鐘が鳴る。

シンデレラはドレスの裾――俺は男だ。

こうして今回は狼階の食堂で集まった同期組だが、何だかこうして全員揃うのも久しぶりで、あことしは本当に嬉しそうに足をパタパタさせていた。

だが茂はやはり訝しげに俺を見ており、下手な発言をすれば即首を跳ねられそうであった。

そんな微妙な緊張感が流れる中、佐藤が手鏡を置き、頬杖をついて俺を流し目で見た。

「聖。もういいのか?」

佐藤は数か月会わないうちに、俺をこのとき急に名前で呼んだので、俺は肩をビクッと震わせた。

「……うん」

俺が口ごもって言うと、茂が俺を射貫くように鋭い眼光で俺をとらえた。

「裾野? 何か言うことはありませんか?」

俺は茂の言葉を聞くと、おそらく茂が思っているであろう想定のことの斜め上にいくことにした。

「皆にお見舞いに来てもらったこと、本当に感謝している。それと心配をかけてすまなかった。……俺は本当に寝ていただけで、起きて絵具まみれの教官の死体を見て、ショックで…………精神的に不安定になってしまったんだ」

俺はなるべく顔を覆ったり、ジェスチャーを多くして焦燥感を出し、必死に信じてもらおうとした。

するとあことしが1人ポーカーを取りやめ、

「そうだったんだ。そんな状況だったら、俺も部屋から叫びながら飛び出しそう! なぁ、ゆーひょん?」

と、若干ガタイのよくなったゆーひょんの太い二の腕をペシペシ叩いた。

その表情は共感に満ちており、あことしの人柄の良さが本当によく出ている。

「そうね。私もあことしと同じ行動をしそうだわ」

ゆーひょんはその手を捻りあげると、テーブルにちょこんと戻しながら言った。

それから佐藤に目を向けると、

「……」

手鏡を見て前髪を弄りながら、眉を若干潜めていた。

これは疑われているのか、それとも状況が理解できていないのか……。

俺としては後者に賭けたいところだが、あことしならどちらに賭けるのだろうか?

…………さて、ここからが問題だ。

そう身構えていると、茂は口パクで「20時 食堂前」と、静かな怒りを込めて言った。



現在に戻る……

後鳥羽家 自室 夕方

裾野(後鳥羽 龍)



 菅野は気分が悪いのか、腕をさすっては口の端を下げている。

俺はこちらに来るように言い、空と一緒に布団に入れてあげた。

しばらくすると、菅野はスヤスヤ寝息を立て始め、空を抱きしめて寝ている。

「やはり、お前との子だったら……」

俺はあまりに似合いすぎる光景に、こう言わざるを得なかった。

すると突然扉が開き、

「龍く~ん!! 竜斗~!! 来たで~!」

と、目立つ格好と快活な声と共に走って来るのは……菅野の彼女である龍勢淳だ。

「淳か。菅野なら寝てしまっているが、起こそうか?」

俺が微笑みながら訊くと、淳は「どないしよ」と、長い黒髪を揺らし小首をかしげ、

「話したかっただけやから、起こさんで大丈夫やで。何か体調悪そうやし、休ませたげへん?」

と、顔に喜色と気遣いを浮かべ、菅野が座っていた椅子にちょこんと座った。

「そうだな、心遣い感謝する。そう言えば、お義兄さんたちは元気にしているか?」

俺が脚を組み替えて訊くと、淳は頷きながら嬉しさで頬が緩んだ。

その様子なら、かなり元気なのだろう。本当に安心した。

「淳。別に急かしている訳ではないが、菅野とは恋人らしい行為はしたのか?」

俺はどうしても気になってしまい、菅野よりも先に淳に訊いてしまっていた。

10年も連れ添った相棒の初めての彼女だ。父親心のようなものが芽生えても仕方ない気がする。

「してへんで~。でも結婚はしたいなぁ……」

淳は喜色満面で言い、彼女の結婚への憧憬が何となしに俺にも見えてしまった。

そして何だか2人が誓いを立てる姿が目に浮かび、不覚にもうるっときてしまった俺は、

「そうだよな。女性は結婚式も気合を入れるし、ウェディングドレスは憧れだと聞く。あぁ……菅野のタキシード姿、恰好いいんだろうな」

と、にっこりと笑い俺の名を呼び手を振る相棒の姿を妄想し、鼻の下が伸びそうになり、思わず口を手で覆った。

あぁその姿をプロの写真家を使ってでも収めたいくらい……本当に格好いい。

「あ! 龍くん、想像してたんやろ~? 私のウェディングドレス姿!」

淳はわざとそう言ってからかってくれるが、どうにも今回はツッコミ辛い。

お前じゃない、とは言えない上に、似合いそうだからな……。

「それもそうだが、2人があまりに幸せそうな結婚式を挙げそうでな、想像していて微笑ましくなったんだ。……こんなことを言ったら、おじさんになるか?」

俺は上手く回避しようと2人をステージに上げ、自分は下手に はけることにした。

「ならへんわ! ウチらの4つ上なんてまだまだやん!」

淳もその言葉に満更でないのか、若干鼻の下が……いや、これ以上は描写しない方が夢がある。

全く。そちらこそ、想像しているな?

格好いいタキシード姿の菅野を。

俺は内心でクツクツ笑いながらスマフォを取り出し、CAINで騅に『今日は菅野の体調がすぐれないから、自炊してほしい。早く治るように、淳と共に付きっきりで世話をする!』と、いう文面を送り、顔が白くて満月のようなキャラがニコニコしているスタンプを送った。

「そうかそうか。さて、今日は泊まるから、何か料理でも作ってくる。階段があって持ち運びが大変だから、病人食の後に作っても大丈夫そうか?」

と、菅野とは大違いで大人しく座っている淳に訊くと、「うん、何か手伝えることある?」と、嬉しさに動かされて反射的に微笑んだ。

俺は「特にないよ」と、胸の前で手を振って言うと、「わかった~」と、気の抜けた返事が返ってきた。

こう見ると表情の分かりやすさは、菅野と似ているかもしれないな。

もしかしたら、中々本音や本当の表情を出さない俺を気遣っているのかもしれないが。



 さぁ作ろう。

俺と淳には、チーズたっぷりのパスタあたりにしてみようか。

……何となく、そういう類が食べたかっただけだ。

執事長の乞田です。


私の再登場、いかがだったでしょうか?

龍様もお元気そうで、何よりでございます。

現在に戻るのお話では、結婚のお話まで出ておりましたね。

私も菅野さんの結婚式、出席したいですね。


次回登校日は、”再来週”の土曜日(25日)でございます。

というのも、来週はどうしても外せないご用事があるとのことです。

大変申し訳ございません。


バレンタイン直前ハッピーな短編の件ですが、

キラッキラな章題とともに、”明日”こちらの番外編に割り込み投稿いたしますので、

どこにあるか探してみてくださいね。


執事長 乞田光司

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